第3話
「お待たせしてごめんなさい。どうぞ、入って」
「お邪魔します」
外装が貧相なだけで内装はましなのかとも思ったけれど、そんなことはなく手作りのテーブルに椅子やランタンなどがあるだけの質素な部屋だった。
「お客様をこのような場所に連れてきてしまってすみません。アマワタリ殿の世界はこちらより発展していると思いますがこの国の平民はこれが精いっぱいなんです」
「……あの、エリザ様。いくつか気になることがあるんですが」
「そう、ですね。まずは食事を用意させますので少々お待ちいただけますか?」
「あー、分かりました。特に好き嫌いはないですけど、虫料理はちょっと食べれないです」
「蒸し料理……がですか?」
エリザがすごい意外そうな目で見てくるけれどどうしてだろうか。もしかしなくてもこの国では虫が常食になっているのかな。それはちょっと困るんだけれど。
「お世話になる身ですから、あまり無理は言いたくないので出来るようでしたらで大丈夫です」
「お気を使っていただきありがとうございます。ですが、アマワタリ殿貴方の地位は実を言うと本国ではちーと次第ですけれども最低でも騎士程度は保証されていますので、そこまでかしこまらないで下さい」
「騎士、ですか?それって……」
俺がエリザに詳しい内情を聞こうとすると、この家の戸が開く音が聞こえた。
「エリザ様、本日はきのこがたくさんとれま……こちらの方は?」
「セリーヌ!今日は早かったのね」
エリザがセリーヌと呼ばれた妙齢の女性に嬉しそうに駆け寄る。メイド服を着ていることだしおそらくはエリザの専属メイドかなにかだろう。
「エリザ様、お客様の前でそのようなお転婆は控えてください。それと、私の事をお客様に紹介してください」
「……はい。アマワタリ殿、こちらは私の従者のセリーヌと言います。何か困ったことがあれば大体セリーヌに聞いてくれればわかると思います」
「そのような紹介だと三十点がせいぜいですからね、エリザ様」
「セリーヌはこんな感じで厳しいんですけど、可愛いところもあってね?」
「……はぁ、お説教は後で必ず行いますからまずはお食事の用意をさせていただきます。アマワタリ様今しばらくお待ちいただいてよろしいでしょうか?」
「あ、はい。お構いなく」
エリザとセリーヌは俺から見ているとどうも親子のようにも師弟のようにもみえる彼女たちだけの独特な関係のように思える。社畜時代が長かった身としてはある意味普通の関係というのが素晴らしく輝いて見えるな。
セリーヌが台所で調理を始めたけれど、ここで本当に作れるのかと疑問に思う。例えるならボロアパートの1Kのキッチンからコンロを無くしたような感じだ。つまりは作業台と流し台しかないしもちろん水道もない。どうすればそんな状況で料理が作れるんだ?
「エリザ様、すみませんが水と火の輝石をとっていただけますか?」
「分かったわ。あ、そうだセリーヌ蒸し料理は今日は作っちゃだめよ?」
「むし料理……虫料理ですか?私そのようなものは作れませんが」
「そうだったかしら? アマワタリ殿が苦手なんですって」
「誰も好きな人なんていないと思いますけれど……」
セリーヌの反応からするにこの国では虫は食用じゃないみたいだけれど、じゃあどうしてエリザは食べているような感じなんだろうか。虫料理……むし料理……あっ。
俺が気が付いたと同時にセリーヌも思い当たったみたいだ。
「エリザ様、もしかして蒸し料理と昆虫料理を混同していませんか?」
「昆虫料理……って虫料理?!アマワタリはそんなものを食べてたの?!」
「いや、一部地域での話ですから……俺は数えるぐらいしか食べてないです」
「お、おいしかった?」
エリザが信じられないようなものを見る目で俺を見てくるが、これは仕方のない事だったんだ。会社の慰安旅行で行った場所で出された料理にイナゴの佃煮があって、クソ上司共は食べないくせにいびるために新入りに勧めてくるから、代わりに俺が仕方なく食べただけだ。
泣きそうになる女性社員を見て笑うあいつらを見て、同じ人類じゃないと思えたことだけが収穫だっただろうか。
「ビジュアルを無視すればそんなに悪くはなかったですよ」
「へぇ……そんなものなんだ。はい、セリーヌ輝石あげる」
「……エリザ様、口調が昔に戻っていますよ?」
「あ……ごめっ、すみません」
「私に謝ってどうするのですか。アマワタリ様に頭を下げてください」
「え、いや特に俺は気にしないんですが……ああ、でもエリザ様って第二王女なんですよね」
