第4話

かなり一方的な通達のあとの小屋の雰囲気は最悪と言ってもなお言い足りない程だった。エリザの思いつめた様子に加えてセリーヌのこわばった面持ちからしてよくないことは確かだが……。


「これはかなりまずいことになりましたね……」

「正直これほどまでとは私も予想してなかったわ」


この国の情勢を知らない俺にはどこが問題か分からないから、聞くしかないけれど聞きづらくて仕方がないな。


「えっと、一体何が問題なんでしょうか?」

「……そうね、アマワタリは今の私の立ち位置も分からないのよね」

「エリザ様、こうなってしまったからにはアマワタリ様も一蓮托生ですから」

「こんなことになるぐらいなら最初に謝っておくべきだったかしら」


エリザがハリウッド映画さながらの大袈裟な身振りでこちらを伺う。

俺にとっては凶報でしかないような話題の前ふりの様な会話はぜひともやめていただきたいが、無論そんな事を口に出せるわけもなく。


「私はエリザ・タカナシ・クライフェルト。クライフェルト王国の第三王女……に最近なったところよ」


ああ、何となく気が付いていた事とはいえこんなあからさまに何か厄介ごとがありますってタイミングで言われるとは夢にも思わなかったなぁ。


「まぁぶっちゃけちゃうと、現王がメイドと子供を作ったはいいけど面倒見れないからって今の今まで下町に追いやられてたのよ。私がそれを聞かされたのが大体一年ぐらい前ね。その頃からどうにも今の王子や王女達は一癖も二癖もあって優秀だけれど御しづらいっていうのが貴族たちには厄介だったみたいでね。私は貴族にとって体のいい神輿として担がれたってわけ。だから私は純粋な王族とか直属の騎士とかには嫌われてるのよ」

「はぁ……なるほど」

「だから王宮は私にとっての敵が多すぎるから目立たない様にこんなところで暮らしてるわけなんだけど、それでも税金で生活している事には変わりないからちょっと手伝う程度で仕事をしたら手を抜けなくなっちゃってね」

「今の今まで王宮が高い金額を払い買い続けていたものをエリザ様の商人への交渉によって、かなりの金額が浮いたのです。あの時のエリザ様はそれは下町魂に満ち溢れていました」

「とはいえ王族とか一部貴族からは逆に反感を買っちゃてね?」

「それはまたどうしてですか?」


国民からの税金が浮けば必要な公共事業とか福祉とかに余力を割けると思うんだけれど。


「どうにも『王族が金をけちるとは貧乏だと思われるだろう』とか『さすが明日を生きるかどうかも怪しい生活をしてきただけありますね』とか面と向かて言われて……」

「まだ下町魂を覆い隠せる礼儀作法煽り方を知らなかったエリザ様は、それはそれは正論と貴族たちの商才の無さについてぶちまけましたから、さらに人が寄り付かなくなったのです」


貴族連中からすれば何にも知らない小娘をおだてて担ぎ上げようとしたはいいけど、自分の仕事に文句を言える程度に優秀な人材だったから離れた訳か。異世界もかなり世知辛いなぁ。のじゃろりおじさんの幻覚が見える見える……。


「仕方ないじゃない、今思い返せば言い過ぎたかもしれないけど……」


エリザが反省していることは良いことなんだろうが、ここで重要なのはその貴族たちの目的がエリザをより冷遇させる為の挑発だったって事に気がついていない事だろうな。ただただ愚かである可能性も否定できないけれど、優秀な王子たちはある程度の腹芸ぐらいは出来るはずで御しきれないって事は貴族側が手玉に取られるんだろう。


つまり例のあからさまな暴言はエリザへのテストみたいなところがあったんだろう。彼らの望みが気弱で押せば言うことを聞きそうな子供なのか、嫌悪感を表面上に出さない程度の大人なのかは知らないけれど。少なくとも売り言葉に買い言葉で正論でボコボコにしたのは……0点未満だろうな。

実際貴族からすれば、神輿として担ごうとした平民が想像以上にじゃじゃ馬だったわけで。そうなると恐らくは特権階級の差別意識しかのこらず、平民上がりのエリザが邪魔になったってとこか。


「成る程、大体エリザ様側の事情は分かりました。それと謝らなければいけないと言う言葉から察するに……」

「そう、アマワタリは私の陣営になるの」

「現王が即位してから転移者が大勢いらっしゃいまして、現状転移者は王族の方のお付きになる事がほとんどでして、人数差での不公平を無くすために王位継承権が高い順に賜る形になっています」

「つまり僕以外にも転移者がいるんですか?」


魂管理局ではそんな事を全く聞いていなかったんだが……まぁ面白いエンターテイメントを提供するのが向こうの目的だから俺が驚く事もその内の一つなんだろうな。

高位存在のやる事を気にしていても仕方ないのは確かだし、確認しなかった俺の落ち度でもある。思い通りの能力を作ってもらって浮かれてたんだろうな。これからは気をつけないと。


