愛故に①


火茂瀬と白城の声が聞こえた気がして目が覚め、一瞬、自分が気を失っていた事に気が付く。


撃たれた左頬が裂け、焼けるように痛む。


目を開けると頬を抑えていた左手や床が血だらけだった。


白城 智:「大丈夫かッ!? 」


火茂瀬 真斗:「ちょッ! 生きてッスかッ!?」


2人が駆け寄って来る。


四方木 梓:「生きてるから。頬をかすっただけです」


白城 智:「きゅ、救急車ッ!」


白城は慌ててスマホを取り出した。


白城 智:「くそっ、圏外だ。すぐ呼んで来るから、頑張れよ」


白城は部屋を飛び出した。


廊下で驚いた様子の青ざめたマスターと一瞬、目が合った。


そしてマスターは白城を追うように廊下から消えて行った。


僕は火茂瀬に支えられ、血が溢れ出す頬を抑えながら、起き上がる。


四方木 梓:「萌を……返せ……」


立ち上がれずにしゃがみ込んだままの僕は、火茂瀬に肩を支えられながら、銃口を此方に向けるヒツキを見上げた。


ヒツキ:「イヤよ……この子は私が守るの。貴方たちを殺して、私は依頼を続けるわ」


四方木 梓:「ふざ……けるな……」


頬が痛いせいで奥歯を噛み締めてしまい、上手く喋れない。


ヒツキ:「ふざけてなんかないわッ!! 私はこの子の為にしてるのッ! 邪魔しないでッ!!」


拳銃を握る両手が震えている。


ヒツキ:「私はこの子の悲しむ顔なんて、もう見たくないの」


四方木 梓:「僕だって、見たくないさ。大好きなあの笑顔をずっと見てたいよ」


ヒツキ:「だったら」


四方木 梓:「だからこんな事終わりにしろ! お前がやってる事は萌の為でも何でもない。ただの殺人だ!!」


ヒツキの表情は怒りに満ちていた。


四方木 梓:「(――撃たれる!)」


逃げる姿勢をとるのと同時に、火茂瀬が僕とヒツキの間に入った。


僕と火茂瀬は死を覚悟し、目を強く瞑った。


だが、来るべき時が来ない。


ゆっくりと目を開けると、不安げな表情の火茂瀬と目が合った。


2人でヒツキに視線を向けると、ヒツキは銃口を此方に向けていたが、トリガーを引いていなかった。


脅しだったのかと思ったが、ヒツキの顔付きを見て違うと悟る。


ヒツキ:「な、に……すん、のよッ!? 貴方を、助けてッ……あげ、なかった男を……殺して、あげるんだから……邪魔、するんじゃ……ないわよッ!!」


萌がトリガーを引くのを阻止しているのだ。


ヒツキ:「この男のッ……愛なんて、その程度だった、のよッ……私なら、いつでも……貴方の、そばに居るわ……だから、だからッ……その手を返しなさいッ!!」


今ならヒツキの拳銃を奪って、動きを封じる事が出来る。


同じ事を考えていた火茂瀬が先に立ち上がり、ヒツキに掴みかかる。


火茂瀬 真斗:「銃を離せッ!」


ヒツキ:「イヤよッ! 殺してやるんだからぁぁぁああああ!!」


銃声と火茂瀬の悲鳴は同時だった。


火茂瀬 真斗:「ぅぁぁぁああぁぁあああッ!!」


火茂瀬は左太ももを撃ち抜かれ、ヒツキの足元に崩れ落ちる。


ヒツキ:「邪魔、するからよ……さぁ、次は貴方の番よ」


ヒツキは痛み耐えきれず気を失った火茂瀬から視線を外し、再び僕に拳銃を向けるが、それ以上は手が動かない。


萌がトリガーを引くのを阻止しているからだ。


ヒツキ:「アンタッ……どこに、そんな力……あんの、よッ!?」


ヒツキは両手を奪い返そうと、拳銃を握る両手に力が入り、震えている。


ヒツキ:「こんな男ッ……生かしておく、価値なんて……ない、じゃないッ!? 何で、見捨てられた、のに……まだ愛してるわけッ!? ……私を……私を、選びなさいよ!!」


ヒツキは体内に閉じ込めた萌に叫びかける。


どうしたら萌を助けてあげられるんだ!?


また萌が苦しんでいるのに、僕には何が出来る!?


その答えを先に出したのは、萌だった。



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