第19話 休憩時間

「……六人様一緒のお部屋ですか? それだと三階の大部屋しかありませんねえ。

 六人で金貨三枚になります。 あと手拭いとバケツ一杯のお湯で銀貨三枚ですが、

 いかがでしょう?」


 カウンターの大柄な女性が、イヤらしい笑みを浮かべながらケイに説明する。

 ケイはマダムの話を聞くと金貨を六枚渡し、お湯を6人分持ってくるよう要求した。


「お客様、少し多いようですが……」


「なるべく清潔なヤツで大きなタオルも追加で6枚貸してくれ。

 身体に巻けるようなやつだ。残りは心付けでいい」


「ありがとうございます。それではゆっくりとお楽しみください」


 そう言ってマダムがにっこりと笑い、ケイは部屋の鍵を受け取った。


「え~、ずるい~。皆さんだけで楽しんじゃうんですか?

 アタシも呼んでくださいよう~」


 さっきの少女が未練がましくカウンターの奥からケイに訴える。


「お前はダメだ!」


「ケチィッ! 6人でも7人でもそんなに変わらないでしょ?」


 文句を垂れまくる少女を無視してケイ達は奥の階段をゆっくりと登っていく。


「ケイ、本当に他に方法はなかったの?」


「表で目立って通報されるより、中の方がマシだろ?」


「それはそうだけど…… ガイバックス神殿の神官たるものが男連れでこんな店に入ったのがばれたらきっと破門だわ……」


「ラパーナは気にしすぎだって。

 聖印を外したら聖女かどうかなんて誰にもわからんさ」


 ケイに慰められながら、セラは肩をがっくりと落として階段を登っていく。


 鍵についた木の札は三階の一番奥の部屋を示していた。

 ケイが扉の鍵を開けて部屋の中に入る。

 中には両方の壁際に簡素な木のベッドが三つずつ、一番奥に長椅子が1つと、高さが2メートル近い木の衝立が一つ置いてあった。


 長椅子と衝立の間には窓がひとつあり、格子状の隙間から外の光が差している。

 両壁には絵が一枚ずつ飾られ、それぞれ裸で抱き合う男女と下着姿の女性が描かれている。ベッドのシーツは洗ってあるとはいえ、ところどころに染みが残っていて、あまり清潔には見えるモノではなかった。


「この部屋、少し匂うわね……」


 匂いに敏感なのかエルフのルナが部屋を見回して眉をしかめる。

 香を炊いて部屋の匂いを誤魔化してあるが、すえた匂いを完全には消せず、部屋はいかにも安宿という雰囲気を漂わせていた。


「ここは高級ホテルじゃないんだ。オレに文句を言われても困るな」


 ケイは荷物を降ろして透明マントを脱ぐと、多少不潔なのは気にせず、ごろんとベッドに寝転がった。ベッドは上等な物ではないが野宿の寝袋に比べればかなりマシな寝心地である。

