第15話 邪神の神殿4

 ケイを先頭に一段ずつ慎重に石の階段を降りていく。階段を降りた先には取っ手の付いた木製の扉があった。ケイが扉を調べると鍵はついておらず罠もないようだ。

 耳をあてても扉の向こうから物音は聞こえてこない。


「いよいよ地下迷宮ダンジョンレベル2ね。気を付けてみんな。

 ここには強力な負死者アンデッド達が控えているわ」


 セラが真剣な表情で聖印を握りしめる。


「ここからは戦士達の出番だな。せいぜい男共にはがんばってもらおうか?」


 ケイが不敵な笑みを浮かべてアキラの肩を叩く。


「ああ、ここからは俺達の仕事だ」


「頼りにしているわね、ロードさん」


 ルナがカッコよく決めセリフを言うアキラに対し、軽くウインクする。


「えうーっ、影分身が無くなっちゃったよう…… もう一回唱えていい?」


 メグが一人に戻り、ケイに尋ねている。

 どうやら魔法は時間切れのようだ。


「ラパ-ナ、どうなんだ? ここから先出るんだろ」


「使ったほうが良いかもね。どうせ目的地の部屋以外にはたいしたお宝は無いと思うし。魔像のある部屋はこの近くのはずよ」


「やったーっ! じゃあボクは影分身を使わせてもらうよ」


 セラの答えを聞いて、メグが嬉しそうに階段の上で呪文を唱え始める。

 アキラはその間に剣を鞘に戻し、ゆっくりと右手で取手を引いた。

 開いた部屋の中から、もわっとした腐敗臭が漂ってくる。

 髪の毛の油が腐ったようなイヤな匂いだ。

 たまらず先頭のアキラとヤスマが鼻を押さえる。

 部屋にはシャンデリアがついていて中はさっきの休憩室のように

 じゅうぶんな明るさがある。

 横長い長方形の部屋で、中央には怪しげな紋様が描かれた大きな石の台座がある。

 人を寝かせて乗せるのに十分な大きさだ。


「この台、表面がずいぶんと黒ずんでいるな……」


 ケイがこの怪しい台座に仕掛けがないか慎重に調査を始める。

 石に彫られた紋様には、黒い液体がこびりついているようだ。

 だがとくに罠のような仕掛けは見当たらない。


「その黒いのはおそらく人間の血よ。

 想像したくないようなおぞましい事がそこで行われていたと思うわ」


「なんと禍々しい……」


 ヤスマが思わず眉をひそめる。


「ここにはあまり愉快なものは無さそうね。わたしの記憶…… 

 いえカンだけど、こっちのほうが怪しいと思うわ」


 そう言ってセラは部屋の左右の壁にある扉には見向きもせずに、一人で奥の壁にぽつんと置いてある戸棚の場所へと歩いていく。


「おいっセラ、ひとりで先に進んじゃ危ないよ」


 慌ててアキラが独断先行する聖女を追いかける。


「みんな見てみて~、分身が四人も創れたよ~」


 メグが嬉しそうに後ろから声をかけてきた。


「おお!」


 アキラがメグに呼ばれて後ろを振り返ると、五人のメグが嬉しそうに手を振っていた。


「これだけ仲間がおれば、魔女殿がいくら心配性でも安心じゃろう」


 ヤスマも破顔して太鼓判を押し、ルナも愛想笑いをしている。


「みんな浮かれている場合じゃないわよ。ケイ、ちょっとこっちに来て」


 セラはメグを無視して、呆れ顔のケイを手招きする。


「おう、ラパーナどうした?」


「この戸棚が怪しいと思うの。ここを調べてみて」


