第13話 ダンスと青い目

 「おいおい、あの子が可愛いからって、睨むなよ」


 「に、睨む?」


 アンドレイ様は、何を勘違いしたのかニヤッと笑った。


 「安心しろ。見た目だけなら、お前だって負けて無い。むしろ美人度なら上だ。ちょっときつめだけどな」


 なるほど、ライバル意識で彼女の事を睨んでいたと思われたようだ。お嬢様の性格を考えると、そう思われても仕方ないかもしれない。

 だけど俺はそんな気持ちで彼女を見ていたわけではなかった。


 (アリーシアだぁ?それにリーシャが子爵令嬢だって?そんなバカな)


 そう考えて思い直す。彼女がもし俺が知ってるあの子なら、ありえない事では無いのかもしれない。

 だけど、あの子が王子の婚約者候補だなんて。そんな・・・もしも彼女が、このまま妃なんかに選ばれたら・・・


 「おい、エルシー!」


 アンドレイ様に肩を叩かれて、我に帰った。


 「な、何?いえ、何でしょう?」


 「何でしょう?じゃ無いよ。直ぐにお前の番が来るぞ」


 「へ?何の?」


 、が抜けてしまった。


 「何を惚けてるんだ?第一王子殿下とのダンスに決まってるだろ?」


 それを聞いて、頭を叩かれた気分になった。


 (そ、そう言えば、そんな事言ってたような気が・・・)


 他の事に気を取られて、すっかり頭から抜け落ちていた。


 「ほら、最初の令嬢がもう終わるぞ」


 見ると、最初に名前を呼ばれた公爵令嬢とのダンスが終わるところだった。フランシーヌと言う名前だったか、そのご令嬢は、遠目で見ても明らかな程、がっちがちに緊張していた。


 (う、うわあ、殿下の足を踏みまくってるぞ)


 王子殿下はそれでも涼しい顔をしているが、結構痛いに違い無い。フランシーヌ嬢の顔はもう真っ青だ。

 何だか、両者とも気の毒になってくる。

 そうして微妙な拍手の中、二人のダンスは終わり、フランシーヌ嬢は涙を流して走っていった。


 (気の毒に・・・)


 そんな何とも言えない空気の中、王子は何事も無かったように続けてメラニー嬢に手を差し伸べた。

 豊かにカールした赤い髪を揺らしながら、メラニー嬢は自信に満ちた顔で、王子の手を取った。


 二人のダンスはなかなかに見事だった。ただ、やたらとメラニー嬢は派手なパフォーマンスをしたがるようで、急に回転を入れたり、体を逸らしたりするので、王子はその度に戸惑ってやりにくそうに見えた。


 「一人一人のダンスは、通常より短めなんだ。だからそろそろお前の番だ」


 アンドレイ様にそう言われて、一気に緊張が増す。


 (ま、マジで王子と踊るのか!?庭師の俺が?」


 ダンスだって、つい最近エリックとお嬢様にに教わっただけなのに。

 テンパる俺に向かって、アンドレイ様は真剣な顔で言った。


 「いいか、ダンス中にベラベラ喋るなよ!」


 (喋れるかよ!?)


 あたふたとしているうちに、王子とメラニー嬢のダンスは終わりに近づいた。メラニー嬢は曲の最後には派手なターンを2回すると、両手を高く上げてからカーテシーをした。まるで主役は自分だと言わんばかりだ。身内の人達だろう、ある一角から大歓声が聞こえる。


 だけど、俺はそんなもん構っていられなかった。まだホールの真ん中で手を振り続けているメラニー嬢を置いて、サーフェス王子が真っ直ぐこちらに歩いてきたからだ。


 (う、うわぁ・・・嘘だろ!?)


 輝く銀色の髪に、湖の様な青い瞳。イケメンだ。背も高い。本当の俺と同じくらいの身長だろうか?

 俺の目の前で、王子がスッと手を差し伸べた。


 (く、くっそ~!)


 こうなったら腹はくくった。俺はかすかに震える手を、王子の右手に乗せる。庭師の渾身のダンスを見せてやろうじゃ無いか!


