傷口から生まれし者③ 初乃咲萌



このまま死んでしまえば良いと願うも、私は再び同じベッドの上で目を覚ましてしまった。


青年:「萌ちゃん。気分はど〜お?」


悪いに決まっている。


私の顔を覗き込むニコニコした顔を見て、更に気分が悪い。


青年:「ねぇねぇ…… 手を見てみて?」


見る以外の選択肢は無さそうなので、おとなしく両手を目の前にかざした。


青年:「どう?」


驚いた。


これを本当に、この青年がやったのだろうか。


爪は溶けてしまったので短くなってしまっているが、 皮膚が再生していた。


指先と手の平は滑らかな肌ではなく多少のカサつきがあるが 、溶けてデコボコしていたのが嘘の様だ。


初乃咲 萌:「すごい……」


思わず口にしてしまい、喋れることにも驚いた。


青年:「手の手術が早く終わったから、口元を綺麗にしたんだ」


その言葉を聞いて、唇や顎に触れる。


口が開き、唇の形もちゃんとある。


手と同じ様に滑らかな肌ではなかったが、とろけて境目が無くなっていた唇や顎の形が縁取られ、組織は再生しているように思われた。


青年:「保湿クリームとかで、カサカサは無くなると思うよ。ただ今は皮膚が敏感になってるから、すぐには塗れないけど」


青年の手で醜い姿にされ、青年の手で綺麗になっていく。


とても複雑な心境だ。


でもこれなら梓に会える。


青年が席を立つ。


青年:「俺はこれから出掛けるよ。帰りは遅くなるかなぁ……」


青年がドアノブに手を掛ける。


青年:「完璧に綺麗になったら、えっちしようね」


ニヤリと笑う青年は、恐ろしい言葉を吐いて部屋を出て行った。


ベッドから出ようと体を動かしたが、ずっと寝たきりだった為に上手く手足が動かせなかった。


やっとの思いで起き上がり、ひんやりと冷たい床に足を下ろす。


クラクラする頭で逃げる事だけを考え、立ち上がろうと腰を上げる。


しかし、足に自身を支えるだけの力が入らず、私は膝から崩れ落ちてしまった。


起き上がろうとしても体は動かず、意識が朦朧としてきた。


初乃咲 萌:「たす……けて……」


視界が霞み、光が見えなくなってきた。


初乃咲 萌:「ん……」


次に目を覚ましたのは、私の体温で温まった床の上だった。


あのまま気絶してしまったようだ。


窓の外は暗くなっている。


私が床で倒れていたということは、青年はまだ帰って来ていないようだ。


ゆっくりと体に力を入れ、立ち上がる。


逃げるなら今しかない!!


関節が軋み、歩くのが精一杯だった。


扉の前に立ち、耳を済まして外から音がしないのを確認する。


ドアノブを音を立てないように回すが、途中で止まってしまった。


初乃咲 萌:「鍵が……」


鍵が外側から掛けられていた。


ならば窓から……。


振り返り、ゆっくりとカーテンの開けられた窓に向かう。


外の景色は全く見えない。


外が暗いため窓が鏡となり、灯りの点いた部屋を映し出す。


そこに映るミイラの様な私。


触っただけでは細かい状況が分からなかったが、口元の皮膚が突っ張り、少し唇が吊り上がっている。


窓に近付けば近付くほど、大きくなる醜い私。


視界が歪み、涙は頬を伝うこと無く、包帯に染み込む。


初乃咲 萌:「梓……」


貴方はいつ、助けに来てくれるの?


私はゆっくりと手を後頭部に伸ばし、目元の包帯の留め具を外す。


目を瞑り、スルスルと私の顔から剥がれた包帯が足元に落ちるのを感じる。


静かな部屋に心臓の音が響く。


私はそっと、目を開け窓を見た。


初乃咲 萌:「ッ……!!」


なに、これ……。


初乃咲 萌:「いやぁぁぁぁあああああ!!!!」


硫酸の掛けられた目元や頬は、皮膚が溶けて垂れ固まり、重度の火傷の様に顔全体がデコボコしていた。


モデルをしていた頃とは比べ物にならないほど、醜い顔になっていた。


初乃咲 萌:「嘘よ……うそ……こんなのッ!!」


こんなの私なんかじゃない!!


違う違う違う!


悪い夢を見ているだけよ。


初乃咲 萌:「ぅうッ……ッ……」


窓に映る怪物は私と同じ様に両手を頬に添えた。


初乃咲 萌:「ぃゃ……ぃゃ……」


私と怪物は涙を流しながら、私は右手を、怪物は左手を窓に伸ばす。


怪物と手を合わせると、窓の冷たさを感じた。


これは現実……?


目の前の怪物は私……?


初乃咲 萌:「わた、し……じゃ、ない……」


私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない!!


こんな汚い姿、私であるはずがない!!


私じゃない私じゃない私じゃない私じゃないッ! !


???:「私が助けてあげる」


初乃咲 萌:「誰ッ!?」


どこからか声がする。


???:「私は、貴方」


直接、頭に声が響く。


初乃咲 萌:「なに、言ってるの……」


???:「貴方と私は同じよ。同じなの」


初乃咲 萌:「だから、なに言って……」


???:「大丈夫。心配しないで? 私が助けてあげる」


意識が強制的に途切れる。


私は誰かに抱きしめられながら深い深い眠りについた。



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