【第四章】

重なる影



渋滞のせいで予定より1時間も遅れて現場に到着した。


黄色いテープとブルーシートで中が見えなくなっているパーキングエリアの中へ入る。


四方木 梓:「ひどい、な……」


火茂瀬 真斗:「うわぁっ……」


僕と火茂瀬は今回の死体を見て、思わず声を出してしまった。


このパーキングエリアは出入り口から見て、両脇に車が5台ずつ駐車可能で2.5m程の緑色のフェンスに囲まれている。


死体は出入り口の目の前のフェンスに、張り付いていた。


その様子は、イエスの十字架刑を連想させた。


死体は服を破かれ下着が露出した状態で両腕を広げ、背中のフェンスに破かれた服で手足が括られている。


頭が垂れ下がっているので顔は見えないが、出入り口からでも後頭部から何かが飛び出しているのが見えた。


火茂瀬 真斗:「なんスかね? あれ」


四方木 梓:「矢、か……?」


近付いてみると、額から後頭部に向かって弓道で使用する矢が突き刺さっていた。


他に外傷は見当たらない。


よく見ると死体のボロボロになっている服は巫女装束だ。


下着にあたる襦袢じゅばんや、主に上半身に見える白い部分の白衣びゃくい、赤いはかままでもが、切り裂かれていた。


和装下着ではなく、ピンク色のブラジャーも切られ、控えめな乳房が露出していた。


死体の女性は何処かの巫女なのだろうか。


一般的な巫女は黒髪ストレートのロングヘアで、一つに束ねられているのだが、この女性は茶髪でショートヘアだ。


火茂瀬 真斗:「俺、本物の巫女さん生で見るの初めてだったんで、生きてる内に会いたかったです……」


火茂瀬は僕の隣で本気で落ち込んでいる。


火茂瀬 真斗:「茶髪ってことは、巫女のバイトですかね?」


火茂瀬が珍しそうに、白い手袋の手で死体の髪の毛を触る。


火茂瀬 真斗:「ん? ……これって」


火茂瀬は何かに気付いたようで、死体の髪の毛をいじり始めた。


四方木 梓:「おい、必要以上に遺体に触るな」


髪の毛を引っ張る火茂瀬を止めるように言うが、あちこち髪の毛を引っ張り続ける。


火茂瀬 真斗:「いや、何か違和感が……ア゛!!」


死体の状態を細かくメモしていると、突然火茂瀬が大声を出すので驚いて顔を上げると、火茂瀬は死体の頭を持っていた。


四方木 梓:「おまっ!? 首からもいだのか!?」


僕の大声のせいで鑑識達の話し声が一瞬止まった。


火茂瀬 真斗:「ちょっ!? んな訳ないじゃないっスか!! ズラですよ、ズラ!!」


慌てて火茂瀬が否定の意味で両手を降るので、茶色い髪が揺れる。


四方木 梓:「ズラ?」


火茂瀬 真斗:「ほら、見て下さい!」


火茂瀬が必死に指差す死体を見ると、茶色ではなく綺麗な長い黒髪が垂れていた。


火茂瀬 真斗:「コスプレっスね。近くに神社あるし、もしかしたら本物の巫女さんかも」


四方木 梓:「そうだな。あとで神社に確認しに行こう」


亀井が電話で言っていた通り、細くて美人だ。


本物の髪の毛は黒髪のロングヘアだった。


初めて死体を見た時は火茂瀬に任せるつもりでいたが、髪の毛が長いので執行人の僕が動く。


四方木 梓:「……にしても、額の外傷以外見当たらない。確実に狙った所を当ててるなんて」


火茂瀬 真斗:「そーとーな腕の持ち主だったんスね、きっと」


火茂瀬は片目を瞑り、矢を射る真似をする。


死体が運び出される前に犯人を確認しておこう。


長い黒髪が垂れる頭に触れた。


死体の記憶が僕の頭に流れ込む。



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