「そりゃあ構わねえが、この部屋にはあと二つ扉があるぜ。

 そっちは調べなくていいのか?」


「その二つの扉はゾンビのいる死体置き場と大蛇がいた地下の洞窟に通じてるわ。

 洞窟には気持ち悪い長虫ワームがいるはずだし、

 たいしたお宝もなかったはず。それに最後の仕掛けが動くと……」


 セラが小声でそう言いかけた途端、何かを思いついたのかケイに尋ねてくる。


「ちょっと待ってケイ。あなた扉を固定するかすがいは持ってる?」


「もちろん持ってるぜ。オレの仕事鞄に入ってるはずだ」


「じゃあ手間をかけるけど、この部屋の2つの扉を開かないように

 鎹で固定してちょうだい」


「そりゃあ構わねえが、何でだ?」


「……あとでわかるわ」


 ケイが仕方ねえな、と頭をかく。

 だが鞄を覗いていたケイが急に渋い顔つきになった。


「悪い、この鎹の数だと二つは無理だ。オレとしたことが補充し忘れるとは……

 ひとつならやれるが?」


「そうなの? ……じゃあこっちかしらね」


 そう言ってセラはシナリオの地図を思い出し、数多くのゾンビが控えている死体置き場に続く扉を指差す。


「よし、こっちだな」


 ケイは手際よく複数の鎹を木の扉と石壁の間に鎹をハンマーで打ち込んでいく。


「ここでわざわざ扉の固定をするの? この迷宮については聖女さんの判断は

 当たっているみたいだけど……」


「ルナ、ここはアンデッドの巣だ。用心するに越したことは無いさ」


 ルナとヤスマは不思議そうな顔でケイの作業を見守った。

 みんなが見守る中、5分ほどでケイの作業は完了する。


「ふうっ、これで簡単には開かないと思うぜ」


「ケイ、ご苦労さま。次はこっちね」


「……まったく人使いの荒い女だな」


 ケイが苦笑しながら、セラが指定する戸棚を調べ始める。

 戸棚の下段にはイヤな匂いがする壺や、怪しげな白い粉や黒い粉が入った皿。

 中段には右端に本が数冊並べられていた。

 上段には金属のペンチや錆びたナイフなど、拷問の道具みたいなものが置いてあった。ケイが見る限り、価値がありそうなモノはこの棚には無さそうだ。


「ん? この棚、動きそうだぞ……」


 ケイが戸棚と左右の壁の間に、わずかな隙間があることを発見する。

 うまく偽装してあるが戸棚の側面が壁の中まで入り込んでいる構造になっている。

 木枠を力をいれて押してみるが、何かが引っ掛かっているのか戸棚は少し揺れるものの、動く気配はまったくない。


「どこかに留め金を外す仕掛けがあるはずだな。

 ……とするとこの並べてある本あたりが怪しいか?」


 ケイは中段の右端に詰めてある棚の本を手前から一冊ずつ取り出し、中身を確認する。流し読みしたところ、本の大半は邪神信仰や邪教の歴史、生贄の儀式についてかかれたもので、中にはまったく文字が読めない本もあった。


「なんだこりゃあ? 蜥蜴人リザードマンの侍女、第二巻だと」


 調べていると表紙にそういう題名の一冊だけ場違いな薄い本がケイの目にとまった。

 中を確認するとペン画で貴族風の屋敷や、露出の多いメイド服を着た蜥蜴顔の女性の挿絵が描かれている。


「なんてマニアックな趣味だよ…… しかもこれが第二巻ってことは

 一巻もあるってことか?

 だがこういうマニア向けの物は、けっこう価値があったりするんだよな」


 ケイは盗賊のカンが働いたのか、この本を手に取って自分の鞄へと収納する。

 続けて他の本も同様に取り出して調べるが、一番棚の端にある背表紙が赤い本だけが戸棚に固定されていて取り出せない。

 紙のページも糊付けされたように開かなくなっている。


「どうやらこの本が扉の仕掛けらしいな」


 本の形をしたスイッチを棚の奥まで押し込むと、ガチリと音がして棚が少し後ろにズレる。そのまま力で戸棚を押しこむと、人が通れる1mぐらいの入り口ができた。

 戸棚の奥の通路の幅は約1.4メートル。

 盾を構えて二人が並んで歩けるが、剣を振るには難しい幅だ。

 奥に明かりは無く、ここも中は冷んやりとした空気に満ちている。


「とてもイヤな予感がするわ……」


 ルナが身振るいして両腕を抱える。


「しょうがねえ。もう一度姿を消して探ってみるか」


 ケイがフードをかぶり、さっきのように光る透明な姿になる。

 そのままゆっくりと警戒しながら30mほど廊下を進んでいく。

 すると銀色に光が反射する扉の前にたどり着いた。

 扉には外側からはかんぬきがかけてあり、中からは開けられない構造になっている。

 閂や扉の表面には霜がついていて、廊下には扉から冷めたい空気が伝わってきた。

 扉を調べていたケイがあまりの寒さに、思わずくしゃみをする。


「くしゅんっ、ううっ、これは珍しい扉だな。中に何かを閉じ込めているみたいだ」


 鼻をこすりながら、ケイが普通ではない扉の仕組みに首をかしげる。


「どうやら目的地についたようね。第四位階神聖魔法の対悪防御円イビルプロテクションを使うわ。

 魔法の武器でしか傷つかないような強力なアンデッドなら、こちらから攻撃してサークルを乱さない限り、この光の輪には入って来られないはずよ。みんな、さっきみたいにわたしの近くまで来て」


 セラが全員に集合を呼びかける。


「偉大なるガイバックスよ、あなたの信者を邪悪より守りたまえ!

 イビルプロテクション!」


 セラが両手を掲げて呪文を唱えるとセラを中心に緑の光の円があたりを包みこむ。

 狭い廊下には天井まで光が届き、6人を包むにはじゅうぶんな大きさがあった。


「飛び道具を持っている人は飛び道具を用意して。魔法が使える人は魔法を。

 ただし攻撃はわたしがアンデッド浄化ホーリーブレスの祈りを行うまで

 待ってちょうだい」


「さっきの包帯人間ミイラみたいにラパーナくんの祈りで

 やっつけられれば簡単だからね」


「メグの言うとおりよ。でも破壊できないほど強い負死者がいたら、

 魔法の武器や攻撃魔法の出番ね。その時はみんなよろしく!」


「聖女さん、この廊下の狭さだと魔光弾ライトミサイルしか使えない。

 しかもあと一発しかないわ……」


 ルナが不安そうにつぶやく。


「俺はとりあえず盾になるから、セラ、後は浄化を頼むよ!」


「ワシも守りに専念するぞ」


 相手が相手だけに、前衛の二人は盾を構えての防御態勢を取る。


「ではアキラ、扉を開けてちょうだい」


 セラが静かにアキラへの指示を出す。

 生唾を飲み込んだアキラは籠手をはめた右手でゆっくりと閂を外し、

 静かに扉を押した。


「ひゃあっ」


 アキラが思わず声を上げる。

 扉が開くと部屋の中から、いっせいに廊下へと冷気が流れ込んできた。

 部屋は20畳ぐらいの大きさで中は暗い。

 こちらからの光で、奥に長い髪の二つの影らしきものが立っているのが見える。

 影は冷気をまとい、指からは長い爪のようなものが生えている。


「出たああっ!」


 アキラが思わず妖怪を見たかのような叫び声を上げる。


「ついに出たわね…… あなた達に恨みはないけど浄化させてもらうわよ」


 二人の影はセラを見ると、神官と認識したのか金切り声を上げて襲ってきた。

 思わずアキラとヤスマが廊下のセラを守るように盾を構える。 


「偉大なるガイバックスよ、不浄なる下僕しもべに浄化の光を!