確かにエリザの様子を見る限り全く貴族らしからぬ態度であることは確かだ。どちらかといえばセリーヌの方が気品があるだろう。所作や言葉遣いに落ち着きとかがエリザにはないといってもいいレベルだな。
「そこがちょっと、難しいところでね?」
「そうですか……その話はじゃあまた後で聞くとして、エリザ様何か書くものを貰えますか?」
「紙と羽ペンね。ちょっと待ってて」
そうしてエリザが別の部屋に行ったことを確認した俺は、セリーヌに気になっていたことを聞いた。
「セリーヌさん、エリザは元平民ですか?」
「……なぜそのように思われたのでしょうか」
「うーん、まず貴族の娘であるならば教育が行き届いてなさすぎる。それにもしも彼女が軟禁状態で閉じ込められていたにしては、活発に動き回っていて物怖じせずに言いたいことを言える性格にはならないでしょうし……あぁそれにさっきの護衛たちに守る意思が全く見られなかったこととかですか?決定的なのはセリーヌさんが教育係のようなものなのにあまり強く彼女を叱らない所でしょうか?少なくとも客の前ではポーズだけ諫めているように感じたんですよ」
「……アマワタリ様は何者ですか」
「何者って言われても……ただの一般人ですよ」
セリーヌが俺の発言を受けてすごく不審感あふれる眼差しで俺を見ている。これはプレミしちゃったかなぁ……。
「アマワタリ、持って来たわよ……どうしたの二人して」
エリザがいいタイミングで戻ってきてくれた。まぁここまで見越してセリーヌに聞いてみたところもあるんだけれど。
「特に何もないです。ちょっと俺が踏み込んだ質問をしちゃって」
「ええ、どうやらアマワタリ様はエリザ様に興味津々のご様子ですから」
「それよりエリザ様、能力の検証をしたいんですが……」
「私もあなたのちーとに興味があるの。もう一度見せてくれるかしら」
セリーヌもどうやら俺の事を警戒はしているだろうがとりあえずは泳がせるみたいだな。
そんなことよりも今は俺の能力の実演だ。さっきはなんとなくで使っちゃったけど結構自由度あるんだし、遊んでもいいよな?
エリザが差し出した紙束を受け取り、インク壺に羽ペンを付ける。
さて、今度はどんな絵を描こうか……そうだ、この二人を描くことはできるのだろうか。もしも、できるようなら俺が望んだ能力をそのまま作ってくれたことになるだろうし。
「セリーヌ!すごいわ、私たちよこれ!!」
「え?」
エリザの発言で初めて気が付いた、もう六割方絵が完成している。自分の手が無意識でこうも流麗に動いているのを見るのは多少気持ちが悪いが、それに比例するかのごとく絵の完成度は高かった。先ほど描いたタペストリーの様な二次元イラストではなく、写実的でモノクロ印刷だといわれると信じてしまうほどのものが仕上がった。
「……貴方の才能は絵が描ける事ですか?」
「うーん、まぁそんなところですね」
嘘は言ってないぞ嘘は。とはいえセリーヌは俺の態度からどこか訝しんでいるようだ。特に問い詰める気がないのが救いといえば救いか。
「これだけの絵がほんのちょっとでできちゃうなんて……宮廷画家たちの仕事が無くなりそうね」
「そんな怖いこと俺に出来ないって。その人たちを敵に回すことになるし」
「誰よりもうまく早く写実的に描けるとなると、貴族相手への商売になりそうですね」
「それはありかもしれないですね」
さて、今まで俺が描いてきた絵はタッチこそ違えど同じ一枚絵、つまるところ絵画に分類されるだろう。けれど俺が望んだ事からするとこればどちらかというとオマケみたいなものだ。取り分けて俺が心配なのは……まぁそれは後でもいいか。もっと試してみて2人の感想を聞いてみよう。
俺はエリザとセリーヌを描いた紙を脇に避けて新しい紙を数枚とり、羽根ペンにインクを浸した。描きたいものを思い浮かべるとこれまでと同じように手が勝手に動き出し、一枚あたり三分程かけて仕上げた。今までが1枚1分足らずだったから掛かった方なのだろうが……めっちゃ早いな。
「なにこれ……これも絵なの?」
「初めて見る描き方ですが……まさか、これは」
「セリーヌさんはマンガを知ってるんですか?」
現代日本で生み出され革新的な技法で描かれた現代のサブカルの象徴のようなものではあるが、まさかセリーヌは知っているのだろうか?それだと少し困るのだが……
「これほどまでに登場人物たちが生き生きしたものを見るのは初めてです……それに一枚の紙の中でこうも分かりやすくストーリーが進んで行くのも……」
