第18話 組合交渉
「ケイ、俺はどうすればいいんだ?」
「とにかくアキラは黙ってついてこい。
とりあえずはオレの愛人みたいな振りをしてればいい。
それと、財布はスラれないように背中の鞄の奥に大事にしまっとけよ」
「ええーっ!」
アキラはケイにそう言われて困った顔をする。二人は怪しげな露店や呼び込みのテントの間をすり抜けながら賑やかな通りを散策した。
城門から離れて少し落ち着いた場所まで来ると、質屋っぽい看板を出した二階建の店が見えた。他の建物は安普請な木造なのがほとんどに対し、見た目は古いがしっかりした石造りの建物になっている。
店の前には客引きとは思えないような、顔に傷のあるガラの悪い中年男が立っていた。
「ん~、ここっぽいな。まともな店なら、あんな奴を客引きには使わん」
ケイはあたりを見回しながら立ち止まると、左腕にはめた白銀の腕輪を男に見えるようにしながら、腕組みして周りを恫喝している風の男に話しかけた。
「よう兄弟! 元気してるか?」
銀の腕輪には二匹の向かい合う狼の紋章が彫ってある。
ダブルウルフ、ケイが所属するスプマンテの街の盗賊組合の紋章だ。
相手は顔に傷のあるいかにもといった感じのやさぐれた男で、太い右手に鋼鉄の腕輪をつけていた。
腕輪には羽の生えた蛇の紋章が彫られているようだ。
どの盗賊組合の人間かは、腕輪を見ればだいたいわかるというのがギルドの習わしである。
「ほう若い女か? ここじゃ見かけねえ兄弟だな。
ああ、こっちはもちろん元気だぜ。嬢ちゃんのほうはどうなんだ?」
相手は警戒した目でケイとその後ろにいる黄金の鎧を着た男を見まわした。
それから、ちょっと面白くなさそうに舌を鳴らす。
「実はちょっとばかり疲れてるのさ。リースリングの街の中で休みたいんだが、
何か良い方法はないか?」
「ははっ、今はこういうご時勢だからな。だがまあ、方法が無いこともないぜ。
街に入りたいのは何人だ?」
「6人だ」
「ん~、じゃあ馬車だな。値段は少しばかり張るが?」
男が親指と人差し指で円を作る仕草でお金の合図をする。
「じゅう」
ケイがにやりと笑って数字を告げる。
「それじゃあ話にならねえ。ひゃ、く」
相手も不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりとケイにこたえる。
「にじゅう」
「きゅう、じゅう」
「さんじゅう」
「はち、じゅう。これ以上は無理だな、兄弟。
いやなら他を探してもらうしかねえ。
ただこの状況じゃあ、他に仕事を受けるとこなんかないと思うぜ?」
男が自信満々にこたえる。
「ケイ……」
さすがにアキラが後ろから不安そうに声をかける。
だが、男から答えを聞いたケイは話にならないという顔で首を横に振り、踵を返して立ち去ろうとする。
「……世話になったな、兄弟」
「ケイ、いいいのか?」
アキラが慌ててケイを追いかける。
自信に満ち溢れていた男の顔がたちまち崩れ、慌てて背中から声をかけてきた。
ケイは相手に見えないように口元をほころばせる。
「ちょ、ちょっと待ちなよ兄弟。短気はよくないぜ?
わかったよ、ななじゅう……だ。
これで勘弁してくれ」
そう言って相手の顔がだいぶ渋くなる。
「よし、ろくじゅうで決まりだな、兄弟」
ケイが振り向いて強引に答えを出す。
「おいおい、それじゃあ俺の取り分が……」
そう言って泣きそうな顔の男の手に、ケイがすかさず金貨を5枚握らせる。
「上には60枚と言っとけ。それでも儲かんだろうが。元手はいらねえんだからよ。
それにオレはこの年ですでに白銀クラスだ。恩を売って損はないはずだぜ?」
「か~っ、嬢ちゃん、アンタ若いのにたまんねえな。
胸がもうちょいあったら、土下座してでもお願いしたいところだったぜ」
男がケイの睨みをきかせた顔を見て思わず破顔する。
ケイが一瞬、なんだとーっという表情になるが、おっさんが腕輪のついた右手を出したので、しかたなくケイも腕輪のついた左手を出し、お互いの腕輪をぶつけ合う。
「クリモールに誓って」
「クリモールに誓って」
小気味よい金属音が鳴り、二人は盗賊の女神の名前を口にした。これで交渉は成立である。兄弟と言うのは盗賊組合の合い言葉であり、お互いが盗賊組合のメンバーであることの確認だ。元気か? というのは盗賊同士で仕事は頼めるかという符丁なのである。ケイは男との話を詰めて前金として半額の金貨30枚を渡し、夕方にこの場所に馬車をまわしてもらうように段取りした。
思ったより早く組合の連中と話が付いたので、とりあえずアキラと二人で事前にセラ達と決めた赤い屋根の建物の場所へと行くことにする。
「ケイ、ちょっとここは……」
建物の前に来て、アキラが絶句する。
遠くから目立つ赤い屋根の建物には派手な看板が掲げてあり、近くで見ると女の下着姿の絵が描かれていた。店の一階は酒場になっていて、二階と三階が宿になっている。いわゆる売春宿というやつである。
「まあアキラと二人なら問題ねえか。なんならちょっと二階で休んでいくか?」
「おいおいケイ、何を言ってるんだ?」
「若い男女が二人でこういう店に入ったら何もしない方がよけい怪しまれんだぜ?」
顔を真っ赤にして目を白黒させるアキラを見て、ケイが楽しそうな顔で笑う。
「アキラ何びびってる?
さあ、こんなとこに立ってたら目立つから、とりあえず中に入るぞ」
動揺して立ち尽くすアキラの腕を掴んで、ケイが強引に店の中に引きずり込む。
セラ達が来た時にわかるように入口が見えるカウンターの席を選び、二人並んで椅子に座る。
「いらっしゃいませ~」
コルセットと下着にブーツをはいた店の女の子達が、黄色い嬌声をあげながら二人を歓迎した。
「ミクでぇ~す、よろしくね。ショートなら金貨1枚、ロングなら金貨二枚よ?
あとは部屋代として別で銀貨5枚ね」
さっそくアキラの横についた女の子が、店のサービスを紹介してくる。
「いや、その俺は……」
隣に来た女に大きな胸を押し付けられて、顔を赤くしてうつむいてしまうアキラ。
「あらっ、この人可愛い! もうすっごいアタシ好み。
ねえねえ二階に行きましょうよお。特別サービスしちゃうから」
「……悪いがそこまでにしとけ。
そいつはオレの男だ。それ以上手を出すな!」
ドスの利いた声でケイが隣の女に警告する。
「え~っ、残念! この人すっごいハンサムなのに……」
ケイの三白眼に恐れをなした女が、思わずアキラから離れる。
「おい、そこの女。とりあえずビールを2つだ。なるべく冷たい奴を頼む」
「はいはい…… カウンターに冷たいビール2つね」
ミクと名乗った女の子は店の奥に入り、しばらくすると陶器のジョッキを2つ抱えて戻ってきた。
「はい、冷たいビールお待ち~」
そう言ってカウンターの上に水滴のついたジョッキを2つ置く。
ケイがジョッキを手に取ると、思ったより冷んやりとしている。
キンキンに冷えているとは言えないが、いつものぬるいビールよりはかなりマシな代物だった。
「おっ、言ってみるもんだな。ここのは悪くないぜ」
「たしかに……」
アキラもビールを口にすると、少しひんやりとした感触が気持ちよかった。
「おい、姉ちゃん。どういうことだ? このビール冷てえじゃねえか」
「えへへ、それは企業秘密ですぅ。
三人で二階に上がるっていうんなら、ベッドの上でお教えしますよぉ」
「おい、オレは女だぞ?」
「大丈夫ですよ~ アタシは女の子もいけちゃうんで」
「じゃあいい……」
「え~っ、そんなこといわずに上に行きましょうよ~」
「いいって言ってんだろうが!」
「いや~ん、こわ~い」
ケイの怒る顔を見て、ミクは笑ってカウンターから離れていく。
ケイ達が酒場でやり取りしている頃、ようやく森の入り口に金貨を隠し終えて、セラ達四人が
賑やかな通りをかき分けて進み、ケイが指定した赤い屋根の建物を見つけると、セラはあきれた声を上げた。
「ええーっ、ここってこういうお店なの?」
「こりゃあ、神官殿が入れる店ではないのう……」
ヤスマも困ったような声をあげた。
「ヤスマに呼びに行ってもらうしかないわね。あたしもここには入りたくないわ」
「えうーっ、タガミさんお願いするよう……」
ルナとメグも怪しげな店構えを見て、入るのが嫌そうな素振りをした。仕方なくヤスマが、代表としてケイ達を呼びに行くことになる。残った三人も宿の入口で立っているのは目立つので店の脇に隠れて待つことにした。店の横の路地にしばらく立ってヤスマ達を待っていると、奥の道から三人のガラの悪い男たちが近づいて来る。
先頭にいた青髭の男が、三人を見るとなれなれしく話しかけてきた。
「おいおい、姉ちゃん達ぃ、こんなとこで何をしてるのかなあ?
隣の店でイイコトしたいんなら、オレ達が遊んでやってもいいんだぜえ」
男達が舌なめずりをしながら、三人をいやらしい目で見る。ルナがセラの方を向いて目で指示を仰ぐ。セラもこの場所でトラブルを起こすのをためらい、どうするか判断を迷った。
(こんな目立ちたくない状況じゃなきゃ、ぶちのめしてやるのに。
どうするかな……)
「ぐひひ、この女いい乳してやがるぜえ。オレの好みだぜえ……」
青髭の男が下品に笑いながら、いやらしい手つきで魔女の胸に手を伸ばす。
するとどこから現れたのか白い柔道着に似た服を着た男が、後ろから魔法のようにチンピラの腕を捻り上げていた。
「いてててっ!」
「
道着の男が捻り上げた手を動かし、青髭の男を仲間達の方に放り投げる。
セラは青髭の男が離れたのを見て、メグの前に急いでかばうような姿勢をとった。
「てめえ、どこから現れた?
女の前だからってカッコつけてんじゃねえよ!」
チンピラは自分の腕をさすりながら立ち上がり、突然邪魔してきた男を睨みつける。
「ゲイルの兄貴、相手は一人だ。やっちまいましょうぜ」
男は下卑た笑いを浮かべ、拳でジャブを出しながら戦闘態勢をとる。
「今さら謝っても許さねえ~ぜ。そのきれいな顔をボコボコにしてやんよ」
兄貴と呼んだ男が大きく振りかぶって道着の男に殴りかかってくる。
白い道着を着た男は襲ってくるチンピラを軽いステップで横にかわすと、さっと顎を撫でるように掌底で打ち上げた。
殴られた男は何が起きたのかも理解できず、そのまま仰向けに倒れこむ。
「てめえ、よくもダンクを。オックス、両側からやるぞ!」
「おうよ、兄貴」
ゲイルとオックスが両側から挟み込んで、同時に道着の男に殴りかかってくる。
道着の男は最初にオックスの腹を右足の中段蹴りで突き飛ばすと、それから流れるような動きで左ヒジをゲイルのみぞちへと叩き込んだ。ゲイルはうめき声をあげて、その場にうずくまってしまう。二人が動けなくなるまで、一瞬の出来事だった。
「これで僕の実力はわかっただろ?
これ以上やる気なら、次は手加減せずにお前らの歯を全部ぶち折るぞ」
道着の男が低い声でチンピラ達を恫喝する」
「兄貴この技、こいつおそらく
足蹴りで倒されたオックスが、腹を抑えながら起き上がって声を絞りだす。
「上級武僧なんて、とてもあっしらが叶う相手じゃ……」
オットーの言葉を聞いたゲイルは、二人で気絶しているダンケを抱え、無言で表通りに去っていった。
「てめえ、覚えてやがれっ」
じゅうぶんに距離が開いた事を確認し、青髭の男が捨て台詞を吐くと慌てて人混みの中へと消えていった。
「どなたか存じあげませんが、ありがとうございました」
セラが助けてくれた金髪の男に丁寧に頭を下げる。落ち着いて見ると、白い道着の男は薄く髭を生やした30代半ばぐらいの魅力的な男性だった。
「僕は困っている女性がいたら、助けないではいられない
君達も用があって来ているのだろうが、なるべく早くここを離れたほうがいい。
ここは君達のような人が来るような上品な場所じゃないんだ」
「えう~っ、わかりました。」
メグが顔を紅葉させて、色男に答える。
「……なあに、礼を言われるようなことでもないさ」
「あの、失礼でなければお名前を聞いても?」
セラはこの色男の名前が知りたいと思い尋ねてみる。これほどの実力者なら、何かあった時に頼りにできるかもしれない、そういう打算も働いてのことであった。
「いやあ名乗るほどの者じゃない。ガイバックスのお導きがあれば、
きっとまた会えるだろう」
男は困ったような表情で、セラの質問をはぐらかした。
「そうですか……」
「このままもうちょっといてあげたいが、先約があってね。悪いがこれでっ!」
セラにウインクすると店の入り口を見て、男は急ぎ足に立ち去っていった。
男が立ち去るのと入れ替わるように、ヤスマがケイとアキラを連れて表に出てくる。
「なんだ、お前ら意外と早かったな」
「ちょっとケイ、ここは怪しいお店じゃないの!
とてもガイバックスの神官が入れる場所じゃないわ」
いかがわしい店を待ち合わせ場所に指定され、セラが顔を赤くして抗議する。
「そんなのあの丘から見てオレにわかるかよ。
待ち合わせがうまくいったんだから細かいことはいいじゃねえか」
「それはそうだけど……」
「ねえねえクラッカーくん。さっき、なんか格好いい男の人が
ボク達を助けてくれたんだよ……」
メグが珍しく目を輝かせてケイに訴えてくる。
「たしかにメグのいうとおり、イイ男だったわね」
「へえ…… そんな色男ならオレも会ってみたかったぜ」
ケイが興味深そうにその男が去っていった人通りを眺める。
「あれはあなた達が思ってるような人じゃ、ない気がするけど……」
ルナは突然助けに現れて消えた男性に、何か不審の念を抱いているようだった。
「ところでお前らには悪いんだが馬車が迎えに来るまでのあと二時間ぐらい、
どこかで時間をつぶさなきゃならねえ」
「えう~、もうここの前で待つのは嫌だよう」
メグがさっきのチンピラに絡まれたことを思い出し、泣きそうな顔になった。
「みんなもそうなのか?」
「……流石にトラブルはもうごめんだわ」
ケイの問いにセラもうんざりした顔でこたえる。
「じゃあ、いい方法はひとつしか思いつかねえな……」
そう言ってケイが、いたずらっぽく口元をほころばせた。
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