等身大以上の愛
目覚めの悪い朝を迎え、沈んだ気持ちのまま砂糖3杯のコーヒーを啜る。
何故、人を殺した後は決まってみゆきの夢を見るのだろうか。
マグカップの隣に置いた、小さな箱を見つめながら思う。
みゆきが殺されてから霊感を頼りに、みゆきを探した。
だけど、みゆきの気配を感じ取ることは一度も無かった。
最初は復讐なんて考えてなかった。
彼氏として、刑事として、犯人を捕まえてやるつもりだった。
休みなんか無視して調査を行っていたが、犯人に繋がる情報も証拠も見つからなかった。
テレビや新聞を見ても、殺されたみゆきの事ばかりなのに目撃者も現れない。
当時、話題になっていた執行人ですら動かなかった。
火茂瀬 真斗:「なんで……みゆきが……」
俺はフラフラとみゆきの血痕が残る自分のマンション前までやって来た。
ここならみゆきに会えると思って来ても、いつもみゆきは居ない。
気配すら感じない。
みゆきに会いたい。
血痕が残るアスファルトを撫でた。
???:「刑事さん、俺は犯人を見たよ」
背後から声を掛けられた。
振り返ると青白い半透明な男の霊が居た。
やつれ、虚ろな目をした40代くらいの男だ。
男はマンションの花壇に寄り掛かり、片膝を立てて座っていた。
火茂瀬 真斗:「……本当か?」
霊:「こんな
そう言う男は血液の染み込んだくたくたのスーツに傷だらけの肌、頭から血を流し脳が露出していた。
よく見ると右足首と地面が錆びた鎖で繋がっていた。
火茂瀬 真斗:「自殺したのか、おっさん」
自殺者は鎖で体と地面を繋がれ、自殺をした場所から動けなくなる。
成仏なんて出来ないし、地獄にすら逝く事が許されない。
輪廻を許されない苦しみを、己を殺した者たちは味わい続けるのだ。
俺は子供の頃から色々な霊を見てきたから、男を見て一瞬で解った。
自殺者:「俺はこっから動けないから、ずっと犯人を見てたよ」
火茂瀬 真斗:「犯人はどんな奴だった?」
自殺者:「このマンションの住人だ」
一瞬、呼吸をするのを忘れてしまった。
自殺者:「他に目撃者は居ないし、証言してるのは死んでる俺だ。捕まえられないぜ? 刑事さん」
男は俺を試す様な言い方をする。
俺はその言葉に噛み付いた。
火茂瀬 真斗:「どこの階の奴だ?」
男は満足気に溜め息をついた。
自殺者:「ここに誘導出来る。……刑事さんどーする?」
火茂瀬 真斗:「殺す」
殺気立った目で俺は男を見つめた。
自殺者:「準備したら戻って来い。そしたら刑事さんに協力してやる」
火茂瀬 真斗:「ありがと」
俺はゴム手袋と、よく研いだナイフを準備して戻って来た。
火茂瀬 真斗:「頼んだ」
男は意識を集中させた。
しばらくすると白いTシャツにジーパン姿の若い男が、ゆらゆらと歩いてマンションの下にやって来た。
まだ操られた状態で、俺の目の前に立った男。
マンションですれ違う時に挨拶をする程度だったが、お互い顔見知りだし、みゆきの事も知っていた。
ナイフを握る手に力が入り、ゴム手袋の擦れる音がした。
火茂瀬 真斗:「こいつは、何処からみゆきを傷付けた?」
同じ様に殺してやると、思ったからだ。
自殺者:「正面から襲いかかって最初に刑事さんから見て左の二の腕、その次に身を守った女の右腕を2ヶ所。無防備になった右の横腹を切って、振り上げたナイフで首を切り裂いた後、倒れた女の左太ももにナイフを突き刺して、逃げて行った」
火茂瀬 真斗:「よくも、みゆきを……」
言われた通り、左の二の腕をナイフで切りつけた。
と、同時に操りが解けて男は、一瞬にして恐怖に顔を歪めた。
犯人:「ッぁあ!!」
大きな声を上げたが、俺は誰かが来てしまうかもしれないという心配は沸いてこなかった。
周りの事が気にならないほどに、俺の心は殺意で覆われていた。
続けて身を守った男の右腕を力任せに2ヶ所切り裂いた。
犯人:「ッ……ア゛ァッ……くッ……アッ……」
太い血管が切れた事で一気に赤黒い血が飛び散った。
みゆきの血痕と重なった男の血を見て、更に殺意が湧いた。
犯人:「あッ……アッ……ぁ……ぐァ……ッ……」
よろけた男は自分の血で赤くなったアスファルトに倒れた。
最後にジーパンの上からナイフを、手が震える程の力を込めて太ももに突き刺した。
犯人:「ぐあぁッ……あぁッ……ア゛ァ……ッ……ッ……」
口から血を吐いて、首からは血を噴き出し、辺りは血の海と化した。
ナイフを抜くと、太ももの傷から溢れ出る血がジーパンを赤黒く染めていった。
火茂瀬 真斗:「はぁ……はぁ……」
血だらけになった両手を見つめ、体が震え始めた。
俺は復讐してやった!!
みゆきを殺した男を俺が殺してやったんだ!!
俺が……殺した……。
殺してしまった……。
俺は越えてはいけない一線を越えてしまった。
震える血まみれの両手と白目を向いて事切れている男を交互に見つめ、やっと事の重大さに気付いた。
火茂瀬 真斗:「俺……どうしよ、みゆき……」
自殺者:「刑事さん、後悔はするなよ。アンタは彼女のために殺ったんだ。胸張んな」
鎖に繋がれた男の霊に慰められた。
そうだ、後悔したってもう遅い。
俺は人を殺してしまったんだ。
愛するみゆきの仇として。
復讐出来た喜びを噛み締めよう。
この世にみゆきを苦しめた男はもう居ない。
助けてあげられなかった代わりになればいい。
後悔したのは殺した後の一瞬だけで、今は後悔なんてしてない。
男の霊が嘘を吐いて、適当な男を俺に殺させたのかと思ったが、男の部屋でみゆきを殺した果物ナイフが発見されている。
小さな箱をいじりながら、苦い記憶を甘い甘いコーヒーで飲み下す。
そっと箱を開ける。
窓から差し込む光でキラキラ輝く、ブリリアントカットの小さなダイヤモンド。
俺の指には小さ過ぎるシルバーリング。
俺の首にぶら下がっているものと同じ。
結婚するつもりだった。
広い家に引っ越したのも、貯金してたのも結婚の準備の為で、あとはあの日に小さなサプライズとしてプロポーズをするだけだった。
いつもみゆきの夢を見た後は、助けられなかった自分を恨み、プロポーズが出来なかった事を悔やむ。
こんな思いをするなら、コピーキャットを辞めようと何度も考えた。
今でも時々考えてしまう。
だがみゆきの復讐を果たした事で、俺の人としての歯車は狂ってしまった。
殺した人数が増えたって歯車が更に狂うだけで、直る事は無いし、依頼を完了させると女達は喜んでくれる。
だから俺はコピーキャットを続けている。
刑事として人を助ける手助けはしているけれど、自分自身の力で助けられるのは死んだ人間だけだ。
後で知ったことだが、俺の復讐に協力してくれた男の霊は、ひき逃げ事故で殺された息子の復讐をして、1人で寂しがっている息子の元へ行く為に自殺をしたらしい。
男の霊はマンションの下で今も鎖に繋がれ、花壇に寄り掛かりながら空を見上げている。
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