思い出②


真白 みゆき:「はい。これ飲んで寝なさい」


みゆきは水の入ったグラスと市販薬を持って戻って来た。


火茂瀬 真斗:「ありがと……って粉薬!?」


みゆきから受け取った薬は俺の嫌いな粉薬だった。


真白 みゆき:「そうだよ。これが風邪には1番効くの」


母親みたいな、みゆきの言う事を聞き、俺は意を決して粉薬の封を開けた。


口に水をいっぱい含み、上を向いて粉薬を口に入れた。


そして一気に飲み込み、更に水をゴクゴク飲んで口内に残った粉薬を流し込んだ。


火茂瀬 真斗:「にげぇー」


べーっと舌を出す。


真白 みゆき:「良薬口に苦しよ」


口の中が苦すぎて、言い返せなかった。


真白 みゆき:「熱測ってから寝なね」


言われた通り熱を測ると、38度に下がっていた。


火茂瀬 真斗:「お、少し下がってる!」


真白 みゆき:「良かったね。私は洗い物して、雨が弱くなったら帰るから。気にしないで寝てていいよ」


ベッドに横になった俺の額に冷却ジェルシートを貼りながら言った。


火茂瀬 真斗:「いや、送ってく」


俺は重い体を少し起こした。


真白 みゆき:「何言ってんの、駅すぐだし大丈夫。それよりも明日仕事なんだから、自分の体を心配しなよ」


そう言って俺の頭を軽く撫でたみゆきは寝室を出て行った。


みゆきとの幸せを感じて自然と笑みが浮かんだ俺はベッドに潜り直した。


火茂瀬 真斗:「結婚……してーなぁ」


扉の向こうからの台所の水音が子守唄となり、俺はすぐに眠りについた。


ピーポーピーポー


俺が目を覚ましたのは目覚まし時計の音ではなく、みゆきの居なくなった家に響く救急車の音と人の声だった。


何事かと思い、閉まっていたカーテンを勢い良く開けた。


雨が止んだ夜の街を、燃える様な赤いライトが辺りを照らしていた。


体もいくらか軽くなっていたので、刑事として様子を見に行く事にした。


『血が止まらない!!』


『止血剤を!!』


『聞こえますか?!』


人混みから救急隊員の声が聞こえて来た。


火茂瀬 真斗:「警察です。どうしました!?」


血が濡れたアスファルトに広がっているのが見えた俺は、慌てて人混みを掻き分けた。


警察手帳を見た救急隊員が俺に駆け寄って来た。


救急隊員:「女性が数ヶ所刺された状態で倒れていると通報がありました。今は止血を優先に救助を行っています。病院の手配もしています」


救急隊員の背中越しに見えた、倒れている人の血だらけな手。


そして見覚えのある指輪。


自分の右手薬指の指輪を見て、一気に冷たい汗が噴き出した。


火茂瀬 真斗:「みゆきっ!!」


血だらけの女性は、みゆきだった。


火茂瀬 真斗:「みゆき!! おい、しっかりしろ!! みゆき!!」


俺は泣きそうになりながら、血だらけのみゆきに駆け寄った。


首を切られ、手足も数ヶ所切られ、腹部からも血が出ていた。


酸素マスクを付けて手当を受けているみゆきは、俺が見ても生死を彷徨ってるのだと解った。


火茂瀬 真斗:「みゆき!! 俺だよ、みゆき!!」


血溜まりに沈むみゆきの手を強く掴むと、虚ろな目をしたみゆきが俺を見た。


火茂瀬 真斗:「みゆき!! しっかりしろ、俺がついてるから!!」


みゆきの口が弱々しく動いた。


火茂瀬 真斗:「みゆき!?」


みゆきの口元に耳を近付けた。


真白 みゆき:「ま……さ、と……だい、じょぶ……?」


一気に俺の視界は歪んだ。


火茂瀬 真斗:「大丈夫だよ。みゆきのお陰でもう治ったよ? 俺は大丈夫だから、今は自分の心配して」


俺は出来るだけ優しく笑った。


少しだけ握り返される手。


真白 みゆき:「よか……た……」


みゆきの瞼がゆっくりと閉じていく。


火茂瀬 真斗:「みゆき!? 死ぬな!! みゆき!! 目を開けて、みゆき!!」


何度もみゆきの名を叫んだ。


だけど、みゆきの瞼が上がる事はなかった。


みゆきの手から力が抜け、ゆっくり上下していた胸は動かなくなった。


火茂瀬 真斗:「みゆき!! みゆき!!…………嫌だよ、みゆき」


血だらけの顔をしたみゆきは微笑んでいた。


火茂瀬 真斗:「みゆき……みゆき……」


無駄だと解っていても、みゆきの体を揺すってしまう。


無理にでもみゆきを送っていれば……。


せめて駅まで送っていれば……。


俺の馬鹿野郎!!


何で風邪なんて引くんだよ!?


俺は冷たくなり始めているみゆきの体を、強く、強く抱きしめた。


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