想いの欠片 Makihara



私は 初乃咲萌のファンでした。


ファンクラブには入っておりませんでしたが、彼女のキラキラした 笑顔を見ているのが好きでした。


ある日のこと、仕事を終えた明け方でした。


ゴミを出していると、ゴミ捨て場に 血だらけの女性が顔を伏せて座り込んで居ました。


血が付いているのに、 怪我は見当たらないので不思議に思いました。


Makihara:「大丈夫ですか?」


微かに頭が縦に動きましたが、大丈夫そうには見えませんでした。


Makihara:「今、救急車を呼んであげますからね」


そう言って胸ポケットからケータイを出そうとすると、突然彼女が立ち上がり、私の腕を掴んで来ました。


血だらけの女性:「どこにも連絡しないでッ!」


髪の毛で顔が隠れていましたが、声で分かりました。


彼女が行方不明になっていた初乃咲萌だということを。


Makihara:「そろそろ日が登ります。人目に付きますから、とりあえず店に入りましょう」


初乃咲 萌:「ダメッ。見られちゃダメなの」


一体、彼女の身に何が起こったのでしょうか。


私はとても心配になりました。


Makihara:「私の店です。中には誰も居ませんから、大丈夫ですよ」


そう言うと、彼女はコクコクと頭を縦に動かしました。


店に入り、カウンター席に座らせました。


顔を伏せたままの彼女に水を渡すと、ペコッと頭を下げました。


すると彼女は私に背を向けて、水を飲み始めました。


Makihara:「貴方は……初乃咲萌さんですよね? どうしたのですか?」


ヒツキ:「あの子は眠ってるわ。私はヒツキ」


すぐに理解は出来ませんでしたが、彼女の話を聞く中で二重人格なのだと確信しました。


ヒツキ:「あの子は酷く心身を痛めているわ。だから私が助けてあげるの」


彼女は水を飲み干し、こちらに体を向けましたが、顔は伏せたままでした。


私に顔を見せないまま、彼女は初乃咲萌に起きた悲劇を語り始めました。


私は相槌を打ちながら、彼女の話を聞いていました。


その間、同情する様な言葉は掛けませんでした。


可哀想だとは思いましたが、顔を伏せたままの彼女にその様な言葉は、彼女を傷付けるだけだと思ったからです。


だから私はこう言いました。


Makihara:「うちで働く気はありますか?」


少しでも彼女の力になりたかったのです。


顔を隠したいと言う彼女の要望に答え、仮面を付ける事を許可しました。


その代わり、ステージに立って歌う事を条件にしました。


仮面を付けた歌姫だなんてミステリアスで客ウケすると思ったからです。


彼女がステージで歌い始めてからお客様の数は何倍にも膨れ上がりました。


最初は私の予想が当たったのだと思い、浮かれていた私は、彼女の異変に気付くのが遅れてしまいました。


いつからか男性客を自室に招き始め、私はそれを知っていました。


顔を隠し暗かった彼女が、女性としての自信を取り戻してきているのだと思っていました。


ある日、ショーの時間が近くなっても一階に降りて来なかったので、私は部屋まで呼びに行きました。


扉をノックしようとすると中から彼女の声が聞こえ、男性客と居るのだと悟り、一階に戻ろうとしました。


ヒツキ:『簡単な仕事よ。若くて綺麗な女を1人殺すだけでいいの』


その言葉が聞こえ、私は戻ろうとしていた足を止めました。


ヒツキ:『私に報告しに来てくれた時に、報酬をあげるわ』


彼女は私が 想像している以上に、男を連れ込んで悪い事をしていたようでした。


今度こそ一階に戻ろうとしましたが、足を動かすと同時に扉が開いてしまいました。


前を歩いていたら男性客にも彼女にも気付かれてしまうと思い、とっさに扉の後ろに隠れました。


ヒツキ:「それじゃぁ、よろしくね」


男性客を見送りに彼女も部屋を出る気配がしました。


扉が閉まり、彼女は部屋に戻ったのだと思って安堵の溜め息を漏らしました。


ヒツキ:「……出てけって言わないの?」


彼女の声がして、ドキリとしました。


Makihara:「私は何も言わないよ。君がしたいようにすればいい」


仮面の奥から疑いの眼差しを向けられました。


Makihara:「私も協力してあげましょう。そしたら少しは邪魔はしないというのを信じてくれますか?」


それから私はステージに立つ彼女を見て綺麗だと褒めた男性客を、彼女に知らせる事になりました。


私は彼女のファンでした。


姿の変わってしまった彼女に好きな事をさせてあげたいと思ったのです。


彼女の気が晴れるのであれば、それで良いと。


それが私の動機です。



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