第8話 三文芝居
その日の夕食後のティータイム。執事のオーギュストさんが部屋を出て行ったのを見計らって、俺はエリックのシナリオ通りに計画を実行した。
「ハンスは酷いわ 私の命の恩人のアッシュを殴ってばかりいるらしいの あんな怖い人が私の近くにいるなんて耐えられない 庭師を他の人に替えて下さい お父様」
セリフは棒読みだったし、目も泳いでいただろう。だけど地団太だけは最高の出来だったと自負している。
(お嬢様に、実際に見本を見せて貰ったもんな。寸分たがわず再現できたはず)
問題は俺のこの三文芝居に、旦那様が何て返すかだ。
俺の渾身の地団太を見て、旦那様を始め、奥様、兄君のアンドレイ様、弟君のルシアン様も呆気に取られている。
一番最初に口を開いたのは、アンドレイ様だった。
「・・・珍しいな、エルシー。いつもだったら、気に入らない事があったら、『あんな人クビにして!』って喚くだけなのに」
ルシアン様も恐る恐ると言う風に口を挟んだ。
「そうだよ。それがお姉様の口癖だよね・・・?」
(口癖だったのか!?)
道理でお嬢様にさんざん『クビよ!』と言われても、エリックが気にしないはずだ。
そう思ってると、旦那様も我に返ったように、俺に向かって話し始めた。
「あ~、エルシー?アンドレイ達が言う様に、お前がそんな風に言うのは珍しいね。だが、ハンスが暴力を振るうなどと言う話は、いったい誰に聞いたのだい?」
(き、来たぞ!パターン1)
俺は頭の中で、シナリオの頁をめくる。
「エ、エリックですわ。いつもボコボコ・・・いえ、酷い暴力を受けていると聞きましたの。そ、それに今日の昼間、たまたまアッシュを見かけたのですが、顔に痣を作ってましたわ」
(痣どころか、原型が分からない程腫れあがっていたけどな・・・)
エリックの作ったアンサーを答えつつ、俺は可哀そうな自分の顔に思いをはせた。
「う~む・・・確か前も、エリックはそんな事を言っていたな。オーギュストは否定していたが・・・。分かったよ、エルシー。もう一度オーギュストに確認してみようじゃないか。その上で、ハンスの処遇を考えよう」
旦那様のその返事を聞いて、俺はドキリとする。これはマズい!
(パターン3だ!)
慌てて、それに対するアンサーを口にする。
「オ、オーギュストさん・・・じゃなくて、オーギュストは駄目ですわ。彼はハンスと親戚ですもの。彼を庇うに決まってますわ。大体、今までもハンスが怠けているのを知っていながら、オーギュストは黙認していたらしいですのよ」
「何?・・・それは本当かい?」
「ほ、本当ですわ」
「う~む・・・」
旦那様は厳しい表情で腕を組み、考え込む。そしてしばらくして、俺の方に真面目な顔を向けると、
「エルシーが、こんなに理路整然と話すのを、私は初めて聞いた」
(えっ・・・!)
俺は一瞬ギクッと体をこわばらせた。
「いつもの様にクビにしろと騒ぐだけなら、気にする事は無かったのだが・・・ふむ、分かった。エリックから良く話を聞いてみよう。この件は、私が直接調べてみる事にする。その上でハンスの処遇を考えよう」
(や、やった・・・!)
「あ、ありがとうございます!旦那様!」
「・・・旦那様?」
(や、やべ!油断した!)
怪訝そうな顔で聞き返されて、俺は大いに焦った。今の俺は、旦那様にとっては娘だった。
「い、いえ!お父様、お願いを聞いてくださり、う、うれしいですわ」
大慌てて言い直す。旦那様はどう思ったのか、俺に向かってフッと笑うと、
「しかし、驚いたね。エルシーが、そんなに使用人の事を気にかけるとは・・・」
そう言われて、さらにドキリとする。だけど、このセリフは確かパターン5ぐらいに似た様なモノがあったはずで、え~っと・・・、
「ア、アッシュは・・・い、命の恩人ですから、当然ですわ、ほほ」
「ふむ・・・だが、彼はあくまで使用人だからね。気をかけるの構わないが、友達のように仲良くするのは控えなさい」
(あ、あったりまえです、旦那様!)
