【第三章】

思い出①



真白 みゆき:「ねぇ、真斗」


みゆきが甘えた声で俺を呼ぶ。


真白 みゆき:「真斗、水族館行こうよ」


ほんと魚見るの好きだなぁ。


昔から変わってねーな。


真白 みゆき:「真斗、浮気なんてしないでよ?」


するわけねーじゃん。


俺がどれだけみゆきの事好きか知ってる?


俺が好きなのは、みゆきだけ。


当たり前じゃん。


真白 みゆき:「真斗、風邪引いてない?」


大丈夫だよ、心配すんな。


真白 みゆき:「真斗、お仕事頑張ってね」


おう!


任せろ!


真白 みゆき:「真斗、おかえり」


ただいま。


真白 みゆき:「真斗、何食べたい?」


みゆき、かな……なんて。


……冗談、でもないけど、シチューが食べたいな。


真白 みゆき:「真斗、ずっと一緒に居たいね」


俺も……そう思ってたよ。


真白 みゆき:「真斗、ねぇ真斗」


ん?


なに、どした?


真白 みゆき:「大好きだよ」


火茂瀬 真斗:「っ……!?」


また同じ夢を見た。


全身から汗が噴き出した俺は、分厚い掛け布団を跳ね除けた。


夢に出てきたのは半年前に殺された真白みゆき(マシロ ミユキ)。


俺が本気で愛した女。


今見ていた夢は、単に俺の記憶から構成された思い出の様な夢。


みゆきの霊が夢の中に来ているわけではない。


火茂瀬 真斗:「また、だ……」


依頼を完了させた後には、必ずこの夢を見る。


真っ暗な世界にみゆきだけが見えて、俺に囁き掛ける。


鮮明過ぎる声や表情のせいで、夢だと解っていてもみゆきの一言一言に返事をしてしまう。


目を覚ます度、みゆきは居ないのだと痛感して苦しい。


火茂瀬 真斗:「はぁ……」


寝室のカーテンが閉まった窓の向こうはまだ暗い。


バチバチと窓を叩き付ける音がする。


雨が降っている様だ。


火茂瀬 真斗:「みゆき……」


あの日も雨だった。


今から半年前のジメジメしてた6月。


滅多に風邪を引かない俺は、デートの日に珍しく40度近い高熱を出してしまった。


その日は俺の家でみゆきと、一緒にご飯を作って食べたり、映画を観たり、キスをしたり、優しく触れ合ったり、ゆっくり過ごす予定だった。


記念日でも誕生日でもない普通の日だったが、この日の最後にシンプルなサプライズを用意していた。


俺は申し訳ないと思いながらみゆきに電話をかける。


火茂瀬 真斗:「わりぃ……熱出た」


久々に休日が重なり、せっかくのお家デートだったのに熱が出た自分を恨んだ。


真白 みゆき:「大丈夫? 何か食べた?」


本気で心配してくれるみゆきの声が、熱に犯された頭に優しく響く。


火茂瀬 真斗:「いや、食欲ない」


真白 みゆき:「ダメだよ、食べなくちゃ。薬飲めないでしょ」


母親みたいだ。


火茂瀬 真斗:「飲む薬も無いんだよ」


そう言うと、みゆきは呆れた様に笑った。


真白 みゆき:「今から看病しに行くから寝て待ってて」


火茂瀬 真斗:「いーよ。雨降ってるし、寝れば治るから」


雨音が先程より大きくなっている気がする。


真白 みゆき:「薬飲まないで寝るだけじゃ治るわけないでしょー? 今から行くから」


風邪を移しちゃうかもしれないから看病なんて良かったのに、みゆきは土砂降りの雨の中、俺の家に来てくれた。


本音を言えば珍しく風邪を引いて弱っていたから、 会いたくてしょうがなかったんだけど。


しばらくして合鍵を使って入ってきたみゆきが、ベッドで横になっている俺の顔を覗き込む。


真白 みゆき:「キッチン借りるね」


そう言ってみゆきはキッチンに向かう。


ボーっとした頭に、包丁の心地よいリズムが響く。


あぁ、何とも言えない幸せ。


彼女が俺のために料理をしてくれている。


風邪さえ引いていなければ、最高のシチュエーションだったのに。


真白 みゆき:「お粥作ったよー。これ食べて。薬は買って来たから、それ飲んで寝なね?」


何から何まですみません。


火茂瀬 真斗:「ありがと」


お盆に乗せて持って来てくれたのは、ネギがたっぷり入ったお粥だった。


真白 みゆき:「生卵入れる?」


ベッドに腰掛けたみゆきが白い卵を見せた。


火茂瀬 真斗:「入れる〜」


みゆきはお粥の入った小さな鍋の淵で殻にヒビを入れ、割ってくれた。


黄色い卵がお粥の中に落ちる。


火茂瀬 真斗:「サンキュ」


俺は卵とネギを混ぜ合わせ、多めの一口。


火茂瀬 真斗:「うまっ!」


真白 みゆき:「無理して食べなくてもいいからね」


火茂瀬 真斗:「今は食欲あるから大丈夫」


みゆきの作ったお粥の匂いで食欲が湧いてきた。


俺はあっという間に完食してしまった。


真白 みゆき:「本当に40度もある病人?」


笑って空になった小さな鍋を台所に持って行った。




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