第12話 5人の婚約者候補達
王族への挨拶には、旦那様のドルトムント侯爵も一緒だった。俺は再び、がっちがちに緊張する事となる。
「陛下、我が娘のエルシアーナ・ドルトムントでございます。どうぞお見知りおきを」
(う、うおおおお)
王様の顔なんて見れやしない。もちろん、その周りにいる王族の方々も同様だ。旦那様とアンドレイ様の横で、顔を伏せたままカーテシーをするのが精一杯だった。だけど、どうやらそれが逆に良かったようで、
「エルシー、今日の作法は完璧だった。えらいぞ」
と旦那さまからは褒められたし、アンドレイ様からは
「どうした?体調でも悪いのか?」
と心配された。一体、いつものお嬢様はどんな様子なんだ?
その後しばらくはアンドレイ様の影に隠れて、この憂鬱な時間をやり過ごしていた。すると、突然ラッパのファンファーレの音が、宮殿内に鳴り響く。騒がしかった宮殿内は、水を打ったように静まり返った。そして辺りは息を飲むような緊張感に包まれた。
(え?お?何事だよ?)
おろおろする俺の耳に、アンドレイ様が顔を近づけて耳打ちした。
「いよいよ、婚約者候補の発表だぞ」
(え!?も、もう?)
王族の方達が座っている場所の一段下で、巻物を持った年配の男性が一歩進み出た。
「今から、第一王子殿下サーフェス様の、ご婚約者候補に決定しましたご令嬢方のお名前を読み上げます、お名前を呼ばれた順に、第一王子殿下とダンスをして頂きますので、そのおつもりでお願い致します、では・・・」
朗々とした声の男性はそこで言葉を止めると、勿体ぶった調子で「おほん」と咳払いをした。宮殿内の緊張感は、ますます高まっていく。
「ロレーヌ公爵ご令嬢、フランシーヌ様」
ワッという歓声と拍手が、宮殿の一角で沸き起こった。その真ん中で、栗色の髪のやはり青いドレスを身にまとった少女が、嬉しそうに両手を頬に添えていた。そして、落ち着いた仕草でカーテシーをする。
「ふ~ん、まずは順当なとこだな。王族以外ではこの中で、一番身分の高いご令嬢だ」
アンドレイ様が解説する様に耳打ちしてくる。
(へえ、そうなんだ)
確かに上品そうだし、着飾ったドレスやアクセサリーも滅茶苦茶豪華だ。だけど、こう言ってはなんだけど、可愛さや美しさでは、さっき見た少女の足元にも及ばない。そしてもちろん、お嬢様にも。
「オルグレン侯爵家ご令嬢、メラニー様」
先程よりも大きなキャーという歓声が響いた。見ると超グラマーで迫力のある赤い髪のご婦人が、手を叩いて喜んでいた。そしてそこには、
(お・・・!)
さっき俺・・・というかお嬢様に向かって難癖をつけて来た、あの赤い髪のご令嬢が、当然と言う顔ですましていた。
「おいおい、エルシー。メラニー嬢に負けてしまったな。だからって癇癪を起こすなよ?」
「え?」
アンドレイ様にそう言われて、思わず聞き返してしまった。
「呼ばれた順番が早い方が、有力候補だからな」
(そ、そうなんだ)
なんだか周りの熱気に感化されたのか、俺もドキドキしてくる。あれだけお嬢様がなりたがってた婚約者候補だ。もし外れてしまったら、どんなに、がっかりするだろう・・・いや・・・どんなに俺に怒るだろう・・・。
これはヤバいと、慌てて心の中で必死に神に祈った。すると、
「ドルトムント侯爵令嬢、エルシアーナ様」
「やった!」
アンドレイ様がそう叫んで肩を叩き、俺は周りにいた人達の拍手に包まれた。旦那様も満足そうに頷いている。身体の力がすーっと抜けて行くのが分かった。
(お、おっといけない、カーテシーだ!)
急いで、ドレスを持ち上げ膝を折る。
(た、助かった・・・まずは、お嬢様の目標は達成だ)
これで、怒られずに済むだろう。
「良かったな、エルシー。でも日頃の行いが良ければ、もう一つ早く呼ばれてたはずだぞ。これからは、もう少し言動を控えろよ」
「は、はい」
アンドレイ様に言われなくても、俺はもちろん、そうするつもりだ。
後はもう、なるべく大人しくして、目立たない様に・・・早くこの夜会が終わりますように。そんな風に思っていたら、次のご令嬢の名前が読み上げられた。何とか伯爵家のご令嬢で、あまり冴えない雰囲気の方だった。やはり青色のドレスだ。
(お嬢様もそうだけど、みんな青色のドレスなんだな。やっぱ、王子殿下の目の色がそうだからなのか?)
そのつもりで周りをよく見てみると、年若いご令嬢のほとんどが、素材やデザインは違うが青色のドレスを着ている。
(モテモテかよ・・・)
ちょっと面白くないと思うのは、男としては当然だろう。
「それでは、次が最後の婚約者候補の方です」
発表者の言葉に、宮殿内でいくつかの息を飲む声が聞こえた。
(最後って事は、婚約者候補は5人か。おうおう、うらやましいこって)
どうも思考が、僻みっぽくなってるようだ。だけど、最後のご令嬢の名前が読み上げられた時、俺はまた驚きに目を見張る事になった。
「ファンドアール子爵家ご令嬢、アリーシア様」
何故か歓声よりも、どよめきの方が大きかったと思う。
「子爵・・・?」
アンドレイ様が怪訝そうにつぶやいた。
だけど名前を呼ばれ、戸惑った様子でカーテシーをした少女は、目を奪われるほど可愛らしい容姿をしていた。ピンクがかった瞳に、オレンジよりの明るい金髪の少女。そう、さっき見たあの少女だった。
俺は唖然とした気分で、彼女の姿をただ見つめていた。
(やっぱりそうだ。アリーシアって・・・リーシャ!?)
彼女は顔を上げるとふわりと笑みを浮かべる。その愛らしい姿に、宮殿内の客達は「ほう・・・」と感嘆の溜息をついた。
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