どうやら、旦那様は変な方向に心配をしているようだ。ま、まずい、このパターンはエリックの返答集にも答えが無かったぞ!?
俺が黙ったままなのを、どう解釈したのか、旦那様は一つ溜息をついた。
どうしたモノかと思ったが、一応、当初の計画は成功したようだ。他のご家族の方も、特に不振がっていない様子。
(よ、よし・・・じゃあ、アレをやってみるか)
上手くいくかどうかは分からないけど、俺はエリックのシナリオにあったオプションを実行する事にした。
「あの・・・お、お父様。もしハンスを解雇した場合、次の庭師には女性の方を雇ってくれない・・・いや、くれませんか?」
「?・・・どうしてだい?」
不思議そうな顔をする旦那様に、俺は少し深呼吸をして説明を始めた。
「に、庭師の人が女性だったら、お・・・いや、私も話しかけやすいでしょう?わ、私って、最近、お花に凄く興味が出てきまして・・・え~っと、もっと庭師と話をしたい・・・のですのよ」
やっべ、オプションだったから、ちゃんと覚えきれていない。でもここで中断する訳には行かない。
「そ、それに、その・・・アッシュもハンスにずっと殴られたり、仕事を全部押し付けられたり、食事を抜かれたりしてて、だから男・・・ううん、男性の庭師を怖がってると思うんだ・・・ですのよ。どうかなぁ?いえ、どうかしら?」
そう言って両手を合わせ、コテンと小首を傾げてみる。
(う・・・恥ずかしい)
エリックのシナリオに『秘儀!』と赤字で書いてたのでやってみたが、我ながらあざとい仕草で、耳が熱くなってくる。
だけど効果はあったようで、旦那様は大きく頷いてくれた。
「なるほど、確かにそうかもしれないな・・・。分かったよ、検討してみよう」
俺のたどたどしい説得は、どうやら旦那様に通じたようだ。
(良かった・・・これで、お嬢様も少しは気が楽になるかもしれない)
エリックはこのオプション、無理はしなくて良いって言っていた。だけど、きっとあいつもお嬢様を心配してこのシナリオを考えたんだと思う。庭師の仕事を教わるのに、女性か相手の方が、お嬢様も安心するって考えたのだろう。
ホッと肩の力が抜ける。そんな俺に向かって、旦那様は上機嫌で話しかけて来た。
「それにしても、驚いたねぇ。エルシーがそこまで考えられるようになったとは」
隣では奥様も、ハンカチで涙を拭いながら目を輝かせている。
「エルシーが、こんな優しい事を言いだすなんて・・・わたくし、嬉しいですわ!ねぇ、あなた、エルシーは淑女として立派に成長しているのですわ!」
何だか色んな方向に、解釈が広がっているようだ。
(悪くは無い・・・悪くは無いよな・・・?)
そう思う俺に、アンドレイ様は疑わしそうな目を向けた。
「いつものエルシーと違い過ぎて、何だか気味が悪いな・・・。お前、何か良からぬ事を企んで無いか?」
(ひ、酷い言いぐさ・・・)
妹だろ?
「そ、そんな事ありませんわ・・・」
だけど、あの激しいお嬢様の性格を思い出して、俺は引きつった笑顔しか返せなくなった。
そしてルシアン様が言った一言が、一番確信をついていた。
「テラスから落ちた時に頭を打って、人が変わってしまったんじゃないの?」
(そ、その通り・・・)
庭師にお嬢様役はキツ過ぎるって。・・・しかも役柄はあのエルシアーナお嬢様なのだ。
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