第9話 冒険者財団
”ようこそ
先程の広場から少し走ると、大きな看板がかけられた石造りの建物が正面に見えてきた。建物の隣は馬小屋になっており、ここに馬車や馬を預けられるようになっているようだ。
「ようやく目的地に着いたようね。さっそく馬車を冒険者財団に預けましょう」
「さあ、メシだメシ」
さっきの悪態はどこへやら、馬車を止めたケイは水を得た魚のように御者台から勢いよく飛び降りる。
「ようやく降りれるう……」
メグも止まった馬車からふらふらしながら降りてきた。
後から降りたアキラがメグが倒れないように、急いで後ろから体を支える。
セラは御者台を降りて馬小屋にいる少年に銀貨を渡し、馬車の預かりを依頼する。
少年が御者台に乗って馬を移動させている間に素早く荷室に戻ると、馬車の中に置いておいた大事な魔法保管背負袋を取り出した。
それから、持っていたみんなと一緒に冒険者財団の入口へと向かう。
立派な両開きの扉の前には髭を短く切り揃えた
「セラの言ってたドワーフはあいつじゃないのか?なんだか武者鎧みたいなのを着て剣も持っているが」
アキラが変わった装備に興味を惹かれたのか、セラに尋ねてくる。
「あれはおそらくドワーフの侍ね。E&Eではドワーフは東の国、
鍋島が読んだ今回のシナリオ”邪神官ザナックの陰謀”だと、寺院の場所を知っている案内人のドワーフがこの街にいることになっている。
冒険者財団にいる可能性が高いと踏んで最初に財団に来たのだが、彼がその本人なのかを調べるには確認が必要だった。
目の前の彼がシナリオに設定されている案内人なら、協力してもらう必要がある。
「お仕事ご苦労様」
とりあえずセラはねぎらいの言葉で挨拶してみる。
声をかけられたドワーフは不審そうな顔でセラ達を見た。
「おいおい、お嬢ちゃん達、見かけない顔だな。
こっちの入口はランク赤銅級以上の冒険者用なんだ。
悪いがあんたらみたいに若いのは向こうの門番が立っていない扉の方に行ってくれ」
そう言ってあくびをしながら面倒くさそうに奥の扉を指さす。
「赤銅級以上だって? 今までの町や財団ではそんな区分けは無かったぞ?」
アキラがおかしいとばかりにドワーフに喰ってかかる。
「ああ、田舎の財団ではそうかもしれんが、ここの冒険者財団はちょっと違うんだ」
髭をかきながら、ドワーフが淡々と説明する。
「私達のレベルは11だから、財団の
「はっ、あんたらが白銀級だって? 冗談を言っちゃいけねえ。
あんたらどう見ても、まだ20歳そこそこだろ?
ドワーフのワシには人間はみんな若く見えるがとてもそんなベテラン冒険者達には見えねえよ」
「見かけだけで判断しないでちょうだい。これを見ればわかるでしょ?」
セラが腰のポーチから、さっき使った自分の冒険者財団員証を取りだしてドワーフに見せた。
「むう…… これはたしかに正式な身分証みたいだな。発行はスプマンテの財団か。
にわかには信じられねえ…… まさか偽物か? いや、だが……」
ドワーフが厳しい表情で、渡された二つ折りになった革製の財団員証を確認する。
財団員証を開くと、左に銀のメダル、右に名前と階級、職業、そして発行した財団名と日付が書かれた羊皮紙が入っている。
偽物の財団員証の使用は冒険者財団の除名、永久追放になる重罪だ。
財団員証は信用の証でもあるので偽物が使われることはあるが、冒険者財団で直接使われたという話は聞いたことがない。100%ばれるからである。
「いやあ…… 疑って悪かったな。しかしその若さでワシより上の白銀級とは。
ワシもけっこう長く生きておるつもりだが、人を見る目がなっておらんな」
ドワーフは自嘲しながら、セラに財団員証を返す。
「ボク達、恐竜島の地図を作ったんだよ。白銀級の資格は充分あると思うよ」
さきほどまでぐったりしていたメグが、急に元気を取り戻したのかドワーフに自慢気に語った。
「なんだって? ……いや、恐竜島を踏破した冒険者達がスプマンテの街にいるって話は、この街のギルドでも噂にはなっていたんだが、お主らだったのか?」
「まあ、ね」
セラが恥ずかしそうに相槌を打つ。
「いや、すまん。ワシはドワーフの剣豪で、名をヤスマ・タガミと申す。
レベルは8で財団のランクは、赤銅級だ」
ドワーフはそう言って、礼儀正しく自己紹介をする。
「ここの門番は金が無い時にはいいシノギになるんでな。冒険が無い時にはこの仕事で糊口をしのいでるのさ。最近はこの街も物騒になってきたからな」
「北の寺院が原因でしょう?」
セラはこのドワーフがシナリオに書いてあった案内人かどうかを確認するため、含みを持たせたそぶりでその言葉を口にした。
「あんたら北の寺院のことまで知っているのか?」
ドワーフが驚いた表情になる。
「……さすがは白銀級冒険者ということか。わざわざスプマンテからこの街に来たわけだ。とにかく外じゃその話はできん。今はとくにその話題は難しい問題だからな。
