【第五章】

仮面の下の笑顔①



文月 奏:「ここだよ」


文月に案内され、僕の車でやって来たのは都内のネオン街。


車から降りて歩みを止めたのは、他の店と何ら変わらないネオン看板が眩しいBARだった。


火茂瀬 真斗:「こんな看板ピカピカしてるのに危険な店だなんて……」


四方木 梓:「木の葉は森に隠せって言うだろ」


地下に入り口があるので、狭い階段を下りる。


地下の狭い通路を進むと扉の近くが広くなっていて、そこには黒いスーツ姿で黒いサングラスを掛けた背の高い男が立っていた。


文月 奏:「あの男に、俺から紹介されたって言えば中に入れる」


文月が顎で男を指す。


男:「会員証を」


四方木 梓:「文月奏からの紹介だ」


男:「文月か。次からはこの会員証を提示してくれ」


男から会員証を2枚受け取った。


文月 奏:「中に入れても歌姫に気に入られないとご対面は無理だからな」


男が居るので、文月の言葉に僕も火茂瀬も返事をしなかった。


会員証をコートの胸ポケットにしまい、男が開けてくれた扉の中に入る。


店内は薄暗く落ち着いた雰囲気で、危ない仕事が取り引きされる様には思えなかった。


カップルで呑んでいたり、スーツを着た4人の男が居たり、女同士で呑んでいるのを見つめる若い男など、様々な人間が静かに呑んでいた。


僕と火茂瀬は空いているカウンター席に座った。


マスター:「何になさいますか?」


四方木 梓:「車なので、お酒は……」


何を頼もうか迷い、メニューを探したが見当たらなかった。


マスター:「そちらのお客様は、いかがなさいますか?」


マスターは火茂瀬を見る。


よく見るとマスターの胸元には“Makihara”と彫られた金のプレートを付けていた。


火茂瀬 真斗:「お任せで」


火茂瀬はBARという夜の世界に慣れているのだろう。


Makihara:「かしこまりました」


マスターは素早く火茂瀬のお酒を作り始めた。


マスターの無駄の無い手の動きに見惚れてしまった。


Makihara:「お待たせいたしました」


気が付けば火茂瀬と僕の前にはコリンズグラスと呼ばれる細長いグラスが置かれた。


僕と火茂瀬のグラスは中身の色が違う。


僕はマスターに視線を移す。


四方木 梓:「あ、いや僕はお酒は……」


僕は車を運転するので呑めない。


少し焦った顔を見せると、マスターはくすっと笑った。


Makihara:「どちらのグラスもノンアルコールのカクテルですのでご安心ください」


再び目の前のグラスに目を向ける。


僕のグラスは上が青く、底に向かうにつれて赤へとグラデーションになっており、気泡が水面に向かって弾けていた。


全体的に白く濁っている。


隣の火茂瀬のグラスは底が青く、水面に向かうにつれて黄色に変わるグラデーションになっていた。


僕のと同じ様に気泡が弾けていたが、火茂瀬のグラスは透き通っていた。


僕は自分のグラスを手に取って、一口飲んでみた。


乳酸菌の味がした。


四方木 梓:「……これ色違うのに味が同じだ。あ、色が混ざった」


赤と青が混ざり合い、境界線が紫に変わった。


Makihara:「着色しているだけですから」


火茂瀬 真斗:「あ、美味い。美味いよ、マスター」


火茂瀬は一気に半分も飲んでいた。


火茂瀬 真斗:「これ、何味かな、レモン?」


Makihara:「レモンライムのソーダです」


火茂瀬 真斗:「あ、レモンライムか……美味いわ」


火茂瀬はお酒を楽しむ様にノンアルコールカクテルを飲みながらのマスターと話が盛り上がっている。


普段からBARという場所に行っているからか、一つ一つの仕草が様になっていて、不慣れな僕が目立ってしまう気がした。


Makihara:「こちら、ご新規様へのサービスです」


透明なガラスの小皿に盛られたアーモンドを出してくれた。


火茂瀬 真斗:「お、マスターありがと!」


四方木 梓:「ありがとうございます」


マスターと3人で話をしながらアーモンドをつまみ、店内の様子を観察する。


店員に変わった様子は見られない。


店内に流れるBGMはクラシックで耳に優しい。


出されたノンアルコールカクテルに睡眠薬など薬物の臭いも味もしない。


もちろん、アーモンドにも。


店内は落ち着いていて、おかしな様子は何もない。


本当にこんな店で殺人の取引が行われているのか、怪しくなってきた。


右隣に座っている文月を見る。


文月 奏:「えっ!? いや、マジだから!! 歌姫に気に入られないと会えないんだって!」


文月は僕の疑いの目を見て、必死に否定する。


いったい気に入られるには、どうしたら良いのだろうか……。


悩んでいると薄暗かった店内が更に暗くなった。


店内が少しざわめく。


四方木 梓:「何が始まるんですか?」


僕は照らされたグランドピアノとスタンドマイクを見つめるマスターに問う。


Makihara:「うちの自慢の 歌姫です」


ピアノの音色が流れ始めると、 紫色のキラキラしたドレスに身を包んだ歌姫と呼ばれる色白の女性が、スタンドマイクの前に立った。


仮面を付けていて口元しか見えないが、肌がツヤツヤしているのが分かる。


綺麗な明るい茶色の長い髪がつややかで、赤いルージュが艶かしく光る唇が動く。


歌姫は英語で柔らかく歌い始めた。


その瞬間、店内全ての話し声が止まり、皆うっとりと歌姫を見つめている。


透き通る様な ソプラノ声が僕の頬を優しく撫でる。


目が離せない、離したくないと思ってしまうほど歌姫に 魅了されてしまっていた。


火茂瀬 真斗:「マスター、彼女ちょー綺麗っスね。顔も声も」


歌姫を見つめていたマスターは話しかけてきた火茂瀬に視線を向ける。


Makihara:「本人に直接伝えてあげてください。あとで各テーブルに回って来ますので」


嬉しそうに言うマスターは再び歌姫に視線を戻した。


火茂瀬 真斗:「チップあげちゃおっかなぁ〜」


歌姫が来ると知り、喜ぶ火茂瀬は財布を広げる。


僕も歌姫の歌声は綺麗だと思うが、顔は 仮面を付けていて、綺麗と言える情報が少ない。


僕は美声に魅了されてしまったが、それは歌姫の声が 記憶に引っかかるものだからだと気付く。


どこかの歌手と似ているのだろうか。


女優や声優だろうか。


……萌に似ている気がした。


だから僕は簡単に魅了されてしまったのだ。


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