香りに包まれた真実 火茂瀬真斗



扉を2回ノックすると、中から了承する声が聞こえた。


俺は再び、催眠薬が充満する部屋に入る。


火茂瀬 真斗:「ヒツキちゃん。戻ってきたよ」


ベッドに腰掛けて、赤ワインを飲んでいたヒツキは俺の姿を見て驚いていた。


ヒツキ:「あら、お兄さん。もう会えないと思ってたわ」


冗談の様に言っているが、驚いた顔を見る限り、本心だろう。


ヒツキは殺人を依頼して、男がココに戻って来ないのを知っている。


だが、依頼が完了している情報は何らかの方法で手に入れているはずだ。


火茂瀬 真斗:「着飾ってるけど、これから歌う予定だった?」


ヒツキは赤い丈の短いドレスを着ていた。


ヒツキ:「その予定だったけど、気にしないで」


仮面を付けたヒツキはホッとした様に微笑んだ。


ステージに立つ事が嫌いなんだろうか。


火茂瀬 真斗:「でもファンが待ってるんじゃない?」


ヒツキ:「今日はお客さん少ないから大丈夫だと思うわ」


ヒツキは興味が無さそうに、呑みかけのワインに手を伸ばす。


俺はベッドの淵に腰掛けているヒツキに歩み寄り、隣に座って細い腰を撫でる。


火茂瀬 真斗:「そっか……俺ね、ステージに立っている時のヒツキちゃん好きなんだよね。キラキラしててセクシーで……」


歌っている時のヒツキを思い浮かべる。


スタンドマイクに艶めかしい唇を近付けて、くびれた腰をくねらせながら歌う姿。


ドレスに合わせた色合いのネイルが施された爪の先までもが、男性客を魅了していた。


火茂瀬 真斗:「あ! ねぇ、ステージ立つ時みたいにアクセ付けて俺だけに歌ってくれない?」


名案だと思った俺は、目を輝かせてヒツキを見つめた。


隣に居るのだから思い浮かべる必要はない。


ヒツキはワインを呑み干し、空になったグラスをアロマキャンドルの横に置いた。


あの アロマキャンドルやヒツキの香水には催眠薬が含まれていて、今も俺を操ろうと薬が漂っているはずだが、今の俺には効かない。


何故なら鼻の奥までメンソールのバームを塗っているからだ。


ヒツキ:「歌うのは良いけど、アクセサリーは付けたくない」


火茂瀬 真斗:「どうして? 似合ってるじゃん」


ヒツキ:「仕事で付けてるけど、好きじゃないのよ、ジャラジャラしてるの」


俺にはその言葉が意外だった。


外見からして、派手で華やかな物が好きなのだと思っていた。


ヒツキ:「私、シンプルな物が好きなの」


ヒツキはワイングラスが置いてあるサイドテーブルの引き出しを開けた。


俺はヒツキの好むアクセサリーを見せてくれるのだとばかり思っていた。


ヒツキ:「もう、お喋りは終わりにしましょ 」


目の前に突き付けられた黒く輝く物は、小さいが“本物”だった。


火茂瀬 真斗:「拳銃はオモチャじゃないんだよ」


拳銃を下ろさせようと、腰を撫でていた手で銃口を優しく床に向けた。


ヒツキ:「私は本気よ」


下ろした銃口は再び俺に向けられた。


火茂瀬 真斗:「どーして?」


ヒツキ:「使い終わったらちゃんと捨てないと。大丈夫、初めてじゃないから」


ちゃんと殺せるとでも言いたいのか。


火茂瀬 真斗:「今までに何人――」


『殺した?』と続きの言葉を言おうと口を開いたら、銃口を口に突っ込まれた。


背筋が凍ったのは、拳銃が冷たいからではない。


舌が拳銃の表面に触れ、火薬臭い鉄の味が広がり、えずきそうになった。


ヒツキ:「お喋りは終わりって言ったはずよ?」


ヒツキはニヤリと口角を上げる。


ヒツキ:「何で薬が効いていないのか分からないけど、お兄さんには死んでもらうわ」


カチッと拳銃のハンマーを倒おし、トリガーに添えられた人差し指に力が入る。


火茂瀬 真斗:「(梓さんッ!? 俺を見殺しにする気ッスか!? 早く助けに来てくださいよッ!!)」


そう心の中で叫ぶと、扉が勢い良く開いた。


四方木 梓:「萌ッ!! やめろっ!」


梓さんは俺に銃口を向けるヒツキを見ながら、泣きそうな顔をしていた。


萌……?



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