飼い主 火茂瀬真斗



ヒツキなのか萌さんなのか分からないが、歌姫の様子がおかしくなった。


ここは梓さんに任せて、俺は白城先輩に状況を伝える為に部屋を出た。


一階へ行くと、既に白城先輩がお客と従業員を店の外へ避難させていた。


俺はお客に事情を説明している白城先輩の背中に声を掛ける。


白城 智:「火茂瀬! 梓は無事なのかッ!?」


説明を部下に任せ、俺の所へ走って来た白城先輩は焦っていた。


僕の両肩を掴んで、眉をハの字にした泣きそうな顔が、僕の言葉を急かしていた。


確か、梓さんの声は白城先輩に聞こえているはずだった。


火茂瀬 真斗:「通信機はどーしました?」


白城先輩はどちらの耳にも、コードレスイヤホン型の通信機は装着されていなかった。


白城 智:「それが故障したみたいで、梓の声が聞こえなくなったんだ」


火茂瀬 真斗:「梓さんなら大丈夫です。ただ歌姫の様子がおかしくなりまして……彼女、二重人格みたいッス」


白城 智:「厄介だな……」


犯人が二重人格の場合、罪に問われない可能性が出てしまう。


だが今、厄介なのは、そこではない。


火茂瀬 真斗:「それがですね……本当の名前は初乃咲萌、梓さんの彼女さんらしいんス」


白城 智:「生きてたのか!?」


白城先輩は目を見開いて俺の肩を掴む手に力が入る。


白城 智:「あ……いや、だとすると、真犯人は……」


俺を見つめる目は否定してくれと悲願していた。


火茂瀬 真斗:「彼女は……拳銃を所持しています」


それは俺なりの肯定だった。


拳銃を所持していると知り、白城先輩は梓さんの安否を心配して、二人が居る二階を見透かす様に天井を見上げる。


火茂瀬 真斗:「あの……従業員まで逃がして良かったんスか?」


白城 智:「あ、あぁ。一応話は聞いたんだけどマスター以外は何も知らないみたいだ」


マスターと聞いて振り返ると、彼はいつもと変わらぬ様子で静かにグラスを拭いていた。


白城 智:「“私以外は関係ない”って言っててな。だから少し話を聞いて、電話番号を控えさせてもらったくらいで帰したよ」


火茂瀬 真斗:「彼には話、聞きましたか?」


白城 智:「いや、詳しい話はこれからだ」


白城先輩はグラスを拭くマスターの所へまっすぐ向かった。


俺も話を聞くために、黙ってその後ろをついて行く。


白城 智:「さて、貴方がこの事件にどこまで関わっているのか教えてもらえますか?」


白城先輩はマスターの目の前のカウンター席に腰掛ける。


拳銃を所持している歌姫と梓さんが上に居るのに、悠長している時間は無いのにな、と思いながら俺もカウンター席に腰を下ろした。


するとマスターは冷たい水が注がれたグラスを俺たちの前に置いた。


Makihara:「こんな事になってしまったのは、私のせいなのです」


マスターは新たなグラスを拭き始めながら、ゆっくりと胸の内を語り始めた。




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