傷口から生まれし者① 初乃咲萌



プロポーズをされた3年目の記念日。


薬指で輝くシルバーリングを愛おしく見つめる。


幸せな気分で家に帰ると、お気に入りのリップクリームを梓の家に忘れて来てしまった事に気が付いた。


唇が荒れやすく、リップクリームが必需品の私にとって、なくてはならない物だった。


明日は雑誌の表紙の撮影があるので、唇が荒れている訳にはいかない。


脱いだパンプスを再び履き、近くのコンビニへ急いだ。


バレない様に帽子を深くかぶり、レジを通過する。


???:「あ、あの」


明日も朝が早いので急いで帰ろうと、小走りで家に向かっていると後ろから声を掛けられてしまった。


バレてしまったのだろうか。


騒がれたら困ると不安になりながら、帽子をかぶり直して振り返る。


初乃咲 萌:「な、なにか……?」


青年:「こ、これ……落としましたよ」


少し離れた所に立つ青年が差し出して来たのはポケットティッシュだった。


初乃咲 萌:「あ、ありがとうございます」


反射的に礼を言い、歩み寄ってしまったが、落とす場面が無かった事に気が付く。


鞄から財布の出し入れはしたが、ポケットティッシュはコートのポケットに入れている。


左ポケットに手を入れると、ビニールの感触がした。


初乃咲 萌:「あの、それ、私のじゃないです」


伸ばした手を引っ込めて、その手を違うという意味を込めて、顔の前で振って見せる。


初乃咲 萌:「すいません」


バレる前に帰ろう。


そう思い、踵を返した。


青年:「彼氏、居たんだな。萌ちゃん。指輪なんて付けちゃって」


既にバレていた。


声を掛けられた時点で手遅れだったのだ。


青年:「俺の事、裏切りやがって。萌ちゃんは俺のものだ。誰にも渡さない」


命の危機を感じた。


逃げなければ、殺されてしまう。


振り返らず、私は走り出した。


青年:「俺だけのモノにしてやる」


何かの薬品の臭いと共に追いかけてくる音が後ろから近づいて来る。


初乃咲 萌:「イヤぁッ!! 誰か助けて!! 梓ァァアッ!!」


青年:「他の男の名前を呼ぶんじゃねぇっ!!」


肩を掴まれ、反射的に振り返ってしまった。


その瞬間、青年が液体を顔面に掛けてきた。


初乃咲 萌:「ぁぁぁああああぁぁああッ!!」


液体が掛かった 顔や首が焼ける様に痛み始めた。


咄嗟に顔を手で覆う。


何が起こったのか分からず、目を開けようとしたが、 瞼の違和感に恐怖を感じて開けることが出来なかった。


でも状況を確認しようと少しだけ開けた片目で、顔と同じ様に痛む両手を見る。


溶けていた。


鼻を突く薬品の臭い。


痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!


悲鳴をあげようにも、助けを呼ぼうにも、口を閉じ、奥歯を噛み締めていたせいで 唇が溶けてくっついてしまい声が出せなかった。


瞼はほぼ閉じたままで、光を感じる片目は涙で視界が歪んでいた。


梓、助けて。


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