証明の白い世界


突然、意識を引っ張られる様に目が覚めた。


音の無い白くて、どこまで続いているのか分からない広い世界に僕は座っていた。


辺りを見回さなくても、ここが現実の世界でない事は明白だ。


火茂瀬の言う通りなら、どこかに被害者である女性が居るはずだ。


死体の女を思い出しながら、白い世界で女を探す為に立ち上がろうとすると、視界がぐらりと揺れた。


天井も床も真っ白だから一瞬理解が出来なかったが、背中の感覚で倒れたのだと悟る。


四方木 梓:「平塚香織ひらつかかおりだな?」


天井と茶色い髪が床に触れている女を見つめ、押し倒されたのだと知る。


平塚 香織:「そうよ。刑事さん」


今回の被害者である平塚香織は長い髪を耳に掛け、顔をぐっと近付けた。


平塚 香織:「真斗さんから、貴方に会ってくるように言われたの。四方木梓さんよね?」


互いの呼吸が聞こえる。


四方木 梓:「あぁ。それより、退いてくれないか?」


平塚 香織:「あら、ダメよ」


平塚は艶かしい笑みを浮かべる。


平塚 香織:「真斗さんと一緒に、あの男を殺してくれるんでしょ? 私は……もう死んじゃってるから、これくらいしかお礼が出来ないの」


平塚は悲しい表情を浮かべた後、急接近して僕と唇を重ねた。


四方木 梓:「っ!?」


平塚を退かそうと腕に力を入れたが金縛りに合っているのか、全く動かない。


ぬるりとした舌の感触に更に退かしたくなり、腕に力を入れたがピクリとも動かないので、抵抗するのを諦めた。


平塚 香織:「ねぇ、舌動かしてよ」


平塚は一度唇を離して困った様に呟くと、再び唇を重ね、更に奥深く舌を入れて来た。


都合良く舌は動くのだが、僕は舌を絡ませる気は全く無い。


平塚 香織:「チェリーとかじゃないよね?」


銀色に光る糸がぷつりと切れる。


四方木 梓:「それはない」


ちゃんと経験してる。


平塚 香織:「じゃぁその気にさせてあげる」


平塚がニヤリと微笑み、僕のベルトに手を伸ばした。


四方木 梓:「っ!!」


咄嗟に腕に力を入れた。


すると先程まで動かなかった腕が動いた。


四方木 梓:「やめてくれ」


僕は平塚の肩を押した。


平塚は驚いた顔で上半身を起こした僕を見つめる。


四方木 梓:「火茂瀬に何て言われてるのかは知らないが、僕はそんなつもりは無い。君が僕の目の前に現れた時点で、あいつの言う証明は出来たんだ。僕はそれで満足だから」


平塚は目をパチクリさせながら僕の話を聞いていた。


平塚 香織:「優しいんですね……ただ真斗さんには会って来るように言われただけなので、彼は悪くないですよ」


苦笑いを浮かべた平塚はベルトに掛けた手を引っ込めた。


平塚 香織:「私にはもう……失うものは何も無いから。この体だって、実体じゃないですし。だから殺してくれるなら、お礼でシたって……」


平塚は長い睫毛を伏せて、溜め息を吐いた。


四方木 梓:「僕は依頼されてるわけじゃないから、代償は要らない。執行人をしてるのは僕なりに理由があるんだ」


平塚 香織:「……理由? 殺人が好きなの?」


四方木 梓:「出来れば殺人なんてしたくない。だけど殺らないと僕の気が済まないんだ」


平塚 香織:「殺人が嫌いなのに、気が済まないって正義感が強いって事?」


四方木 梓:「そうじゃなくて……色々んだ」


僕は白い天井を見つめる。


四方木 梓:「君は……これからどうするの?」


平塚 香織:「私は依頼が完了するまで真斗さんのサポートをします。その後は多分、成仏出来るんじゃないですかね?」


四方木 梓:「そうか。早く成仏出来るように頑張るよ」


“犯す”という課題をなんとかしよう。


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