第4話

「えっ!? リスタット辺境伯家って、お母様のご実家だったのですか!?」



 リスタット辺境伯家に来て半年、私は今、庭のガゼボでフォール様と2人きりのお茶会をしていた。


 リスタット家に来てすぐ、なぜかバリストン侯爵家の事情を知っていたフォール様のご両親や使用人の皆様から温かく迎えられ、私はほぼ初めて貴族令嬢として大切に扱われた。

 特に、出会った翌日から私のことを『カーラ』と呼び、私に『フォール』と名前呼びを強要されたフォール様は、プレゼントをたくさん送ったり、仕事が休みの日はデートに誘ったりと、婚約者である私をとことん甘やかした。

 そんな彼からの惜しみない愛情を受け、リスタット領で穏やか日々を過ごしているうちに、生家のことを思い出さなくなった。



「そう、実は俺の祖母の娘がカーラのお母上なんだけど……その様子だと、カーラはお母上から何も聞かされなかったんだね」

「はい。お母様からは『父とは政略結婚だった』としか」



 思えば、お母様は生前、自分のことやお父様のことをほとんど話さなかった。

 恐らく、お母様はお母様なりに私のことを気遣たのかしら。



 申し訳なさそうに笑う私に、フォール様が突然寂しげに微笑んだ。



「ということは、俺とここで遊んだことも覚えていないのか……」

「遊んで……前に私は、こちらにいらしたことがあるのですか?」

「うん、半年ほどだったが」



 そう言うと、フォール様は綺麗に整えられた庭に目を向けた。



「君のお母上が、療養のために戻ってきた時、当時4歳だった君も一緒に来たんだ」

「4歳……」



 お母様が亡くなる1年前ね。



「まだ幼かった君はとても好奇心旺盛で、俺と一緒に庭で遊んだり、俺の読み聞かせを目を輝かせながら聞いていたりしていたんだ」

「そう、だったのですね……」



 幼かったとはいえ、フォール様と短い間過ごしていたなんて……


 忘れていたことを心の底から申し訳なく思った私は、ゆっくりと頭を俯かせた。

 すると、フォール様が愛おしそうに私の頭を撫でた。



「まぁ、そんなカーラだから俺は一目惚れしてしまったんだが……君が王都に戻ってしばらく、君が王命であのクソ殿下の婚約者になったと知った」

「『クソ殿下』って……」



 一応、王太子殿下なのですよ。面食いですが。


 頭を上げた私から手を離したフォール様は、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。



「別に構わない。あいつと俺、同い年だから」

「そう、でしたわね」



 私より5つ上のフォール様とフィリップ殿下が同い年であることは、殿下の婚約者だった時に知識として知っていた。



「だから、聞いた時はとても後悔した。『あの時、君にプロポーズしておけば良かった』って」

「フォール様……」



 私も王命が無かったら、こんな素敵な人の婚約者にもっと早くなれたのかしら?


 悲し気な顔をするフォール様に手を伸ばそうとした時、遠くから使用人達の声が聞こえた。



「お客様、こちらに行っては……」

「あ~!! いた~!!」

「っ!?」



 聞き覚えのある声に肩を震わせた私は、ゆっくりと声がした方に目を向ける。

 そこには、綺麗なピンク色のドレスに身を包んだ義妹が立っていた。



「アリ、シア?」



 どうして、ここに?


 啞然する私の隣で、フォール様がアリシアに対して敵意をむき出しにしていた。

 すると、鬼の形相をした義妹が、ズカズカとガセボに入ってきた。

 そして、私に顔を近づけると、しないと思っていたお願いをした。



「お義姉さま! 私と婚約者を交換してください!!」

「っ!?」



 どうして? フィリップ様のことを愛していたのではなかったの?


 2度目の交換で困惑する私に、顔を離したアリシアが不機嫌そうに腕を組んだ。



「だいたい、王子妃教育があんなに厳しいなんて知っていたら、フィリップ様の婚約者なんてならなかったわ! あぁ、もう! 思い出すだけで不愉快!」

「っ!!」



 その瞬間、今まで抑えられていた怒りが私の背中を押した。



「……嫌よ」

「えっ?」



 眉を顰めたアリシアに、私は久しぶりに感情を爆発させた。



「『嫌よ』って言ったの!!」

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