第4話 冒険者たち

「小畑っ、ようやく目を覚ましたか…… 僕だ、鍋島だ」


「ううっ…… なんか顔が痛い。

 え? 鍋島? ……え? 君だれ?」


 戦士姿の小畑が突然、目の前に現れた美少女を見て寝ぼけた声を出した。

 わけがわからないといった表情である。


「あーっ、鍋島くんの妹さん? ……な訳ないよね。外国人みたいだし……」


「小畑、よく聞け。いきなり叩かれて驚いただろう?

 だがここは僕達がさっきまで遊んでいた

 エルダードラゴンズのゲーム世界なんだ」


 セラがアキラのシャツを掴んだまま断言する。


「はああっ? 君は何を言ってるんですか?

 そんな夢みたいなことあるわけが……」


 目が覚めたばかりの小畑があきれ顔で反論する。


「じゃあ、これは何だ?」


 鍋島は言葉では伝わらないと思い、小畑の手を握ると強引に自分の胸を掴ませた。


「ちょ、ちょ、ちょっとお嬢さん。あなたはいきなり何をするんですかっ!」


 いきなり女性の胸をわしづかみにさせられた小畑が、顔を赤くして動揺する。


「小畑よく触ってみろ! これは夢か? それとも現実か?」


「いやあ…… こんないい夢なら覚めないで欲しいけど……」


 そう言いながら、だらしない笑みを浮かべる小畑の姿を見て

 セラはがっくりと肩を落とす。


「やはりわからないか…… そりゃあ誰だってこんなバカげたこと簡単に信じられる訳がないよな。僕だって、できれば信じたくないぐらいだし……」


 男に馬乗りになったまま、緑髪の美少女は絶望で泣きそうな表情になる。

 だがその言葉に対してアキラは自分の右手を見つめながら慰めるようにこたえた。


「……いや、鍋島っ、お前の思いは伝わったぞ。

 認めたくはないが今起きていることはどうやら現実のようだな。

 俺の目の前にいきなり美少女が現れて自分の胸を揉ませる痴女プレイなんて

 まるで夢としか思えない話なんだが。だからこそ逆にこれが現実だと感じる。

 だってこんなに良い夢、今まで見たことがないんだ……

 それに俺はこんな筋肉質マッチョな体型じゃないし」


「小畑ぁ、お前なら、お前ならきっとわかってくれると信じてたぜ……」


「君は鍋島とは似ても似つかない美少女だけど、その言い方やっぱり鍋島なんだな。

 ……なんとなくわかるよ」


 鍋島のセラはアキラの言葉に感極まって、思わずアキラの両手を握りしめた。


「それじゃあ君が鍋島だとすると…… ほかの二人はどうなったんだ?」


「そこだよ、ほらっ。そこに寝ている女二人があいつらだよ」


 そう言って鍋島は隣で長椅子に寝たままの二人の女性を指差した。


「こいつらが…… そうなのか?」


 高級そうな本革の長椅子に寝そべった二人の女性。

 一人は赤毛のロリっぽい美少女と、長衣ローブの上からでもわかる巨大な二つの膨らみを持った青い髪の美女である。


「鍋島の姿にも驚いたが、こいつらもとんでもないな……」


 似ても似つかぬ倉橋と西山らしき女性に変わり果てた姿を見て苦笑する小畑。


「小畑、状況は理解したか? じゃあ僕が倉橋を起こすから小畑は西山を頼む」

 

 鍋島であろう美少女が長い髪を揺らして小畑の身体から降りると、隣に寝ている貧乳美少女の肩を両腕で持ち上げた。

 小畑は何か寂しさを感じながら、可愛い顔に似合わない鍋島の引き締まった二の腕の美しい筋肉に見惚れていた。


「わかった鍋島、巨乳の方は俺にまかせてくれっ。実は巨乳の方が得意なんだ」


 小畑は、よくわからない事を言いながら満面の笑みを浮かべて鍋島に応えた。


「起きろっ、倉橋っ!」

「目を覚ませ、西山っ!」


 小畑と鍋島は大声をあげて、二人の女性の身体を揺さぶった。

 だが二人の眠りは深いのか首がだらしなくゆらゆらと揺れるだけで起きる様子はまったくない。

「小畑っ、もっと激しくやらないとダメだっ」


 鍋島が自分の経験から小畑に警告する。

 小畑は言われたとおりに西山と思われる女魔術師の服を掴んで激しく身体を前後に動かすと、巨大な二つの塊が大きく上下に揺れた。


「鍋島たいへんだっ、西山の奴…… してない」


「な、何っ? してないってまさか息をしてないのか?」


 小畑からの突然の言葉に、鍋島が恐怖の混じった悲鳴を上げる。


「……いや、西山の奴ブラジャーをしていないんだ。この服、胸元を軽く紐で縛っているだけなんだよ。このまま強く動かすと、とても危険だと思う」


「……なんだ、そんなことか?

