第14話 邪神の神殿3

「さあ、さっきの大広間に戻って、右の通路を進んでみましょう」


 セラの意見に従い、盾を構えたアキラとヤスマを先頭に先程の大広間へと戻った。

 大広間を向かいの通路に向かって渡ろうとすると、何やら穴の中からズルズルと大きなものを引きずる音が聞こえてくる。


「みんな止まって。静かにしてちょうだい」


 セラが小さな声と身振りで、仲間を静止させる。


「セラ、例の大蛇か?」


 アキラが振り向いて小声で確認する。


「間違いないでしょうね」


「どうする、やり過ごすか? 戦いはなるべく避けたほうがいいんだよね?」


 アキラがセラに言われたことを思い出して、慎重論を口にした。


「いいえ、ここは戦いましょう。どうせ魔像を手に入れたら、最後にこの化物の相手をすることになる。今のうちに先制攻撃で片をつけたほうがいいわ。

 メグ、稲妻サンダーボルト魔法を撃てるわね?」


火炎爆弾ファイアーボンバーじゃなくていいの?」


「火炎爆弾は威力がありすぎるわ。

 爆発の威力でここの床が抜けるかも知れない。

 稲妻なら床を壊す心配がないはずよ。

 穴に向かって撃ち込んでちょうだい。

 相手は巨大だからまず外さないわ。

 くれぐれも蛇に目を合わせないように注意してね」


「えうーっ、なんか怖いけどやってみる……」


 ケイが呪文の対象を見るために、おそるおそる穴の中を覗く。

 対象が見えないと魔法が撃てないためだ。

 階下にはヌメッとした鱗に、部屋の光がゆらゆらと反射して動く巨大な蛇の胴体が見えた。

 メグは精神を集中し、サンダーボルトの魔法を詠唱する。


「雷撃だっちゃ!」


 呪文を唱え終えたメグが、某アニメの鬼娘のような口調で叫んだ。

 メグの杖からは光と共に稲妻がほとばしり、穴の中へと吸い込まれていく。 

 稲妻の魔法は第三位階の秘術魔法で術者が指定した場所に向かって飛んでいき、

そのレベルに応じた強力な電気のダメージを与える。

 命中と同時に空気の焦げる匂いがあたりに充満し、蛇の胴体がのたうち回って地震のような地響きが起こった。

 みんなは突然の揺れに驚いて両手でバランスを取り、床に倒れないよう努力しなければならなかった。


「当たったっちゃ!」


 メグは自分の魔法攻撃が決まって、子供のようにはしゃいだ。


「実際に間近で見ると、上位の攻撃魔法ってこんなに威力があるのか?

 これ敵の魔法使いに使われたらシャレにならないぞ」


 アキラが初めて目の前で見る稲妻魔法の威力に震撼する。


「喜んでいる暇は無いわよ。やつが穴から這い出て来るわ。

 みんなはわたしの近くに寄ってちょうだい。今から支援魔法を唱えるから」


 セラがそう言うと、慌てて全員がセラのまわりに集まって来る。


「創造神ガイバックスよ、その信者達に戦いの恩恵を。

 戦意高揚モラルアップ!」


 セラが呪文を唱えると、赤い光がみんなを包みこんだ。

 集まった全員の体に力がみなぎり気分が高揚してくる。

 戦意高揚の呪文は第二位階の神聖魔法である。

 士気が高揚し、命中と攻撃に少しの特典ボーナスがつく支援魔法だ。


「ガイバックス神からの祝福よ。

 これで少しだけど、敵への攻撃が当てやすくなるわ」


「ボクも影分身シャドーイメージを使っていいよね? 

 いいよね?」


 メグがケイを見て、しきりに許可を求める。


「……仕方がねえな。こいつはボスキャラっぽいし、特別に許可する」


「やったーっ」


 メグが大急ぎで影分身の呪文を唱える。

 影分身の呪文は第二位階の秘術魔法で、その名のとおり術者の身代わりを複数出現させる魔法である。

 数は最大4体で、詠唱ごとに不規則ランダムな数が出現する。

 敵からの攻撃を本体が受けた場合、その一体が消滅して身代わりになり、術者は一切のダメージを受けないという、強力な防御呪文だ。

 メグが呪文を唱えていると、あたりに生臭いイヤな匂いがいっせいに広がる。


「大蛇が出てくるわよ。みんな敵の目を見ないでっ。

 見たら魅了されてしまうわよ!」


 バックラーを構えるセラが全員に注意を呼びかける。


「なんだ、あの大きさは…… 口の大きさだけならティラノサウルスと、

 ほとんど変わらないぞ!」


 最前線のアキラが大蛇の目を見ないように、盾ごしに敵を確認して叫ぶ。

 額に汗が吹き出し、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


「こりゃあ、近づいたら食われてしまいそうだわい」


 ヤスマも盾で大蛇の顔を見ないように注意するが、眼前に見えている2m以上ある蛇腹を見て、思わず身震いした。


「攻撃呪文を惜しんでる余裕はなさそうね……」


 ルナは後方に下がり、真剣な表情で呪文の詠唱を始めた。

 穴から這い出してきた大蛇は、赤い目を光らせながら二つに割れた長い舌を震わせている。

 手前のアキラを一瞥するが、襲うべき獲物はその後ろにいる呪文詠唱中の魔女だと判断し、メグに向かって突進してくる。


 アキラとヤスマの間をすり抜け、突進してきた大蛇は一気にメグに噛みついた。


「メグッ!」


 アキラの悲痛な叫びが大広間に響く。

 メグは、大蛇に覆いかぶさられて、あっという間に姿が見えなくなった。

 蛇はそのまま大広間の奥の壁へと、身体をくねらせ突進していく。


「なんとか間に合ったぁ……」


 メグのいた場所の横に魔女が二人、泣きそうな顔をしながら両手で杖を持って立っていた。

 蛇に食われたように見えたメグだったが、どうやら影分身の一人が身代わりになってくれたようだ。

 穴の中からは蛇の身体がズルズルと伸び、最後の尻尾がようやく見えてきた。

 アキラとヤスマの目の前を、大蛇の巨大な身体がクネクネと横切っていく。


「ヤスマさん!」


 アキラから呼ばれたヤスマが、神鉄アダマンタイト製の刀身をここぞとばかりに、目の前の大蛇に振り下ろす。

 合わせるようにアキラも青い炎の剣で切りつけた。

 蛇の二カ所にズブリと二人の刀身が刺さり、大量の赤い液体が吹き出してくる。

 切りつけた二人は、返り血を避けようと慌てて後ろに跳躍した。

 だが攻撃を受けた蛇の身体が大きく横に動き、運悪くアキラは向かってきた巨大な体躯をまともに受けてしまう。

 アキラの身体が空中へと投げ出され、地面に落ちた衝撃でうめき声を上げる。


「アキラ殿、大丈夫かっ?」


 慌ててヤスマが声をかける。


「いててて…… なんとか骨は折れて無いようです」


 アキラはすぐに起き上がって体勢を立て直す。

 こんな場所で寝ていたら、いつ蛇に押しつぶされてもおかしくはない。


「これはお返しよっ!」


 詠唱の終わったルナの指先から、先程メグが使ったのと同じ雷の魔法がほとばしった。放出された稲妻は大蛇の背中に当たり、蛇はさらに激しくのたうちまわった。

 床がくずれるかと思うほど地面が揺れる。


(これじゃあ、危なくて近づけない。ゲームならアキラ達と一緒に、さっきの攻撃でメイスを叩き込めたのに。

 こういう大きい相手は実戦だと飛び道具のほうが使えるみたいだな)


