第6話 創造神ガイバックス

 セラは祭壇の上にある輝く聖印ホーリーシンボルに両手を伸ばすと神託の呪文を唱えはじめた。


「偉大なる創造神ガイバックスよ、あなたの忠実なる下僕に力をお貸しください。

 どうか迷える小羊にあなたの叡知をお授けください。オラクル!」


  呪文を言い終わると神託の呪文が発動する。

  祭壇のシンボルの光が拡がりセラの身体を青白く包んだ。

  強い光が部屋を満たし、何か強い存在が現れたように感じる。


(忠実にして愛しき定命者モータルよ…… そなたの望みは何か?)


 セラの心に優し気な声が響いてきた。


(偉大なるガイバックスよ、光と善なる者の守護者、すべての生命の創造者よ。

 あなたに3つの質問をすることをお許しください)


(許そう、愛しきモータルよ)


(まず1つ目の質問です。わたし達がこの世界から元の現実世界に帰ることは可能でしょうか?)


(……いきなり難しい質問だ。だが答えよう答えはイエスだ、愛しきモータルよ)


(ありがとうございます、いと偉大なる御方。それでは二つ目の質問です。

 わたし達が元の世界に帰る方法はメジャーウィッシュの魔法で可能でしょうか?)


(……これも難しい質問だな、だが答えよう。答えはイエスだ、愛しきモータルよ)


(ありがとうございます、いと慈悲深き御方。それでは最後の質問です。

 わたし達が最高レベルにならなくても元の世界に帰る方法はありますか?)


(それは答えに困る質問だな、答えはノーではない。愛しきモータルよ)


(ありがとうございます、いと寛大なる御方。あなた様の貴重な時間を割いていただき誠に光栄です。哀れな子羊からの質問は以上でございます)


(ワシの崇拝者よ、勤めを果たすがよい。そなたが義務を果たす限り、シはそなたに祝福を与えよう。この世界に光をもたらすのだ。

 ……それではお別れだ。愛しきモータルよ……)


 優しげな声がゆっくりと小さくなっていく。

 全身の青白い光が薄くなり、部屋を包む強力な圧力は霧散して消えてしまった。

 セラは口元に笑みを浮かべながらゆっくりと目を開ける。


「ど、どうだった?」


 心配顔のアキラ達がおそるおそるセラに尋ねる。


「大成功だったわ。やはりメジャーウィッシュの魔法を使えば現実世界に帰ることが可能よ」


「おおっ!」


「やったあ!」


「やるじゃねえか!」


 その答えを聞いて三人は飛び上がらんばかりに喜んだ。

 

