第12話 邪神の神殿1
「さあ、この入り口から先はアンデッドの巣のはずよ。みんな気合を入れて!
メグはもっと落ち着いてちょうだい。アキラとヤスマさんは警戒を怠らないで」
「えうーっ、がんばるよ」
「大丈夫だって、まかせとけ!」
「わかっとるよ」
三人とも歯切れよくセラに応えた。
爪、噛みつき、頭突きと流れるようなガーゴイルの連続攻撃だった。
アキラは歩きながら、先程の戦闘を回想する。
「わかってはおったつもりだったが、お主なかなかやるのう……」
ヤスマがアキラの実力に感心する。
「いやあ、ヤスマさんの剣も早いですよ。これからも頼りにしてます」
お互いを称えながら天井の高い大通路をアキラとヤスマの二人が意気揚々と歩いていく。通路の幅は約6m。三人が並んでもじゅうぶんに戦闘ができる広さがあるが、この広さで二人が並ぶと後方からの弓や魔法の支援も問題なく行える隙間が空く。
両壁の松明には火が点いていないが、アキラの剣の炎と後方にいるセラの持つ光るメイスが、松明の代わりになっているため、通路を見通すには十分な明るさがある。
「この先には大広間があったはずよ。神が祭ってある祭壇があると思うから、
宝物も期待できるわ」
「ほう…… それは楽しみだな」
ヤスマがセラの言葉に小さく笑みを浮かべる。
200m近く大通路を歩くと、敵と遭遇しないまま、大きく開けた広間に出た。
岩をくりぬいて造られた奥行きが30mはありそうな大広間の奥の壁には、蛇の頭を持った高さが10mもある巨大な蛇神セトの石像が飾られている。
また石像の前の床には大きな円形の穴が開いており、穴のまわりには火の消えた赤い蝋燭が穴を囲むように置かれていた。
巨大な石像の蛇の形をした頭にはエターナルライトの魔法がかけられているのか、大広間の天井は明るく照らされているが穴の中は入り口からは良く見えない。
穴の中からは生ごみのようなイヤな匂いが漂っており、覗くのがためらわれた。
「……これが蛇神セト?」
セラがいぶかしい目で壁に掘られた大石像を見上げる。
祭壇の前には何が入れてあるのか、怪しい三つの石棺が並べられている。
先頭のアキラが大広間に一歩踏み入ると、石棺の蓋が一斉に動き出した。
「みんな、警戒してっ! おそらくアンデッドよ。
危ないから目の前の穴には近づかないで」
セラは叫ぶと同時に右手のメイスを腰に戻し、胸に下げている白銀のホーリーシンボルを素早く握りしめた。
「準備はいつでもいいよ」
「防御はワシらに任せておけ」
戦意旺盛のアキラとヤスマがこたえる。
ルナは最後尾で魔法弓を構え、戦闘態勢を取る。
全員が緊張したまま前の様子を伺っていると、ゴトッという音と共に三つの石棺の蓋がそれぞれ床に落ちる。
石棺の中からは不気味なうめき声と共に、全身を包帯で巻かれた人型の怪物が三体、それぞれ起き上がって来るのが見えた。
「!」
その瞬間、セラの背中に悪寒が走る。
身体が一瞬、麻痺したようになるが、すぐに痺れはなくなり動けるようになった。
「なんてこと……
カビくさい空気があたりに広がり、セラの背筋がさらに冷やりとする。
「か、身体がっ・・・」
ヤスマが一言、悲痛な叫び声を上げる。
「ヤスマさん、大丈夫ですか!」
アキラの呼びかけにヤスマは応えることができない。
「……ヤスマさんはダメか。俺はなんとか大丈夫なようだ。
みんなは動けるのか?」
アキラが炎の剣を構えたまま、動けなくなったヤスマをかばうようにドワーフの前に出て、ミイラを待ち受ける。
(
ここは敵を倒すためのホーリーブレスを優先しないと……)
鍋島は頭の中で行動の優先順位を考える。
運よくミイラの恐怖判定には耐えられたようで、先ほど一瞬あった体の痺れはすでに感じない。
アキラの呼びかけに応え、みんなに注意を促した。
「気をつけて、ミイラの恐怖攻撃よ。ミイラを見た者は恐怖に耐えられないと、
ミイラの姿が見えなくなるまで恐怖で体が固まってしまうわ」
「聖女さん警告はありがたいけど、敵を見ないと攻撃ができない。
やっぱりアンデッドは嫌いだわ。でもヤスマが危ないから前へ出るわ」
ルナはそう言い放つと、弓を持ったまま素早くヤスマのいる場所に移動する。
