第5話 会議
「セラ様ただいま戻りましたあ~、エルスはやりましたよ~。
扉が開いたかと思うと喜びあふれる表情の少女が勢いよく部屋に飛び込んできた。
「あれっ? アキラさま達もお目覚めでしたか、良かったあ。
それじゃあ、今から皆様の分も紅茶を入れてきますね。
他の方もいつものやつでいいですよね?」
「お願いするわ、エルス」
「わかりましたセラ様。それでは失礼いたしま〜す」
セラの言葉を聞いて、少女は丁寧に会釈をすると扉を静かに閉めて部屋を出ていった。
「……仕方がないわね。話の続きはお茶を飲みながらにしましょう」
セラはそう言ってエルスを待つことにした。
「よいしょっと」
しばらくしてエルスが大きなトレイを抱えて部屋に入ってくると、長方形のテーブルの上に砂糖菓子の皿と、紅茶の入ったカップを4つずつ並べていく。
「お待たせしました。それでは皆様、ごゆっくりお楽しみください」
そう言ってエルスは素早く準備を終わらせると、そそくさと部屋を出て行った。
砂糖菓子はセラ、ケイ、メグの皿には一つ、アキラにだけ何故か三個が皿に盛ってあった。
「えうーっ、なぜかシデンくんだけお菓子の数が多いんだよう」
「そういえば俺の皿だけ数が多いね。メグもう一つ食べる?」
「食べる、食べる」
言うが早いかメグはアキラの皿から砂糖菓子を奪うと、手づかみでむしゃむしゃと食べはじめた。
「おいおい、なんでおばた…… いやアキラの皿だけ三個も砂糖菓子が載ってんだよ? オレ達は一個ずつだぞ、不公平じゃねえか?」
「アキラは身体からして、わたし達の何倍も食べそうだからね。エルスが気を利かせてくれたのよ。アキラがメグに一個あげたんだから、もう細かい事はいいでしょ」
「ったくお前はこんな状況で他人の菓子までパクパクと食いやがって。
にしや…… いやバーバラ」
倉橋が思わずメグを本名で呼びそうになるのを我慢して、もう一度言いなおす。
「あーっ、わざわざ名前を言い換えるのは面倒くさいな。
鍋島、俺達だけの時は本当の名前で呼んでも良いんだろ?」
「そうだけど、新しい呼び方に慣れておかないと。
いつ誰に聞かれるかもわからないし」
「どうせ間違えても言葉は出ないんだろ?
じゃあいつもどおりで問題ねえじゃねえか」
「たしかにそうなんだけど……」
ケイに言い負かされたセラが困った表情になる。
「いやあ、さっきはポテチを食べ損ねたからねえ……」
メグは二人の言い合いを聞きながら砂糖菓子をうまそうにかじっていた。
「ケイも自分のを食べたらいいじゃない?
ちょっと甘すぎるけど、おいしいよ」
アキラも砂糖でべったりした手で二つ目の砂糖菓子をほおばると、ケイの皿に残っている砂糖菓子を指さしてケイに勧めた。
「……オレは甘いものはあまり好きじゃねえんだがな」
文句を言いながらもケイはアキラの言う通り砂糖菓子をかじった。
「うーん、たしかに甘すぎるが思ったよりいけるなコレ。悪くない味だ」
落ち込んでいたケイだったが、そう言って満足そうな笑みを浮かべた。
「さあさあみんな、食べながらでいいから聞いてちょうだい。
どうしてこんなことになったのかはわからないけれど
これから何をしなければいいかはわかると思うわ。
とりあえず状況を整理しましょう」
セラが口を付けた紅茶をテーブルに置き、真剣な目つきでみんなに話し始めた。
「たしかマッカランとかいう魔術師に頼まれて、隣の国のおかしくなった王様を助けにいく仕事を受けたはずだよね?」
不安そうな表情のアキラがセラに仕事内容を確認する。
「そうよ。マッカランの推測どおり、この事件には北方の軍事大国カナンが関わっているの。
新しく建てられた神殿は表向き六大神の一人であるパワードの神殿になっているけど、実は蛇神セトの神殿なのよ。たしかシナリオにはそう書いてあったはず」
「こうなったらもう、ゲームマスターとしてのセラの知識だけが頼りだな」
「元ゲームマスターだけどね。それにシナリオが詳しくわかるのは今回だけよ。それに実際に見て確認しないと、本当にわたしの知っているとおりの設定かどうかまではわからない。この話は一応、参考程度に留めておいて」
「……面倒な話だな。まあいっか。オレ達には金も屋敷もあるんだし。
そんな危ない仕事をしなくても、ここでのんびリと暮らせばいいじゃねえか?」
「そうしたいのはやまやまだけど、それはできない相談よ。
確証はないけど、依頼された任務を放棄すれば、おそらく悪い結果を招くことになるわ」
「のんびり暮らすのが何で悪いんだよ?」
ケイが不満そうに口を尖らせる。
「わたし達をこういう状況に放り込んだ存在は……それを望んでいないからさ!」
セラの言葉が急に元の鍋島のような強い口調へと変わる。
「の、望んでないからってなんだよ……
それがのんびり暮らすのとどう関係するんだ?」
突然の強い声に一瞬怯んだケイだったが、負けじと反論する。
「あ〜悪い、つい大声を出しちゃった。
僕だってのんびりやりたいけど、わざわざ現実世界から連れてきて……
わたし達にこんな手の込んだことをさせる相手よ?
