第2話
「『お願い』って……まさか!」
お父様に婚約者を交換するようお願いしたの!?
急に悪寒がしてきた私は、アリシアを問い詰めようとソファーから立ち上がった……その時。
「アリシア!」
「っ!?」
開けっ放しにされていたドアから金髪碧眼の見目麗しい青年が現れ、思わず息を呑んだ。
どうして、王太子殿下がここに!?
「あっ! フィリップさまぁ~!」
さっきの不機嫌はどこへやら。
啞然とする私をよそに、嬉しそうな笑みを浮かべたアリシアがフィリップ様に抱きつく。
「アリシア! 婚約者のいる殿方に、なんてはしたない真似を……」
「黙れ」
「っ!?」
フィリップ様からゴミを見るような目と地を這うような声を浴びせられ、恐怖で体が硬直して声が出ない。
そんな婚約者に小さく鼻を鳴らしたフィリップ様は、抱きついてきたアリシアを優しく抱き返すと、私には決してしない満面の笑みをアリシアに向けた。
「アリシア、聞いてくれ! 僕たちの婚約が決まったんだ!」
「えっ?」
『婚約が決まった』って、フィリップ様は既に私という婚約者が……
「フィリップ様! それってつまり、お義姉さまと私の婚約者が交換されたのですね!?」
「あぁ、そうさ! さっき、君のお父様が父上に嘆願しに来てね! そしたら、父上も母上も『アリシアが息子の婚約者になるなら』って許してくれて、偶然居合わせた田舎貴族の子息も『王家の意思に従います』って了承したんだ!」
正気の沙汰じゃないーー2人の幸せそうな顔を見て、そう思ったのは私だけだった。
アリシアの侍女が涙を流す傍で、頭を打ったかのような衝撃を受けた私は、思わず体がよろめいた。
すると、誰かから強く腕を掴まれた。
「っ!? お父、様……」
視線の先には、感情が籠っていない目で私を見ているお父様がいた。
不機嫌そうに鼻を鳴らしたお父様は、困惑している私を一瞥すると、何も言わないまま私を部屋から連れ出す。
「お父様、一体何を……」
「カーラ、お前は今すぐリスタット辺境伯家に行け」
「はい!?」
身支度も何も済ませていないのに!?
令嬢らしからぬ声を上げた私は、先程フィリップ様が口にしたことが本当なのか問い質す。
「お父様、私とアリシアの婚約者を交換したというのは本当でしょうか?」
娘からの問いにその場で足が止めたお父様が深く溜息をつくと、とても面倒くさそうな顔で私の方を見た。
「本当だ。先程、国王夫妻とリスタット辺境伯子息から了承を頂いた」
「っ!?」
本当、だったのですね……
部屋で見たアリシアとフィリップ様の幸せそうな顔を思い出し、悔しさを押し殺すように掴まれていない手を握り締める。
すると、お父様から耳を疑うようなことを告げられた。
「安心しろ。既に荷造りも済ませてある」
「えっ、聞いていないのですが?」
「ハッ、当主の俺がお前に報告する義務がどこにある?」
この男、自分が何を言っているのか分かっているの!?
再び足を進めたお父様は、そのまま玄関前に止めてある馬車に私を乗せた。
「キャッ!」
強引に馬車に乗せられた私は、勢いあまって背中を軽く打ちつけ、思わず顔を歪ませた。
すると、隣にあったトランクが視界に入り、慌ててお父様を見た。
「あのお父様? こちらにあるトランクが使用人達に用意させたという荷物なのですか?」
「あぁ、アリシアが正式な王太子妃になった今、お前は用済みだからな」
正式な? それに用済み?
「お父様、それはどういう……」
「さぁ、行け。そして、二度と私たち家族に、その醜い顔を見せるな」
「っ!?」
物心ついた時から、目の前にいる男に『家族愛』なんてものを乞わなかった。
だって、お父様にとっての家族は最初からアリシアとお継母様だけだったから。
でもせめて……せめてこの時くらい、父親らしい言葉が欲しいと思うのは私のワガママなのかしら?
冷たい表情のお父様から別れの言葉を告げられ、悔しさで涙が零れそうになる。
すると、屋敷からアリシアが殿下と一緒に出てきて、馬車に乗っている私にとびっきり可愛い笑顔を向けた。
「良かった♪ お義姉さまは田舎貴族に嫁いで、私は大好きなフィリップ様と一緒! これで家族み〜んな幸せ!」
そんなわけあるか――!!
両親や使用人達から溺愛されてワガママに育った義妹の言葉に、心の中で淑女らしからぬ叫び声をあげた。
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