詳しい話は中でやろう」
ドワーフはあたりを慎重に伺いながら小声でつぶやく。
どうやら当たりらしい。
このヤスマというドワーフが今回の案内人で間違いなさそうだ。
「助かるわ。わたし達も寺院の情報が欲しいところだったの」
「おいおい、おっさん。勝手に中に戻っていいのか?ここの門番はどうすんだよ?」
「なあに門番の仕事なんて飾りだよ。実のところ、北の寺院の問題で
ウチの上級冒険者達はみんな街を出ているんだ。
本当は中から入り口を見張っているだけでも済むんだがな。
それじゃあ冒険者財団の体裁が悪いんで、外に見張りの人間を置いてるのさ」
「そんないい加減でいいのかよ……」
ケイが肩をすくめて呟く。そうこうやり取りをしていると、一部の市民達がこちらに注目しだしたので、慌ててドワーフと一緒に建物の中に入った。
「アレックスさん!」
奥のカウンターに座っていた女性が、ヤスマと一緒に入ってきた戦士を見て、思わず立ち上がって声をかける。
「エミリア…… 残念ながら彼らは違うんだ」
ドワーフが悲しそうに首を振る。エミリアも初顔の冒険者だとすぐに理解すると、落ち着きを取り戻してカウンターへと戻った。
いわくありげな事情を察し、セラは会話を聞かなかったことにする。
中は建物の一階が酒場になっており、右端に二階へと登る階段が見える。
酒場には一度に8人は座れそうな高級な一枚板の丸いテーブルが5つほど並んでいた。ヤスマのいうとおり他に客の姿はなく、奥のテーブルで青い仮面をつけた金髪の
「あらヤスマ、仕事はどうしたの?」
扉を開けて中に戻ってきたドワーフを見て、驚いたように顔を上げる。
仮面ではっきりとはわからないが、整った口元や鼻筋から見ておそらく相当の美人なのだろう。
妖精族の特徴である耳はうさぎのように長くなく、ドワーフ達と同じく少し尖っているだけだ。
E&Eの妖精族は全てそういう容姿になっている。
彼女の肩には長い髪をまとめた三つ編みが可愛らしくぶら下がっていた。
「ルナ、どうやら留守番の時間は終わりそうだぞ。ようやく例の寺院の探索に行けそうだ。ここで待っていた甲斐があったな」
「あら、その四人が協力者なの? 見た感じ、なんだか頼りないんだけど……」
「おいおいルナ、人を見かけで判断しちゃいけねえ。この四人は若く見えるが、
こう見えても白銀級冒険者なんだ。
おまけにあの恐竜島の踏破者なんだぞ」
まるで見てきたかのようにヤスマがメグの受け売りをする。
「へえ、それが本当ならすごいわね。本当ならだけど……」
四人の冒険者を、ルナと呼ばれたアーヴの美少女がいぶかしそうに眺める。
アキラを見ると少し口元を歪ませるが、品定めが終わると読みかけの本をテーブルに置いた。
「まあ、よく見ると悪くない陣容かもね。とくにそこの聖女さんは頼りになりそうだわ」
「だろう? こいつは願ってもない巡り合わせさ」
「……タガミさん。申し訳ないけど、お話の前に財団で受付をしておくわ。
宿も予約しなくちゃいけないから」
話が長くなりそうだと感じたセラは、とりあえず財団の受付を済ましておくことにした。
酒場の奥にあるカウンターには、品のいい美人の受付嬢が立っている。
そのカウンターの横にはエプロン姿の給仕女が一人、椅子に座って暇そうにこちらを見ていた。セラは手続きをするために受付嬢に先ほどの財団員証を見せる。
「これはスプマンテの財団員証ですね。白銀冒険者のセラ・ラパーナ様。
ようこそ、ラターシュの街へおいでくださいました。
わたくし、この街の冒険者財団の管理を任されている魔術師のエミリアと申します。この街にはどのようなご用件でしょうか?
何か仕事をお探しでしたら斡旋することもできますが?」
受付嬢が商売っ気たっぷりの笑顔で話しかけてくる。
「残念だけどここには別の仕事で来てるのよ。四人が一緒に泊まれる部屋をひとつ頼むわ。しばらくは滞在することになると思うから」
「かしこまりました、ラパーナ様。」
セラは必要な受付を済まし、先程のテーブルに急いで戻る。
本当はすぐにも鎧を脱いでお湯で身体を洗いたい気分だったが、それはこのドワーフから話を聞いた後にするしかないだろう。
「それじゃあ、ヤスマさん。先程の話の続きを聞かせてもらえるかしら?」
そう言ってセラは、仮面の美女の横に座る。
セラの隣からアキラ、メグ、ケイ、ヤスマの順番で、みんながテーブルを囲むように座った形になった。
「はじめまして、ルナさん。わたしはセラ・ラパーナ。
レベル11の聖者よ、よろしくね」
「あたしはルナ・ディートハルト。レベル7の達人魔術士よ。
ルナと呼んでくれてかまわないわ」
ルナが透き通るような美しい声でセラに挨拶する。
「おいラパーナ。自己紹介もいいが仕事の話の前にメシにしようぜ?