ここがE&Eの世界なら、きっと強力な
そういう存在は自分の遊び道具が望まない行動をするのを一番嫌がるはずよ」
「ソイツがオレらを嫌ったからって、どうなるっていうんだよ?」
ケイがさらに不満そうに口を尖らせ、セラにつっかかる。
「最悪の場合、期待通りに動かない玩具は壊されることになるでしょうね」
「こ、壊されるっておい、まさか殺されるってことか?」
ケイが先程の呑気な顔とはうって変わって青ざめた表情になる。
「まあ簡単に言えばそうね。わたし達がつまらない玩具だと判断されたら、壊されるか捨てられて別の玩具に代えられるでしょう。
このE&Eのゲーム世界はそんなに甘い世界じゃないの!」
思わずまた声を荒げたセラの言葉を聞いてケイは反論できずに言葉を飲み込んだ。
「まあまあケイ。リアルでE&Eが体験できるなんて滅多にない事なんだし、
とりあえずはセラの言う通りにやってみようよ?」
アキラが黙り込んだケイを励ますように背中を軽く叩く。
「アキラ、おまえまでそういう考えかよ?
ここのお菓子も喜んで食べるし、こんな状況なのに楽観主義者ってやつは……」
「はい、愚痴はそこまで。とにかく現実世界に戻るためには、わたし達のレベルをこのゲーム最大の30レベルまで引き上げる必要があるわ」
セラがケイの不満を聞き流して話を続ける。
「なんだって? 現実に戻る方法があるっていうのか?」
それを聞いて部屋にいる三人がいっせいに女僧侶の方を見る。
「これは推測だけど、たぶんできるはずよ。もしこれがわたしの知っているE&Eの世界ならね」
「セラ、どうすれば元の世界に帰れるんだ?」
アキラが身を乗り出して興味深そうにセラに尋ねる。
「魔法を使うのよ。このゲームにしかない特別な魔法。
究極の第十位階魔法、
「メジャーウィッシュ? 初めて聞く魔法だ。セラいったいどんな魔法なんだ?」
「みんなが知らないのも無理はないわ。これはE&Eの上級拡張セット、レジェンドルールブックにしか載っていない魔法だからね。みんなもアラジンと魔法のランプという物語は知っているわよね?」
「ああ、ランプをこすると精霊みたいなやつが出てきて、なんでも3つの願いをかなえてくれるっていうアレだろ?」
「そう、それよ。その精霊が使うどんな願いも叶える魔法がこのE&Eの世界には存在するの。その魔法を使ってわたし達を、元の世界に帰してもらおうってわけ」
「そんなことができるのか?」
「……さあね。でも帰る方法はそれしか思いつかない。そもそもわたし達をこの世界に連れてきた存在も、おそらくメジャーウィッシュを使ったはずよ。この究極魔法で無理なら、元の世界に帰るのはあきらめるしかないな」
「……しゃあねえか。よし、じゃあとりあえずその魔法を使ってみようぜ」
ケイが口元に笑みを浮かべながら魔法を使うようセラに提案する。
「ケイ…… わたしの話を真面目に聞いてた?
さっき究極魔法だって言ったでしょ。この魔法を使うには僧侶と魔術士を
ゲームの最高レベルまで引き上げる必要があるの」
セラはケイの軽いノリにあきれた声でこたえる。
「最高レベルだって! いったいどれぐらいの経験値が必要なんだ?」
「そうね、わたしの神官なら最高レベルの30でたしか450万。
魔女のメグなら、500万の経験値が必要だったと思うわ。
E&Eのレジェンドルール通りなら、だけど……」
衝撃の数字を聞いて三人の顔がいっせいに青ざめる。
「ボクたちの経験値は今80万ぐらいだよね?
