仮面の下の笑顔②



僕は黙って美声に耳を傾けた。


やがて初めて聴く洋楽を3曲歌い切ると、歌姫の時間は終わってしまった。


店内が少しだけ明るくなり、歌姫が各テーブルを回り始める。


火茂瀬 真斗:「ぉお〜! 来た来たっ」


火茂瀬が喜びの声を上げる。


紫色のドレスに身を包んだ美白の歌姫は、首や手首の派手なアクセサリーを揺らしながら僕たちの座るカウンターにやって来た。


ヒツキ:「初めましてですね。私はここで歌っている ヒツキです。お2人のお名前、教えてくださる?」


赤いルージュが光る唇を火茂瀬は見つめていた。


ヒツキと名乗る歌姫の顔を良く見ると、仮面の下の肌が、火傷の様な皮膚の突っ張りが少しだけ見えた。


顔の整形をした直後なのか、怪我をした跡なのか。


仮面は傷を隠す為のものだろう。


あるいは、これだけの美声でスタイルが良く色気があるのだからストーカー被害を防ぐ為にも使っていそうだ。


ヒツキ:「貴方のお名前は?」


いつの間にか火茂瀬の自己紹介は終わっていたらしい。


四方木 梓:「僕は四方木です」


ヒツキ:「四方木さんね。覚えたわ」


ヒツキの口元の笑みがぎこちない。


ヒツキ:「マキハラさん、お水貰える?」


ヒツキは火茂瀬の隣に座った。


Makihara:「歌い疲れちゃった?」


マスターは冷たい水を注いだグラスをヒツキの目の前に置く。


ヒツキ:「そうかも。少し頭が痛くなっただけ」


眉を寄せて笑うヒツキは一気に水を、飲み干した。


ヒツキ:「もう大丈夫!」


んふふ、と笑う。


火茂瀬 真斗:「本当に大丈夫?」


心配する火茂瀬は、さりげなくヒツキの背中を撫でる。


ヒツキ:「ええ。本当に大丈夫よ。優しいのね、火茂瀬さんって」


火茂瀬は鼻の下を伸ばしている。


ヒツキ:「マキハラさん、ありがと」


ヒツキは空になったグラスをマスターに返し、席を立つ。


ヒツキ:「それじゃぁ。お2人とも、ごゆっくり」


マスターはヒツキから受け取ったグラスを洗い始めた。


ヒツキは恐ろしいほど踵の高い黒のパンプスをカツカツ鳴らしながら、何処かへ行ってしまった。


一度だけ振り返り、色気たっぷりなウィンクをした。


僕にしていないのは確かだ。


火茂瀬を見るとニヤニヤしながらヒツキの後ろ姿に手を振っている。


四方木 梓:「……お前」


火茂瀬 真斗:「歌姫も俺の魅力には勝てなかったって事っスね」


ドヤ顔がムカつく。


火茂瀬 真斗:「貰っちゃいました」


火茂瀬は小さなカードを僕に渡してきた。


香水がほんのり香るそのカードには『2Fで待ってるわ♡』と綺麗な字で書かれていた。


四方木 梓:「よかったな」


これで真犯人を捕まえることができる。


火茂瀬 真斗:「梓さん、ここに居ますか?」


四方木 梓:「帰りたいとこだが、お前を送らなくちゃいけないだろ?待ってるよ」


本当はBARで1人になる事に抵抗はあるが、火茂瀬を乗せて来ているため、置いては帰れない。


火茂瀬 真斗:「いや、不慣れな所に梓さん待たせるの悪いですし、俺ん家ここからなら何とか帰れるんで待ってなくて大丈夫ですよ」


火茂瀬は身だしなみを整え始める。


四方木 梓:「確かにお前の家はここから近いけど、歩いて帰るには少し距離があるだろ?待っててやるよ」


僕はノンアルコールカクテルを口に含む。


火茂瀬 真斗:「酔い覚ましに歩こうかなって」


毛先をいじりながら答える。


四方木 梓:「酔い覚まし?」


僕も火茂瀬もノンアルコールしか飲んでいない。


火茂瀬 真斗:「歌姫ちゃんと呑もうかなって」


僕に気を遣ってくれたのではなく、自分の都合だったらしい。


可愛いことを言ってくれるから待っていると言ったのに、呆れてしまう。


