第16話 リーシャと言う少女
「孤児院に居た頃しか知りませんがね、リーシャは非常にズルい子供でしたよ。笑顔と涙と嘘で、周囲の人間を思いのままに操るのが得意でした」
それを聞いたお嬢様の眉間に皺が寄った。
「意味が分からない。その子一体何をしたいのよ?」
「お嬢様はそう思うでしょうね。でも周りは大人も子供もコロッと騙されてましたよ。リーシャは皆に好かれて、お姫様の様に扱われてましたし、そして彼女に嫌われた者は、自然に排除されていきました。その手際の良さには、呆れるのを通り越して感心するくらいでしたね。まぁ、私には通用しませんでしたけど」
「エリックは、それで狙われたんだよな」
「狙われた?」
お嬢様が眉を顰めて聞き返すので、俺は昔の事を思いだしながら説明した。
「みんながリーシャを可愛がってちやほやするのに、エリックは全然だったから気に入らなかったんじゃないかな。それに孤児院に居た時も、こいつは飛びぬけて頭が良かったから、周りから一目置かれてたんですよ。なのにリーシャの事を全く相手にしなかったから・・・」
「ちょっと!一体、何をされたのよ!?」
「大したことでは無いです」
エリックは人差し指で眼鏡をくいっと上げた。
「私から酷い虐めを受けていると、周りに吹聴したんですよ。まぁ、全部嘘だと言う証拠を固めて、返り討ちにしましたけどね」
「あの時は大変だったよなぁ。お前に頼まれて、証拠集めに協力させられたっけ」
俺はうんうんと頷きながら、腕を組んだ。思い出すだけで、溜息が出るような出来事だった。
2年前、俺は孤児院にいた時もあまり目立つ方じゃ無かった。だから、良い意味でリーシャから近寄られる事も無く、そして敵視される事も無かったのだ。
(まっ・・・ほぼ無視されていたって事だけどな)
彼女は俺の事を取るに足らない奴って判断していたようだ。もしかしたら庭にある石くらいに思ってたかもしれない。だけどこう言っちゃなんだけど、俺だってリーシャに全く興味を持ってはいなかった。あの頃の俺は可愛い女の子と話すよりも、花や木の世話をする方が楽しかったのだ。
(ずっと、庭いじりばっかしてたしなぁ)
だから俺はリーシャから、全く警戒されていなかった。そこにエリックは目を付けたのだ。
エリックは目立たない俺を、上手く仲間に引き入れた。俺はあいつの指示で、あらゆる場面で間者の様な真似事をさせられた。リーシャが何時何処で、誰にどんな嘘を言ったのか、見た事聞いた事を全て記録させられたのだ。
(怖かったよなぁ・・・二人とも。リーシャは人によって言う事も、態度も違ってたし、エリックは人使いが異常な程荒かったし・・・)
そしてエリックに協力していたのは、俺だけじゃ無かった。これまでリーシャに酷い目に遭ってきた子や、まともな大人も上手く使って、エリックは自分の汚名を回避し、逆にリーシャを追い詰める所まできてたのだ。
だけど残念ながら結局、決着をつける事は出来なかった。俺達が孤児院を去る事になったからだ。だからその後、どうなったのかは俺達は知らない。
思えばエリックと仲良くなれたのは、あの騒動があったからだった。しかも同じ屋敷に働きに来ることになるなんて、人の縁とは不思議なもんだな。
「あの時は思ったより苦戦させられましたね。敵ながらあっぱれでしたよ。それから直ぐ、私とアッシュはこちらに奉公する事になりましたから、彼女のその後の事は知らないのかったのですけどね。まさかこんな再会をするとは・・・」
そう言うと、エリックはお嬢様に顔を向けた。瞳に真剣な色が混ざる。
「お嬢様、サーフェス殿下の妃になるのは諦めた方が良さそうです」
「はぁ?何を言ってるのよ」
「話を聞いてましたよね?アリーシア・ファンドアールが私達の知っているリーシャだとしたら、関わるのは得策じゃありません」
「私に戦わないで逃げろって言うの?そんなのごめんだわ!」
「そう言うとは思いましたがね。はっきり言いますが、エルシアーナお嬢様。あなたは我儘だし、傲慢だし、上から目線の癖して行動は行き当たりばったりの滅茶苦茶な方です」
「はぁ!?」
お嬢様の目が吊り上がった。だけどそれを無視してエリックは言葉を続ける。
「でも、あくまで正面突破の体当たり。思った事、やりたい事をそのままぶつけるだけだから可愛いもんなんです。卑怯な事や、相手を陥れる様な事はしませんからね」
(凄いな。しっかり貶しながら、しっかり褒めてる・・・)
「だからこそ貴女はリーシャには敵いません。彼女は目的の為なら手段を選びませんからね。どんな卑劣な事でもやってくるんです」
「だから何よ!誰が邪魔したって、私は絶対にサーフェス殿下の婚約者になってみせるわよ!これだけは諦めないわ」
鼻息荒くそう宣言するお嬢様に、エリックは心底ウンザリした顔で溜息をついた。そして俺の方を見て小さな声で「馬鹿につける薬は無い・・・」と呟いた。
おい、お嬢様に聞こえるぞ!
それでもエリックは気を取り直すと、
「分かりましたよ。ではせいぜいアッシュに頑張ってもらうしか無いですね、今は」
そう言って俺に気の毒そうな目を向けた。え?どう言う事だ?
「が、頑張るって何を!?夜会以外に何かあるのか?」
「当たり前だろ。今後、婚約者候補達はあらゆる場面で比較されることになるんだから」
「え?」
「婚約者候補は王家だけで無く、他の貴族達が開くお茶会やパーティには必ず呼ばれる。それに王宮での妃教育も始まるはずだ」
お嬢様がエリックの後を続けた。
「その過程で、成績の悪い者は振り落とされて、最終的に一人が婚約者として残されるってわけよ」
な、何なんだ。その過酷な戦いは・・・。
青ざめる俺の肩を、エリックが慰める様にポンと叩いた。
「リーシャもアリーシア・ファンドール子爵令嬢として参加してくる。それを考えると、アッシュと体が入れ替わったのは幸運だったかもしれないな。お嬢様じゃ、正面衝突しか出来ないから、完全に潰されてたかもしれない・・・。下手したら、あらぬ罪で国外追放とか、投獄、処刑なんて事も・・・」
アッシュはぶつぶつと恐ろしい事を呟きながら、考え込み始めた。
「ちょっと、待て!俺だってリーシャが相手じゃ、勝てるなんて思わないぞ!」
孤児院の時はエリックと一緒だったから何とかなったのだ。それにあの時リーシャは、俺の事を完全に舐めてたから出し抜けたんだし。
「夜会だけでも、精一杯だったのに、これ以上お茶会やパーティだなんて・・・」
考えただけで、体が震えた。
「大丈夫だ。数をこなせば、お前なら慣れる」
「そうよ、お前なら慣れるわ」
ちょっと待て!どうしてお嬢様も、手の平返したようにエリックの味方をするんだよ!?
「どうやら、お嬢様はリーシャにしっかり目を付けられたみたいだからな。夜会の時みたいに上手く躱せ」
「そうよ、上手く躱しなさい」
いい加減にしろ!と二人に向かって叫びたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます