第2話

目をあけるとそこはどこかの城の一角だろうか、かなり豪華な部屋であることに間違いはない。そして目の前にはドレスを身に纏った女性と甲冑を身に纏った兵士が数人いる。

転移することは事前に分かっていたとはいえ、ここまで急に現地の人と会うとは思っていなかった。俺が戸惑っているのが分かったのだろうか、上半身がチャイナドレスでスカートが気持ち広がったドレスの女性が話しかけてきた。


「ようこそお越しくださいました。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「ああ、はい。天渡と申します」


名前を告げながら部屋を見渡してみるとどうにもおかしなことに気が付いた。おそらく俺の目の前の女性はこの国では地位の高い人なのだろうが、それにしては護衛にやる気がなさすぎる。まるで守る必要がないようにも見える。……社畜生活に毒されて人を信じれなくなったのかとも思ったが、それにしてもひどい態度だ。もし俺が凶悪犯罪を犯しているような輩だったらどうするつもりなんだろうか。


「早速で申し訳ないですが、アマワタリ殿。いくつかお聞きしたいことがあります」

「はい、なんでしょうか」

「アマワタリ殿はどの程度この世界の事を把握されてらっしゃいますか?」


把握と言われても俺が知っていることはかなり限られている。先ほどの女性から聞かされた転移者が世界に来ることが常識であることぐらいしか知らないと告げると、どうしたことか安堵と諦観が混じりあった複雑な表情を浮かべた。


「そうですか……すみません、ではお聞きしたいのですがちーととやらは頂けたのでしょうか?」

「ああ、はい貰いました」

「どのようなものかお聞きしてもよろしいですか?」


女性の質問に俺が特に間髪いれずに答えると、護衛たちはこれまでの怠惰な雰囲気とは打って変わって集中しだした。だがそれは俺に対する警戒ではなくどうも不安とか焦燥とかが近いような気がする。

とはいえ期待されている様で申し訳ないのだが、俺の能力は正直いってしょぼい。実務的には一切役に立たないような能力でしかない。

俺がまごついていることが分かったのだろう美少女がためらいつつも言葉を重ねる。


「何か危険なちーとなのでしょうか。例えそうだとしても我が国では差別されるようなことはありませんのでどうか安心して伝えていただけると幸いです」

「あー、いや危険ではないんです。ただ、役に立たないものかもしれなくて」

「ちーとというのは望まれて手にした力ではないのですか?」

「それはそうなんですけど……分かりましたぶっちゃけ見せた方が早いですよね」


そう言って俺は能力を使おうとしたのだが、ここでやっと使い方が知らないことに気が付いた。どうやったら使えるかは一応聞いたが本当にできるかどうかはやってみるまで分からない。というかやっていいのだろうか……。


「えっと、書くものと紙をお借りできますか?」

「少々お待ちくださいね」


護衛の中の一人が扉近くまで行き、メイドさんらしき人物に指示を出しているのがうかがえる。

そうして貰った紙を五枚ほど並べて羽ペンをインク壺につける。さて、ここからが勝負だ。


「成功するか分からないので少し離れていてください」

「分かりました。あなたたちも気をつけなさい」


美少女の言葉に無言で下がる甲冑たち。うーん、なんだか複雑そうな関係なのかな。

それより今は目の前の事に集中しよう。

俺の能力それは――――――



――――――


門をくぐる前、魂管理局の女性との話し合いにて。


「サブカルチャーを異世界でも楽しみたい……ですか?」

「ええ、そうなんです」


これまで冷静に落ち着いて対応してくれていた女性が初めて驚いた表情を浮かべた。まぁ無茶苦茶いってるもんな。命の危険があるような世界に行くやつが武器じゃなくてアニメ観たいとか言い出したら。


「それはまた、珍しいことをおっしゃられますね。てっきり自身の安全のための能力を言われるものだと思っていたんですが」

「えっと、現代日本で生きてきた者として正直何よりもの娯楽がサブカルチャーだったんですよ。仕事に疲れて帰ってきて日常物のアニメを観ると少なくとも現実逃避できますし。その時間だけは誰にも邪魔されないし、誰かの為ではなく自分の為だけに生きてるなって実感できるんです」

「それは、働くのが嫌だったってことですか?」

「ありていに言えばその通りです。正直働きたくなんてなかったんですよ。それなのに何を間違ったか今の会社に就職しちゃって、辞め時も見失って……今こんな状況ですし。だから異世界でも楽しみたいし、その力で観る時にちゃんと制作された方たちにお金とかを払って観たいなって思いまして」

「それはそれは……本当にそんな能力でよろしいですか?もしも万が一があった際に身を守ることが難しくなりますが……」

「うーん、まぁ大丈夫でしょう。ああでも、俺がすぐに死んじゃうとエンターテインメント性に欠けますよね……」

「……それはそうですが、そこまで考えていただかなくても大丈夫ですよ?」

「あはは、そうですか。あ、じゃあこういうのはどうです?」


―――――――


という風な会話を重ねてサブカルを楽しめてかつ身を守れる能力をゲットしたわけで。しかしながらこの能力割と制限が多い。

まず第一に使い方が曖昧なところ。どうもほかの転生者たちはもっと具体的な能力をもらっているらしく、例えば強い剣という要望に対しては『魔神の血を啜った神剣』とか、魔法を使っても疲れないという要望では『無限に魔力を生み出す身体』とか、どうも毎回その能力を作成しているというよりは条件に合う物品や能力を宛がっているらしい。


