第16話 邪神の神殿5
「わかったよ…… みんながそこまで言うならやるよ」
追い詰められたメグが涙声でうなずく。
それから肩を落として、おとなしく扉の前に並んだ。
みんなはメグの気が変わらないうちにと、急いで魔女の周りに半円を描くように陣を敷く。
ケイは明かりの短剣を収め、魔法の長剣に持ち代えて再び姿を消す。
ルナも部屋の後ろで魔光弾の呪文を唱え、五つの光弾がいつでも発射可能な体勢をとった。
アキラとヤスマは盾と武器を構え、扉の両左右に並ぶ。
最後にセラがメグの後ろで右手の聖印を掲げて準備完了だ。
「ラパーナくん、アンデッドブレスをお願いするよ。絶対に成功させてよ?」
不安顔のメグが何度も振り向き、セラに念を押す。
「まかせてメグ…… 絶対に大丈夫よ!」
「じゃあ、開けるよ……」
セラが作り笑顔でこたえると、ゆっくりとアキラが右手で扉の閂を外す。
それから息を止めると、勢いよく扉を蹴って盾を構えたまま後退する。
奥に開いた扉のすぐ後ろには、物音を聞きつけたのか青白い半透明の人影が立っていた。
素早く伸びてきた白い手が先頭のメグの頭を掴み、あっという間に分身の一体が消滅する。
「うわあああっ、幽霊が目の前にいいっ」
正面に現れた死霊の恐怖にメグが絶叫する。
それは恐怖映画で犠牲者が襲われる一場面だった。
死霊の姿を確認したセラが、慌ててメグの後ろで祈祷を始める。
祈祷の声を聴いた死霊は女僧侶を妨害するために前へ出ようとするが、目の前の四人の魔女が邪魔で近づくことができない。
メグも杖をふりまわし、死霊に触られないよう必死で抵抗を試みる。
だが努力むなしく死霊は素人同然の防御を物ともせずメグの腕を掴むと分身がまた一体いなくなってしまう。
「はやく、誰かっ、誰かあ!」
メグは恐怖のあまり泣き叫ぶが、セラの祈りが終わるまで誰も動こうとしない。
下手に動けば自分が死霊の目標になる可能性があるからだ。
そうしているうちにメグの分身は死霊にまた掴まれ、残りの分身は最後の一体になってしまった。
メグは恐怖のあまり声が出なくなり口を魚のようにパクパクさせるだけになった。
分身の残りが一体になり、自分がもう前に出るしかないとアキラが盾を構えて覚悟を決めたその時、死霊の姿が黄金の光に包まれて、さっきのように黒い塵となって消えていく。
ようやく恐怖映画のエンディングである。
「うええええん」
安心感からか、二人のメグが床にへたり込んで子供のように泣き声をあげた。
「よくがんばったわねメグ、あなたが一番の功労者よ」
セラが恐怖でしゃっくりが止まらなくなったメグを慰めようと背中をさすると、影分身の残り一体が消えてしまう。
床にはショック状態の魔女だけが一人残されていた。
「ご、ごめんなさい。でももう敵はいないはずだから大丈夫よ」
残った分身を消したことを謝りながら、もう一度メグの背中に触れた。
セラがしばらくさすっているとメグは落ち着いてきたのか、ようやく少しだけ元気を取り戻した。
「ラパーナくん、ありがとう。もう大丈夫そうだよ……」
「いやあ魔女殿、お手柄! お手柄!」
メグが普通に戻ったのを見計らい、ヤスマが手を叩きながら大喜びでメグの大健闘を称える。
「ありがとう、魔女さん」
「メグ助かったよ」
「まあ、たまには役にたってもらわんとな」
ルナ、アキラ、ケイもそれぞれメグに感謝の言葉をかけていく。
「えうーっ」
みんなに褒められて顔を真っ赤にしたメグは、慌ててとんがり帽子を両手で目深に下ろした。
「じゃあそろそろ、本命のお宝探しといくか。オレの腕の見せ所だな。
セラ、中に他のアンデッドはいないはずだよな?」
フードをめくり、姿を見せたケイがセラに確認する。
「たぶんね、ただのカンだけど……」
怪物の配置を知っているセラが、苦笑いしながらこたえる。
ケイはセラの答えを聞くと、満足そうにうなずいた。
開いた扉からケイが中を覗くと、部屋が中央の明かりで白黒に点滅しているのが見える。
部屋の幅はこの部屋と同じぐらいだが、奥行きはもっとあるようだ。
中央には円柱の台座があり、奥の一段高い場所に貴族が座るような立派な玉座が置かれている。
玉座の後ろには天井から床まで赤い布のカーテンが吊り下がっており、その奥は見えないように隠されていた。
カーテンには怪しげな生物の刺繍が描かれているようだ。
ケイは中央の円柱まで歩き、それから台座をゆっくりと確認した。
魔光弾の残っているルナが不測の事態に備えて、部屋の中を注視する。
台座の上に載っているのは、複数の触手が生えた大きな頭の付いた30cmぐらいの黄金像だ。
重さも10kgはありそうな代物で、正面を向いた状態で置いてある。
黄金像の胸には3cmはありそうな大きな
その点滅している宝石を見ているとケイの心の奥から、ものすごい不安感が沸き起こって来る。
(今すぐこの部屋を出るんだっ!)
「ケイっ、その宝石を見てはダメよ!」
黄金像を見つめたまま立ち尽くすケイを見て、セラが慌てて警告する。
セラの声で正気に戻ったケイは急いで宝石から目を逸らした。
すると、さっきの不安感が嘘のように消えてしまう。
「やべえやべえ大盗賊のオレ様がお宝を目の前にして裸足で逃げだすとこだったぜ」
気を取り直したケイは今度は宝石を直接見ないように台座の横に回り黄金像を観察する。
「よく見るとこいつはさっきの蛇頭の神様じゃないぞ。
これはどちらかというと
ケイが言うとおり黄金像の頭というか口のまわりからは口髭のような触手がいくつも生えている奇妙な形をしていた。どっかで見たような気がする形だが……」
見ないようにしてはいるものの、胸の大きな宝石の点滅は続いており、部屋は不気味な雰囲気が漂ったままだ。
黄金像を見ながらケイは自分の記憶を探る。
「ケイ、その魔像は後回しよ。とりあえず奥に行って。玉座の後ろにあるカーテンの奥が怪しいわ。わたしのカンだけど……」
「う~ん、何だったか思い出せん。しかたがない、まずはお宝だ……」
考えるのをやめてケイはセラの言うとおり、さらに奥へと歩いていく。
一段高い場所にある玉座の横を通り過ぎ、奥にあるカーテンの場所まで進む。
不安になりながらも、セラの言うカンとやらを信じてケイはカーテンを慎重にめくった。
すると中には大量の金貨や銀貨の山に加え宝石や宝飾品、武器に巻物、薬瓶など、お宝がいくつも転がっていた。
「おおっ、こりゃ凄えな。みんな来てみろ、宝の山だ」
ケイのかけ声で、いっせいにみんなが部屋の奥に集まってくる。
「すごい量だな……」
財宝の山を見たアキラから思わずため息がもれる。
さきほどのミイラの石棺に入っていた量のさらに数倍はありそうだ。
「こりゃあ、金貨以外のモノだけでも相当な価値がありそうだわい」
「手ごわい敵を倒した甲斐があったわね」
ヤスマとルナも目を輝かせている。
「えうーっ、どれを持って帰るか確認しなきゃ……」
メグがそう言って、おもむろに腰の財布から光る指輪を取り出し左手にはめる。
金貨や宝石が指輪の光に照らされ、さらに強く輝く。
「
さらに魔法の物品をひとつも見逃すまいと、メグがとっておきの呪文を唱える。
魔法感知の呪文は、かけた場所から半径10メートル以内の魔法のかかった物や場所、生物が金色に光って見えるという第一位階秘術魔法である。
呪文を唱え終わると、この宝の山には金色に光る魔法の物品だけでも十点以上がありそうだった。
「場所が場所だけに呪われた品物もあるはずよ。金色に光る物品の扱いには気をつけて。とくに剣や杖は握ったりしないように」
セラがみんなに注意を呼びかける。
取りあえずメグの魔法で鑑定された宝物を魔法の物品とそうでないものに分け、それをセラ、メグ、ヤスマの魔法鞄に入れる。
その後、みんなで金貨と白金貨を手分けして布袋に詰めこむ作業を行った。
銀貨や半金貨は価値が低く、経験値にあまりならないので放置する。
三人は魔法鞄の入口の光が赤くなり、それ以上は物が入らなくなるまで宝物を詰め込んだ。
セラは自分の赤く光った鞄から金貨の大きな袋をひとつ取りだし、入口の光を黄色になるまで戻した。
部屋の中央にある最後の宝物を入れるためだ。
魔法鞄が満タンになると、ずっしりとけっこうな重さを感じる。
「メグ、無理しないでその袋は置いていったら?」
セラが魔法鞄から取りだして床に置いた布袋を、メグがもったいないと右手で拾い上げる。
「ラパーナくん、ボクは大丈夫だから…… せっかく集めた金貨を置いていくなんて可哀想でボクにはできないよ」
普段はすぐに弱音をはくメグだが、金貨をよほど置いて行きたくないのか必死の形相で袋を持ちあげる。
「今日はメグに
とはいえ
浮遊盤の魔法は、第一位階の秘術魔法である。
持ち物を最大200kgまで乗せることのできる荷物運搬用の光の円盤を創りだす。
歩く速度でしか動かないが魔術士の後ろについてくる便利な荷馬のような存在だ。
持続時間は半日程度あるので、物を運ぶにはなかなか使える呪文である。
だが第一位階魔法は他の便利な魔法、魔光弾やまどろみ、魔法感知などを覚えるため、魔法浮遊盤を覚えて魔術士が危険な迷宮に潜る事はあまりない。
「浮遊盤の
セラの困った様子を見たケイが笑って、自分の鞄から巻物をひとつ取り出す。
「クラッカーくん、えらいっ!」
メグが大喜びで金貨の袋を床に置き、ケイから呪文巻物を受け取る。
「本当はオレが試しに使いたかったんだが、ここで失敗したら洒落にならないからな」
「こういうのは専門家のボクに任せてほしい」
メグが喜び勇んで巻物を読み上げると、魔女の目の前に直径約1.8mの白く輝く円盤が現れた。
みんなで袋詰めした金貨を、すべて魔法の円盤に乗せる。
おかげでこの部屋の床には、銅貨と銀貨の山だけが残った。
「さあ、いよいよ最後のお宝ね」
セラが部屋の中央にある点滅する黄金の魔像の前に戻ってくる。
上の黄金像と一緒に、台座全体も金色に光っていた。
台座にも何らかの魔法がかかっているようだ。
「みんな、この魔像を取ったら、
アキラは、わたしの護衛に残って。
ヤスマさん達は足の遅いメグと一緒に先の階段まで行ってちょうだい」
「セラ、いいのか?」
「聖女さん、あたしも残りましょうか?」
ケイとルナが心配そうにセラに声をかける。
「大丈夫よ、ルナさん。アキラがいれば何かがあっても、なんとかなるわ。
それにさっきケイが扉を固定したでしょ。あれで少しは時間が稼げるはずよ」
「わかった。じゃあバーバラいくぞ」
「聖女さん、気を付けて」
「シデン殿、御武運を!」
「じゃあ、先に行ってるよ~」
メグがひとり上機嫌で歩きはじめると、魔女の後ろから金貨の袋を山と乗せた円盤がふわふわとその後をついていく。
みんなが去ってしばらくすると、台座や黄金像のまわりの金色の光が消えた。
魔力感知の持続時間が切れたのか、また部屋の中が白黒の点滅に覆われるようになった。
「……そろそろいい頃合いね。アキラ魔像を取るわよ」
セラはそう言うと、黄金像を右手につかみ素早く自分の魔法鞄の中に入れた。
点滅する魔像が無くなった部屋の中は暗くなり、セラが腰に下げたメイスと、アキラの剣の炎だけが部屋を照らすことになった。
黄金像を失った台座は、セラ達が見ている前でゆっくりとまわりながら、床下に向かって吸い込まれていく。
「アキラ、わたし達も急いで脱出するわよ!」
台座が動きだすとセラは魔法鞄の口をきつく閉め、右肩に引っ掛けて急ぎ入口へと走りだす。慌ててアキラもセラの後を追いかけた。
セラ達はあっという間に台座の部屋を出て、隣のがらんどうの部屋の銀の扉のある入口まで来た。
テ・テ・リ・リ…… テ・テ・リ・リ……
元いた部屋の方から、鳥の鳴き声のような奇妙な音が聞こえてくる。
今までに聞いたことが無い不気味な音だ。
「何の音だ?」
思わず、アキラが後ろを振り返って立ち止まる。
「アキラ、立ち止まらないで。こんなのわたしが読んだシナリオには書かれていなかったわ。これが警告音なのかもしれないけど……」
セラも後ろでアキラが止まった気配を感じて振り返る。
テ・テ・リ・リ…… テ・テ・リ・リ……
「でもセラ、音が近づいてきてるぞ?」
「……イヤな予感がする。とにかく階段まで急ぎましょうっ!」
二人は狭い廊下を戸棚のあった大部屋まで全力で走り抜ける。
大部屋に入ると、先ほどかんぬきで止めたはずの木の扉がガタガタと揺れていて、鎹がいくつか外れかかっていた。中央の台座にあった黒い染みもなぜか床にまで広がっている。
入口にはケイが扉を開けて立っており、二人を手招きしているのが見えた。
「お前ら急げ! 後ろからなんか奇妙な音が近づいてきてるのが聞こえてくるぞっ」
ケイの言葉を聞いて二人は必死で入り口まで走っていく。思わず床の黒い染みを踏むと、それはタールのようにねっとりと靴の裏にまとわりついた。
気持ちが悪いので、なるべく染みのない場所を選んでジャンプしながらケイの元へと急ぐ。二人がそばまで近づくのを確認するとケイも急いで階段を昇り始めた。
セラ達が閉まりかけた入口の扉に手をかけた瞬間、バリバリっと扉の壊れる音がして、ゾンビ達がいっせいに大部屋になだれ込んでくる。
「二人とも止まるなっ! 走れ、とにかく走るんだ」
緊迫した雰囲気を感じとったケイが階段の途中から叫ぶ。
ケイが階段を登り切ると、廊下の先にはヤスマ達三人が心配そうな目でケイ達を待っていた。
「お前ら、何を止まってる。ゾンビ達が来るんだ、早く出口に向かえっ。
急いでこの神殿を出るんだ!」
ケイがヤスマ達を大声で追い立てる。
「えうーっ、待ってよ」
メグは言われて慌てて走ろうとするが、荷物を載せた円盤の動きはあいかわらずゆっくりで、歩く速度でしかついてこない。
廊下を曲がると、先ほどの床に絵が描かれた通路になる。
バーバラが進む速度が遅いので、ケイだけでなくセラやアキラもみんなに追いついた。
「みんな急いで! ゾンビ達が来るわ。さらに後ろからはもっとやばそうなのモノもっ!」
セラは後ろを振り返りながら、メグの背中を押した。
「よしっ、ここだ」
ケイが光る短剣で床を確認しながら、廊下に描かれた蛇頭の半人の絵を探しだす。
鏡合わせの場所から後ろを振り返ると、曲がり角から次々とゾンビ達が現れるのが見えた。
「ここから、あいつらに向かって突進するのかよ…… ええい、幸運の女神クリモールよ。オレ達を守ってくれっ!」
ケイがたまらず女神の名を口にしながら、ゾンビ達の方へ反転する。
「みんないくわよっ!」
「武神パワードよ、ワシに勇気を!」
「えうーっ!」
「知恵の神アジモックよ、アーヴの使徒を守護して」
「ガイバックスのご加護をっ!」
セラを筆頭に残った四人も次々と神の名を口にしながら反転してケイを追う。
廊下の角を曲がって迫ってくるゾンビ達を飲み込むように、おびただしい数の眼をもった虹色のスライムのようなものが彼らに近づいてくるのが最後の光景だった。
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