第20話 クリモールの十二ヶ条

「おお、来たか嬢ちゃん。そいつらが残りの4人か。

 なるほど妖精エルフ連れって訳だ。なら俺等を頼ったのは正解だよ」


「おい兄弟、細かい詮索は無しだぜ?」


「わかってるって、兄弟。クリモールの十二ヶ条に誓って契約は守るさ」


 クリモールの十二ヶ条というのは、盗賊の組合員同士で交わされる約束事だ。

 組合員同士で相手のことを詮索しないことや、一度組合員同士で交わした契約は死んでも履行することなど、全部で十ぐらいある。

 最初に作られたのが十二ヶ条と言われているため、クリモールの十二ヶ条とか、盗賊ギルド十二ヶ条とも呼ばれている。

 十二ヶ条を破ったとクリモールの神官から判断されると、全盗賊組合に通知がいき、組合員には破門が言い渡される。

 そうなれば盗賊組合へ一切の出入りが禁止されるのだ。

 ギルドと取引できなければ盗品の買売はできず、情報も手に入らない。

 破門をごまかしてギルドと取引したのがバレれば、次に待っているのは死の制裁である。

 経験値は冒険者財団で得られたとしても、盗賊としてはおしまいだ。

 破門を解く方法は一つしかなく、盗賊の神クリモールの許しを得るしかない。

 その為には、はるか東の混沌世界にあるというクリモール神が住む伝説のダーククリスタルパレスに登らなければならない。

 この偉業を成し遂げた盗賊は過去にたった二人しかおらず、途中で登るのをあきらめ、生還した者ですら数人しかいないと言われている。まさに死の試練である。

 ケイが男と話していると、そこへ幌で覆われた二頭立ての大きな荷馬車が店の前に到着した。馬車の幌の横には共通語のアルファベットで、大きくドラッグ商会と書かれている。


「えうーっ、この馬車ドラッグ商会って書いてあるんだけど……」


「ドラッグ商会ってあの手紙にあった?」


「大丈夫なの?」


 メグからそう言われて、セラとルナがいっせいに不安を口にする。


「今はそういう話は無しだ。詮索はギルド十二ヶ条に反する。

 盗賊ギルドの掟は絶対だからな。一度交わした兄弟の約束を反故にしたら、

 すべてのギルドから制裁を受ける。心配はいらねえ」


「そういうことだ、嬢ちゃん達。クリモールの試練は死ぬより恐ろしいんだぜ?」


 四人のやり取りを聞いていた中年の男が、そう言って豪快に笑った。


「……わかったわ。みんなケイを信じて馬車に乗りましょう」


「さあ、乗った、乗った。この馬車の荷台の中に隠れるんだ。

 これで安全に街の中へと入れる」


 ケイが全員を誘導してドラッグ商会の荷馬車に乗せる。

 姿を隠すために、みんなの上には黒いシーツのようなものが被せられた。


「では、皆さん出発ですよ~。お静かに願います」


 御者台に座った太った商人風の中年男が中にまで聞こえるよう大声で呼びかける。

 荷馬車が荷物を後ろに載せて出発すると、程なくしてリースリングの町の入り口へと到着した。ケイは馬車の動きが止まったのに合わせて幌に針で小さく穴を開けると、その穴からこっそりと外の様子を覗く。門の前には以前にも増して長い行列が連なっているようだった。


「ねえ、外の様子はどうなの?」


 心配したセラがケイに小声で訊ねる。ケイは薄明かりの中、口元に人差し指を立てて隣のセラに静かにするよう無言で注意した。

 それから同じように針でセラの目の前に、もうひとつ穴を開ける。

 セラが静かに穴の中を覗くと予想したとおり、出かける前と違って物々しい雰囲気になっている。

 門の前には武装した城の兵士が数十人で警備しており、街に入る人間の荷物の中身まで細かくチェックしているようだ。

 さっそく大きな荷馬車を見て、三人の兵士達が中を調べに近づいて来るのが見えた。


「おい、この馬車の荷物は何だ?」


 隊長らしい中年の兵士が、御者に厳しい顔をして尋ねてくる。


「旦那、ウチはドラッグ商会ですよ?」


 御者がニッコリ笑って目で合図をする。


「……悪いがいつもと違って、そのまま通すわけにはいかないんだ。

 ドレイク司令からの直接命令でな」


 中年の隊長はバツが悪そうな顔で御者に説明した。


「中身はいつものウチの商品ですよ。特別なモノなんてありません。

 小麦や酒、雑貨そんなものです」


「とにかく命令なんで荷物を調べさせてもらうぞ」


「ウチは急いでるんですよ。旦那、これを見てください」


 御者はそう言って腰の鞄から、丸めてある羊皮紙を一枚取り出し、隊長へと渡す。

 中年男はそれを受けとると、紙を開いて中に書いてある文章を読み上げる。


「なになに…… この者は私の指示で動いている。何もせず速やかに通すように。

 ドレイク・フォン・バーン」


「おたくの司令官の指令書ですよ。心配なら城まで確認に戻られますか?

 でも、もう日暮れも近い。そうなると今日の運搬は無理ということになる。

 もし、この荷物が今晩中に倉庫へ届かないと、命令を無視したあなた様はどうなるんでしょうねえ」


 意地悪そうに商人が隊長に問いかける。

 男の言葉を聞くや否や、中年兵士の顔が真っ青になった。

 後ろで閉めてある幌の紐を、面倒そうに外そうとしている部下に対し、急ぎ大声で指示を出す。


「おい、この荷馬車は調べなくていい。全力で見逃すんだ!」


「しかしオランド隊長、荷物を全部調べるのはドレイク司令官の直令ですよ?」


 二人の部下が先程の隊長と同じ言葉を、オウムのように繰り返す。


「馬鹿ものっ! この荷馬車を何もせずに見逃すのが、そのドレイク司令官の命令なんだよっ」


「し、失礼しました! おいっ、お前ら道を開けろ。この荷馬車が最優先だ!」


 驚いた部下は慌てて前にいる連中をどかせ、荷馬車を急いで門の中へと送り出す。

 おかげで無事に街へと入れた馬車は、道中何事もなく中央地区にあるドラッグ商会の倉庫へと吸い込まれていった。


「さあ冒険者の皆様、ご到着ですよ」


 荷馬車が停止し御者の掛け声を聞くと、やれやれとばかりに六人が後ろに積まれた雑貨を押し退けながら荷室からゾロゾロと降りていく。


「……気づいていたのか?」


 最後に降りたケイが、御者の太った男を厳しい目で睨みつけた。


「おっとこれは口が滑ってしまいましたな。

 わたくしこの街の商会を仕切っております。カルマン・ロートシルトと申します。

 いえいえ御心配には及びません。我が商会は信用が第一でございます。

 どうか今後ともドラッグ商会をご贔屓に願いますよ」


「カルマンか、その名前覚えたぜ。オレの名はケイ・クラッカー。

 歳は19歳だ」


 丁寧な挨拶をするカルマンに、ケイはそう名乗って左腕の白銀の腕輪を見せつける。


「おお、白銀の腕輪ですか…… その若さで信じられませんな。

 まだ19歳とは…… ただ失礼ながら、見かけはもっと若く見えますが?」


 カルマンと名乗る商人は笑みを浮かべながら、思ったことを口にした。


「オレは実際よりもそこらの子供に見えるだろうが、この腕輪は伊達じゃねえ。

 その年で早死にしたくなければ、オレ達の情報をやつらに売るのは止めておけよ」


「これは参りましたな。そんな風に釘を刺されれば、わたくしとしても迂闊なことはできません。

 やはりあなた方は有数の冒険者であるとお見受けいたしました。

 このカルマン、人を見る目に関しては少々自信がありましてな」


「ほう……」


「商品も人間も本質は同じ。その正しい価値を見抜くのが商人の才能でございます。

 お話はよくわかりました。今晩は皆様がぐっすりとお休みになられることを、

 このカルマンが保証いたしますよ」 


「そりゃあいい、期待してるぜ。それじゃあ世話になったな!」


 そう言ってケイは残金の金貨三十枚を渡し、さらに追加で商人に金貨五枚を渡す。


「失礼ですがお客様。この仕事の代金は残り三十枚のはずですが……」


「これはオレからのお前に対する気持ちってやつだ。

 まあ、お前を気に入ったってことさ」


「やれやれ、参りましたな。商人は中立の立場が基本なのですが……

 こんな事をされたら、あなた方の応援をしたくなってしまいますよ」


 カルマンは金貨を受け取り苦笑いする。

 ケイは笑って手を振り、商人に別れを告げる。

 不安顔の五人は勝手がわからないので、黙ったままおとなしくケイの後ろに付いていった。六人が倉庫の外に出ると外は闇に包まれていた。

 街角ごとに立ててある街灯の覆いが外され、中に入った水晶の光が輝いている。

 街中の兵士は門の検査や警備に回されたのか、いつもよりまばらのようだ。

 ドワーフのヤスマを先頭に歩き始めると、冒険者財団はドラッグ商会の倉庫からはすぐにたどり着いた。


「おお、愛しの我が家よ……」


 5分ほど歩いて冒険者財団の看板を見つけるとヤスマが思わず破顔する。

 幸いここには、警備兵が監視している様子はないようだ。

 ただ先日と違うのは、上級者用入口の前に板金鎧を着た見慣れない少年が一人立っているようだった。

 年の頃は16、7歳ぐらいだろうか、浅黒い肌で快活そうな感じに見えた。


「タガミさん、ディートハルトさんお帰りなさい」