三体の包帯人間が石棺から這い出して、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
足音らしい足音はなく、静かで不気味な敵だ。
アンデッドのくせに見た目より動きは速い。
神殿の奥にいる最大の敵、
設定通りならミイラの攻撃を一回でも受ければ深刻な病気に感染するはずだ。
魔法の回復ができなくなる恐ろしい腐敗病である。
経験値吸収よりマシとはいえ、できれば受けたくない攻撃だった。
接近戦になる前に、なんとか片を付けなければならない。
「偉大なるガイバックスよ、不浄なる者に浄化の光をっ!」
セラは聖印を前に突き出し、祈りの言葉を叫んだ。
すると右手に掲げた聖印が白く輝きだす。
ホーリーブレスは神官の持つ特殊技能で、信仰する神に祈ることで負死者を撃退することができる。
また高位の神官になると撃退の代わりに負死者を破壊することもできる。
厄介な攻撃を持つ負死者に対しては最強の対応手段である。
セラが祈祷を唱え終わると、最も手前にいるミイラの一体が黄金の輝きに包み込まれた。
ミイラは輝きと同時に床に倒れこみ、そのまま身体がゆっくりと塵になって崩れていく。
(……二体は無理だったか)
セラがホーリーブレスの効果が弱かったことに舌打ちする。
運が良ければ一度に二体を破壊することも可能なはずだった。
「流石は聖女さんね。ミイラ級のアンデッドが破壊されるのを見たのは初めてだわ」
ルナはさきほどの深刻さとは変わって、少し余裕を取り戻したようだ。
「おいっ、バーバラ動けるか? ボケっとしてんじゃねえ。
今こそ魔光弾ライトミサイルだ!
オレの狙ってる敵に、今すぐ全弾を撃ち込めっ」
ケイが二体目の敵に弓矢を放ちながら叫ぶ。
弓矢は包帯人間の胸に命中し、相手の動きが一瞬止まる。
「えうーっ、言われなくてもすぐやるよう……」
そう答えてからメグは深呼吸をする。
敵が遠いせいか先程のような焦りは無い。
ゆっくりと右手で杖を回しながら、
詠唱が終わるとメグの身体のまわりには5つの光の玉が浮かんできた。
「ミサイル発射ぁーっ!」
メグが掛け声をあげると、胸に矢の刺さった包帯人間に向かって、5つの光弾がいっせいに飛んでいく。
ライトミサイルは第一位階の秘術魔法である。
この魔法は
術者のレベルに応じて魔光弾の数も増え、より強力になっていく。
包帯人間は手を振り回して魔光弾を振り払おうとするが、なんの抵抗にもならなかった。
すべての光弾が身体に命中すると、花火のような破裂音と共に光がはじける。
包帯人間は強力な魔法攻撃を受け、気味の悪いうめき声をあげてよろめいた。
「やったか?」
ケイがミイラの様子を見て、喜びの声を上げる。
だが包帯人間は倒れず、体勢を立て直してさらにこちらに近づいて来る。
「えうーっ、倒せなかったあー」
「まだ倒れないのかよ。このサイズの敵ならさっきのバーバラのライトミサイルで
ほとんど倒せるはずなのにっ、なんてタフな奴だ!」
「それじゃあ、もう一発お見舞いしたらどうなるかしらね……」
ルナが右手に持っていた矢を背中の矢筒に戻し、右手で魔法陣を描きながら呪文を唱えると4つの光弾が空中に浮かんでくる。
「これでどうっ?」
ルナのかけ声でまたもや、4つの光弾がさっきの包帯人間に命中してはじける。
さすがに多数の魔光弾を受けた包帯人間は、床に崩れ落ちたまま動かなくなった。
残った一体の敵に、動けないヤスマが狙われないようアキラが決死の覚悟をする。
「ルナさん、ヤスマさんをお願いしますっ!」
アキラがヤスマとルナを残し、緊張した面持ちで黄金のカイトシールドを構えて前へと出る。最後の包帯人間は、自ら近づいてきた獲物に向かって方向を変えた。
うまく囮になったアキラは、包帯人間への攻撃のタイミングを見計らう。
包帯人間は素早く右手を伸ばして、防具の無いアキラの顔を触ろうと狙ってきた。
「そうはさせるかっ!」
包帯の巻かれた右手からは冷気と腐敗臭が漂い、アキラは触られる恐怖で体の奥底から震えが湧き起こるのを感じた。
恐怖をなんとか抑えながら、包帯の右手に炎の剣を打ち降ろす。