つまるところ、俺が今回出した条件に当てはまる能力は無かったらしい。じゃあ別の能力なのかと思いきや割とあっさり条件にぴったりの能力を作ってくれた。これも地球人特典の一種なんだろうな。使い方は思い込めば使えるなんて新興宗教団体でも言わなさそうな台詞と一緒にシステムデータの限定アクセス権限を貰った。この世界での自分のデータを確認し一度自分で発動した能力や魔法、それに準ずるものをこれから実行できるらしい。難点は自分で一度行わないといけないってところだけだ。正直こんなに貰いすぎていいのかと不安になっているけれど、貰えるものは貰っておけってばっちゃんに言われたしな。


「……よし。じゃあいきます」


美少女が固唾をのむ音が耳に届いたような気がしたと思えば、既に俺の手は今まで触った事のない羽ペンとインク壺を自由自在に使い、紙面にとあるイラストを描き出していた。社畜時代に俺を救ってくれた作品の魅力的な登場人物たちをまるで今にも動き出しそうな素晴らしい技術で作り上げた。


(それに……これはあの時の限定ポスターじゃないか)


残業のせいで早朝から店に並ぶことになったが、なんとか手に入れたタペストリーのイラストだ。なぜだか分からないけれど、無性に感情が高ぶって涙がこぼれそうになった。


「これは……見事な絵画ですね。これがあなたのちーとですか?」

「……はい、これが俺のチートずるです」

「何があったかは私にはわかりませんが、そんな悲しそうな顔をしないでください。私まで悲しくなってきます」


そう言われて俺は初めて彼女の顔をしっかりと見て初めて分かった。地球なら街中を歩くだけで人を虜にしてしまうような儚い美しさを持った少女だったのだ。異世界転移だといわれて初めて会話した人物で、不審者でしかない俺にどうして彼女は優しくしてくれるのだろうか。そこにどんな理由があるのかは分からないし、元の世界で死んでしまった自分自身に選択肢は多くないのだろうけれど俺は彼女の事が少し好きになったのだろうな。

ちょっと優しくされただけでそんな発想になった自分に苦笑した。


「すみません、故郷の事を思い出してしまって」

「そう……ですか。無理をさせてしまって申し訳ございませんでした。続きは一度食事をとってからにしましょうか」

「ありがとうございます。そうしていただけると助かります、ええっとお名前をお聞きしても?」

「……私はエリザと申します。名乗り遅れたことをお詫び申し上げます。アマワタリ殿」

「はぁ、よろしくお願いしますエリザ様」


そうして俺が現状をやっと受け入れられたところで、誰かが部屋に入ってきたことが分かった。そいつは真っ赤な鎧を身に纏った筋骨隆々の武将のような男だった。

少なくとも俺は苦手なタイプだ。とはいえ今のところどんな奴かは分からないから挨拶をしようとしたところでエリザに止められた。エリザの顔が先ほどまでとは別人のように険しくなっている。


「王女殿下、続きは別室にて頼もうか。業務にも支障が出るだろうし、何よりここ場所にそこのものを置いておくのはよくない」

「クゾーレ、今何といいましたか?どうにも私の耳が悪いようでしっかりと聞き取れませんでした。もっと大きな声ではっきりと申し上げてくださいますか?」

「なんだ、聞こえなかったのか?」

「恐れながら申し上げますクゾーレ隊長。次の予定まで時間がありませんので手短にお願いいたします」

「フンっ……まぁいい。それよりも誰にでもできる書類仕事は今日中に終わらせろよ」

「ええ、あなた方には到底できない量の書類仕事程度朝飯前ですから」

「……ああ、そうかい。おい、そこの絵を回収しとけ」


クゾーレと呼ばれた男とエリザはどうにも相性が悪いみたいだな。どう好意的に見ても意思疎通が問題なく行えているとは思えないし。これからこの国でお世話になるであろう身だけど、どうにもいろいろと問題があるみたいだ。ブラック企業の時みたいな人がいないといいけど。


「ええっと……」

「すみません、まずは一度部屋まで案内させていただきますね」

「分かりました。詳しい事はそちらで?」

「そうですね」


現状分かったのはエリザが第二王女である事と、王女であるにもかかわらず彼女の立場はかなり低いところにあるってところか。というか、一隊長が王女様に向かってあんな言葉使いをして罰の一つもないのは大丈夫なのか?

俺が考え事をしながらエリザについていくと、どうやら中庭を経由する道のりらしい。というかどう考えても王城からかなり離れたところに向かってるんだが。


「ちょっと待って……少々お待ちくださいね。いま準備しますので」

「分かりました」


エリザにつれてこられたのは立地条件としては最悪の場所だろう。いくら敷地内とはいえ王城から十分もかかるところに恐らく素人が組んだであろう木組みの家って……本当にエリザはどうしてこんなところにいるんだろうか。


そのあたりはこれから分かるんだろうけど、とりあえずの身の振り方を考えておかないとな。一応はこの世界は比較的平和らしいけど、それでも問題があるのかもしれない。


さっきの騎士のクゾーレとかいう脳筋じみた人間がまさか上層部をしめてるとかだとするなら泣きたくなるし。まぁエリザの現状をみるにあり得ない話でもないのか……。

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