見た目と中身
大腹警部から送られてきたのは都会の高層ビルの住所だったが、殺人現場はその住所付近の路地裏だった。
四方木 梓:「すまない、遅れた」
黄色い立入禁止テープをくぐり、既に仕事をしていた鑑識や部下の刑事に軽く頭を下げる。
火茂瀬が見当たらないのが気になったが、僕は自分の仕事をするために鑑識が群がる死体へ近付く。
四方木 梓:「
長い付き合いになる鑑識の朝三という男に声をかけた。
朝三:「現在、犯人のものと思われる体液が見つかっています」
指紋を採取しながら朝三は答えてくれた。
四方木 梓:「体液……汗とかですか?」
手帳に書きとめながら質問を続ける。
朝三:「それも……ですけど、唾液と精子が発見されています」
文字を書く手を止める。
朝三:「死体の状態からも強姦の可能性が高いですね。にしても、証拠を残すなんて、相当捕まらない自信があるんですね」
今回の被害者も容姿の良い長髪の女性。
僕はいつも死体の状態や殺害方法を書きとめながら、犯人を殺す計画を立てている。
だが、僕が男を犯すわけにもいかないし、今回はどうしたものか。
四方木 梓:「DNAを調べて、その体液が全て同一人物か、DNAが一致する者が居ないか調べておいて下さい」
朝三に頭を下げ、さっきから姿の見えない火茂瀬を探す。
火茂瀬 真斗:「梓せんぱーい!! こっちに来てくださーい!! 」
叫ぶ火茂瀬の声を頼りに、更に奥へ進み、入り組んだ路地へ入る。
火茂瀬 真斗:「あ、来た来た! ちょっと手伝って下さいよ」
僕を見付けると、眉を下げた火茂瀬が駆け寄ってきた。
名前を呼ぶことは気にしないで、困っている理由を聞いてみる。
四方木 梓:「どうした……あれか?」
火茂瀬の背後を見ると、壁にもたれているホームレスが視界に入った。
火茂瀬 真斗:「そうなんです」
汚れた衣服に身を包み、長く伸びた髭や髪の毛は汗や外気の汚れで固まり、髪の毛は背中に張り付いている。
左右バラバラの靴を履いて、右足の靴はつま先に穴が開いて巻き爪の親指が見えていた。
周囲には異臭が漂い、俯いて座っている姿は死体の様だ。
火茂瀬 真斗:「第一発見者なんですけど、何も教えてくれなくてぇ」
火茂瀬は鼻を摘んだまま、今の状況を説明する。
四方木 梓:「お前……刑事なんだから聞き出せよ」
メガネを押し上げ、呆れて少し大袈裟に溜め息をつくと。
目の前に立つ火茂瀬をどかして、壁にもたれるホームレスに歩み寄る。
四方木 梓:「第一発見者の方とお聞きました。お名前を教えていただけますか?」
ホームレスは僕の声に、俯いていた顔を面倒くさそうに上げた。
ホームレス:「……お前、刑事か……?」
ホームレスの口臭に鼻を押さえたくなったが、気を悪くされては困るので、耐えるしかない。
四方木 梓:「そうです。四方木と申します。少しお話を聞かせていただけませんか?」
しゃがみ込んで警察手帳を見せる。
ホームレス:「やっと “本物”が来たか……」
ホームレスは呆れた様に溜め息をついた。
汚物の様な臭いの息が顔に掛かり、無意識に呼吸を止める。
四方木 梓:「本物……ですか?」
手帳とペンを構え、首を傾げる。
ホームレス:「さっきから、そこの“偽物”がうるさくてな」
僕の隣にしゃがむ火茂瀬を指差した。
火茂瀬 真斗:「俺も刑事だって言ってんだろッ! おっさん!!」
小倉:「誰がおっさんだっ!
火茂瀬 真斗:「なっ!?」
火茂瀬は小倉と名乗った男の発言に、しばらく放心状態になったと思えば、全速力でどこかへ行ってしまった。
僕は驚いて火茂瀬の消えた方向を見つめた。
小倉:「刑事さん……条件がある」
小倉の声に振り返る。
四方木 梓:「僕に出来る範囲なら条件を飲みます」
食料か……金か……。
僕が首を縦に振ったのを見てから、小倉は話し始めた。
小倉:「この路地裏は死角になるからいつもラブホ状態で、昨夜も女の声が聞こえたもんだから見に行ったんだ。嫌がる女を見て強姦だと解ったが、遭遇するのはそれが初めてじゃないし、構わず見てたら男の様子が変わったんだ」
頷きながら、しっかりと書き留める。
四方木 梓:「……どう変わったか、具体的に」
小倉:「ズボンを履いて辺りを見回したから誰か来たのかと思っていたら、男が急にナイフを取り出して女に切り掛かったんだ。見付かったら殺されると思って、オレは咄嗟に隠れたんだ……」
小倉の話を聞きながらも、男の殺害方法を考える。
やはり犯した後に殺している。
今回は髪の長い女性が殺されているから、執行人である僕が殺す役なのだが“犯す”のは無理だ。
今回だけは完璧に復讐出来ない。
小倉:「女の悲鳴が聞こえなくなって覗いたら男は居なくなってて、女は血だらけだった……。刑事さん、条件は……」
助けを求める目で見つめられる。
四方木 梓:「解ってますよ」
強姦を黙って見ていた事、殺人を見過ごした事を公表してほしくないのだ。
小倉:「彼女には悪い事をした……」
上にはただ死体を発見したとでも伝えておこう。
手帳を閉じると遠くから足音が聞こえた。
見ると小さなコンビニ袋を持った火茂瀬がこちらに駆け寄って来る。
四方木 梓:「どこ行ってたんだ?」
隣にしゃがみ込んだ火茂瀬に聞く。
火茂瀬 真斗:「おっさんに差し入れ」
火茂瀬は持っていたコンビニ袋を小倉に差し出す。
中には湯気が立ち上る肉まんと温かい缶コーヒーが入っていた。
火茂瀬 真斗:「ここ、さみぃだろ?」
火茂瀬は人懐っこい笑みを見せた。
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