 小畑、こいつらが目を覚まさないと、それこそもっと大変なことになるんだ。

 いいから細かいことは気にせず、そのまま続けろ!」


 セラの凛とした声が小畑へと強く浴びせられる。

 だがそう言われると小畑は、なぜか嬉しそうに笑みを浮かべた。


「寝ている女性にこんなことをするのは俺の主義じゃないんだが」


「やれっ小畑。そいつはどうせ女性の皮を被った西山なんだ。

 構わん、僕が許可する! 今は二人を起こすこと以外は考えなくていいっ!」


 セラの強い言葉が小畑に追い打ちをかける。


「……わかったよ、鍋島。俺も男だ、覚悟を決めたよ。

 それっ起きろぉ、西山あぁぁーっ!」 


 決意した小畑のアキラが筋肉に力をみなぎらせ、全力で女魔術師の身体を激しく揺さぶると、服はなんとか破れなかったものの衝撃に耐えきれず、胸を止めていた紐が外れて大きな中身が飛び出してきた。


「やっ、やばい~っ」


 飛び出した乳を隠そうと小畑は慌ててスイカのような乳房を掴んでしまう。


「うわああっ! やっぱり、こうなったあああっ!」


 小畑の悲痛な叫び声が部屋に響き渡る。

 だがその大声のせいで女魔術師の目がようやく少し開いた。


「えうーっ、なんだか胸に変な感じが……」


 目をこすりながら起きた西山の女魔術師メグは、アキラの困った顔と鉢合わせになってしまった。


「ハハッ! オハヨーゴザイマス」


 いきなり目線が合って思わず裏声で挨拶する小畑。


「えう〜っ、お、おはようございます……」


 西山もどう返していいかわからず同じ挨拶をくり返した。

 それから西山が初めて見る小畑アキラの顔から目線を下ろすと、屈強な腕が自分の両胸を鷲づかみにしている光景が目に入ってきた。

 どうみても寝込みの女性が襲われている信じられない光景だ。


「うわーっ、誰か助けてぇぇぇっ!」


 正気に戻ったように見えた美女が大声で叫び出す。


「お、落ち着け西山、俺は小畑だよ。もう何もしないから、とにかく大声を出さないでくれ」


 そう言い訳しながらアキラは、こぼれた乳房を慌てて服の中に押し込もうとするが、大きすぎてどうにもうまくいかない。


「やめてっ、いやだあっ!」


「違うって西山、誤解だよ誤解っ!」


 泣き叫ぶ美女を見て逆効果だと思ったアキラは胸を元に戻すのをあきらめ、両手を上げてメグから離れることにした。


「えうーっ、いったい何が起きてるんだよう……」


 涙目になった西山のメグは少し赤くなった胸を両手で隠し辺りを見渡す。

 鍋島も目覚めた西山を見て続けとばかりに倉橋の女盗賊に平手打ちを始める。

 セラが平手打ちを続けていると、突然ケイの目が見開き上半身が勢いよく起き上がってきた。


「いってぇっ! 誰だよてめえっ、オレに喧嘩売ってんのか?」


 無理やり叩き起こされた倉橋のケイがセラの胸ぐらを掴み啖呵を切った。


「倉橋、落ち着いて聞いてくれ。信じられないだろうがお前の目の前にいる外人のように見える女は実はお前の友達の”なべしま”なんだ」


「はあ? 何言ってんだこの暴力女、なんで外人のくせにオレの名前を知ってる?

 それにテメェ日本語も上手だな。自分はなべしまだあっ、ふざけんなっ

 オレの知ってる鍋島は、てめえと違ってもっと小太りの兄ちゃんだ」


 怒りで興奮の冷めやらない倉橋を落ち着かせるためセラはなだめるようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「倉橋、お前の身体もよく見てくれ。僕もお前もどっかの漫画のように女性の身体になっているんだ。