 ホールの真ん中で、大観衆に見守られながら俺は王子とダンスを踊った。出だしは快調。エリックのレクチャーは完璧だ。


 (よし、このまま無事に踊り切れば・・・)


 ダンスが短くて、本当に良かった。そう思いならが、必死でステップを踏んでいたら、頭の上からぼそりと呟く声が聞こえた。


 「君は、どうして私の顔を見ない?」


 「は?」


 思わず間抜けな声を出しながら見上げると、王子とばっちり目が合ってしまった。


 (やべ!そう言えばエリックに、ダンス中は顔を見ろって言われてたっけ!)


 「す、すみません!」


 そう謝って、今度は王子の顔を見ながらダンスを続けた。吸い込まれそうな青い目が、射抜く様に俺を見ている。そしてその目が全く笑って無い事に気付いて、背中がヒヤリとした。


 (こっわ・・・顔は笑顔なのにさ)


 そして、ふと思った。もしかしたらサーフェス殿下は、この婚約者候補選びに、乗り気じゃ無いのかもしれない。


 (王子ともなると、好きとか嫌いだけで結婚相手は選べないんだろうな)


 何せ、婚約者候補からして5人だ。しかもほぼ有力貴族のご令嬢。本人の希望はどこまで反映されているんだろう?


 (なんか色々しがらみがあるんだろなぁ)


 将来、結婚できるかどうかも分からない庭師からしちゃ、ぜいたくな悩みだだが、それでも一国の王子様の責任を思うと、少し気の毒になった。このダンスだって、まるで見世物みたいに周りから注目されている。もしも自分がそんな立場なら、気の休まる時も無いだろう。


 「お疲れ様っすねぇ」


 「え?」


 ポロっと零してしまった言葉に、サーフェス殿下が面食らったような顔で俺を見た。


 (あ・・・やば!)


 マズい!思わず声に出てた!貴族のご令嬢はこんな言葉使わないぞ!

 焦りながらも、なんとかダンスのステップは間違わなかった。ありがたい事に、曲が終わり、俺は急いで王子に頭を下げた。


 (あ、危なかった・・・)


 いや、失敗だったかもしれない。ダンスも最初、王子から注意されたし、もしこれで婚約者候補から外されたらどうしよう?


 (お、お嬢様・・・それにエリックもごめん!)


 情けない気持ちで、慌ててその場から離れようとした時、ワッという歓声と拍手に囲まれた。


 「え?」


 アンドレイ様が俺の満面の笑みで俺の肩を抱いてくる。


 「エルシー良くやった!素晴らしいダンスだったぞ!」


 顔を上げると、旦那様も満足そうに頷いていた。周りからも「何と言う気品のあるダンスでしょう!」「作法も完璧だった」なんて声も聞こえてくる。


 (あれ・・・?大丈夫だったのか?)


 途端に、体中から力が抜ける。

 曲が始まり、王子はもう次の令嬢とのダンスを始めている。すこしぽっちゃりした令嬢は、いきなり足がもつれているようだ。


 「ダンス中に、殿下から声をかけられたのは、お前が初めてだったな。何の話をしてたんだ?」


 アンドレイ様にそう聞かれたけど、さすがに本当の事は言えなかった。


 俺は周りからの称賛に適当に笑って、適当に返事をしていたが、堪らずレストルームへと逃げ出した。正直これ以上、他のお貴族様と話をしていたら、ボロが出まくってしまいそうだ。


 (さっさと帰りたいよ・・・)


 一応、今日の大役は無事に務め終えたはずだ。だけどやっぱり早く、元の体に戻れるようにしないとなぁと思いながら、廊下の窓からふと外を見て、俺は思わず足を止めた。そこには素晴らしく手入れされた庭が広がっていたからだ。


 (さっすが、王宮の庭園だ。規模が違う)


 庭園へは階段で降りられるようで、夜会の客も何人か、散策を楽しんでいるようだ。引き寄せられるように、俺は庭へと足を向けた。

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