 メグもケイがしたように魔法肩掛鞄を床に降ろすと隣のベッドで横になった。

 残りのみんなも外套を外し持っていた荷物を降ろして、それぞれベッドに座って鎧を脱いだ。


「……お湯をお持ちしましたあ」


 ノックも無しに扉が開くと、下着姿の女の子たち三人がお湯の入ったバケツと手拭い、そして大きなタオルを脇に抱えて部屋の中へと入ってきた。


「ぐふふ、お着換え中でしたか。女性4人と男性2人じゃあ、たしかにアタシ達の出番は無さそうですもんね。逆だったら良かったのになあ。

 でも三回目ができるようなら、必ずアタシも呼んでくださいよ?」


 あきらめてはいないのかアキラに流し眼を送りながら、さっきのミクと言う少女がニヒヒと笑う。


「あなた達、すぐに残りのお湯を持ってきて」


 セラがタオルとバケツを三人から奪うように受け取ると、事務的な口調で再注文した。


「……せっかちな人だなあ。じゃあすぐに取りに戻らないと……」


 バケツを渡した三人はあきれた顔をしながら、がやがやと騒がしくまた階段を降りていった。


「はあ……」


 部屋が静かになると、セラが白銀の板金鎧を床に降ろしてため息をついた。

 同じくルナも憂鬱な顔をしてミスリルの鎖かたびらを脱ぐと、大事そうにベッドの上に乗せる。


「まったくこんな不潔な場所、一刻も早く出て行きたいわ……」


 ルナの不満をよそに一番奥のベッドに陣取ったアキラとヤスマは板金鎧を外し、厚い綿着と下着のシャツも全部脱いで上半身を裸にした。


「はーっ、気持ちいい」


 シャツを脱いで深呼吸をするアキラ。

 その筋肉には汗が光り、均整の取れた肉体は少年っぽさの残る甘い顔立ちと相まって、美しい彫刻のようだった。


「シデン殿、なかなかに鍛えられた体ですな……」


 それを見て、ヤスマが感心の声を上げる。


「いやいやヤスマさんこそ、鋼のような肉体は素晴らしいですよ」


 アキラも膨らんだお腹以外、見事に筋ばったヤスマの筋肉に感嘆する。

 まさに歴戦の勇士と言った感じの、戦場で鍛えられた肉体だった。


「おいおい、男ども。淑女の目の前で少しは気を使えよ」


 ケイが冗談っぽくアキラ達をからかう。


「はい、みなさんお持ちしましたよ」


 また同じようにドアが開くと、さっきの三人組がバケツとタオルを持って入ってきた。


「はあ…… やっぱりこの色男さんは凄い身体ですねえ。

 いいなあ、うらやましいなあ。ねえモリーもそう思うよね?」


 ミクがため息をついて、アキラの筋肉をうっとりと眺めている。


「ミクがこだわるだけあってこの人、本当にイイ男ね。

 でもお子様のミクには少し不釣り合いかしら。

 ワタシのほうがお似合いかも?」


 そう言ってモリーは腰に手を当てアキラに色目を使ってくる。


「何よモリー、胸ならあたしの方が大きいわよ。

 でもあたしはそこのドワーフさんも素敵だと思うけど」


「あーっ、ルネはワイルドな人が趣味だもんね」


 ヤスマを見ながら、三人目のルネは両手で胸を持ち上げ大きさを強調する。


「いやあ困ったね……」


「やれやれだのう……」


 照れて頭をかくアキラと、満更でもない顔のヤスマを尻目に、セラとルナが不機嫌そうに横を向く。


「アンタたち下にお客が来てるよ、いつまでモタモタしてんだいっ。

 さっさと終わらせて帰ってきなっ」


 階下からマダムの怒鳴る声が聞こえてきた。


「あ~あ、呼ばれちゃった。それじゃあ色男さん、次はアタシ達を呼んでね。

 では皆様、ごゆるりとお楽しみを!」


 ミクはそう言うと大仰なお辞儀をしてからゆっくりと扉を閉める。

 セラは女たちが笑いながら階段を降りていく音を確かめると、急いで扉に中からかんぬきを掛けた。これで彼女達が合鍵を持っていたとしても侵入はできないはずである。


「何がごゆるりとよ。まったくゲスの勘繰りはやめてほしいわね。

 わたし達はそういう関係じゃないっての」


(小畑とそういうのなんて絶対無理無理。あのミクって娘は可愛いかったけどさ。まあ付いてないこの身体じゃ、どうしようも無いんだけど)


 鍋島はアキラとそういう事をするのを想像して、思わず身を震わせた。


「ヤスマもちょっとだらしないわね。

 あんな商売女におだてられたぐらいでニヤ二ヤしちゃって」


「おいおいルナ、ワシは別にニヤケてなんかおらんぞ……」


 ヤスマはルナに憮然としながら反論した。


「はいはい、言い訳は聞きたくないわ。さあ、あなた達はさっさと向こうに行って」


 不機嫌顔のルナはヤスマ達を指差して部屋の隅にある衝立の奥に行くよう指示する。二人のやり取りを聞いて苦笑するセラを尻目にヤスマとアキラはおとなしくバケツとタオルを持って急ぎ足で衝立の奥へと移動した。


「これで邪魔者はいなくなったわ。アキラ、こっちを覗いたら許さないからね」


 セラが衝立に向かってそう警告する。男達が見えなくなったので、四人は安心して肌着を脱いで胸をさらすと、手拭いをお湯に漬け上半身を洗いはじめた。

 不満を言っていたルナも熱いお湯で体を拭くのは気持ちがいいらしく、少しだけ機嫌がよくなったようだ。

 ケイは履いていた両側のパンツの結び目を急いで解くと、ためらいなくベッドの上に放り投げ、全裸になった。


「ちょっとケイ、下まで脱いじゃうの?」


 真っ裸になったケイを見てセラがあきれた声を出す。


「別に構わねえだろ? アキラ達に見られても減るもんじゃねえんだし」


 他の三人は顔を見合わせると、下履きを全部は脱がずにドロワーズの紐を緩めてお尻の下までズラし、絞った手拭いで汚れた部分を拭くことにした。

そして拭き終わると急いでドロワーズを元に戻した。

 アキラ達は衝立の裏に入ると、すぐに下を脱いで全裸になった。

 そして手でお湯をすくい身体にかけて洗い始める。

 アキラが手拭いでゴシゴシと拭きながらヤスマの方を見ると、ヤスマが髭の生えた顎をしきりに動かし、衝立の下を指し示す。

 衝立の下には小さな飾り穴が空いていて、下から覗くと隙間から向こうを見ることができそうだった。

 最初は抵抗のあったアキラだが、衝立の隙間が気になり手拭いを動かす手の動きが止まってしまう。


(いやいやアイツらの裸なんて見てもなあ、でもルナさんはちょっとだけ気になる)


 ヤスマの指示に無言で頷いたアキラはセラ達に気づかれぬよう、そろりと腰を下ろして穴を覗いてみた。最初に目に飛び込んできた光景は、お湯でお尻に張り付いているスカート状に広がった半透明のドロワーズだった。


(腰の細さから見てエルフのルナさんかな?)


 次に視線を横に動かすと奥のベッドで背中を向ける引き締まったお尻が透けたドロワーズから見えてきた。


(この筋肉はおそらくセラか)


 鍋島の尻を見るのに何となく抵抗があったアキラは、すぐに目線をずらした。

 行き場のなくなった視線を泳がせていると、右側のベッドの前にこちらを向いているふくよかな裸体があった。

 ブドウの房ように、ゆさゆさと揺れる下乳が見える。

 他の二人の薄い下着と違い、フリルのついた厚めのドロワーズが半ズボンのように膨らんでいた。

 コレは間違いなくメグだろう。

 彼女が身体を拭く度に、その巨大な房が上下へと揺れ動く。

 桃色の先端が消えたり現れたりするのを見て、思わずその光景にアキラは魅入られてしまった。


「おやシデンさん、けっこう立派なモノをお持ちのようで……」


 衝立の横から、いつのまにか忍び足で近づいていたケイがひょっこりと顔を出す。

 アキラの屹立した股間を見て片目を瞑り、何かを計るように右手の指を広げる。

 それからニヤリと笑ってつぶやいた。


「ん~、オレの指の長さでは足りんかな……」


「うわあああっ!」


 アキラは突然現れたケイの顔に驚き、慌てて股間を両手で隠した。


「アキラ、見たの!」


「えう~っ、シデンくんのエッチ~」


「ロードさん、見損ないました……」


 ケイの反応で衝立の隙間から覗かれたことに気づいたセラ達が、あきれた声を上げる。急いで胸をタオルで隠しながらルナも仮面ごしに軽蔑の目でアキラの方を見た。


「いや違うんですよ、みなさん。ちょっとこの衝立の穴が気になっただけなんです。

 見えないことを確認したというか…… 決して覗いたわけではないんです。

 ねっ、ヤスマさん?」


「シデン殿…… 男の言い訳は見苦しいですぞ」


 アキラは当の原因を作った隣のヤスマに助け船を求めるが、ヤスマは腰に巻いたタオルに手をあてたまま素知らぬ顔をした。白々しい言い訳のせいで部屋の空気は寒くなり、アキラはいたたまれない気持ちになった。


「誤解なんです~、不幸な事故なんですよ。

 誰にだってあるでしょ? ちょっと魔が差しただけなんだ!

 嘘じゃないんですっ! 誰か俺の言うことを信じてくださいよおっ」


 冷たい視線にさらされたアキラが、たまらず心の叫びでみんなに訴える。


「まあアキラも、健康な男の子だってこった。一回ぐらい大目に見てやろうぜ……」


 大タオルを身体に巻いたケイが、みんなに振り返ってそう提案した。


(倉橋、助かったよ……)


 アキラはケイの言葉に思わず涙目になる。

 なんとなく気まずく思っていたセラ達も、肩をすくめてケイの言うとおりアキラを許すことにした。


「アキラ、今回だけだからね。次にやったら絶対に許さないから」


(小畑、頼むから僕の事をそんな目で見ないでくれ。本当に頼むよ)


 セラが困った顔をしながらアキラに大声で警告した。


「よ~し、アキラの罪はこれで許された。

 これからはオレが監視をしておくから、みんなは安心して身体を洗ってくれ」


 上機嫌のケイはアキラの横に立って、恥ずかしそうにするアキラの筋肉を感慨深く観察する。


(ん〜、オレもこういう身体が良かったなあ)


「ケイ、かばってくれたのは嬉しいけど、そこで見られてたらやりにくいよ……

 それってセクハラじゃないの?」


「これってセクハラか? たしかにお前だけ裸なのは不公平だな。

 じゃあオレも脱ぐか。それならおあいこだろ?」


 そう言ってケイが平らな胸に巻いたタオルを外そうとする。


「あっ、いえ、そのままでいいです……」


 ケイの小ぶりな胸が見えそうになったアキラは怖くなって途端に引き下がった。


(ヤバい、ヤバい、倉橋なんかに劣情したら俺は終わりだって)


 そしてニヤケ顔のケイの目の前で、通常の三倍速で身体を拭く作業を終わらせた。

 全員が身体を拭き終わると、みんな下着姿に戻り、女性陣は全員タオルを巻いて大事な部分が見えないように隠した。

 だがそれでもまだ約束の時間には早すぎるので、ルナがベッドで仮眠を取ることをみんなに提案する。


「あたしが見ているから、あなた達は休んでちょうだい」


「悪いな、ディートハルト。空が暗くなりそうになったらオレ達を起こしてくれ」


 そう言ってケイはすぐ横になる。みんなもルナの好意に甘えて下着姿で寝ることにした。残されたルナは一人、ぼんやりと窓の外を眺めて過ごした。

 しばらくして窓の外の陽が傾いてくると座っていたルナが立ち上がり、言われたとおりにケイを起こす。ケイがベッドから起き上がると、みんなは疲れからか熟睡しているようだった。なんとか眠そうな全員を起こし、宿のマダムに別れを告げて六人は先ほど約束した質屋へと向かう。夕焼けの中、質屋の前には顔に傷があるさっきの中年男が立ったままケイ達の到着を待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る