 お前は冒険者記録用紙に描いたイメージ画のせいで、ちょっと少女体型ロリコンだが」


 目の前の美少女に女だと言われて倉橋のケイが改めて自分の姿を確認する。


「うわああっ、マジか? この身体ないっ、大事なアレが無くなっているぞ!」


 自分の股間を抑えながら、冷汗をかいて叫ぶ倉橋。


「えうーっ、ボクもボクも女の子になっちゃってるよう……」


 胡瓜のような両乳が紐留めの外れた服から、こぼれないよう両手で必死に押さえながら声を絞り出す西山。

 ようやく目覚めた二人だったが、彼らは、いや彼女らはまだこの状況をじゅうぶんに理解してはいないようだった。


「二人ともいきなりのことで驚いたと思うが、これは現実なんだ。

 何かの力で僕達はみんなE&Eのキャラクターになったようなんだ」


 優しくゆっくりとした口調で鍋島が二人に言い聞かせる。 


「ちょっとマジで洒落になってねえぞ? お前が鍋島だって言うんなら、この身体なんとかしてくれよ? だってお前はゲームマスターじゃねえか?」


「残念だが倉橋、僕はもうゲームマスターじゃない。

 この世界では自分が創ったノンプレイヤーキャラクターの一人に過ぎないんだ。

 だが女になったのはお前だけじゃない。

 僕も隣の西山だって女の身体になっているんだ」


「じゃあなんで小畑だけ男の姿なんだよ…… ずるいじゃねえか?」


 大きな吊り目の女盗賊ケイが、半泣きでアキラの筋肉を見ながら未練がましい声を絞り出した。


「倉橋…… 元ゲームマスターの僕から言えるのは、これからロールプレイゲームでキャラクターを作る時には自分の性別と同じキャラクターにしろっ、ていう助言だけだ」


「鍋島よう、そういう大事な助言は最初に言ってくれよ…… このキャラクター作り直しはできないのか?」


 倉橋はそう言って女神官のセラを、すがりつくような目で見つめた。


「倉橋、お前はその美少女盗賊のケイ・クラッカーを気に入ってプレイしてたじゃないか。自分が女になったからってすぐに作り直したいとか、そんな寂しい事を言うなよ。現実の人生はファ〇コンみたいにリセットは効かないのさ。

 つらいことがあっても、それを受け入れて生きるしかないんだ」


「そりゃあ、オレだってこの女盗賊ケイを気に入って使ってたさ……

 でもオレが本当に女になるなんて想像もしてなかったんだよっ!」


 倉橋が悲嘆のあまりその場に泣き崩れる。


(倉橋、気持ちはわかるが現実は非情だ。僕だって我慢してこの事実を受け入れているんだ。君も早く受け入れて立ち直ってくれ)


 鍋島の倉橋に対する思いとは別に、倉橋の様子を立ったまま冷静に見つめる西山の女魔術師は意外なほど平然としていた。


「へ、平気なのか西山は?」


 心配そうに小畑が尋ねる。


「うん小畑くん、ボクは大丈夫だよ。倉橋くんみたいに泣いたって状況は何も変わらないからね。鍋島くんのいうとおり状況を受け入れて前に進むしかないんだよ。

 倉橋くんもさ早く自分の運命を受け入れたほうがいいと思うよ」


「な、なんだとーっ、西山のくせにぃっ! お前はなんで平気なんだ?

 女だぞ? オレ達は男から女になっちまったんだぞ?」


 西山に上から目線で言われて、倉橋が涙目のまま強い言葉で反論する。


「まあボクはもともと巨乳好きだったしね。今の身体もそれほど悪くないと思う。

 この身体なら毎日、無料で揉み放題だしさ。モノは考えようだよ倉橋くん。

 それにキミの貧乳ならボクのと違ってたいして邪魔にもならないし、大きな問題はないでしょ?」


「このやろうっ! 言わせておけば好き放題言いやがって。

 オレはテメェみたいに自分の胸を揉んで喜ぶような変態じゃねえんだ」

 

 ケイは激情に駆られてメグの胸を両手でわしづかみにする。


「えう~っ、痛いよう!」


「はっ、はっ、はー! 思い知ったか西山。乳がでかいからって偉い訳じゃないんだぜ? こいつの胸を揉んでたらなんだか気分がスッキリしてきたぜ。

 西山が平気なのにオレだけが落ち込んでいるなんてバカらしいからな」

 