ニヤニヤしている顔面を殴ってやりたい。


四方木 梓:「じゃぁ明日の夜、また会おう。歌姫さんとの羨ましいあれこれを聞かせてくれよ」


マスターの前で怪しい発言は出来ない。


普段僕の口からは出るはずのない言葉だが、今の状況には丁度いいだろう。


火茂瀬 真斗:「濃厚なのをお話し出来るように頑張りますよ」


火茂瀬は演技ではなく本音だろう。


四方木 梓:「それは楽しみだ。明日の夜は期待してるよ」


恥ずかしい言葉を発した口が痒くなってきた。


火茂瀬 真斗:「はい。それじゃぁ、俺は歌姫ちゃんの所へ行きますね」


四方木 梓:「じゃぁまた明日」


僕は2階に上がる火茂瀬の背中に手を振った。


マスターに火茂瀬の分の代金も支払い、外に停めてある車へ急いだ。


四方木 梓:「はぁ……」


シートベルトを締め、安堵の溜め息。


やはり慣れない場所というのは体に良くない。


文月 奏:「あれ、1人?」


四方木 梓:「うわっ……脅かすな」


助手席に座っていた文月に気付かなかった。


四方木 梓:「火茂瀬なら歌姫さんに気に入られて個室へ向かったぞ。それよりお前、見かけないと思ったら車に居たのか」


いつから僕たちの側を離れたのか知らないが、気が付いたら文月は姿を消していた。


文月 奏:「大好きな酒は呑めねぇし、目に毒だから車に戻ってた」


四方木 梓:「そうか……」


文月はこれからどうするのだろう。


成仏していないのだから、彷徨う事になるだろう。


文月 奏:「殺されてる俺が言うのもなんだけど……刑事さんって、ちゃんと刑事なんだな」


車を走らせようとギアに掛けた手を止める。


何を言っているんだと目で訴える。


文月 奏:「本当の意味で悪人を裁いて、しかもちゃんと刑事としての仕事もしてるし」


四方木 梓:「当たり前だろ。刑事が本業なんだから」


殺しなんて本当はしたくない。


矛盾しているが、僕が罪人を殺すのはエゴだ。


死者を助けるつもりはない。


僕は萌の復讐が出来ない代わりであって、死者を助けているのは火茂瀬だ。


そう考えると僕はただの殺人鬼なのかもしれない。


文月 奏:「裏のヒーローって感じ」


それは火茂瀬だ。


文月 奏:「俺の情報、役に立ちそうか?」


四方木 梓:「あぁ」


文月が成仏出来なかったお陰で犯人がバラバラな殺人事件に真犯人が居る連続殺人事件だという事が解った。


僕は美人ばかり殺す真犯人を捕まえて執行人を終わりにする。


文月 奏:「人の役に立ったの初めてだな。死んでからだったけど経験できてよかったわ」


礼を言うべきなのか、なんと声を掛ければ良いのか分からず、返事にとても悩んだ。


文月のお陰で事件を発生させる原因のBARの情報を掴み、侵入することが出来た。


だが、それは罪人の文月にとって僕たちに協力するのは高世への償いでもあり、当たり前の事だと思っている。


文月 奏:「あの……刑事さん?」


微笑んでいる文月を見れず、星空をぼんやりと眺めながら悩んでいると、文月が焦った声で僕を呼んだ。


四方木 梓:「ん?」


助手席の文月を見ると、元々透けてはいたが、更に透明に近づいていた。


文月は消えかけていたのだ。


文月 奏:「俺、成仏出来るみたい」


文月は消えかけている自分の両手を見つめ、嬉しそうに呟いた。


四方木 梓:「次はまともな人間になれよ」


文月を殺した張本人である執行人の僕が偉そうな事は言えないが、ここは刑事らしく声を掛ける。


文月 奏:「生まれ変わったら親孝行出来る人間になるわ……。じゃぁね」


文月はその言葉を最期に、悲しそうな笑顔で消えていった。




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