 少年はヤスマ達を見ると深いお辞儀の挨拶をしてきた。


「おっ、マルコか。お前が今日の見張りか?」


「上級冒険者の人達がみんないなくなったんで、オイラが頼まれたんですよ。

 はっきりいってここの門番は、まだ真鍮級のオイラには荷が重いんですが……」


「鋼鉄級の連中はどうした?」


「ほら、赤銅級のアレックスさん達が北へ行ったまま帰って来ないでしょ?

 上の人達は街の騒動に巻き込まれるのが嫌になって、ヤスマさん達のいない間に

 西の街へ移ってしまったんですよ」


 少年が悲しそうな顔でヤスマに説明する。ヤスマもその話を聞き眉をしかめた。 


「まったくリースリングの冒険者達も腑抜けになったもんだ。

 上の奴らが真っ先に逃げ出すとはな……」


「ヤスマさんの知り合いの方?」


 セラがまだあどけなさの残る少年を見てヤスマに尋ねる。


「こいつがまだ駆け出しの頃、青鬼オーク狩りを手伝ったことがあってな。

 その時の縁だよ」


「いやあ、やつらの頭目、人喰鬼オーガには苦労しました。

 あの時タガミさんとディートハルトさんがいなければ僕達のパーティは全滅してましたよ」


「まあワシらにとっては、昼飯前の準備運動みたいなもんだったがな」


 ヤスマがガハハと大きな声で笑った。


「僕も早くヤスマさんみたいに、そんなセリフが言える冒険者になりたいです!」


「なれるともさ。他の奴のように戦う前から逃げ出すような奴にならなければな」


 ヤスマが沈んだ表情で少年に答える。


「ヤスマさん…… アレックスさん達は大丈夫ですよね?」


 マルコは街でトップクラスである冒険者の失踪に対し、思わず抱えていた不安を口にした。


「まあ、まったくの無事ってことはなかろうよ。だが心配はいらん。

 中央の力を借りずともこの件はワシらが解決する。なんたってここにいる冒険者殿は白銀級で、しかも伝説の恐竜島の走破者なんだからな」


「え? あのおとぎ話に出てくる恐怖の島ですか? 上陸して生きて帰ってきた人はほとんどいないと言われている…… この人達は凄い方たちなんですね」


 マルコがヤスマの説明を聞いて、心から尊敬のまなざしでセラ達を見た。


「少年、このボクが恐竜島の地図を描いたその人なんだよ。

 歴史上の偉大な人物を近くで見るチャンスは、そう多くはないよ……」


 メグはヤスマ達の間に割り込むと、マルコの顔を見て嬉しそうに自分の凄さをアピールした。そして頼まれてもいないのに恐竜島の話を始めた。


「恐竜島はその名の通り古代生物達が住む島なんだ。亜熱帯の気候で巨大な植物や虫達がいる。住んでいる原住民も怪しげな原始宗教の信望者で、それはそれは恐ろしい島なんだよ」


「……はい、怖い場所なんですね」


「怖いなんてもんじゃないんだよ、少年。

 キミは恐竜という生き物を見たことがあるかい?」


 珍しくメグが熱い口調で少年に語りかける。


「いいえ、ありません」


「……まあ、そうだろうね。あれはドラゴンより希少な存在だからね」


「はい……」


 素直なマルコ少年は、メグの話を目を丸くして聞いている。

 そして彼女の自慢げな表情を見つめながら、ただただ感嘆の声を上げた。


「はい…… はい……」


 メグの長い話を聞きながら、ただひたすら返事をする少年。

 だが彼の視線はいつの間にか下へと向き、会話の度に上下に揺れる二つの膨らみに集中していた。


「なあセラ、そろそろ中に入ろうぜ……」


 ケイがメグの自慢話には興味が無いとばかりにセラに催促する。


「ごめんなさいね。マルコくんと言ったかしら?

 わたし達はちょっとこれから用事があるの。お話はまた今度ね。

 たいへんだろうけど、お仕事がんばってね」


「はいっ、がんばりますっ!」


 マルコが顔を紅葉させ大声で挨拶を返す。それからセラはマルコ少年に手を振って別れを告げた。


「えう~、まだ話が~」


 ケイはそれでもまだ未練がましく話を続けようとするメグの手を引っぱって、半ば強引に冒険者財団の建物へとねじ込んだ。そして彼らを見送るマルコ少年の鼻からは、いつしか一筋の赤い液体がこぼれ落ちていたのだった。

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