第6話 処刑
「すみません、我儘勝手で世間知らずの言い間違いでした」
スカした顔でそう言うエリックに、お嬢様の目が一瞬、殺意を帯びる。
「お、おい、エリック」
俺は慌てて、二人の間に割って入った。頼むから、これ以上お嬢様の機嫌を損ねないでくれい!
お嬢様はエリックを睨みつけたまま、腕を組んだ。
「ふん、エリックが無礼なのは、いつもの事よ。それよりも、頭をぶつけて元に戻れないのなら、これからどうすれば良いのかを考えて頂戴!」
エリックは我が意を得たりと言う風にニヤリと笑い、頷いた。
「お嬢様のそういう切り替えの早い所は評価しますよ。そうですね・・・お二人がヘマをしない様に、特訓をしないといけませんね」
「と、特訓?」
思わず聞き返すと、エリックは当たり前だろうと俺に言った。
「だってアッシュは貴族のご令嬢の振る舞いがどのような物なのか、全く知らないだろう?今日は何とか誤魔化せたようだが、このままでは、直ぐにぼろを出すのは目に見えてる」
「う・・・確かに」
「お嬢様も庭師の仕事は全くご存じない。このままじゃ、屋敷の庭は荒れます」
「は?そんなの知った事じゃ無いわ」
お嬢様は興味無さそうに言い捨てる。
「私は庭の世話なんか、する気は無いわよ」
「ところが、そうはいきません。庭が荒れれば、アッシュの責任になり、解雇されます」
「それがどうしたのよ?」
「今は、貴女がアッシュだと言う事をお忘れですか?だから、貴女はあほうだと言うのです」
エリックの言葉に、お嬢様が目を剥いた。
「なんですってぇ!?やっぱり貴方なんかクビよ!」
どうしてこの二人は、喋るとこうなるんだ?
ぎゃんぎゃん言い返すお嬢様に、俺が頭を抱えているというのに、アッシュは落ち着いた態度で薬を鞄にしまい、眼鏡をかけ直した。エリックの眼鏡に月明りが反射する。
「まぁ、特訓の前に、最優先でやらなくちゃいけない事がありますけどね」
「え?」
「何よ?」
エリックは親指で首を掻き切る仕草をした。
「ハンスの処刑」
ニヤリと笑う顔に背筋がゾッとする。だけど、その俺の横で、お嬢様が地の底から響く様な声を上げた・
「賛成ね・・・あの男、この私を殴ったわ」
俺はもう、恐ろしくてお嬢様の方を見る事が出来なかった。お嬢様の怒りの気配で、空気までが震える様だ。
「しかも最初は気を失ってた私を、池に放り投げたのよ」
マジか!?無茶苦茶じゃねえか!でもあいつならやりかねない、よく死ななかったな、俺の体・・・。
お嬢様の怒りの独白は続く。
「目が覚めて、私がこんな、薄汚いボロ雑巾みたいな体になってしまって、動転してたら3回も顔を叩いたのよ!」
ん?俺がめちゃくちゃ貶されて無いか?
だけど、そんな事構わず、お嬢様はさらに続ける。
「人に叩かれたのなんか初めてよ!痛かったわ!許せない」
「万死に値しますね」
エリックの声も、何処から出しているのか分からないくらい、低い。
あ、あれ?この二人、仲が悪いんじゃ無かったのか?
この二人の関係性はどうなってるんだろう?戸惑う俺を置いてけぼりに、お嬢様は怒りを吐き出す。
「それに、文句を言ったら蹴られたのよ!あの男・・・いつもは笑って、私に花をくれていたのに・・・。どうしてあんな人を雇っているの?オーギュストは何をしているのよ!?」
「それに関しては、もっと早く文句を言って欲しかったですね。私が進言しても無駄でしたが、お嬢様の我儘ならあいつを解雇できたのに」
嫌み交じりのエリックの言葉に、お嬢様は彼を睨みつけた。
「どう言う意味よ?」
「前に私が頼んだ時は、貴女に無視されたって事ですよ。そして今の貴女には何もできない」
エリックがそう言うと、お嬢様はまた悔しそうに爪を噛んだ。やっぱり仲が悪いのか?
俺は恐る恐る、二人の会話に口を挟んだ。
「あ、あのさ、時間も遅いし、言い合いは止めようぜ。それよりも、お嬢様がこれ以上ハンスに暴力を振るわれない様にしないと・・・」
俺がそう言うと、お嬢様も一瞬不安そうに顔を曇らせる。気は強そうだけど、やっぱり殴られるのは怖いのだろう。
「大丈夫だ、ハンスは処刑と言ったでしょう」
エリックの言葉に、お嬢様は立ち上がって、片手を腰に手を当てた。
「どうするつもり?貴方、さっき今の私には何も出来ないって言ったばかりじゃないの」
お嬢様が不満げにそう言うと、エリックは悪そうな笑みをこぼす。
「お嬢様にはね。でも、アッシュ。今のお前なら可能だ」
「え!?俺?」
「シナリオは私が書く。お前はその通り動けばいい」
「は?え?」
「まずは、ハンスをこの屋敷から追放してみせる。・・・処刑はその後のお楽しみだな」
「ふん・・・悪くないわね」
「くくくくく・・・」と笑い声をあげる若い執事見習いとお嬢様に、俺は心底、恐怖に震えた。
そうして、エリックは胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認すると、
「今日は、このくらいでお開きにしましょう。・・・明日からは私が上手くスケジュールを立てますので、この四阿でハンス追放作戦の計画と、二人の訓練をしましょう。言っときますが、ここに来るときは、二人とも誰にも見つからない様に、気を付けてくださいよ」
そう言ったエリックから滲み出る威圧感に、俺もお嬢様も少し気圧されてしまった。
「お、おお・・・」
「わ、分かったわ・・・」
「お嬢様と庭師の逢引きの手引きをしたなんて思われたら、私の立場が危うくなりますからね」
エリックは眼鏡を人差し指で上げると、首を振った。
こいつはやっぱり腹黒い奴なのだ。
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