「でも30レベルまでの道のりは遠いわ。それまで絶対に死なないようにしないと。

 最初の依頼にあるリースリングの街へ行く前に準備を整えなきゃ。

 みんなは自分の部屋に戻って装備を確認して。メグは自分の魔法鞄の中身を調べてちょうだい」

 メグ、アキラ、ケイの三人はそれぞれ足取り軽く自分の部屋に戻っていく。

 彼らを見送ったセラは自分の瞑想室で考え込んで記憶を探る。

 すると祭壇の下が鍵の付いた金庫になっていることを思い出した。

 観音開きの扉の中央にある頑丈そうな鋼鉄の錠前を鍵束の鍵で開け錠前を外す。

 金庫を開けると中には魔法文字で装飾された背負用の保管魔法鞄と、ぎっしりとコインの詰まった布袋が複数入っていた。

 中から魔法鞄だけを取りだし、鍵をかけて自分の部屋へと足早に戻る。

 部屋に入ると磨き上げられた白銀色の板金鎧プレートメイル、先の鉄球が皮袋に覆われた鉄槌メイス、白銀の小円盾バックラーが壁に並べられている。

 セラは部屋の中央にあるテーブルの上に先ほど持ってきた背負鞄を乗せ、それから椅子に座って鞄の中身を確認する。

 この背負鞄は保管魔法鞄ホールドバッグという魔法の品物アイテムである。

 魔術師が創りだしたもので、鞄の中が異空間とつながっており、袋の口を通る物ならなんでも入ってしまう。

 冒険者たちには人気の高い便利な魔法道具だ。

 セラが持っているカバンは背負って使うタイプのもので、メグが持っているのは肩にかけて使うカバンである。

 物が取り出しやすいのはメグの持っている肩掛鞄の方だが、肩掛鞄は体を激しく動かすとカバンを落としたり、大きく揺れるので戦闘の際には邪魔になる。 

 セラの背負鞄は両手が自由に動かせるので戦闘中でもあまり邪魔にならない。

 さらに紐を緩めると入り口が大きく広がり大きいものでも入る利点がある。

 ただし物を出すときには一度、背中からカバンを降ろさなければならない。

 戦闘中に中身を取り出すのは難しいカバンだ。

 そのためセラの鞄の中には冒険には必要だが戦闘中には使わない寝袋などが入れられている。

 セラはさっそく鞄の蓋を開け、紐を緩めて中を覗いてみる。

 鞄の中身は虹色に輝く光が見えるだけで、中に何が入っているのか外からはまったくわからない。


「たしか物を出すときはその品物をイメージするんだったかな?」


 セラが使い方の記憶を探りながら右手を鞄に差し入れる。

 とりあえず何も思いつかないので、手近なものを掴んで引っ張り出してみることにした。

 最初ににょろにょろと出てきたのは長さが3mもある木の棒である。


「あ~、そういえばこんなモノがあったな……」


 木の棒。そう物干し竿のような、ただの木の棒である。

 冒険者装備品カタログに最初に書いてある、使い方のよくわからない持ち歩きにくい道具のひとつだった。


「ゴミや水たまりを調査するために使うものらしいけど……

 そういえば最初の頃は、先頭を歩く際にこれで床を叩いたりして迷宮を探索してたな。部屋に入る時は手鏡と組み合わせて使ったり。とりあえずこれは横に置いておきましょう」


 長い木の棒を床に置いて、もう一度中に手を入れる。

 次に出てきたのはまた木の棒……

 と思いきや、部屋を掃く”木のほうき”だった。


「はあ、ほうき? ……なんで木のほうきがこのバッグの中に入っているの?」


 ほうきを見ると、”鑑定済み:空飛ぶほうき”とかかれた札が紐でぶら下がっている。札の裏には”飛行コマンド:飛べジャネット”

 と共通語で書かれていた。


「空飛ぶほうきか…… これは使い方によっては役に立ちそうだな。

 他にも何か使えそうなものがないかな?」


 気を取り直して、もう一度袋から取り出す作業を行う。

 次に袋から出てきたのは小さな薬の小瓶だった。

 瓶の口には”鑑定済:変身薬”と書かれた札がつけられている。


「これは変身薬か。これも面白い薬だな。

 飲むと実際に見たことのある怪物や動物に姿を変えられるのかな。

 これも役に立ちそうだ。さて、お次は……」


 セラが鞄の中身の確認作業を続けていると、扉がノックされる音がした。


「どうぞ、鍵は開いているよ」


 扉が開くと、装備を整えた君主ロードのアキラが部屋に入ってきた。

 鈍く光る真鍮の板金鎧に獅子の顔が彫られた菱形盾カイトシールド、腰には柄に紅玉石が付いた高価そうな長剣がぶら下がっている。


「へえ、その甲冑似合うわね。なんだか異世界の勇者みたいに見えるわ」


「いやあ、そうかなあ……」


 セラに褒められてアキラが恥ずかしそうに頭をかいた。


「そうそうセラ。それより先日手に入れたこの剣を見てくれよ。

 これすごいんだぜ?」


 そう言ってアキラが鞘から長剣を勢いよく引き抜く。


「ファイアーオンッ!」


 アキラが叫ぶと剣の刃がたちまち赤い炎に包まれた。

 近くで見るとなかなかの迫力である。


「どう? カッコイイでしょ」


 アキラが自慢げに剣を振り回してアピールする。


「アキラお願いだから、部屋の中で振り回すのはやめて。

 新しい武器の威力はわかったから火事になる前に消してちょうだい」


 セラが素っ気なくアキラをたしなめる。


「ファイアーオフ……」


 アキラはセラにあまり受けなかったので、仕方なく小さな声で炎を消した。


「ハハハッ…… まったくシデンは非常識な奴だな」


 突然、後ろから笑い声が聞こえてくる。

 声のする方を見るが、何故かそこには誰の姿も見あたらない。


「おーい、お前ら。ここにオレがいるのがわかるか?」


 何もない空間からケイの声だけが聞こえてくる。


「え? まさか透明外套インビジブルマントか?」


「前回もこいつが役に立ったからな。今回手に入れたこの靴で完全装備だぜ。

 見ろよ、足音を消す大妖精アーヴの魔法靴だ」


 ケイが外套の頭巾を後ろに下ろすと、透明化の魔法が解除される。

 顔を出した少女が足を上げて、豪華な刺繍の入った長靴を自慢げに見せた。


「まったくわからなかったわ。これなら盗賊お得意の隠密攻撃バックアタック

 成功率がかなり上がるでしょうね」


 E&Eの盗賊には隠密攻撃という技能スキルがある。

 敵に気づかれずに背後に回って攻撃すると、命中がしやすくなり武器のダメージも二倍になるという強力なスキルである。


「ふっふっふ、まあやばそうな敵はオレに任せときな。

 オマエ達は目立って囮になってくれればいい」


 ケイが自信満々の様子で二人に告げる。

 だがその時、ノックもなしに扉が急に開いた。

 三人がいっせいに入口を見ると、そこからにょろりと蜥蜴人間リザードマンが顔を出す。


「なんでここにリザードマンが?