「そうね、広域殲滅魔法に優れた賢者様とか神域の料理人と呼ばれる方とか色々ね」


これはもはや完全な予想になるけれど、恐らくエリザが望んでいた転生者は武力に優れた者だろう。王宮内に敵しかおらず、一部貴族からも反感を買い日陰者にされていてなおかつ地球の銃と同等かそれ以上の脅威を持つ魔法なんてものが日常的な世界だから。金か脅迫かでトカゲのしっぽを何人か用意すればセリーヌ一人で守り切れるか怪しいだろうしな。


俺が一人聞いた情報を整理していると、エリザがさっきまでの申し訳なさとは異なり緊張した面持ちで俺を見ている事に気が付いた。これよりさらに不味い情報でもあるんだろうか。


「現状アマワタリは私の陣営であることは確かだわ。でも、今の話を聞いて嫌だと思ったらある程度生活できる住居と王宮か街での仕事を斡旋する事ができるの」

「……そう、ですか」


正直ものすごくありがたい申し出ではあるし、飛び付きたいのは確かだけれどどう考えてもエリザはただでさえ崖っぷちだったところを自分で追い詰めて文字通り命の危機にさらされてる訳で。ここで今まで読んできた主人公たちならばかわいい女の子の為に安請け合いして死力を尽くしちゃうんだろうけど、流石に今すぐ結論を出すことは俺には難しい。


選ぶ選択肢は二つ。一つはエリザたちと一緒に命をかけて王族と貴族に立ち向かう事。一つは担ぎあげられた元へ移民の王女を見捨てて自分だけでも助かろうとする事。

自分の身の安全が最初から保たれてるかどうかがポイントになるんだろうが……それはまた後で考えるとして。


「ちょっと流石に即答はできないので、質問してもいいですか?」

「私に答えられる事ならなんでも答えるわ」

「さっき伝令にきた際の『国の情勢を安定させ、他国との関係を良好に保つべし』っていうのはどういう考えなんですかね? 自分みたいにな来たばかりの奴に任せる事じゃないですし。それに失敗したら追放って言うのは……」

「……セリーヌ任せていい?」

「なんでも答えるんじゃなかったんですか?」

「うっ……ちょ、ちょっと難しいだけよ」

「はぁ、エリザ様にもかかわる大事なことですからこの際に頭に叩き込んでくださいね」


「クライフェルト王国の王位継承権は年齢と性別によってされておりまして、順番としては第一王子第二王子第一王女第二王女の様な順になります。男児が上で、女児がその次です。ですがいくら王族とはいえある程度のスキルがなければ継承権は認められませんので15の歳を迎えた際に言い渡される課題を達成すれば晴れて王位継承権を入手できるということです」


「エリザ様の場合既に齢18ですので決まり次第通達とのことでした。通常であれば真面目に教育を受けていればまず落ちる事のない程度の課題になるのですが……エリザ様はどうやら王宮に敵を作りすぎたようですね」

「まさかの難易度と失敗したら追放のダブルパンチなんて思いもしなかったわ。犯罪奴隷落ちにされなかっただけマシなのかしらね」

「あと申し上げるべき点はアマワタリ様が王宮を離れる場合特にこの無理難題を手伝う必要はありません。あくまでエリザ様陣営として現状頭数に入れられているだけですので」

「ご説明ありがとうございます。分かりやすかったです」

「お役に立てたようなら何よりです。エリザ様も思い出されましたか?」

「ええ、大体分かったわ!」

「……まぁ問題ないでしょう」


エリザとセリーヌもショックを受けているだろうに俺を気遣って態々明るくふるまおうとしてくれてるみたいだ。空元気とはいえ重苦しい雰囲気がなくなっただけ二人ともマシになってはいるのだろうか。


というか奴隷制もあるのか……。そうなると明確な社会身分自体無かった日本でも事実上の格差はあったんだから、それこそ油断したら難癖で奴隷落ちとかありそうで嫌すぎる。失敗したら国外追放ともあるし、エリザも平和ボケした国とは言っているけど俺はまだ実際のこの国の事を分からないわけだし。


「さてと、セリーヌ。改めてご飯の用意をしましょうか」

「ええそうですね。時間も少々過ぎていますしあまり遅くなってはアマワタリ様に申し訳ないので手早く作ってしまいますね」

「自分にも何か手伝えることがあれば言ってください」

「そうですね……アマワタリ様にはエリザ様の面倒を見て頂きましょうかね」

「あはは、それは大変そうですね」

「二人して私のこと子供扱いしてるでしょ!」

「子供扱いされたくないんでしたら少なくとももう少し勉強の方を頑張って頂かないといけませんね」

「うっ、セリーヌそれは言わないで……」


食事の準備中も食事中も誰が言い出した訳ではないけれど、会話が途切れることはあっても止まることはなかった。黙ってしまえばいやでも考えなければいけない事が脳裏をよぎってしまうからだろう。俺の判断次第でこの二人の生死がかかってるとすればそれはとても重い事で、向き合うには押しつぶされない様ほんの少しだけでも余裕を作りたいと無意識的にそうなっていた。


食事を終えてから俺は二人に結論を明日の朝まで待ってもらう許可を得て、歴史に関するエリザの勉強用の教科書と二階にある部屋を一部屋借り、部屋に籠る。


その日、俺が部屋を出ることはなかった。

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