オレは腹が減ってしょうがないんだ。話なら食いながらでも構わないだろう?」
ケイがふくれっ面で、セラに食事の催促をする。
「なんだお前ら、昼飯がまだだったのか? じゃあ食いながら話そう。
給仕も暇そうにしておるしな。
おいビアンカ、まずはエールを5杯だ。それにライム水を一杯。
つまみはそうだな…… とりあえずザワークラウトと牛肉の唐揚を5人分。
それと揚芋を大皿で頼む」
「か、かしこまりました、タガミ様」
ヤスマの大声を聞いて、カウンターの横に座っていた先程のメイドが、返事と同時に慌てて立ち上がる。
注文を聞いたビアンカは、大急ぎで奥の厨房へと駆けていった。
「おいおい、5人分じゃ一人足りないんじゃないか?」
ケイがヤスマに突っ込む。
「ああ、そこのルナは少食なんだ。ポテトなら勝手に食うだろうから、
とりあえずはこれでじゅうぶんだ」
「それにオレ達はまだなんにも注文してねえんだが?」
「なあに、最初の一杯はエールっていうのが、ここの冒険者財団のルールみたいなもんさ。
今日の酒と料理はワシのおごりだから気にすんな。
次の一杯はあんたらの好きなもんを飲んでいいぜ。
ただし葡萄酒を頼む気なら覚悟することだな」
「葡萄酒は
「お、耳が早いな。まったくふざけた命令だよ。
あれのせいでリースリング自慢の黄金酒が飲めなくなっちまった。
ただでさえ甘い酒に、さらに甘い菓子なんて一緒に食えたもんじゃないからな」
そう言ってガハハとドワーフは高笑いした。
「それでは竜と妖精と、ここにいる人間の冒険者達に乾杯!」
飲み物と食事が運ばれてくると、金属の蓋が付いた陶器のジョッキを掲げてヤスマが挨拶する。
「ここに来る途中の宿でも思ったんだが、この世界に来て何が気に入らないって、
こっちの世界の発泡酒は常温なんだよなあ。味や香りは悪くないんだが……」
ジョッキから濃茶色のエールをあおったケイが不満を口にする。
「クラッカーくん、冷たくないほうが身体の為にはいいんだよ?」
「うるせーっ、バーバラ。オレはビールはキンキンに冷えてなきゃ
ダメな主義なんだよ。生ぬるいとしょんべんを飲んでるような
気分になっちまうっ」
文句を言いながら、ジョッキの大半を飲み干したケイの目があっという間にすわってくる。
「贅沢を言っても仕方がないさ。この世界には***なんて……」
アキラは冷蔵庫と言おうとしてうまく言えず、どもってしまった。
「アキラぁ、おまえ何言ってんだあ? よく聞こえねえ~ぞ?」
「いやあ、すまんケイ」
アキラはセラに言われた禁忌を思いだし、気を取り直して飲み干したエールのジョッキを上げて、ビアンカにお代わりを注文する。
「あっ、すいませんお姉さん、この飲み物をもう一杯ください。
それとこの唐揚も、もうひとつお願いします」
「アキラくんは飲むのも食べるのも早いねえ……」
「なんだかこの身体燃費が悪いみたいで、いつもの3倍ぐらい食わないと
食った気がしないんだよ……」
メグは大食漢のアキラを見ながら、両手でジョッキを持ってチビチビとなめるようにエールを飲んでいる。
「そういやバーバラ、おまえ氷雪嵐の魔法使えたよな?
キンキンのビール、作ろうと思えば作れんじゃね?」
酔ったケイは、メグに突拍子もないことを言いだした。
「えうーっ、どうかなあ。なんか冷える前に凍っちゃいそうだけど……」
「やっぱ凍っちゃ無理か。なんかいい方法はねえかなあ……」
ケイがわずかに残っていたエールを一気に飲み干す。
「よし、最初の一杯を飲んでやったぞ。おい、そこの姉ちゃん、
ここの自慢の葡萄酒とやらを持ってこいっ!」
「ワ、ワインをですか?
しかしお客様、あれは木輪菓子も一緒に食べる決まりになっておりますが……」
メイドのビアンカが信じられないという顔で対応する。
「そのワインをだよ、何度も言わせんじゃねえ。
出された木輪菓子もぜーんぶ食ってやらあ」
「お嬢ちゃん、気に入ったぞ。どんどん飲め。
全部ワシがおごってやる。そういう奴、ワシは大好きだ」
ヤスマはケイに歯を見せながら大声で笑った。
「ビアンカ、こっちもお代わりだ」
セラは気分よく追加のエールを注文するドワーフを見て、そろそろ頃合いと思い情報を聞き出すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます