第11話 禁忌の地

 セラ達がリースリングの街を出て三日が経った。

 大妖精アーヴのルナの話ではここから目的地までは昼前に着ける距離らしい。

 ルナとヤスマが先導しながら、背の高い木々の中を6人は進んでいく。

 森の中は昼間だというのに生い茂った葉の影でうす暗くなっており地面は起伏が多くて歩きにくい。

 だがルナは初めてのはずのこの場所を、まるで通い慣れている道のように軽快に進んでいく。


「少し休もうよ……」


 メグが情けない声で助けを求める。

 杖を頼りに歩く老人のように、両手で魔法杖を握るメグの足元はふらふらとおぼつかない様子である。

 魔法使いのメグには、この慣れない山道は思った以上につらいようだ。

 セラも楽な行軍とは言えないが、鍛えられた神官の肉体にはまだ余裕があるのか、メグほどの疲労は感じていなかった。


「おいっバーバラ、いいかげんにしろよ。さっき休んだばかりだろうが。

 なんのために朝早く出発したと思ってるんだ。

 日が暮れる前に遺跡から戻らないと危険なんだぞ?

 これはピクニックじゃない、甘えてんじゃねえ」


 メグと違い、すこぶる元気なケイはそう言って横を歩く魔女の尻を叩く。


「えうーっ、そんなこといったって、この身体はクラッカーくん達と違って肉体労働に向いてないんだよう……」


 息を切らすメグを見て、後ろからサポートしていたセラが歩みを止める。

 それから大声で前を進むルナに呼びかけた。


「ルナさん申し訳ないけど、ここで少し休みましょう。

 魔法使いのメグには少々ペースが早すぎるようだわ」


「あら、もう? 仕方がないわね」


 ルナが立ち止まって、笑いながら後ろを振り返る。


「まあ人には向き不向きがあるからの。これからこのお嬢ちゃんの魔法が

 ワシらの危機を救ってくれることもあるだろう。

 あまり無理はさせん方がいいだろうな」


 ドワーフのヤスマも気を遣って休憩に同意した。

 ヤスマの了承を聞くや否や、メグは近くに見えた枯葉の積もった木の根っこに急いで座り込む。それから急いで皮水筒の紐を緩めると、中の水をむさぼるように飲み始めた。


「ここで敵の急襲は無いと思うけどアキラとケイは一応まわりを警戒して」


 セラが緊張の面持ちであたりを見回す。少し遅れ気味ではあるが、このまま順調にいけば昼前には神殿に着きそうだ。今のところたいしたトラブルは起きていない。

 昨日の夜の食事中に食事の匂いを嗅ぎつけたのか、野生の大狼ダイアウルフが三匹襲ってきたが、ヤスマやアキラ達の剣であっさりと片づいた。

 その後、メグとセラを除く四人は、大きな岩を背にして一人ずつ交代で朝まで見張りをして過ごした。

 人間の魔法使いはアーヴのルナと違い、一晩ぐっすり眠らないと魔法が回復できないため見張りから外している。


「休んですぐに悪いんだけど、メグもそろそろ立ってちょうだい。

 邪悪の神殿はアンデッドの巣よ。明るいうちに迷宮探索を終わらせないと」


「えうーっ、わかった。がんばるよう……」


 セラに言われてメグが億劫そうに腰を上げる。

 腰の重い魔女をセラが後ろから押しながら、ゆっくりと森の中を進んでいく。

 小一時間ほど歩くと、突然に森が切れて赤土でできた荒地のような開けた場所が目の前に現れた。何やら硫黄のような匂いが鼻につく。

 岩が多く草もほとんど生えていない枯れた土地のようだ。

 遠くに見える岩山に巨大な石の柱のようなものが見える。

 あたりに生き物の気配はなく静寂さがあたりを包んでいる。

 昼間だというのに、いかにも何かが出てきそうな不気味な雰囲気だ。


「ここが目的地かしら?」


 セラが前を歩くルナに尋ねる。


「この赤土だらけの不毛の大地、伝承にある禁忌タブーの土地で間違いないようね。遠くの岩山に見えるあの石の柱がある場所がおそらく邪神セトを祭る神殿の入り口のはずよ。

 今は明るいから大丈夫だと思うけど、神殿のまわりにはアンデッドがうろついているかもしれないから注意して」


 神妙な面持ちでルナが遠くの神殿を指差す。

 ここまではルナの素晴らしい道案内のおかげで大きなトラブルもなく予定通りにセトの神殿の場所までたどり着くことができた。

 このアーヴの案内人がいなければ、おそらくこれほど簡単にたどり着くことは難しかっただろう。


「これからが本番ね。みんな、ここからは戦闘モードでいくわよっ」


 セラがそう言って腰に下げていた戦槌メイスを持ち、鉄球に取り付けた皮袋を取り外す。右手に収まった戦槌は光輝き、あたりの地面をさらに明るく照らした。


「ファイアーオンッ!」


 アキラも待ってましたとばかりに、魔法の長剣に火を点ける。

 昨日、襲ってきた狼を一舐めにした魔法の炎を放つ長剣ロングソードだ。


「ラパーナ、とりあえずオレは姿を消しておいた方がいいか?」


 剣を構えたケイがセラに確認する。


「そうね。わたしの情報ではあの遺跡の入口にはたしか見張りの石像鬼ガーゴイルがいたはず。とりあえず準備をしておいて。ただ姿を消すと私達には見えないから、こっちの攻撃が当たらないようにちゃんと距離を取ってよ」


「わかってるって、そんなヘマはしねえよ」


 そう言ってケイがフードを被ると、たちまち姿が見えなくなってしまう。


「お主ら、透明外套インビジブルンマントまで持っておるのか?