包帯人間も炎の剣を避けようとすぐに手を引っ込めようとするが、アキラの剣が一瞬早く腕に当たり、青い炎が敵の腕を焼いた。
「よしっ!」
アキラは自分の振り下ろした剣に手応えを感じる。
だがその一瞬の喜びも束の間、今度は包帯人間の左手がアキラの攻撃で伸ばした右腕を掴もうとする。
「しまった!」
包帯人間の一撃を覚悟したアキラだったが、包帯人間の左手がアキラの右手に触れた時には、包帯人間の身体はすでに黄金色の光に包まれていた。
アキラの目の前で、まるで焼け焦げた木の人形のように黒い灰になって分解していく。
「なんとか間に合ったわね……」
二度目の祈祷を行ったセラが、冷汗をかきながらアキラに声をかけた。
「いやあ、さすがはガイバックスの聖女殿。今回は世話になり申した」
最後の包帯人間が崩れて動けるようになったヤスマが、手をさすりながらセラに対し、丁寧に頭を下げる。
「お安い御用よ。こちらこそヤスマさんには迷惑をかけたわ。
先に警告しておけば、リスクを背負うのはわたしだけで済んだはずなのに」
セラが申し訳なさそうに、麻痺していたヤスマに言葉を返す。
「タフな相手だったわね。やっぱりアンデッドは高レベルの神官抜きには
絶対に戦いたくない相手だわ……」
ルナも顔を歪めて心底嫌そうにつぶやく。
「まあ、そう言うな。怪我無く勝てたんだから結果オーライじゃ」
ヤスマが笑いながらルナを慰める。
「ボクのおかげだよね? あのミイラ、ボクのライトミサイルが
一番にダメージを与えたんだからね」
「やったのはほとんどラパーナだろうが! お前はひとつ仕事をしただけだ。
調子に乗るなっ!」
「えうーっ!」
「いやあ、アンデッドと対峙するのがこんなに怖いとはね……
自分では怖がりじゃないと思ってたけど、実際、目の前で対峙すると
プレッシャーが半端ないよ」
アキラが先ほどの包帯人間の攻撃を思い出し身震いする。
「あなたのおかげでヤスマが助かったわ、ありがとう。
アキラとか言ったわね。あなた人間の男にしては見所があるわよ。
これからもよろしくお願いするわ」
横にいたルナがアキラにそう言って右手を差し出した。
「いやあ、もちろんです。エルフのルナさんのためなら、
例え火の中、水の中でも戦いますよ。任せてくださいっ!」
アキラは剣を鞘に戻して、ルナの握手にこたえた。
「ほほう…… 男嫌いのルナが自分から握手を求めるとは、
これは珍しい光景を見せてもらったのう」
ヤスマが二人を見て感心する。
「おいアキラ! 鼻の下を伸ばしてんじゃねえぞ。まだまだ先は長いんだ、油断すんじゃねえっ」
何やら良い雰囲気の二人に、何故か腹の立つケイが邪魔するように怒鳴りつける。
「ケイ、ここからはあなたの出番よ。
さあミイラの入っていた石棺を調べてちょうだい。きっとお宝が見つかるはず」
「おう、そうこなくっちゃな。お宝探しは迷宮探索で一番楽しい時間だからな」
ケイはさっきの怒りはどこへやら、気分を切り替えて楽しそうに石棺のまわりを調べ始めた。
罠が無いか調べるため、腰に差していた光る短剣を取り出し、床を明るく照らす。
セラは調査中のケイに問題が起きないよう光る鉄槌メイスを構えて、もう一度あたりに目を配る。
その間にルナとヤスマの二人は、大広間の別の場所の探索を行うことにした。
アキラはルナと別れ、先程の剣に火を灯し再び敵の奇襲に備える。
「この大きな穴は何だろう?」
メグはケイ達が調べている間、ひとり暇なので目の前にある穴をなんとなく覗きこもうとする。
「メグ、そこは覗いちゃ駄目!」
セラが身体を乗り出そうとするメグを、慌てて目隠しして後ろに引き戻す。
「えうーっ」
「穴の中には人間をひと飲みできるほど巨大な大蛇がいるの。
ここはセトの使い魔への生贄を放り込む穴よ。
運悪く覗いた時に大蛇の目と合ったら、魅了されて穴の中に引きずり込まれるわ」
「うへえ、この嫌な匂いといい、絶対に入りたくない穴だなあ……」
アキラはセラの説明を聞いて、気持ち悪そうに顔をゆがませた。
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