 まさかこんな場所で突発的遭遇ランダムエンカウントなの?」


 セラの額に冷や汗が流れる。


「理由はわからねえが、とにかくこいつを始末しなきゃな」


 ケイが右手で剣を抜くと同時に、左手でフードをかぶって姿を消す。


「ちょ、ちょっと待ってよ、クラッカーくん。ボクだよ、メグだよう」


 リザードマンが万歳しながら情けない声で陳情する。


「メグだって?」


「いやあ、さっき呪文の書に書いてあった第四位階魔法、変身トランスフォームを試しに唱えてみたんだよ。どお? 本物みたいでしょ?」


「セラ言うことを信じるな、こいつは偽者だ。コイツは嘘をついている」


 姿の見えないケイの声だけが部屋に響いた。


「えうーっ、嘘じゃないよう」


「ちょっと待って、ケイ!」


 メグが情けない声を出し、セラはケイを止めようと必死な声を上げた。


「覚悟しろよっ、化け物め!」


「ケイやめるんだっ!」


「くくく…… なーんてな」


 アキラの叫び声を最後に、ケイがフードを下げて高らかに笑う。

 メグのリザードマンが脱力しながら、ケイの笑う姿を見て床に膝をついた。


「おいバーバラ、時と場所を考えろ?

 今度オレ達に断りなしに怪物への変身なんか使ったら、マジで殺っちまうからな」


「えうーっ、注意するよう……」


「しかし見ただけじゃ本物と見分けがつかんな。 ……ん、ちょっと待てよ?」


 メグのうろこ状の身体を触りながら、何かが閃いたかのようにケイの目が輝く。


「この魔法を使えば…… ひょっとして男に戻れるんじゃないか?」


「えうーっ、実はボクもそう思って使ってみたんだけど、残念ながら性別は変わらないみたいなんだよ。

 この魔法は見た目を動物や怪物に変えられるだけなんだ……」


 メグにそう言われてケイがリザードマンを改めて良く観察する。

 たしかにリザードマンの二つの胸は女性の乳房のように膨らんでいるように見える。乳首のない蛇腹なので、あまり色気はないのだが。


「それに裸に見えるけど、元の服や装備は付けたままなんだ。

 これは着ぐるみのようなものなんだよ」


 そう言いながらメグが両手を回したり足を屈伸させて、ラジオ体操のような動きをする。


「なんだよーっ、使えねえ魔法だな」


 ケイはそうぼやくと、ふてくされて床に座り込んでしまう。

 アキラがケイの様子を見て思わず吹き出してしまった。

 つられてセラも口をおさえて笑いだす。


「お前ら、何がそんなにおかしいんだ? オレにとっては大問題なんだぞ」


 ちょっと涙ぐんだケイが、いじけた中学生みたいでやけに可愛らしい。


「いやあケイ、悪い、悪い。変身の失敗ぐらいでそんなに落ち込むなんてね」


「ケイ、思いつきは良かったと思うわ。ただこの世界では街中で魔法の使用は禁止されているの。たとえ変身の魔法で性別が代えられたとしても、郊外に行かないと捕まってしまうわ」


「……しょうがねえな。とりあえずこのままやるしかねえのか。

 あんまりこの身体に慣れたくはねえんだがな……」


 何か悪い予感がするのか、ケイは不安な表情のまま片手で胸を押さえ溜息をついた。


「みんな聞いて聞いて。さっき呪文の書を確認してたら、第五位階魔法も1つ新しく追加されてたんだよ……」


 嬉しそうにメグが話を始める。

 そうやってみんなでこれからの計画や、装備や道具を確認しながら話をしているとあっという間に窓の外は暗くなっていった。

 楽しく会話を続けていた四人の喧騒を破るように突然ノックの音が鳴り響く。

 扉が静かに開くと入口にはフリルの付いた帽子をかぶった召使メイド姿の美少女が立っていた。

 さっきの少女より背は高く、歳は十六、七才ぐらいだろうか。

 部屋に入るなり礼儀正しくお辞儀をして、みんなに挨拶をした。


「皆様、お食事の用意ができました。どうぞ下の食堂までお越し願います」


「もうそんな時間なのね。アルスありがとう、すぐに降りるわ。

 下で待っていてちょうだい」


「かしこまりました、ラパーナ様」


 もう一度うやうやしくお辞儀をすると、メイド姿の少女は扉を閉めて階下へと降りていく。


「おお、今のがアルスさんですか。

エルスも可愛かったけど彼女はおしとやかでいいね。いかにも理想のメイドさんって感じだな」

 アキラが顎に手を当て、去っていった少女を値踏みするようにつぶやいた。


「アキラ、お前ああいうのが好みかよ? まったく俗物だな」


 ケイが面白く無さそうに悪態をつく。


「そんなこと言ったって、ケイやエルスみたいなのが好みじゃあ、犯罪者になっちゃうだろ?」


 アキラが笑いながらケイに言い返す。


「くっそぉ、オレをロリコン扱いしやがって! オレはこう見えても立派な大人だ。

 泣く子も黙る盗賊の頭目ボスなんだぞ? アキラめぇ、今に覚えてろよ」


「はいはい、話はそれぐらいにして。

 またアルスが呼びに来る前にみんなで下に降りるわよ」


 セラはそう言ってケイの肩を叩き、部屋から追いやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る