第14話 アヴェニールとシュペールバルク

 庭園の噴水の周りには、大人のカップルが多かった。俺はあまり見ない様に、そそくさと庭園の奥へと進む。

 確かさっき、窓からチラッと見えた気がしたのだが・・・。


 「やっぱりあった!」


 そこには見事な秋薔薇が咲き誇っていた。


 「凄い!アシュラムがこんなに大きく。こっちはシュペールバルクだ!配色もばっちり。さっすが宮殿の庭園だな!」


 感動に身が震えた。どうやったら、こんなに見事に花を咲かせることができるんだろう?もしここの庭師に会えるもんなら、教えを乞いたいところだ。


 「ヤバい・・・虫食いも枯れ葉すら一つも無い。凄い技術だ・・・」


 「あら、それはどうもありがとう」


 急に後ろから声をかけられて、驚いてビクッと背筋が伸びた。心臓がバクバク鳴ってる。だけど慌てて振り返った時、そこに居た人物を見て、俺はそれ以上に驚いた。


 (うわ・・・)


 ピンクシルバーの髪に、紫の瞳。めっちゃくちゃ綺麗な少女が俺を見てにっこりと笑った。

 そのあまりの可憐さに、一気に体温が上がった。


 (こ、こんな綺麗な子、この世にいるんだ・・・)


 お嬢様やリーシャとも違う美しさ。例えるなら何だろう?アヴェニール?年の頃は二人と同じくらいに見える。


 「あなた、この薔薇園の素晴らしさが分かるのね。お目が高いわ」


 「え?あ、あの・・・?」


 少女は俺の方へ近付くと、シュペールバルクの薔薇の花に手を添えた。


 「この薔薇、あの方に似てるわね。アリーシア・ファンドアールに」


 「は?」


 「だけど、あの方はこの薔薇の花言葉に相応しい方かしら?貴女はどう思う?ドルトムント侯爵令嬢様」


 (あ・・・!)


 ドルトムント侯爵令嬢。そう呼ばれて、自分が今お嬢様になってる事を思い出した。


 (あああ、あっぶねぇ・・・庭園に興奮して、忘れてた!)


 少女は綺麗な笑みを浮かべて、俺を見つめている。


 (な、何でこの子、お嬢様の名前を知ってんだ?ど、どっかで会ったっけ?)


 俺の疑問が顔に出ていたのか、少女はくすっと笑った。


 「貴女を含めた婚約者候補の方達は今日の主役ですもの。それに、貴女はとても目立ってましたから」


 「め、目立ってた?」


 嘘だろ?俺、何かしたっけ?


 「ええ、ダンスは貴女が一番お上手でしたからね。ふふ・・・話題性ではアリーシア・ファンドアールに持っていかれたみたいですけど」


 アリーシア・ファンドアール・・・リーシャの事をこの子は呼び捨てで呼ぶ。だけど、そこには何の感情も読み取れなかった。

 それに、俺はすっかり舞い上がっていた。王子とダンスを踊った時よりもテンパっていたのだ。


 (いい、いったいこの子は誰なんだろう?どうして俺・・・いや、お嬢様に話しかけたんだ?)


 どう返すのが正解か分からなくて、あたふたしながらも黙ったままの俺に、少女はもう一度微笑んだ。


 「またお会いするのを楽しみにしてますわ。ドルトムント侯爵令嬢様」


 今まで見た中で、一番優美なカーテシーをすると、彼女は俺にくるりと背を向けた。だけど思い出したように少し振り返ると、


 「アリーシア・ファンドアールには、お気を付けなさいな」


 そう言うと、今度は振り返る事無く去って言った。


 (え・・・)


 俺は狐につままれたような気分でしばらくぼんやり突っ立っていた。


 (な、何だったんだろう、今のは・・・?おっと!アンドレイ様と旦那様のところへ戻らなくちゃ)


 レストルームに行ったにしては、時間をかけ過ぎた。もしかしたら心配して探しているかもしれない。俺は急いで、宮殿の中へ戻った。

 宮殿のホールでは、王子と婚約者候補のダンスは終わったようだ。夜会の客達が踊ったり、喋ったり、宴もたけなわと言う感じだ。


 (え~っと、アンドレイ様達は・・・?)


 宮殿内を探してうろうろしたが、何しろ広い上に人が多くて見つけられない。キョロキョロ見回しながら歩いていると、突然俺にドンっと誰かがぶつかった。


 「うわっ!」


 危うく転びそうになる所を、こらえる。すると俺にぶつかった相手が「きゃっ」と声を上げて派手に倒れた。

 

 (あ・・・!)


 大丈夫か?と助け起こそうと手を差し伸べた時、その相手は突然、涙ながらに叫んだ。


 「酷いですわ、エルシアーナ様!どうして私を突き飛ばしたりなさったのですか!?」


 (は・・・?)


 俺にぶつかって倒れたのは、アリーシア・ファンドール・・・リーシャだった。彼女はあっけに取られている俺を置いてけぼりにして、尚も声を上げる。


 「私の事がそんなにお嫌いですか?同じ殿下の婚約者候補ですのに・・・」


 弱々しい声なのに、周りにはしっかり響かせると言う、凄い技を使っている。そこで俺はこれはマズいと気づいた。彼女は俺・・・お嬢様を悪者に仕立て上げようとしている!?

 この茶番劇を見ている周りの人達には、俺がリーシャをワザと突き飛ばしたように見えてるだろう。このままじゃ、お嬢様の評判が・・・。

 焦った俺は、リーシャの前にひざまづいて手を伸ばした。


 「誤解だ!シュペールバルクの方」


 「は?」


 リーシャの手を掴んで引っ張り起こす。


 「ぶつかってごめんね。シュペールバルクの薔薇の様に美しい髪と瞳だと言ったんだ。花言葉を知ってる?」


 「え・・・?」


 「愛と美だよ。君にとても良く似合う」


 そう言って、愛想良く笑みを浮かべてみると、リーシャは戸惑った表情で頬をピンクに染めた。

 よし!俺を攻撃する気が失せたようだ。喧嘩を売られそうなときは、逆に褒め倒すに限る。

 すると、周りにいたご令嬢達から「きゃあ」と言う声が上がった。


 (ん?)


 何故か、頬を染めて熱っぽい目で俺を見てる。どう言う訳だ?

 分からないまま礼をして、慌ててその場を後にした。

 その後やっとアンドレイ様達を見つけ、俺は無事に帰りの馬車に乗り込む事が出来たのだが・・・


 (やった!何とか無事に夜会を終えたぞ!)


 心の中でガッツポーズをしながらそう思って、ハタと思い出した。

 

 「あ・・・お嬢様言葉、忘れてた・・・」

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