ラパーナくんでも今の5倍ちょっと。
ボクなら6倍以上稼がなきゃいけないってこと?」
西山のメグが暗い顔で質問する。
「……そうなるわね。かなり時間がかかるはずよ。
最低でも10回以上、大きな冒険に出かける必要があるわ。
そういうわけで、わたしがシナリオの内容がわかる今回の冒険は絶対にクリアする必要があるの。とにかく経験値を少しでも稼がないと」
「しかし頑張って経験値を稼ぐのはいいけどさ。
苦労してセラが30レベルになったとしても、その魔法で帰れるかどうかは使ってみないとわからないんだろ? ちょっとギャンブルすぎないか?」
「アキラが心配する気持ちはよくわかるわ。
でもそれを確認する方法ならすでにわたしが持っているの。
高位の神官には
オラクルはすべての神官が使える神聖魔法で、第五位階にあたる呪文である。
イエスか、ノーでしか答えは得られないが、神官は自分の信仰する神格に直接三つの質問をすることができる。
質問を工夫すれば、かなりの情報が得られる強力な呪文である。
「お、いいね。それじゃあ確認してみようぜ」
ケイが使える魔法があるとわかった途端、一番に立ち上がった。
「本来はこの魔法はガイバックス神殿の祭壇で使う魔法なんだけど……
でもこの屋敷にはちょうど神官用の祭壇も作ってあるように設定しておいたから、
きっとここでも使えるはずよ。
わたしもこの魔法を使うのは初めてだけど、とにかくやってみましょう」
ケイはセラが言い終わるのを待たずに、疾風のように応接室を飛び出した。
残された三人も慌てて部屋の外の階段を上り、ケイを追いかける。
二階の廊下の奥にある瞑想室へ一番に着いたケイだったが、扉には鍵がかかっており、これを開けなければ中に入ることができない。
仕方なくケイは鍵のかかった扉の前で残り三人の到着を待つ。
最初に急いで到着したセラが腰の物入れから鍵束を取り出そうとすると、何を考えたのかケイが片手でそれを制止する仕草をした。
「ちょっとケイ、どういうつもり? 鍵を外さないと部屋の中には入れないわよ」
「今、イイことを思いついた。鍵開けならちょっとオレにやらせてくんねえかな?
オレの能力がどれぐらいか試してみたいんだ」
ケイの盗賊気質が急に騒ぎだしたのか、唇を舐めながら指をクの字に曲げる。
「……そういうことならしょうがないわね。無理にこじ開けて鍵を壊さないでよ」
「駆け出しじゃあるまいし、そんなヘマはしねえって……
オレは
鍵穴をのぞきながら、ケイは腰のバッグから先が曲がった細い金属の棒と、同じく曲がった棒の付いた薄い板を取りだした。
「初めての鍵開けのはずなのにオレの身体が覚えてやがる。
こいつは失敗するのが難しいぐらい簡単な鍵だな」
続けて自信たっぷりに二本の金属棒を鍵穴に入れ両手でまわしはじめる。
手の動きに合わせてカチャカチャと金属がこすれ合う音がした。
「よしっ、開いたぜ」
カチリという金属音が鳴ると、ケイはニッコリしながら道具を仕事鞄に戻した。
「さあ扉は開けた。あとはラパーナ、お前の仕事だ」
「わかった、やってみるわね」
セラが瞑想室に入ると部屋の中にはすでに明かりが灯っていた。
祭壇の中央に置いてあるガイバックス神を象徴する黄金の
聖印には神官の第三位階神聖魔法である
この魔法は物体にかけると半径10mを照らす強い魔法の光が、魔法が解呪されるまで永遠に輝きつづけるという便利な魔法である。
この世界では街灯や屋敷の明かりとしてよく使われている人気の魔法だった。
剣の刃などにこの”永遠光”の魔法をかけておけば暗い迷宮に入った時、覆ってある鞘や革袋から出すだけで、あたりは昼間のように明るく照らされる。
E&Eの暗い場所が多い迷宮探検には必須といえる有益な魔法だった。
中央の床には瞑想用なのか、神聖文字が刺繍された白い高級そうな絨毯が敷かれている。
セラは祭壇の前の蝋燭に火打石で火をつけて香を炊いてから絨毯に座禅を組み
瞑想の準備に入った。
「あなた達は部屋の外に出るか、中で見ているなら静かにしていて。
精神の集中が途切れると魔法が失敗するから」
三人はもちろん、全員が静かにして部屋に残ることを選んだ。
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