 噂には聞いたことがあるが、実際に見たのは初めてじゃな。

 こりゃあ、いつ寝首をかかれるかわからんな」


 ヤスマが消えたケイを見て、冗談交じりに驚きの声をあげる。


「役に立つのは最初の一発だけさ。こいつは攻撃を行うと、

 なぜか魔法の効果が切れちまうんでな。

 とはいえ、いつでも先制攻撃ができるってのは強みだぜ」


「アーヴの秘宝ね…… あたしは故郷で見たことがあるけど、

 人間が持っているなんて驚きだわ」


「ここからはアキラとヤスマさんで前を進んでちょうだい。


 ルナさんはわたしの横に来て、一緒に後方の警戒をお願いするわ。

 メグを中に入れて守りながら進むわよ。メグはいつでも使えるように、魔法の準備をしておいて。ただし、影分身シャドーイメージはまだ使っちゃダメよ」


「えうーっ、わかった」


 セラの指示に従いパーティは戦闘態勢のまま荒れ地を進む。

 前衛を守るのは盾を構えるアキラとヤスマだ。

 遺跡の入り口は見えているものの、徒歩で近づくには思ったよりも時間がかかる。

 さらに一時間ほど歩き、ようやく遺跡のふもとにある石の階段までたどり着いた。

 運が良いのか、ここまでアンデッドや怪物モンスター達には遭遇していない。

 所々崩れた階段を注意しながら登っていくと、ようやく先程遠くから見えた巨大な石柱の前にたどり着いた。

 門からは奥にたくさんの柱が続き、岩肌の壁の中央が大きく口を開けている。

 穴は高さが10メートルもあり、扉は付いていない。

 巨大な穴が入り口として開いたままである。

 入口の横にある岩を削って作られた高い壁には、装飾模様と一緒にコウモリの翼が付いた悪魔のような八体の石像が柱に合わせて左右に四体ずつ並べて飾られていた。


「みんなここで止まって。これ以上近づくとあのガーゴイルが動き出すと思うわ……

 どれがガーゴイルなのかわかれば先制して壊せるんだけど」


 セラ達は石像鬼の警戒範囲に入って先に動き出されないよう、手前の柱の影に隠れながら、石像鬼の様子を伺う。


 考え込んだままのセラを見て、アキラがしびれを切らして口を出した。


「ここでいつまでも考えててもしょうがないだろ? あの不気味な石像鬼が怪しいと思うんなら、とりあえず端から順番に壊していこうよ」


「……それも手だけど、最初の一撃が外れたら、おそらく別の石像鬼が動いて

 せっかくの先制攻撃の機会が失われちゃうわ」


 セラはアキラの提案に首を振って難色を示した。


「聖女殿、慎重なのはいいが、ワシらに時間の余裕はあまりないぞ?」


「それはそうだけど……」


 ヤスマにそう言われ困っているセラに、ルナが助言をする。


「聖女さんがあの石像鬼ガーゴイルが怪しいって言うから

 ここから観察してみたんだけど入口の真横の二体の石像鬼だけ

 どこも壊れていないみたいよ」


 ルナがそう言って笑みを浮かべる。

 言われてよく確認してみると、他の石像鬼は角が欠けたり、指が無かったりと、どこかしら完全では無いようだ。

 だが入口の真横の柱にある左右の二体だけはどこも壊れておらず、きれいな状態になっている。

 無警戒で入口に近づく冒険者達を不意打ちで攻撃するには絶好の場所といえるだろう。


「これで決まりだな。じゃあ、ヤスマさんと俺で同時攻撃だ。

 俺が左の石像をやる。右をヤスマさんが頼む」


 アキラが左手の菱形カイトシールドを前に炎の剣を引いて構える。

 アキラに呼応してヤスマも四角スクエアシールドを左手に構え、腰の黒い刀を引き抜いた。



「ケイ聞こえる? 剣じゃなくて弓を用意して。

 石像鬼は背中の羽で空を飛ぶから、飛び道具の方が都合がいいわ。

 ついでにアキラの攻撃に合わせて一緒に射ってちょうだい。」


「オレも攻撃するのかよ…… 透明化が解けちまうが仕方ないな」


 何もない空間から、ケイの不満そうな声だけが聞こえてくる。


「ちょっと石像の位置が高いのでジャンプしてからの攻撃になりますが、

 できますか? ヤスマさん」


「シデン殿、ワシの背が低いからって舐めてもらっては困るな。

 奴の足元ぐらいならワシの刀でも狙えるぞ。問題はないはずだ」


 ヤスマは黒い刀身を見せながら、アキラに答える。


「それは失礼しました」


「それじゃあみんな、敵は不意打ちを狙って来るはずだから、


 こっちは石像鬼に気づかない振りをしながら近づきましょう。

 前衛の二人の武器が届く距離まで来たら一斉攻撃をお願いするわ」


「おうよ」


「わかった」


 ヤスマとアキラが同時に応える。


「ラパーナくん、ボクはどうすれば?」


 勢いのいいアキラ達を尻目に、メグが不安そうにセラを見る。


「メグは魔光弾ライトミサイルの準備を。

 ただし魔光弾は貴重だから、わたしが合図するまでは使わないで。

 それから近づくまで石像鬼をじろじろと見ないこと。

 あなたはすぐ顔に出るんだから」


「えうーっ」


「あたしも弓を用意する?」


「ルナさんの弓は魔法製かしら?」


「そうよ」


「なら、右のアキラの石像鬼の方をお願いするわ。

 ケイと両方で攻撃すれば、最初の一撃で倒せるかもしれない。

 ただし、アキラがとびかかるまで石像鬼に目線を合わせないで。

 あいつらに警戒されたら先に動かれてしまうかもしれないから」


「わかったわ」


 そうしてセラ達はいかにも回りに注意をする振りをしながら、石像鬼を極力見ないように無関心を装って慎重に入口へと近づいていく。

 入口の前まで来ると高い天井の通路が奥まで続いており、左右には火の消えた松明が掛けられているのが見える。


「みんな今よっ!」


 攻撃範囲に入ったことを確認したセラが合図を出す。


「待ってましたっ!」


「いくぞっ!」


 セラのかけ声と同時に、アキラとヤスマが跳躍して両側の石像鬼に武器を叩きつける。石像鬼は不意を打たれて慌てて飛び立とうとするが間に合わず、アキラの剣は胸に、ヤスマの刀は脛に命中する。

