第11話 邂逅

 「頼むから、今日の夜会では大人しくしてくれよ、エルシー」


 アンドレイ様は俺の手を引きながら馬車に乗り、溜息をついた。


 「この前のお茶会の時みたいに、他の令嬢にティーカップを投げる様なマネはするんじゃないぞ」


 (お嬢様ってば!そんな事したんですか!?)


 エルシアーナ様の武勇伝の数々は、エリックから少しは聞いていたけど、思っていた以上の暴れっぷりだったようだ。


 (安心してください、アンドレイ様。俺にはお嬢様の域は無理です)


 そもそも庭師の身で、貴族の夜会に出ること自体おかしいんだ。たとえ体はお嬢様になっていたとしても。


 緊張で手足が震える。永遠に馬車が着かなければ良いのに。いっそ、馬車がひっくり返ってくれないかなんて、物騒な事まで考えてしまう。


 「はぁ・・・」


 溜息を連発する俺に、アンドレイ様は何を勘違いしたのか、


 「エルシーでも、さすがに今日は心配になるのか?・・・まぁ、お前の評判が悪いのは今日に限った事じゃ無いだろ?なあに、よっぽど下手な事をしなければ、婚約者候補には残れるさ。うちの父上はかなりこの国に貢献してるからな」


 そう言って、ウィンクしながらニカッと笑う。


 (その、よっぽどの下手な事をしそうで、怖いんですよ)


 だけど、無情にも馬車は無事到着してしまった。初めて見る王族の城に連なる宮殿を目の前に、俺の体からサーっと血の気が引いた。


 (む、無理だろ、これ・・・)


 侯爵様の屋敷の何倍もでかい。そして周りは着飾ったお貴族様達ばかりだ。


 「何をしてるんだエルシー。行くぞ」


 呆けている俺の背中を、アンドレイ様は軽くたたく。俺はよろける様に前に歩き始めた。


 宮殿内を進むにつれ、俺の緊張はどんどん酷くなっていく。磨き上げられた大理石の床に煌びやかなシャンデリア。色とりどりのドレスをまとって笑い合う貴婦人達に、立派な衣服の紳士達。そして見た事も無いご馳走の数々。


 (別世界・・・)


 ここは俺の住む世界とは、違う場所だ。そう思うと手がどんどん冷たくなり、足ががくがく震え始めた。目の前が歪んで、聞こえる音が遠い。まるで水の中を歩いているようだ。


 (・・・やっぱり無理だ・・・俺なんかじゃ、お嬢様の替わりは務まらない)


 いっそ、走って逃げ出してしまいたい。そんな風に考えた時、突然俺の前に立ちふさがる人影。


 「あら、エルシアーナ様。貴女もいらしてたのですね。まぁ・・・相変わらず、地下室の暗がりの様な御髪ですわね、素敵ですわぁ」


 (ん?)


 それは、真っ赤な髪をしたお嬢様と同じ年くらいの少女だった。馬鹿にしたように笑った顔で、好戦的な目を俺に向けている。


 「お茶会で暴れる様な方は、第一王子殿下の婚約者候補には相応しくないのではないかしらぁ?お早めにお帰りになったらいかが?」


 (あっ!)


 顎を上げた彼女の赤い髪が揺れるのを見て、俺はハッとした。昨日エリックとお嬢様に聞いていた事があったのだ。


 ―――いいか、もし赤い髪のご令嬢に会ったら、何か言われても適当に話を誤魔化して逃げろ。メラニー・オルグレン侯爵令嬢と言って、お嬢様とは犬猿の仲だから。


 (そっか、この方がメラニー様か!)


 ヤバい、ど、どうしよう?逃げろって言われてもどうやって?

 助けを戻める様に周りを見たが、いつの間にかアンドレイ様はどっかへ行ってしまって見当たらない。


 ―――あの性悪女!2、3発、引っ叩いてやっても良いからね。


 お嬢様が言ってた事を、参考にしては絶対駄目だ!

 俺はぐるぐるする頭で、考えに考えた。そして出てきた言葉は・・・


 「しょ・・・」


 緊張して言葉が続かない。メラニー様の方眉が怪訝そうに上がる。頑張れ俺!


 「初夏に咲く、アマリリスの様に美しい髪だ・・・いえ、ですね。赤いアマリリスの花言葉をご存知で?」


 「は・・・?」


 「『輝くほどの美しさ』でございますですのよ。それではごきげんよう、おほほほほ」


 呆気に取られた様に黙り込んだメラニー嬢から、俺は足早に離れた。良かった。どうやら上手く逃げられたようだ。

 最初にパンチの強い方と会ったおかげか、緊張は続いているけど、さっきの様な不安定な気持ちは無くなっていた。


 (落ち着け・・・鏡を見ただろ?今の俺は、ちゃんとエルシアーナお嬢様だ)


 とりあえず、はぐれてしまったアンドレイ様を探さなくては。そう思って会場内をキョロキョロ見回す。


 (え・・・?)


 俺は、その場で立ち止まった。

 目線の先の一人のご令嬢を見て、俺は唖然としてしまったのだ。


 オレンジがかった金髪に、ピンクがかった灰色の瞳。ふわふわとした青いドレスに身を包んだ少女は、飛びぬけて可愛らしい容姿をしていた。彼女は優し気な笑みを浮かべて、同じ年ぐらいの少年達と談笑している。


 本当に綺麗な子だった。周りの人達も、彼女に目を奪われている。だけど俺が驚いたのは、別の理由だった。


 (俺・・・この子の事を知っている)


 そんな馬鹿なと思い直す。貴族のお嬢様なんて、エルシアーナ様ぐらいしか会った事が無い。きっと他人の空似だ。だけど・・・

 ずっと見ている俺に気づいたのか、彼女がふとこちらに顔を向けた。視線同士が交差してぶつかり合う。

 そして一瞬後、彼女は笑った。こちらに向かって。その顔を見て確信した。


 (どうして、彼女がに?)


  思わず彼女の方へ一歩踏み出そうとした時、後ろから肩を掴まれた。


 「おい、エルシー!探したぞ。早く王族の方にご挨拶に行かないと!」


 「ア、アンドレイさ・・・いえ、お兄様!」


 「全員の挨拶が終わったら、直ぐに婚約者候補が発表されるとさ。・・・頼むから、王様の前でべらべらと、いらない事を喋るんじゃないぞ!いいな!」


 「ははは、はい!」


 振り返ると、もう彼女の姿はそこには無かった。

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