離れたくない


2階の資料倉庫で保管している桑月一のデータを見ていると、扉を開けた白城が、部屋の外から声を掛けてきた。


白城 智:「梓、仕事中悪いが、大腹おおはら警部がお前を呼んでる」


少し困った表情の白城は僕と合った視線を逸らした。


四方木 梓:「大腹警部が? ……わかりました。ありがとうございます」


僕は読んでいた資料を棚に戻す。


何を見ていたのか聞かれなくてホッとした。


白城の用は言伝だけだったようで、その用が済むと足早に何処かへ行ってしまった。


僕は資料倉庫に鍵を掛けて、4階の捜査一課へ急ぐ。


捜査一課へ向かう途中で2階のガラスで囲まれた喫煙所の前を通ると、白城が居たので軽く頭を下げて通り過ぎた。


四方木 梓:「(また何か厄介な事件か……?)」


僕はそんなことを考えながらドアノブに手を伸ばすと、先に扉が開いた。


???:「四方木君!! 待ってたよ! 早く入って」


驚いている僕を大腹警部は捜査一課へ連れ込んだ。


四方木 梓:「警部、そんなに引っ張らなくても」


部屋に入ると椅子に座っていた男が立ち上がる。


大腹警部に腕を抱えられながらも、ずれ落ちたメガネのブリッジを押し上げ、28歳の僕より少し若く見える男に頭を下げる。


四方木 梓:「あの、警部……僕に何か用ですか?」


僕の言葉に漸く腕を放してくれた大腹警部は、男にチラリと視線を向けた。


大腹警部:「彼を君に紹介したくてね」


大腹警部は何か隠しているような、企んでいるような笑みを浮かべた。


四方木 梓:「はぁ……」


よく分からないまま返事をする。


座っていた男は立ち上がると僕の目の前に来た。


背が高く、170cm前半の僕が見上げるのだから180cm前後だろうか。


烏の様に真っ黒なストレートな僕の髪に比べて、目の前の男は毛先がはねた綺麗な茶髪で少し長めだった。


細身で肌も白くて男前だ。


モデルか俳優とかなのだろうか。


大腹警部:「彼の名は火茂瀬こもせ君。君と同じ捜査一課の刑事だよ」


このビジュアルで刑事だなんて、もったいない男だな。


火茂瀬 真斗:「はじめまして。殺人課の火茂瀬こもせ真斗まさとって言います」


四方木 梓:「はじめまして。同じく殺人課の四方木梓です」


挨拶はしたが紹介された意図が掴めず、火茂瀬と名乗る男の隣に立つ大腹警部を見た。


大腹警部:「何でって顔してるね」


四方木 梓:「あっ……いや、その……」


図星を突かれ、気まずくなり目を逸らして頭を掻く。


大腹警部:「これからは二人で、行動を共にしてもらう」


四方木 梓:「はい?!」


火茂瀬は知っていたのか、驚いたのは僕だけだった。


大腹警部:「彼は新人でね、四方木君に教育係をお願いしたいんだ。宜しく頼むよ」


四方木 梓:「はい、分かりました。……あの、白城さんは知っているんですか?」


大腹警部:「さっき伝えておいた。今回二人が担当している事件が終わったら、四方木君の相棒は火茂瀬君だ」


白城智の困った様な表情は、この事を意味していたのか。


四方木 梓:「そうですか……。じゃぁ、これからよろしく」


右手を差し出すと笑顔で握り返してくれた。


火茂瀬 真斗:「はい! よろしくお願いします」


見た目はチャラそうだが、中身は真面目なようだ。


四方木 梓:「それじゃぁ僕は仕事が途中なので、失礼します」


大腹警部と火茂瀬に軽く頭を下げ、捜査一課の部屋を出た。


資料倉庫へ戻る途中、2階の喫煙室でコーヒーを飲む白城を見つけたので、僕も自動販売機で缶コーヒーを買って喫煙室へ入る事にした。


白城 智:「お、珍しいな。お前も吸うか?」


タール14mmのタバコを差し出されたが、僕は首を横に振った。


四方木 梓:「僕が吸わないの知ってるじゃないですか。缶コーヒーだけですよ」


無糖の缶コーヒーを見せる。


白城 智:「吸わない方がいい。俺の肺、汚染されてるから長生き出来ないだろうな」


白城は笑いながらタバコを咥え、煙を肺いっぱいに吸い込む。


四方木 梓:「辞めないんですか? 奥さん心配しません?」


無糖のコーヒーを一口含む。


白城は煙を吐いた。


白城 智:「俺の心配より子供の心配ばっか。まぁ当たり前なんだけどね。ベランダで吸えって言われた時はやめようかと思ったけど」


白城はタバコを咥え、白い煙を吐き出した。


白城 智:「もう無理。手遅れ。俺の体はタバコに依存してるんだ」


短くなったタバコを吸い殻捨てに入れると、新しいタバコに火を点けた。


四方木 梓:「……あの、大腹警部から聞きました」


少しの沈黙。


白城が口をすぼめて煙を吐き出す音が、やけに大きく聞こえた。


白城 智:「急な話で驚いたけど、でもいずれ来る話だったからな。梓、頑張れよ」


正直、白城の傍から離れるのは嫌だったが、駄々をこねるつもりは無いし、僕の成長を見せたいとも思う。


四方木 梓:「……はい」


複雑な気持ちのまま返事をした。


それが白城に伝わってしまい、クスッと笑われた。


白城 智:「梓が一人前だって認められた証拠じゃん。俺は嬉しいよ?」


白城は、まだ長いタバコを吸い殻捨てに投げた。


白城 智:「何かあったら俺が居るし、頑張れよ」


去り際に肩を叩かれた。


四方木 梓:「はい」


少し頑張ってみようと思う。



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