 倉橋のケイが高らかに笑う。

 目には涙が光っているが、自信を取り戻したかのようだ。

 自暴自棄になっただけかもしれないが、平常心を取り戻したように見える倉橋を見て鍋島は少しホッとした気分になった。


「よーし、とりあえずみんな落ち着いたようだな。

 僕なりにこの状況について考えてみたんだ。これからどうすればいいのかをみんなに聞いてほしい」


「今の状況を一番わかっているのはゲームマスターの鍋島のようだからね

 君の指示に従うよ、考えを話してくれ」


「おう、早く聞かせろや?」


「うんうん……」


 小畑、倉橋、西山三人の了承を得た鍋島は自分の考えを話始めた。


「まず今いる場所だが、ここはおそらくバルバレスコ侯爵の元屋敷だろう。

 炬燵の上で説明したと思うが、僕の作った設定通りなら恐竜島から持ち帰った財宝の謝礼として二週間前に侯爵からもらったことになっているはずだ」


「たしか鍋島くんはそう言っていたね」


 西山が鍋島の話に相槌を打つ。


「ここにはアルスとエルスという名前の召使姉妹がいて、妹のエルスにはさっき僕の指示でお菓子を買いに行かせた。もうすぐ帰って来るだろうからここは手短に話す」


「ふむふむ……」 


「まず元いた現実世界のことは、僕達四人だけの時以外は口にしないでくれ。

 どうも僕達をこんな姿にした存在はそれを嫌っているみたいなんだ。

 まあ話そうとしても、自動的に言葉が出てこなくなるんだけどね……

 無理に話そうとすれば何かペナルティがあるかもしれない。

 みんなには注意して欲しい」


「……それで具体的にはどういうことが危ないんだ?」


 鍋島の話を聞いていた小畑が真剣な表情で尋ねてくる。


「そうだな…… たぶん僕達の本名、鍋島とか小畑とか、

 後は大学の話やアニメ漫画のようなこの世界の住民が知らないはずの話も

 おそらく禁止事項になるだろう」

 

 セラも神妙な顔でアキラの質問に答えた。


「それとなるべく自分のキャラクターにふさわしい喋り方や行動をして欲しい。

 そうすればこの世界に馴染んで剣や魔法の使い方、この世界の常識や人の名前なんかも思い出せるようになるはずだ」


「オ、オレに女言葉を使えってのか?」


 ケイが露骨に嫌な顔でセラを睨む。


「いや、倉橋は盗賊だからな。乱暴な男言葉を使う女キャラとして演じれば、今のままでもおそらく問題はないだろう。

 ただ倉橋のキャラは職業が盗賊だから性格が中立になっている」

 このゲームでは盗賊は犯罪者だから、秩序の性格が選べないんだ」


「中立だとなにか問題があるのか?」


「とりあえず大きな問題はないと思う。ただ小畑の戦士、西山の魔術士、僕の神官は秩序の性格だから、秩序の性格の人物に対しては印象が良くなるけど、中立である倉橋のケイは印象が良くはならないんだ。僕が全力でフォローするけど、言動には注意してほしい」


「マジかよ……」


「だが悪いことばかりじゃない。中立の性格専用の魔法道具マジックアイテムもあるんだ。

 それに混沌の性格の相手と交渉する場合には、中立のケイが交渉した方が相性のペナルティが無い分、僕らより交渉が上手くいきやすいというメリットもある」


「なんだよ? オレは怪物専門の交渉役か? それ全然メリットじゃねえぞ……」


 ケイが不満そうに口を尖らす。


「ねえねえ鍋島くん、ボクは、ボクはどうすればいいの?」


「西山も自分のことをボクって喋る女キャラとして演じればいいんじゃないかな?

 ちょっと痛い女になってしまうけど、魔法使いは変わり者が多いから、それほど違和感は持たれないだろう」


「俺はこのままでいいんだよね?」


「ああ。アキラは男の戦士だし、普通に喋っていれば何の問題もないはずだよ」


「男のキャラにしといて良かった……」


 小畑は自分の選択した結果に満面の笑みを浮かべながら胸をなでおろした。


「問題があるのはむしろ僕だな。セラは秩序の創造神に仕える神官だし

 立場上変な喋り方をするわけにはいかない。

 さっきも男言葉を使って召使の少女に疑われたからね」


 鍋島が話を続ける。


「これからはなるべく女言葉でみんなに接するから、どうか変だと思わないでくれ。元々このセラ・ラパーナは女性のノンプレイヤーキャラクターなんだ」


「うへえ、マジかよ?」


「見た目も声も美少女だし、俺は気持ち悪いとは思わないな」


「ボクも気にしないよ」


「……というわけで、これからはあなた達にもロールプレイをきっちりやってもらうからね。わたしもしばらくはこの喋り方で通すから」


「……おいおい、鍋島とは思えない変わり身だな。オマエ、元々その気があったんじゃねえか?」


 倉橋のケイが疑わしい目つきで鍋島のセラの顔を見る。


「みんな誤解しないで欲しいけど、これは演技なんだからね。くれぐれも勘違いしないでよ?」


 調子に乗った鍋島が可愛い作り声でみんなに話しかける。


「あー、あー、わかった、わかった。そういうことにしておいてやるわ」


「じゃあ仕切りなおすわね。わたしが知っている今回の冒険の内容だけど……」


 セラが真剣な表情で話を続けようとしたその時、トントンと部屋の扉をノックする音が鳴った。

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