この度、ワガママ義妹と婚約者を交換することになりました

温故知新

第1話

「お義姉さま! 私と婚約者を交換してください!」

「……はっ?」



 穏やかな昼下がり。

 自分で淹れた紅茶を楽しんでいた私カーラ・バリストンは、ノックも無しに部屋に入ってきた義妹のお願いに、淑女らしからぬ素っ頓狂な声を上げた。



「……コホン。ごめんなさい、アリシア。もう一度言ってもらえるかしら?」



 軽く咳払いすると、我が物で部屋に入ってきて、そのまま対面のソファーに座った義妹を問い質した。


 婚約者との結婚式を1週間後に控えているタイミングで、義妹から『婚約者を交換して欲しい』という無茶ぶりが聞こえたような……



「だから、『私と婚約者を交換してください』と言ったんです!」

「……幻聴じゃなかったのね」



 深く溜息をついた私は、いつの間にか入ってきた侍女が淹れてくれたお茶を呑気に楽しむ義妹アリシアを見やった。


 私の1つ下であるアリシアは、私が5歳の時、お母様が他界されてすぐ、お父様が当時愛人だったお継母様と一緒に連れてきた娘だ。

 元々、政略結婚で結ばれたお母様とお父様はとても仲が悪く、私が生まれてからはお父様が屋敷に帰ってくることは滅多になかった。

 恐らく、その頃に当時高級娼館のナンバーワン娼婦だったお継母様と出会い、恋に落ちて、アリシアが生まれたのだろう。

 母譲りのピンク色の髪と空色の瞳に、可愛らしい顔立ちのアリシアは、愛嬌があって誰とでもすぐに打ち解けられる親しみやすさがある。

 そんな彼女に、お父様やお継母様は惜しみない愛情を注ぎ、使用人達は積極的にお世話をした。


 対して、お母様譲りのヘーゼル色の髪とアイスブルーの瞳の私は顔立ちが地味で、唯一愛情を注いでくれたのはお母様だけだった。

 優しくて気品があり、でも少しだけ厳しいお母様は病気で他界した。

 そして、新しい家族や使用人達から冷遇された私は、自分のことは自分でするようになった。

 けれど、月に1回ある婚約者とのお茶会だけは、アリシアの侍女が物凄く嫌そうな顔をしながら私の身支度を手伝ってくれる。

 でも、毎回用意されるドレスは、いつの間にか参加しているアリシアが着ているドレスとは明らかに地味なもので、婚約者から嫌な顔をされた。



「美味しい! ありがとう!」

「いえ、アリシア様のためですから!」



 微笑ましいやり取りに、再び深く溜息をつくと、淑女らしく姿勢を正した。



「アリシア、あなた分かって言っているの? 私の婚約者は、この国の王太子であらせられるフィリップ殿下よ? そして、この婚約は王命で決まっていて、王国内では周知の事実だから、あなたの一存で変えられないの」



 お母様が亡くなる少し前、私は王命で王太子殿下の婚約者を仰せつかった。

 それからというもの、私はほぼ毎日のように王宮で厳しい王子妃教育を受け、月に1回だけフィリップ殿下とお茶会をしている。


 子どもを宥めるようにアリシアに言い聞かせると、アリシアが頬を膨らませた。



「だって私、お父様やお母様、そして、大好きなフィリップ様と離れ、『リスタット辺境伯家』という田舎貴族と婚約するのですよ! そんなの絶対に嫌です!」

「こらっ、アリシア! 滅多なことをいうものではありません!」

「グスッ、だってぇ~」



 瞳を潤ませるアリシアに、私は小さく溜息をついた。

 その横で、アリシアの侍女が冷たい目を向けてきたけど、慣れているので無視する。



「アリシア。昨日、お父様から婚約者を紹介した時に仰っていたと思うけど、リスタット辺境伯家は我がバリストン侯爵家と同じく、建国時からこの国を支えている家なの。だから……」

「嫌よ!!」

「はいっ?」



 再び淑女らしからぬ素っ頓狂な声を上げた私に、ソファーから立ち上がったアリシアがローテーブルに両手をつくと、怒っても可愛い顔を私に近づけた。



「お父様やお母様はともかく、私のことを『好き』って言ってくれあフィリップ様と離れるなんて絶対に嫌! だから私、昨日お父様にお願いしたの!」

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