愛故に②



ヒツキ:「ちょッ!? アンタ、ふざけんじゃないわよ!?」


銃口が僕から遠ざかる。


肘が曲がり、銃口は上を向く。


最初は僕から銃口を逸らしているのだと思ったのだが、萌の意図を悟り鳥肌が立った。


四方木 梓:「萌、嘘だろ……?」


銃口は萌の喉に向けられていた。


初乃咲 萌:「ごめん、ね……」


それはヒツキではなく、 萌の口調だった。


初乃咲 萌:「きっと、この人を 止められる術は、これしか無いと思うから……」


萌は涙を流しながら、僕に語りかける。


初乃咲 萌:「私ね、梓のこと…… ずっと待ってたの……だから、ここに来てくれて……すごく嬉しかった……愛してるよ……だから、梓の事は死なせない! この人は私が止める!」


萌の指先に力が入る。


四方木 梓:「他に……他に方法があるはずだ!」


萌は涙を流しながら微笑み、首を小さく横に振った。


初乃咲 萌:「梓……私たち、夫婦だからずっと一緒だよね?」


そう言った萌の左手薬指を見ると、指輪は無かった。


おそらく、僕がプロポーズの時にあげた指輪は、萌を襲った男が取り上げてしまったのだろう。


四方木 梓:「僕たちは4年前から夫婦だよ……愛してるよ、萌」


萌はニッコリと笑ってくれた。


それはもう一度見たいと願った僕の大好きな笑顔だった。


初乃咲 萌:「それじゃぁ……梓、またね」


愛を確かめ合ったばかりなのに、余韻に浸る間もなく別れは強制的だった。


四方木 梓:「やめろ! 萌ッ!!」


僕の叫び声と弾丸が萌の喉を貫いたのは同時だった。


ヒツキの悲鳴は喉を貫いた事により一瞬で消えた。


萌の口から溢れ出した血が、びちゃびちゃと水音を鳴らす。


四方木 梓:「萌ッ!!」


僕は駆け出し、萌をしっかりと抱き止め、そのまま一緒に血だらけの床に膝から崩れ落ちた。


萌の後頭部は衝撃で破裂していた。


四方木 梓:「おい!萌ッ!!目を開けてくれッ!萌ッ……」


即死なのは分かっていた。


でも萌の死を素直に受け入れられなかった。


萌の首に空いた穴と口から、血がゴボゴボと湧き水の様に溢れ出し、僕のワイシャツとスラックスを染めていく。


四方木 梓:「も、え……もえ……」


泣きながら萌に呼び掛ける。


もちろん、返事など返って来ない。


四方木 梓:「あぁ……萌……ッ……これで、本当に……僕は独りじゃないか……」


萌を強く抱きしめながら涙を堪える事は出来なかった。


白城 智:「梓! 救急車が……ッ……!」


白城が救急隊員を連れて部屋に入って来たが、部屋の光景を見て、言葉を詰まらせる。


白城 智:「あず、さ……これは……」


四方木 梓:「火茂瀬を……早く救急車に……こいつは気を失ってるだけです……」


血だらけの手で、拳銃から離れた萌の左手を強く握る。


白城 智:「まさか……そんな……」


白城は萌の穴の空いた喉と右手に握られたままの拳銃を交互に見つめ全てを悟り、救急隊員に火茂瀬を連れて行くよう指示を出す。


四方木 梓:「僕は……もう少し……もう少しだけ、萌の傍に居させて下さい」


子供の様に涙を流しながら白城にお願いをする。


白城 智:「あとでお前も手当を受けろよ」


白城はそれだけ言うと、部屋から出て行った。


萌と2人きりになる。


正確に言うと萌の死体と僕だ。


出血が穏やかになった、血でべたべたする萌を強く抱きしめ直す。


血が抜けたせいか、少し冷たくなった気がする。


萌は死んでいるんだと痛感させられた。


僕の涙は抱きしめる萌の肩に落ち、その雫はだんだんと血を含み赤く染まりながら腕を滑り落ちて行く。


こんなにも泣いたのは、いつぶりだろう。


この涙を止める術を僕は知らない。


歪む視界の中で、拳銃を握る萌の右手を持ち上げる。


そして銃口を自分の喉に当てた。


トリガーに置かれた萌の人差し指に自分の親指を重ねる。


僕たちはずっと一緒だ。


四方木 梓:「僕もそっちへ行くからね……」


親指に力を入れるが、白城の言葉を思い出した。


『あとでお前も手当を受けろよ』


僕は手当を受ける約束で、ここで萌と一緒に居る事を思い出す。


僕は血だらけの手で涙を拭い、萌の手から拳銃を取り上げた。


そして頬の手当を受ける為に、萌の死体を抱き上げ部屋を出た。




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