傷口から生まれし者② 初乃咲萌



鞄の中でメールを受信してスマホが鳴る。


梓からのメールの音。


きっと、こいつを捕まえて、私を助けてくれるよね。


梓、あずさ……あず、さ……。


私は上半身の強烈な痛みに耐え切れず、 気を失ってしまった。







次に目を覚ましたのは 見慣れない部屋のベッドの上だった。


ここは 病院なのだろう。


きっと私の悲鳴を聞きつけた誰かが通報して、梓が助けてくれたのだ。


殺風景な部屋にはベッドと少し大きな窓があるだけだった。


最後の記憶を思い出し、 瞼が開く事に驚いた。


あれは悪い夢で……でも、だとしたらなぜ私は病院に居るの?


あぁ、これもまだ夢の中なのね、きっとそうよ。


そう自分に言い聞かせながら、両手をゆっくりと伸ばし、頬に触れてみる。


指先が触れている 布の様な感触に、一瞬何か分からなかったが、それが包帯であることが分かった。


触れていた両手を見ると、指先以外は全て白い包帯に包まれていた。


見える指先の 皮膚は溶けて固まり、表面がボコボコしている。


爪とネイルが同化し、 醜く変形してしまっている。


違和感を感じる 瞼に触れると、指先と同じ様にボコボコしていた。


目元以外の包帯の下の皮膚は全て同じ様にボコボコしているのだと容易に想像出来る。


涙が溢れた。


きっと私の顔は 化け物になってしまっている。


梓に会いたくても、言葉の通り、 合わせる顔がない。


モデルの仕事は二度と出来ない。


お母さんにも、お父さんにも、怖くて会えない。


初乃咲 萌:「う……ぅうッ……うぅ……ッ……」


私の絶望の泣き声は口内でこだました。


???:「あ、目が覚めたんですね」


静かに扉を開けて先生が部屋に入って来た。


青年:「萌ちゃん」


私の名前を呼ぶご機嫌な声の主を見た時、私は初めて絶望のその先を見た。


それは涙が止まるほどだった。


声の主は先生ではなかった。


私を醜い姿に一瞬で変えた青年が、ゆっくりと私の横たわるベッドに近づいて来る。


初乃咲 萌:「(イヤッ……来ないでッ……!!) 」


悲鳴とも言える拒絶の言葉は、虚しくも口内から出ることはなかった。


呼吸が乱れ、再び涙が溢れる。


青年:「目が開けられるようになったのは、俺が手術したからなんだよ」


青年はベッドの淵に腰を下ろした。


ベッドが軋み、私の体が少しだけ上下に揺れる。


青年:「口は五月蝿いだろうから、もーちょっとしたらね」


青年が私に手を伸ばしてくる。


私には、それを避ける事は出来ない。


青年:「前髪の頭皮には掛からなかったみたいだよ。……不幸中の幸いだったね、綺麗な金髪が失われずに済んだ」


優しく私の頭を撫でる青年は、私を醜い姿に変えた青年と同一人物だとは思えなかった。


自分で薬品を掛けておいて、治療するなんて、意味がわからない。


解りたくもない。


普通ではないのだから。


青年:「俺ね、デビュー当時からの大ファンなの。もちろん萌ちゃんのファンクラブ入ってるよ。萌ちゃんの載ってる雑誌も新聞も、洋服のカタログとか写真集、全部、保管用・観賞用・使用用で3つずつ持ってるんだ」


青年は私のプロフィールや行きつけのお店、家族の事や仲良しのモデルさんや友達とのエピソード、他にも住所や私に関する事を愛おしそうに話し続ける。


熱狂的な私のファンだということは理解したが、自分の事はあまり話さなかった。


青年は何者なのだろうか。


青年:「それでね、俺は萌ちゃんの言葉を信じてたんだよ。こんなに綺麗で素敵な人が嘘を吐くなんて思わなかった……」


抵抗のつもりで青年の顔を見ないように目を瞑っていたが、語気が強くなってきたのを感じて私の体は反射的に強張った。


青年:「みんなの萌ちゃんなのに……だったら、 俺が独り占めしたって良いはずだろっ!?」


私の顔を壊してまで?


青年:「萌ちゃんにを掛けたのは心苦しかったけど……萌ちゃん、これは罰だよ」


私は何もしてないと、目を開いて睨むように訴える。


こんな罰に比例する罪など犯していない。


青年:「ぐちゃぐちゃにした顔が俺の手で綺麗になっていくなんて素敵だと思わない? ……最高に興奮するよぉ」


青年は恍惚の表情を浮かべる。


狂ってる。


青年の頭は、根元から腐っていた。


青年:「安心して? 俺、整形外科医の卵だから……。そろそろ、手の手術を始めようか。早く綺麗にしてあげたくて、うずうずするんだぁ……」


顔を赤らめ、興奮しているようで、息が荒くなっている。


青年:「次に目を覚ました時には、もっと綺麗になってるよ」


点滴の針が刺さる左腕が痛み、視界がぼやける。


崖から突き落とされた様に深い眠りの底に落ちていった。



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