どうやら衝撃を受けていたようだ。日本でも手塚治虫以前と以降でマンガの描き方は大きく変わったし、それから洗練されたマンガを見てその一端を理解できるのは割と凄いことかもしれない。
「これを今の一瞬で考えて描かれたのですか?」
「いや、これは俺の世界にあったものを再現しているだけです」
「エリザ様……アマワタリ様はやはり異界の方なのですね?」
「あら、言ってなかったかしら?」
エリザが今さら何をといった表情を浮かべているが、セリーヌが被りを振ってため息を吐いた。
確かにちゃんとは言ってなかったような気がする。
「それ含めてちょっとこの国の現状を聞いてもいいですか?」
「もちろん!セリーヌは私の教育係だからなんでも知ってるわ」
「……復習も兼ねてエリザ様に説明して頂きましょうか?」
「それは……あ、アマワタリの為にはならないんじゃない?」
「俺は大丈夫ですけど」
「では、大まかは私が話しますのでエリザ様には重要な所をポイント毎に聞いていきましょうか」
エリザから恨みがましい目で見られているが彼女の努力不足だから俺に当たられても困る。
「まずはこの国―――はこの大陸の東側にあり、王国ではありますが実務上は貴族が握っています。現王は可もなく不可もなく程度の王ですから他国では厄介かもしれませんが、―――では貴族からすれば願ったりかなったりでしょう」
「実際国はうまく回ってるんですか?」
「報告書上はそうなっています。私たちも実際に足を運べるわけではありませんが、少なくとも食物は生き渡っているはずです」
「私にはクゾーレの領地が人気だなんて信じられないけどね」
「ではエリザ様、領地について他国との違いはなんでしょうか?」
「違いは……領民にお金さえあれば自由に移り住めることでしょう?」
「ええ、その金額も一年清貧に暮らせば貯まる程度のものです」
そのあたりは今の日本と近いような気がする。
「じゃあ人気のある領地で住む場所がなくなったらどうするんですか?」
「その分領地が広がるのよ」
「わが国では領地がかなり点在していまして、貴族の爵位と領民の数に応じてその大きさが決まります」
「なるほど。俺のように異世界人を受け入れだしたのはいつ頃からですか?」
「エリザ様、お分かりになりますか?」
「どの国もだいたい千年前が最初の記述でしょう?一番最近でも七百年ぐらい前よね」
「となると、文化とかも割と近しいんですかね」
「アマワタリが全然指摘しないから言うけど、私たちずっと日本語をしゃべってるんだけど?」
「あ」
あまりにも自然すぎて違和感すら持っていなかったけど、なんで日本語が公用語になってるんだろう。
「エリザ様、何故私たちが日本語を話せるかご説明してください」
「そんなの建国したのが日本人だからに決まってるじゃない」
「マジですか……超主人公じゃないですか」
「アマワタリの驚いた顔ってそんななのね。変なの」
「エリザ様……」
建国の王が日本人だからかどうか知らないが食文化はかなり発展していて平民でも栄養失調になるものはそう多くないとの事だ。エリザはついにセリーヌに説教されているがそれはそれとして。
俺が一通り二人から国に関することを聞いていると外からガチャガチャと金属が当たる音が聞こえた。
「第三王女殿ならびに異界人はいるか」
「全くもって礼儀がなっていませんが……」
「この野蛮な声はどうせクゾーレのところでしょ?行かないとまずいわね」
「はぁ、特に拘束されるとかはないですよね?」
「そこは安心して大丈夫よ。この国は平和ボケしてるから」
別な問題点があるにはあるが、今の自分が安全だというならとりあえずは目をつぶろう。
セリーヌが扉を開け、エリザと俺が外に出ると呼び出しに来たのはさっきと同じ甲冑の人だった。
「お前の処遇について伝えるよう指示受けた。ここに封書がある。今から伝えるが構わないか?」
「問題ないわ」
「はい、お願いします」
エリザが俺より先に答えたのはきっと身元保証人みたいなところなのだからだろうか。ちょっと気にはなったけどそれより大きな問題が俺にのしかかった。
「異界人アマワタリは我が国の情勢を安定させ、他国との関係を良好に保つべし。ただし、改善の見込みが見られない場合アマワタリ並びに第二王女エリザは我が国より追放とする。以上だ」
………………は?
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