第10話 青色
「落ち着いてください、お嬢様。夜会まで10日ありますから、何とかなりますよ」
エリックは事も無げにそう言ったが、俺の方は大焦りだ。
「何とかって・・・まさか、俺がその夜会に出るのか!?そんなのさすがに無理だろ!?」
忘れて無いか?俺は庭師だぞ。
「何を言ってるのよ!?第一王子殿下の婚約者候補になるには、夜会への出席が必須なのよ!・・・お前には首輪を引っ張ってでも、行って貰うわよ」
お嬢様の目が据わっている。
(ひ・・・嘘だろ)
俺が助けを求める様にエリックを見ると、彼は呆れた顔で言った。
「お嬢様は、そんなに第一王子殿下の妃になりたいので?」
「当たり前でしょ!?第一王子殿下のサーフェス様は、王太子候補の筆頭よ!この私が一番、妃に相応しいわ!」
そう言って、腰に手を当て胸を反らせた。
「サーフェス殿下は御年14歳。私は12歳で年齢的にもぴったりよ。それに私は侯爵令嬢だし、お父様はこの国一番のお金持ちだわ!」
そして突然ビシッと俺の方を指差すと、
「見なさいよ、この美しい私を!緑なす黒髪にエメラルドの宝石の如く煌めく瞳!お父様もお母様も、いつも美人だって言ってくれるもの。だからサーフェス様も絶対に私を選ぶに決まってるわ」
「自分で言ってて、恥ずかしくならないのですか?自信があるのはお嬢様の長所の一つですがね・・・。厚顔無恥と言うのは、恐ろしい事です」
エリックはげんなりした顔で、首を振った。
「では、尚更アッシュには頑張って貰わねばなりませんね。まぁ、でも夜会で大きなヘマさえしなければ、お嬢様の言った通り、この侯爵家は家柄と財産はありますからね。順当に婚約者候補にはなれると思いますよ」
「それだけじゃ足りないわ」
お嬢様は俺の方に詰め寄ると、胸ぐらを掴み上げてきた。
「婚約者候補の一人になるだけじゃ、駄目よ。良い、アッシュ!お前は絶対に夜会で、サーフェス殿下に気に入られなきゃいけないの!失敗は許しませんわ!」
「はは、はい!?・・・え?でも、そんな・・・」
正直言って、不安しかない。何とか作法は身に着けたし、ダンスだって踊れるようになった。だけど、何度も言うが、俺はただの庭師なんだってば。
「す、すみません・・・お、王子殿下に気に入られるのは、俺じゃ無理かと・・・」
恥をかかない様にするのが、精いっぱい。いいや、それすら難しいと思うのだが・・・
「駄目よ、私は絶対にサーフェス殿下の妃になるんだから!」
「く・・・苦しいです。お嬢様・・・」
目を剥きながら、俺の首を締め上げるお嬢様の後ろで、エリックは眼鏡をゆったりとかけ直している。何をのんびりしてるんだ、早く助けろ・・・
「それ以上やったら、アッシュの息の根が止まりますよ?自分の体に怪我させないようにって、さっきも注意しましたよね?」
エリックは何度目かの溜息をついた。
「アッシュの体は馬鹿力だって言ったでしょ?大丈夫ですよ、お嬢様。アッシュの立ち振る舞いは完璧ですから。・・・いえ、むしろお嬢様が夜会に行くよりも、安心かもしれませんねぇ・・・」
「どう言う意味よ・・・?」
お嬢様はやっと俺の服を放し、エリックの顔を睨みながら、腕を組んだ。
そしてエリックは咳き込む俺の背中を撫でながら、澄ました顔で、
「現時点で既に、アッシュの方が立ち振る舞いも、ダンスの腕前も上ですからね。それに、いつものお嬢様の様に、高飛車で高慢な態度は取らないでしょうし、周りの迷惑になる程、うるさく喋ったりもしませんしね。だから今までみたいに、他の令嬢と揉め事を起こす事も無いでしょう」
そう言うと、満面の笑みで拍手し始めた。
「おめでとうございます、お嬢様!王子殿下の婚約者候補の座は、手に入れたも同然ですよ」
お嬢様は握った拳を震わせながら、目を吊り上げた。
そうして、夜会の日はあっという間にやってきてしまった。
お嬢様の部屋で、メイドのマーリが髪を整え、ドレスを着せ付ける。新しいけど、前にお嬢様がテラスから落ちた時と同じ、青い色だ。
「お嬢様は青色がお好きですね?お似合いですよ」
「そ、そうかしら?」
そう言えば、お嬢様の服は、やたらと青い色が多い気がする。
「第一王子殿下の瞳の色も、青色と聞きましたわ。きっとお目に止めてくれますよ」
マーリはそう言うと、うふふと笑った。
(そ、そういうものなのか・・・?)
「さあ、出来ましたわ!お美しいですわ、お嬢様!」
そう言われて、顔を上げ、姿見を見る。そこには黒い髪を小花と一緒に編んで横に垂らし、つやつやした青いドレスに身を包んで化粧を施したお嬢様が映っていた。
(うっわ・・・可愛い・・・)
エリックは厚顔無恥って言ってたけど、ほっそりとして目鼻立ちのはっきりしたお嬢様は、相当綺麗だと思う。
(きっと大人になったら、すっごい美人になるだろうな・・・。それまでに、お互い元に戻れると良いけど・・・)
それを考えると、気が重くなった。
「エルシー、準備は出来た?・・・まぁ、素敵!なんて可愛らしいの!」
部屋に入ってきた奥様が、感嘆の声を上げた。
「エルシーならきっと、婚約者候補になれてよ。さぁ、お父様とアンドレイが待ってるわ」
そう言われて、俺は緊張して背筋を伸ばした。今日の夜会では、兄君のアンドレイ様がエスコートとやらをしてくれるらしい。
(へ、ヘマしませんように・・・)
祈る気持ちで、俺は奥様に続いて部屋を出た。
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