 世界はそが造りたまいしもの……」


 セラが意識を集中し、聖印を前に突き出して祈祷きとうを始める。

 襲い掛かって来た二人の怪物が急いで開いた扉の前に殺到する。

 だが緑の光に邪魔されて廊下にまで入って来ることができない。

 狂ったようにナイフのような両手の爪を振り回して暴れまわった。

 入口には一人しか並べないため、もう一人は悔しそうに爪で扉を引っ掻き、キーキーと金属を引っ掻く不快な音が辺りに響いた。

 その間、アキラとヤスマは必死の形相で盾を支える。

 ただその努力は空振りに終わり、彼らは緑の光に邪魔されてアキラ達の盾にすら触れることができない。


「グガアアアッ~」


 セラの祝詞のりとが終わると、怪物達は叫び声を上げながら黄金の輝きに包まれ、黒い塵へと変わっていく。

 冷気の発生源が無くなったおかげか、部屋の中が少し暖かくなったように感じられる。ただ防御円の緑の光はいつのまにか白い光に変わっていた。


「思ったより楽に倒せたわ。やはり対悪防御円をここまで取っておいて正解だった」


 セラがほっとして一息ついた。


「え、もう終わり?」


「いやあ、ガイバックスの聖女はありがたいのう。

 ワシは武神パワードの信者だが、思わず宗旨替えしたくなるわい」


 アキラは安心で気の抜けた表情になり、ヤスマも噴き出した額の汗を拭う。


「ヤスマ、そういう不謹慎なことを言ってると幸せの鳥が逃げていくわよ……」


「おいおいルナ、そう脅かさんでくれよ」


 ドワーフが思わず苦笑する。


「えうーっ。この部屋には何も宝物らしいものが無いよう……」


 戦闘が終わってみんなが部屋に入ると、メグが部屋を見渡して愚痴をこぼした。

 メグの言うとおり部屋の中は空っぽでコイン一枚、落ちてはいなかった。


「まだ終わっちゃいないようだぜ。

 奥にもうひとつ、似たような閂のかかった扉がある」


 透明化を解いていないケイがみんなに警告する。


「わたしの手に入れた情報では、

 この扉の奥に迷宮ダンジョン最大の敵、死霊スペクターがいる…… はず。

 問題は今の対悪防御円では、死霊の初撃を防げなくなったことね。

 加護のボーナスは残ってるけど、死霊は素早い敵だし、

 前衛のアキラ達に一回だけはリスクを背負わせることになる。

 わたしが祈祷を捧げる1分間だけ、なんとか持てば勝てるんだけど……」


「扉を開けると同時に火炎爆弾ファイアボンバーをメグが放り込むというのはどう?」


 アキラが真顔で提案する。


「その魔法は屋内では使えないわ。下手をすると天井が崩れて魔像が永久に手に入らなくなる」


「じゃあ稲妻サンダーボルトの魔法は?」


「ロードさん、ごめんなさい。あたしにはもうその魔法は残っていないの」


 ルナが申し訳なさそうな顔で答える。


「……ボクも無いよ」


「残った魔光弾だけじゃ一撃で倒すのは少し難しいかもしれないなあ……」


「ラパーナ、敵は1体なのか?」


 手詰まりの雰囲気の中、姿の見えないケイの声が響く。


「……たぶん。わたしのカンでしかないけど」


「ならいい方法があるぜ。

 この方法なら誰も傷つかずに安全に死霊を倒せるぞ」


 フードを上げて姿を見せたケイが、にっこりとほほ笑んだ。


「えう~っ、クラッカーくん。本当にそんないい方法があるの?

 どんな方法、教えて、教えて」


 メグが子供のようにはしゃいでケイに質問する。


「簡単なことだ。お前が囮になればいいんだ」


 真顔でケイが嬉しそうな5人の魔女を指さす。


「えっ?」


 ケイの言葉を聞いたメグはちょっと固まった後、言われたことを理解して泣き叫んだ。


「い、いやだああっ!」


「心配ないって…… お前の分身は4体もあるんだ。

 敵の攻撃を全部喰らっても平気だよ」


 ケイが意地悪な笑みを浮かべながら、メグに説明する。


「クラッカーくんも知ってるでしょ?

 魔法使いは防御力ディフェンスが低いんだよ。

 そんな強敵に攻撃されたら、分身なんてあっという間に無くなっちゃうよ」


「キレイな魔女さん、あたしからもお願いしていいかしら?」


 駄々をこねるメグに、ルナが愛嬌たっぷりの声で話かける。


「メグ、頼むよ。1分、1分だけ持ちこたえてくれればいいんだ。

 あとはセラがなんとかしてくれる。君だけがアンデッドから攻撃を喰らっても影分身が身代わりになって大丈夫なんだから」


 アキラも負けずとメグを説得にかかる。


「いやだあ、いやだよう、怖いよう……」


「バーバラ、いいかげんにしろっ! だったらシデンを盾にするってのか?

 お前いつも守ってもらってるくせに薄情な奴だな」


 ケイが駄々をこねるメグを一喝する。


「えうーっ、そうは言ってないけど…… でも怖いんだよう……」


「魔女殿、怖いのはみんな一緒じゃ」


 ヤスマも柔和な笑顔でメグを追い込んでいく。


「影分身の魔法もそう長くはもたないわ。メグ、怖いのはわかるけど、

 ここはぜひやってちょうだい。

 今はアンデッドに対してあなたが一番安全なのよ」


 セラを含む全員に説得され、メグを擁護する者は一人もいなくなってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る