 戦槌を構えたまま、鍋島のセラが歯噛みする。

 だがルナによる二度目の電撃はさすがの大蛇もこたえたようだ。

 それまでの動きが目に見えて遅くなってくる。

 攻撃するなら今がチャンスだ。

 セラはこのまま終わってたまるかと、蛇の傍まで駆け寄っていく。

 だがその時、大蛇の首が振り返って赤い目が視界に入ってしまう。


「……しまった、油断したわ」


 セラは振り返った蛇の目を思わず見入ってしまう。

 セラは頭がぼうっとなって、回避判定に失敗したことを確信した。

 動くこともできず、今の場所に立ち尽くしてしまった。

 大蛇はゆっくりと口を開けてセラに迫ってくる。

 絶対絶命と思われたその瞬間、突然に大蛇が大きく身震いし、そのまま動かなくなった。

 何が起きたのか理解できず、みんなで呆然と蛇の身体を見つめる。


「真の英雄は最後に現れる……」


 空中から声が聞こえてくる。

 驚いて声の方向を見ると、大蛇の頭に長剣が突き刺さっているのが見えた。

 よく見れば女盗賊のケイが両手で剣を突き刺しているではないか。


「これがホントの隠密攻撃スネークアタックよ!」


 そう言っておもむろに剣を引き抜くと、剣を天に掲げポーズを取る。


「ケイ、あなたどこにいるのかと思ってたら、隠密攻撃を狙っていたのね」


 魅了から解放されたセラが、嬉しそうに頭上のケイを見上げた。


「えうーっ、クラッカーくんにおいしいトコを取られた~。

 ボクが魔光弾で止めを刺そうと思ってたのにぃ~」


 分身した二人のメグが、ケイを見て悔しそうに地団駄を踏む。


「いやあ、ケイ助かったよ……」


 アキラが疲れたように痛みのある腰をさする。


「しかし、なんという大きさじゃ。こいつの長さは20メートルはあるぞい」


 ヤスマが巨大な蛇の死体を見てあきれた声を出した。

 アキラもゆっくりとセラ達の元に戻ってくるが、痛みがあるのか歩くたびに顔をゆがめる。


「ロードさん、怪我は大丈夫?」


 ルナも心配そうにアキラの様子を伺う。


(ゲームだと負傷の度合いが数字で見えるからわかりやすいけど、実戦では数字が見えないのでどのぐらいの損傷なのかよくわからないな。

 だがゲームの設定通りなら、大蛇の体当たりからのダメージはおそらく5から9ぐらいのはず)


 鍋島はアキラの様子を見て、さっきの蛇の体当たりの傷は軽傷だと判断する。

 ゲームならばこのぐらいの傷で治療魔法を使わないこともあるが、アキラの苦痛に歪む顔をみると、我慢しろというのは酷な話だった。


「アキラ、怪我をしているみたいだから治療の魔法を使うわ。

 こっちにきて」


「いやあセラ、助かるよ。骨は折れていないと思うけど、

 歩くと打った場所が痛むんだ。我慢できないほどの痛みじゃないんだけど……」


「おそらく打ち身だろうけど、治療魔法には余裕があるから

 今のうちに治しておきましょう」


「癒しの光よ、アキラの傷を治して。ヒーリング!」


 セラが鉄槌を床に置いて、神聖魔法を唱える。

 治療の呪文は対象の怪我を少しだけ治す、第一位階の神聖魔法である。

 神官の呪文の中でも、序盤では必須と言える実用的な魔法だった。

 詠唱が終わると、アキラが手で抑えている腰に魔法で光っている右手をあてる。


「どう調子は?」


「悪くないよ…… 完全とは言えないけど歩く痛みはほとんど無くなったと思う。

 ありがとうセラ」


 アキラは患部の腰をさすりながら礼を言った。


「稲妻がなかったら、危ない相手だったわね。ルナさんのおかげよ」


 セラもルナに礼を言う。


「どういたしまして」


「えうーっ、稲妻はボクだって撃ったのにぃ……」


「ありがとうメグ。あなたも頑張ってくれたわね」


「おいおい、一番の功労者にねぎらいの言葉は無いのか?」


「ああっケイ、あなたが最高の活躍だったわ。次も頼りにしてる」


「まあ、な」


 セラの言葉に、ケイが自慢気に親指で鼻をはじく。


「で、聖女殿。これからどうする?

 この大蛇の腹を裂いて宝物でも探してみるか?」


 ヤスマの提案にセラは首を横に振る。


「やめておきましょう。腹を裂いても気持ち悪いモノが出てくるだけよ」


「では先に進むか?」


「そうするわ」


 セラの返事で生臭い大蛇の死体を放置して、全員で右の廊下を進むことにする。

 アキラとヤスマが先頭を歩き中をケイとメグ、後ろをセラとルナが歩く三列陣形である。

 右の廊下をしばらく進むと、左に折れているL字型の曲がり角が見える。


「ここから先はオレが行く。罠があるかもしれないからな。

 何か出て来たら戦闘は任せる。」


 ケイが頭巾をかぶり再び姿を消す。

 持っている永遠光の短剣を灯りに、曲がり角から手鏡を使って覗き、通路の先を伺う。


「音は無し、敵影は無しか……」


 ケイは身をかがめて床や壁を確認しながら、ゆっくりと廊下を進む。


「なんだ? 廊下の途中から床に二つずつ動物の模様が描かれている……

 カブト虫に、トカゲ、カエルとムカデに蜘蛛か、蛇もあるな。

 おや、蛇人間までいるぞ?」


 怪しい模様の刻まれた石畳みをひとつひとつ確認しながら30分ほどかけて進むと、ようやく右に曲がる通路が見えてきた。


「ようやく突き当りか…… 今まではとくに問題がなかったが、

 ここも俺がチェックする」


 ケイが再び角から顔を覗かせ、先の様子を伺う。


「そんなバカな……」


 先を行くケイから絶句する声が聞こえてくる。

 ケイの姿は透明になっているので、みんなにはケイの様子はわからない。

 ただ光源の場所から、そこにケイがいるはずだと予測できるだけである。


「どうしたケイ?」


 不安になったアキラが声をかける。


「信じられないが、いつのまにかさっきの大広間だ。

 見ろっ、遠くにだがあそこに大蛇っぽい死体が見える。

 あんなものが二つとあるはずがない。

 オレは幻覚の魔法でも見せられているのか?」


 言われてアキラ達全員が通路の先を確認し、大蛇の死体を見て同じような衝撃を受けた。


「どういうことだよう……」


 二人のメグが動揺する。


「幻覚じゃないわね。これはおそらく無限回廊ループの罠だわ。

 ケイ、話があるから姿を見せてちょうだい」


 セラの呼びかけにケイがフードを降ろす。

 ケイに近づいたセラはヤスマ達に聞こえないように小声でささやいた。


「セラ、どうすればいいんだ?」


「途中の床にいろいろな生物の絵があったでしょ?


 その中で蛇人間セトの描いてある場所まで行ったら180度反転して進むの。

 そうすればこの無限回廊から抜け出せるはずよ」


 (本来なら魔法探知マジックサーチの魔法を使えば、蛇人間の絵だけ光るんだ。

 それが目印になるんだが…… 今回はここの仕掛けを知っているからな。

 この冒険が終わったら、魔法探知とかの探索用呪文をもっと用意しておかないと)


「そういう仕掛けかよ……」


 セラの話を聞いて、ケイが合点がいった顔をする。


「よし、みんなでもう一度挑戦するぞ。悪いがオレについてきてくれ」


 ケイは今度は姿も消さず、そのままスタスタと元の廊下を戻っていく。

 絵のある床を確認すると、セラに言われた蛇人間の絵を探す。


 よく見ると他の絵は単体の絵になっているが、ちょうど廊下の中央にある蛇人間の絵だけが左右を向き合う二つの絵になっている。

 しかも上下が逆になっている蛇人間が一つ先のタイルにも彫られていて、この位置からすべての絵が鏡合わせのように逆向きになっているようだ。


「なるほど特異点はここか……ちょうど鏡のように見えるんだな。

 よし、じゃあここからさっきの場所に戻るぞ。みんな必ずついてきてくれ」


 そういってケイは振り返り、今来た道を戻っていく。


「えうーっ、また右に曲がるさっきの道だよ? 大蛇の死体があるよ」


 メグがうらめしそうにケイに文句を言う。


「うるせえっ、とにかく黙ってついてこい!」


 ケイはメグを一喝すると、曲がり角の前で止まり、座って同じように先の様子を探る。先程と違い、奥は暗闇のようである。

 どうやら無限回廊を抜けられたようだ。


「……どうやら先に進めたみたいだな」


 そうつぶやいて、また頭巾をかぶったケイが慎重に歩みを進める。

 しばらく歩くと、下に降りる石の階段が見えてきた。

 暗闇の階段の下は、カビと埃の臭いで不気味な雰囲気が漂っていた。

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