第3話
「はぁ……まさか、本当に婚約者を交換するなんて」
リスタット辺境伯領への道中、私は痛む背中を擦りながら深いため息をついた。
両親や使用人達に溺愛されてワガママに育った義妹は、『交換』と称して私が大切にしていたものを容赦なく奪った。
最初は、亡きお母様から頂いたドレスだった。
その頃の私が幼かったということもあり、ドレス奪おうとする義妹に泣きながら抵抗した。
すると、義妹が突然大泣きし、気づいた使用人達が血相を変えて走ってきて、義妹を抱きしめた。
泣き止まないアリシアに、使用人達が私を親の仇のように睨みつけていると、お父様が帰ってきた。
泣きじゃくる義妹を慰め、彼女の言い分だけを聞いたお父様は、私の頬を思いっきり殴った。
『お前はアリシアの姉なんだ! これくらい、譲ってやれ!』
私の言い分を聞かないまま、甘えてくる幼い義妹を抱っこして部屋を出るお父様。
それを見て涙が止まらない私に、冷たい視線を向ける使用人達と、心底楽しそうな顔をするお継母様。
この瞬間、『ここには私の居場所は無いのだ』と悟った。
その日を境に、義妹は私が大切にしていた物を『交換』と言って次々と奪い……ついには、仲良くしていた人達さえも1人残らず奪った。
ちなみに、義妹から交換された物を貰ったことは今まで一度もなかった。
「でも、さすがに婚約者まで奪われるとは思わなかったわ」
私とフィリップ様の間に愛なんて無かった。
それでも、信頼出来る関係でいたかった。
だから私は、義妹と婚約者の近すぎる仲を黙認し、厳しい王子妃教育にも耐えた。
それが、仇になってしまったのだけど。
「そう言えば、殿下だけでなく国王陛下や王妃様も私の地味な顔を嫌い、アリシアの可愛らしい顔が大好きだったわね」
今でも覚えている。
謁見の間で私の顔を見た陛下と王妃様が、とても嫌そうな顔をしていたことを。
そして、王家主催の夜会で初めてアリシアを見た陛下と王妃様が、満面の笑みを浮かべていたことを。
「確か、その時のアリシアのエスコートって、フィリップ殿下だったわね。今思えば、その時から義妹と浮気してたのね。あの面食い殿下」
再び深くため息をついた私は、今までのことを吹っ切るように背筋を伸ばした。
「でも、良いわ。顔だけで人を決めつける家族の中なんて、こっちから願い下げよ」
例えそれが、国で最も尊ぶべき方達だろうと。
それに、見てくれにこだわる王家があまりにもアホすぎて、臣下に皺寄せが来ているっていうのは、貴族の間では有名だったから。
「そうか、だから王子妃教育の中に政についての授業があったのね」
って、今の私には関係ない話ね。
「ここが、リスタット辺境伯家」
バリストン侯爵家を出て1週間。
最初に訪れた小さな街で御者に逃げられてから、辻馬車を使っていくつかの街を経由した私は、ようやく辺境伯家の屋敷に辿りついた。
さすが、バリストン侯爵家と同じく建国時から国の忠臣として仕えてきた貴族の家。
門番役の騎士に連れられて敷地内に入った私は、実家の屋敷より一回り大きい、手入れの行き届いた屋敷に目を奪われた。
すると、目の前の重厚な扉が開き、執事らしき紳士が現れた。
「ようこそいらっしゃ……って、おや? お1人ですか? それに、お荷物もトランク1つだけ?」
眉を顰めながら首を傾げる紳士に、私は王子妃教育仕込みの綺麗なカーテシーをした。
「お初にお目にかかります。私はバリストン侯爵家が長女、カーラ・バリストンと申します。本日は……」
そう言って顔を上げた瞬間、屋敷の奥から飛び出してきた誰かに突然抱きつかれた。
「っ!?」
「アハハッ、本当に来てくれた! ありがとう、愚かな家族! ありがとう、愚かな王家!」
どっ、どなた!?
短く切り揃えた黒髪と、ルビーのような紅い瞳に凛々しい顔立ちで、私よりも遥かに身長が高くて体格も大きい。
そんな殿方に抱きつかれ、困惑した私は逞しい腕の中で体を硬直させた。
すると、執事らしき紳士が大袈裟に咳払いをした。
「コホン。フォール坊ちゃま、初恋の方が婚約者として来られて嬉しいのは分かりますが、いきなり抱き着かれたカーラ様の身になってください」
「おっと、失礼。それと、坊ちゃまは止めてくれ」
執事らしき方から注意を受けた殿方は、私から離れるとその場で跪いた。
そして、壊れ物を扱うように私の手をとった。
「初めまして、カーラ・バリストン嬢。私は、リスタット辺境伯子息フォール・リスタット。私は、貴方を未来の妻として迎え入れられたことを光栄に思います」
そう言って、挨拶も無しに抱きついてきた殿方……リスタット辺境伯子息様は、破壊力抜群の甘い笑みを浮かべると、手の甲に優しく唇を落とした。
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