第7話
「エリザ様、そろそろ一息入れられませんか?」
仕事中にセリーヌの声掛けでふと窓の外を見ると、既に太陽が真上に上がっていてもう昼だということに気が付いた。
「ごめんねセリーヌ、あと少しだけだから。お願い」
「えぇ……確かに、アマワタリ様は今までの異界の方とは違うようですが、それでもエリザ様の御身の代わりにはならないのですよ」
「それを言えば私にとってセリーヌはなくちゃならない存在よ?」
アマワタリがどうして私に協力してくれたのかは今のところ正直分からないけれど、嘘や誤魔化し、はたまた虚勢で手を貸してくれているんじゃない事は分かる。彼は本気で全力ね。
私は平民から偶然王女になっただけで未だにこの肩書が自分自身に見合ったものとは思えないけれど、アマワタリが手伝ってくれるなら『王女エリザ』って枠組みをそれっぽく見せることは出来るかもしれないわ。
それを思うと今ここで休むことなんて私が私を許せないのよ。
「はぁ……そう仰るかと思いまして業務を行いながら食事が出来るようにサンドイッチとコーヒーをご用意させていただきました」
「ありがとうセリーヌ。大好きよ」
「……こんな時にそういう事を言うのはずるいです」
「え、ごめん何か言った?」
「……はぁ。エリザ様がいつ私の言う事を素直に聞いてくれるのだろうかと申し上げました」
「今だって言う事聞いてるでしょ?」
「ご自分がなさりたい事と私がして欲しい事の妥協点をみつけて提案なされるのは交渉というのですよ?」
「えー?そんなこと誰でもやってたんだけどなぁ~」
これは本当の話。下町では言い値で買うバカはどこにもいなかった。いたとすればそいつはよっぽどの世間知らずか貴族が平民のふりしてやって来た時ぐらいかしら。……嫌な事を思い出しちゃった。あの阿呆に手を差し伸べなければ今こうしてセリーヌとアマワタリと会えなかったんだし……結果オーライよね?
「エリザ様がご自身の優秀さに無自覚なのは良くはありませんが、こうしてその良さを分かってくれる方が来てくれただけでも良いのかもしれませんね……」
「アマワタリの事?」
「ええ……ですが私はアマワタリ様の事を心の底から信用することはできません」
「それはどうして?」
アマワタリは確かにどこか抜けていて戦う力がなさそうな体つきをしていて、それにあんまりかっこよくないけれど、それでも人畜無害さというか信じられる雰囲気を醸し出していると思うんだけど。そんな彼の事を信じられないという事はなにかあったのかしら?
「エリザ様がいらっしゃられない時でしたが―――」
セリーヌから初日に私が輝石を探している際にあった事を聞いた。
アマワタリはどうやら私が平民だった事に気が付いていたみたいね。セリーヌはそれを気付いてわざわざ言ってきた事に不信感を覚えているようだけど、私はその逆かも。
「ねぇ、セリーヌ。アマワタリはどうしてそんなことを言ったと思う?」
「それは、アマワタリ様が自身の地位を高める為に牽制を掛けられたのではないでしょうか」
「それも確かに間違ってないと思うわ……アマワタリじゃなくて貴族ならね」
「不見識で申し訳ないのですが、エリザ様それは一体どういったことでしょうか?」
「単純な事よ?セリーヌはアマワタリの事を貴族と同じだと思っているでしょ」
「それは勿論異界から参られた方なので……」
「今までの異界人が書いてきた文書を読んで……セリーヌはある?」
「一部でしたら私も嗜みとして把握しておりますが……」
「じゃあなんとなく想像が付くんじゃない?異界からやって来ている宗教では御遣いなんて呼ばれてる人達が向こうではただの平民だって」
「……エリザ様、それは本当でございますか?」
「あら、気が付いてなかったの?私の読みでは十中八九間違いないはずね」
これを断定できないでいるのは初代国王の偉業によるものね。彼が国を作りこの時代まで繁栄できる制度まで作り上げたとするならば、異界の人たちはかなりの教育を受けているに違いない。それこそこの国で言うならば王侯貴族にする教育と遜色ないレベルになってしまうのよね。
以前ならば私も一部の限られた人間だけがその教育を受けられこの世界にやって来ているのだと思っていたが、異界文書を読んでその考えは砂上の楼閣の如く立ち消えた。
どうやら異界では天を突かんとする程の摩天楼や馬を必要としないクルマなるものがあり、それを身分の隔てなく誰でも使えるらしい。その事実を知った私の驚きようは言うまでも無いだろうが、禁書指定の本とかも王女権限で調べれば調べる程に異界は素晴らしい所だった。
異界全体がそうなのか一部地域の話かは分からないけど、この事から少なくともこのクライフェルトに来る異界人はその神々の御技とも思える技術を当然の如く享受できるみたい。
なら、技術レベルをそこまで高める方法といえば?
最初に立ち返ればそれは教育以外の何物でもないはずよ。『人が学び、技術を生み、暮らしが豊かになり、国が実る』とは初代国王の言葉だけど、きっと初代もそんな素晴らしい世界で暮らしていたが故の言葉でしょうね。
セリーヌに私の考えを伝えると急に青い顔をしだした。
「エリザ様、この事は他の方に伝えたりしてはいませんか?!」
「だ、誰にも言ってないわ」
「必ず絶対ですね!」
「もちろんよ……どうしたのよセリーヌ」
「どうしたもこうしたも、世紀の大発見なのにこんな事が世の中に知れてしまえば大混乱に陥るからですよ!!」
「え、なんでよ」
「……だから、いままで神々の遣いと信じられてきた方たちがただの人間だなんてそれこそ宗教家の人なんかに知られたら……」
「あー、なるほどね。それは確かにまずいかもしれないわね」
「なんでエリザ様はそんなに落ち着いているんですか?!」
「だって、今ここで誰かが聞いている訳でもないしそこまで慌てなくても私達が言わなければばれないじゃない」
「……そ、それもそうですね」
セリーヌをなんとか宥めすかして、やっと落ち着いたかと思うと戸を叩く音が聞こえた。誰かやって来たみたいだ。心情的には私が代わりに出てあげたいけどここでセリーヌが出ない訳にはいかない。
セリーヌも落ち着いたようだし大丈夫だろうと思った矢先。
「やぁ、久しぶりだね。セリーヌちゃん」
「教皇オルテガ様?!」
どうやら私の運命は波乱万丈のようね……。
―――――――
アマワタリside
―――――――
さて、支配人たるカレンブッカー氏をキレさせてしまった俺ではあるが、お詫びの気持ちも込めて3枚ほどキャンバスを用意してほしいことを暗に告げるとそれはそれは隠し切れない怒気が表情からほとばしっているのを感じた……。どうやらまたプレミをしてしまったらしい。
ま、まぁカレンブッカー氏の堪忍袋の耐久値とゴードンの精神を犠牲にして目の前のカンバスと画材道具を用意してもらった訳だからここでプレミは出来ないな。
そして場所は相変わらず客室だが、椅子はソファだと描き辛い為木組みで作られたものを借りた。立って描いてもいいんだろうが、まだ能力に慣れていないため使用時は余計なことに気を使いたくない。
目の前には真っ白なカンバスが三枚と真後ろにはカレンブッカー氏が監視するように立っており俺が何か気に食わない事をしたら速攻で立ち退きを宣告されるだろう。ゴードンに至っては顔色がもはや青色を通り越して土気色だったので、一旦別室で休んでもらっている。
じゃあここで何を描こうかと悩んだんだが、まずはゴッホの『ひまわり』を描こうと思う。
ゴッホの『ひまわり』と聞くと頭に思い浮かんだと思うが実はこのひまわりは七枚ある。今回描くのは六枚目に制作された例のゴッホの耳切事件のの後に描かれた『15本のひまわり』だ。このひまわりにはゴッホが当時共同生活を行っていたゴーギャンに宛てた手紙がある。その手紙の最後に『ジャナンには「芍薬」、コストには「立葵」、そして僕にはちょっとした「ひまわり」があるのだ』と記述されていたことからゴッホにとってこの絵は自身そのものなのかもしれない。
そしてまさか俺がここで『ひまわり』を描いて俺の絵だと嘯くわけにはいかないのだ。全ての創作物にはみな平等に価値があり、その価値が例え死後だろうと異世界だろうと失われるわけではない。より付加価値が生じる事はあってもその逆はあり得ないんだ。
だから俺は今からゴッホの『ひまわり』を描くがカレンブッカー氏には正直に話そう。これが俺の能力であるという事を。
「まだ描かれないのですか?」
「お待たせしました。今すぐに描きますから少々お待ちを」
「そうですか。出来ないのならば早く言った方が身のためですよ?」
「ご心配には及びません。今から私が描きますのは異界の名画ですから」
カレンブッカー氏が何か口を開くよりも先に俺の手が動き出した。必要な色をパレットに絞りだし筆を油壷に漬け描き出す。通常油絵は何日もかけて作成されるものだが俺の能力ではその必要がない。
その能力とは〈世界に存在するエンタメの再現〉が正しいだろう。俺が出来る事は限られておりこの世界に来て初めて描いたイラストを思い返せばわかりやすいか。
今の俺にはPCもタブレットも無い為描くには紙とペンが必要なわけだが、もしもイラスト用の魔法なんてものがあればそれでも俺は精巧な絵を描くことができるのだ。
つまりは、今の自分にできる最大限の行動で再現しており、人力カメラとかが近いかもしれない。
まぁ人力でカメラと同程度の精度をほんの数分で仕上げる所が一番の
とかなんとか考えているうちに俺の優秀な能力はゴッホの『ひまわり』を素晴らしい精度で完成させたようだ。とはいえこれでやっと一枚だからあと二枚書かないといけないんだが……カレンブッカー氏の様子を確認してからの方がいいか。
俺が後ろを振り向くとこの商館の支配人は目を血走らせてゴッホの『ひまわり』を食い入るように見ていた。口は半開き涎が垂れかかっている。俺がそんな様子のカレンブッカー氏に軽く引いていると気を取り直したのか彼から声がかかった。
「あ、アマワタリ様?この絵は一体どのようにして……」
「ええ、それを説明しようと思いまして。実は俺の能力は―――」
そして俺から能力の説明を聞いたカレンブッカー氏は難しい顔をして言いづらそうに切り出した。
「アマワタリ様、本日は当方が常識に囚われていたため失礼な態度をお取りして申し訳ございませんでした」
「……あ、いやそんな謝られるようなことは」
「いえ、この件に関しては当方側の責任ですので。ですが、アマワタリ様の説明不足であった事もまた事実ですので今回はこの絵に免じて手打ちとさせてください」
「あー、はい。それは別に構いませんが……残りの二枚はどうしますか?」
「それはこの際もういいのです」
「そうですか……この絵どうされるんですか?」
「当商館の目玉商品にしようかと思うのですが……構いませんか?」
「私はいいんですが……購入できる人いるんですかね?」
「それを聞かなければ話が進みませんね。アマワタリ様、この名画はそちらの世界ではおいくらなのでしょうか?」
「落札されたのは確か……五十三億円でしたかね?」
「ごじゅっ……この絵はそんな高価な者なんですか?!」
カレンブッカー氏の慌てた表情を見る限り思った通りの反応だが、この五十三億には秘密がある。確かに現代日本で売買された時の最高価格は五十三億円だが、当時のゴッホは売れない画家だったため実際のところはもっと低い値段だったに違いない。
つまりは五十三億円という価値は日本ほど熟れた社会での値段であり、この国ではもっと低い金額になるだろう。物価の違いとかもあるだろうしな。
だが俺があえてそれを言う事はない。なぜならば他人の絵で金もうけをしたいわけじゃないからだ。俺がこの能力を貰った理由はただ単に自分自身がオタク趣味を捨てられなかったことに起因している。だからあくまでもこの使い方はグレーゾーンなんだ。それに加えれば布教はしたいが別に転売ヤーじゃないと言いたいからになるんだが……まぁ置いておこうか。
何が言いたいかというと、飾るのはいいけど売るのはダメってだけだ。ゴッホの生涯を追うとどれほどまでに報われない人生だったのかが痛いほどに理解できるだけに、そんな人の魂のこもった作品で労せず儲けるのはなんか違う気がするだけなんだがな。
「そうですね……もしよろしければこの絵は差し上げます」
「……当商館に何かできることがあればお聞きしますが?」
「では、エリザが困ったときに助けてあげてください」
「エリザといいますとどちらの方でしょうか?」
「この国の第三王女のエリザ王女殿下に決まっているじゃあないですか」
俺がそう告げた時のカレンブッカー氏の表情と言ったら、それはそれはもう筆舌に尽くしがたいものだったことをここに記しておこう。ちなみに俺はその顔を思い出して一週間は思い出し笑いしていた。
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