 アキラが石像めがけて剣を思いっきり降り下ろすと、想像とは違い硬い石の感覚ではなく、粘土ような手応えがあった。

 攻撃が当たると同時に、ぎゅいいっと奇妙な叫び声があたりに響き、二体の石像鬼はたまらず空中へと逃げ出す。

 アキラが攻撃して飛び上がった石像鬼に向かって、二本の矢が飛んでいく。

 先にケイが放った矢が突き刺さり、少し遅れてルナが放った矢も突き刺さった。 

 二本の矢を受けた石像鬼は空中でふらふらと漂うと、突然力を無くしたかのように地面に落下して砕け散った。


「よっしゃああ!」


 透明マントの効果が無くなり、弓を構えた姿のケイが喝采の声を上げる。

 ヤスマから脛に攻撃を受けたもう1体のガーゴイルは空中に停止すると辺りを見回し、パーティの中で最も弱そうな魔女のメグめがけて急降下を仕掛けてきた。


「うわあっ、ボクにきたあっ。ラ、ラ、ライト、ミシャイルを……」


 メグは狙われたのを知って慌てて魔法の呪文を唱えようとするが、初めての実戦で体が思うように動かず、恐怖で反射的に両手で杖を抱えたまま、その場にしゃがみこんでしまった。このままだと石像鬼の格好の的になってしまう。


「そうはさせるかっ!」


 振り向きざま走ってきたアキラが、急降下してきた石像鬼に長剣を振るう。

 青い炎の剣が、降りてきた石像鬼の左足の脛に当たり、膝から下を切り落とす。

 手痛い攻撃を受けた石像鬼は、急遽、金切声を上げて攻撃目標をアキラへと変えた。

 空中に浮いたまま、左右の爪で二回、噛みつきと頭突きまで行うが、アキラはうまく盾で受け流して防ぎ、すべての攻撃をかわした。

 セラもアキラへの攻撃に気を取られた石像鬼に対し、手持ちの輝く銀の戦槌メイスを持ち上げ背後から殴りかかった。

 セラのメイスが敵の背中に命中し石像鬼の身体は勢いで、しゃがみこんだメグの近くへと墜落した。


「ひいいっ!」


 メグの悲鳴と共にガーゴイルの身体は鈍い音を立てて石床に墜落し、そのまま動かなくなった。


「こらっバーバラ、ビビリ過ぎだ。ちゃんと見て避けろっ!

 呪文も唱えないで何やってんだよ!」


 メグの真横に落ちた石像鬼を見ながら、ケイがあきれ顔で怒鳴った。


「えうーっ、なんか敵に狙われたと思ったらパニックになっちゃったんだよう……

 やっぱり影分身がないと怖いよう」


「おいおい、魔女殿は大丈夫か? まるで冒険初心者みたいな反応だったが……」


 ヤスマがメグの様子を見て心配そうな顔をする。


「こいつは昔っからビビリなんだ。ケツを叩けば魔法だけはちゃんと使うから、

 心配はいらねえ」


 ケイが笑いながらフォローする。


「それならばいいんだが……」


「石像鬼に宝石は付いていないようね。今回は宝物はとくになしか……

 残念だけどこれは放置して先に進みましょう」


 壊れた石像鬼を調べていたセラが、何もない成果に肩をすくめてため息をついた。

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