【最終章】
剥がれ落ちた仮面
『好きじゃないのよ。ジャラジャラしたの』
『私、シンプルなものが好きなの』
ヒツキの言葉を聞いて、意外だと思い、ハッと思った。
捨てた可能性を拾い上げ、考え直す。
初めてヒツキに会った時、聞いた事がある声だと思った。
以前にも、シンプルな物が好きだと知って意外だと思った事があった。
仮面は顔がバレない様にする為か……?
ヒツキ:「何で薬が効かないのか分からないけど、お兄さんには死んでもらうわ」
綺麗に考えがまとまっていないが、カウンター席で考えていたら火茂瀬が殺されてしまう。
四方木 梓:「マスター。アルコール強めの、作ってもらえるかな?」
Makihara:「かしこまりました」
グラスを拭いていたマスターは僕のカクテルを作る為に、僕に背を向け、棚に並ぶ酒を選び始めた。
僕は左耳に差し込んでいたコードレスイヤホン型通信機を外し、飲みかけのノンアルコールカクテルの中に落とした。
ぽちゃんっと音を立てて、グラスの底に沈む精密機械は静かに壊れた。
白城との繋がりを断ち、火茂瀬の元へ急ぐ。
ヒツキ……どうして。
日月こんなにも名前の由来が簡単だったなんて。
君に何があったか分からないが、今度こそ僕が助けてやる。
今でも僕は君を愛してる!
四方木 梓:「萌ッ!! やめろっ!」
部屋に飛び込んだ僕を、仮面を付けた萌は口を開けて驚いた顔で見つめていた。
火茂瀬 真斗:「あうははん、おほいえふよ」
涙目で口を開けたまま喋る火茂瀬から、拳銃を突き付けている萌に視線を移す。
四方木 梓:「銃を下ろして、萌」
銃のハンマーが倒れているので、萌をあまり刺激しないように、口調を出来るだけ優しくする。
ヒツキ:「私の名前はヒツキよ。お兄さん、何言ってるの?」
怒りと焦りの入り混じった口調の萌は、火茂瀬の口から乱暴に拳銃を引き抜き、僕に向けた。
火茂瀬 真斗:「イデッ!」
拳銃が唇に当たったらしく、火茂瀬は咳き込みながら、口元を押さえた。
四方木 梓:「萌。お前はヒツキなんて名前じゃない」
ヒツキ:「……やめて」
萌は拳銃を持っていない左手で、苦しそうに頭を押さえた。
ヒツキ:「その名前で呼ばないでッ! 頭が、痛くなる……ッ……」
萌が頭の痛みに苦しんで、耐えるように奥歯を噛み締める。
拳銃を向けられているが、ゆっくりと萌に歩み寄る。
火茂瀬は萌の様子が変わったタイミングで部屋から出た。
おそらく既に客を避難させているであろう白城に状況を伝えに行ったのだろう。
四方木 梓:「思い出して、萌」
ヒツキ:「やめてッ……」
萌はこの催眠薬が充満する部屋で監禁され、完全に意識が隔離してしまっている。
催眠薬の混じる香水のせいで、この部屋を出ても、操られ続けていた。
自分の名前を忘れ、僕の顔すら忘れるほど、長い間、術の檻からでられないでいた。
四方木 梓:「君の名前は、初乃咲萌だ。これが本当の名前だよ」
ヒツキ:「やめてって言ってるでしょ!?」
仮面の下で操られている萌は僕を睨みつける。
四方木 梓:「思い出して」
檻の中の萌が目を覚まし始めている。
四方木 梓:「僕の名前は四方木梓」
ヒツキ:「ッ……」
僕の名前を聞いて更に頭の痛みが増したようだ。
四方木 梓:「萌、僕だよ」
ヒツキ:「やめてって言ってるのが分からないのッ!? 撃つわよ!」
拳銃を握る萌の震える右手を掴む。
四方木 梓:「殺してもいいよ。……4年前、萌を助けてあげられなかった無力な僕を、殺してくれ」
ヒツキ:「よ、ねん……前……?」
拳銃を持ったまま、両手で頭を抱え始めた萌は、呪文の様に‟4年前”と何度も呟く。
四方木 梓:「4年前、僕たちは3年目の記念日だったんだ。萌を家まで送り届けた後、君はリップを買いにコンビニへ向かい……そして、君は消えた」
苦しむ萌に、泣きそうになりながら伝える。
初乃咲 萌:「わた、し……」
萌は僕を見つめる。
四方木 梓:「萌? 思い、出してくれた……?」
思い出してくれたかもしれないという期待と、助けてあげられなかった事で拒絶されてしまうかもしれない恐怖が入り混じり、体が小さく震え出す。
初乃咲 萌:「あず……さ……わた、し……あずさ……」
頬を伝う涙が仮面の下から、溢れ出る。
萌が拳銃を手放そうと指先を震わせながら、ゆっくりと僕に両手を伸ばす。
初乃咲 萌:「……ッ……!」
萌が小さく声を漏らし、伸ばしていた手を止める。
初乃咲 萌:「ッ……あぁ……うぅッ……ぅぁああぁぁあああッ!!」
再び頭を抱えて、絶叫しながらその場に崩れ落ちる。
四方木 梓:「萌ッ!?」
慌てて駆け寄り、傍にしゃがみ込みんで叫び続ける萌の肩を掴む。
初乃咲 萌:「ぁぁああぁぁぁああああッ!!」
イヤイヤをする様に頭を左右に振り乱しながら叫び続ける。
四方木 梓:「どうしたっ!? 萌!?」
初乃咲 萌:「ぁぁぁああ……う、腕がッ……あず、さ……ぁああああッ!!」
四方木 梓:「腕が痛むのかッ!? 萌!?」
顔を覗き込んだ時だった。
ヒツキ:「ッ……はぁ……はぁ……。うるさいのよ、アンタ」
僕の額に拳銃を突き付ける。
四方木 梓:「も……え……!?」
ヒツキ:「その名前で呼ばないで。この子が起きちゃうでしょ?」
ニヤリと笑う。
四方木 梓:「君は……一体……?」
ヒツキ:「私はヒツキよ」
四方木 梓:「君はヒツキじゃない。目を覚ませ、萌……戻って来るんだッ!!」
拳銃を突き付けているヒツキの目を見ながら、奥に閉じ込められている萌に叫びかける。
ヒツキ:「今更、助けようとしないで。この子を助けたのは私よ」
ヒツキは左手を後頭部に回し、紐を解く。
ヒツキ:「この子の大好きな貴方だから死ぬ前に本当の事、教えてあげる」
仮面が音を立てて、落ちた。
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