第9話 くすんだ庭師と猛獣使い

 結論を言うと、エリックのシナリオと俺の小芝居は、しっかりと実を結んでくれた。

 二日後にハンスは旦那様から解雇を言い渡され、この屋敷を去って行ったのだ。

 

 (やれやれ・・・)


 俺がこの屋敷に庭師見習いとして雇われて2年。殴られ蹴られ、仕事を押し付けられた。そんな理不尽な日々からの解放は、思ったよりもあっけなかった。


 (でも俺がお嬢様になってなかったら、話しは進まなかっただろうな)


 だけど一番驚いたのは、1週間後には執事のオーギュストさんも、この屋敷を去って行った事だった。


 「お前・・・何をやったんだ、エリック?」


 「別に。旦那様に本当の事を報告しただけさ」


 話を聞くとオーギュストさんは、お屋敷のお金に手を付けていたらしい。


 「少しずつ証拠を集めていたんだ。もう少しかかると思ってたけど、今回の件は丁度良かった」


 エリックはニヤリと笑って眼鏡を外すと、ハンカチで拭き始めた。


 「今までは、子供の執事見習いの話なんて、きちんと聞いては貰えなかったからな。エルシアーナお嬢様の後押しは有難かったぜ」


 そう言って、俺に向かって見事なウィンクをしてみせた。同性だと言うのに少しドキッとする。


 (こいつ、眼鏡を外すと無駄に綺麗な顔してるよな)


 癖の無い金色の髪に、青い目。まるで貴族のご子息様みたいだ。

 実はエリックは、目が悪い訳では無い。彼がかけてる少し大きめの眼鏡はダテ眼鏡というものらしい。何でそんなものを使うのかと前に聞いた事があったが、


 ―――無用な面倒事に巻き込まれたくないだろ?


 肩をすくめてそう言っていた。


 (あれは、どう言う意味だったんだ?)


 俺と違って利口な奴だから、きっと何かわけがあるのだろう。


 エリックは眼鏡のガラスを綺麗に拭くと、また顔にかけた。綺麗な顔は生意気そうな、スカした執事見習いに戻ってしまった。



 そして、次の日。秋口の庭木の剪定に付いて説明している時だった。お嬢様は突然、溜息をつくと、


 「それにしてもお前って、どこを見てもくすんでいるのねぇ・・・」


 「はい?」


 お嬢様は短い俺の髪をつまむと、つまらなさそうに言った。


 「鏡を見た事無いの?目も髪も灰色。おまけに来ている服もぼろぼろの灰色。全身灰色で華やかさの欠片も無いわ」


 庭師に華やかさを求めないで欲しい。


 「アッシュの服がぼろぼろなのは、ハンスがこいつの作業服代までネコババしていたせいですよ。もうすぐ新しい服が来ます」


 「なら、もうちょっと綺麗な服にして頂戴!リボンとレースもつけて欲しいわ!」


 お嬢様の言葉に、自分がリボンとレースのついた作業服を着た姿を想像して、げんなりした。

 エリックは呆れたように両手を広げると、


 「やっぱり貴女はあほうですね。作業服にそんなもの、付けてどうするんです?」


 「あ、あほうとは何よ!?」


 「のーたりんの方が、良かったですか?」


 「何ですってぇ!?貴方なんかクビよ!」


 また、始まった。


 エリックとお嬢様の小競り合いは毎回の事で、俺はすっかり慣れてしまっていた。


 (お嬢様が言った事に対して、エリックが馬鹿にして。でもってお嬢様が怒り出す。いつものパターンだなぁ・・・)


  だけどいつも二人の呼吸はぴったりで、仲が良いのか悪いのか分からなくなる。 

 

  エリックはため息をつくと、眼鏡をキラリと光らせた。


 「くだらない事を仰って無いで、早く庭師の仕事を覚えてくれませんかね?アッシュはこの1週間で、お茶や食事の作法も、カーテシーも、ダンスまで覚えきりましたよ?」


 「う、動きだけだけどな・・・」


 褒められたようで、少し嬉しくなって照れてしまう。見よう見まねが得意な俺は、何とか貴族のお嬢様に必要な、体の動きだけは身に付けたのだ。


 「でも喋り方は不合格よ。貴方の言葉使いはまるっきり庭師だわ!」


 (そりゃあ、庭師ですから)


 ドヤ顔で俺に指を突き付けるお嬢様に、心の中でそっと反論した。するとエリックはふんっと鼻を鳴らすと、


 「安心しろ、アッシュ。普通の貴族のご令嬢は、ここまでべらべら喋らない」


 そう言って親指でお嬢様を指し示した。


 「一応言っとくがこの方は規格外だからな。マネしなくて良いぞ。むしろ大人しく黙ってるぐらいの方が、周りの受けは良いかもしれないな」


 「ちょっと、それはどう言う意味よ!?」


  再びお嬢様がいきり立った。


 「お嬢様は、お茶会でも夜会でも喋り過ぎなんですよ。一緒に参加しているアンドレイ様達も困って・・・」


 エリックがそう言いかけた時だった。突然お嬢様は立ち上がると、かっと目を見開いた。


 (な、何だ・・・?)


 「大変だわ・・・今度、王宮で夜会が催されるのだったわ・・・」


 「え?」


  お嬢様は瞬きもせず、ゆっくりと俺に近寄ると、そのまま俺の肩をがしっと掴んだ。焦点の合わない目で、覗きこまれる。


 (ひっ・・・)


 「夜会では、第一王子殿下の婚約者候補が決まるのよ・・・。どうするの?ねぇ!お前、どうしてくれるのよ!?」


 お嬢様は俺の肩を掴んだまま、ガクガクと前後に揺さぶり始めた。


 「ぐ、ぐああああ、お嬢様、ちょっと・・・!」


 このままじゃ、むち打ちになりそうだ。しかも肩に指が食い込んでくる。


 「いて、いててて、お嬢様ってば。か、肩が・・・肩が痛いですって!おい、エリック止めてくれ!」


 腕を組んで、俺達の様子を座って眺めているエリックに、俺は文句を言った。すると彼はパンパンと手を打ち鳴らし、


 「お嬢様、力を緩めてください。そうしないと、貴女の体が怪我をしますよ?」


 エリックがそう言うと、お嬢様はピタリと動きを止めた。


 「あら、そうだったわね。でも・・・そんなに強くは掴んで無くてよ?」


 そう言って、やっと手を離してくれた。凄いなエリック・・・まるで猛獣使いの様だ。


 「あのですね、アッシュの体は馬鹿力なのですよ?日頃から力仕事してますから。気を付けてください」


 (馬鹿力って・・・)


 もうちょっと言い方があるだろう? 俺はがっくりと項垂れてしまった。

 まさか、自分の体に怪我させられそうになるとは、夢にも思っていなかった。

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