サブカルオタク異世界にて奮闘す

@Harii

第1話

学生時代に俺は何のために生きているのか分からなくなったことがある。といってもそんなに重い話じゃない。単純に学校に行って勉強して大学に行って就職して働くといった先の将来の事が、まるで実感がわかなかった。


自分の事なのに他人のように感じられて、ずっと学生生活が続くわけでもないのに甘えていたのだろう。とはいえ一応は進学校だったから大学受験には成功し、地方の大学に通うことになったが別に大学でしたい勉強があったわけでも無く数ヶ月で辞めてしまった。


そうして実家に戻った俺ではあるが、働かなければ生きてゆくことができない。もちろん親にそんな理由で大学を辞めた息子を甘やかす通りなんてどこにもないわけだし。


なんだかんだで派遣社員として毎日を過ごしていると、過去に自分が想像した大人になれていないことに気が付いた。普通の大人になるって言うのは俺には難しかったみたいだな。

それでもそんな妥協した日々を過ごすことは悪くないと思っている自分がいた。この現代日本には俺が愛してやまないサブカルチャーがあふれているからに違いない。


俺はアニメと漫画とラノベがなければ死んでしまうといっても過言ではない程度にはオタクだ。脳内の八割ぐらいはそれで埋め尽くされている。

サブカルチャーがなければ今の自分の唯一といっていい楽しみがなくなってしまうし、異世界転移や転生ものも嫌いなわけではないが、一つかなり違和感があるのだ。


それは、オタクがネット環境のない世界でどうして発狂しないのかという事。異世界に行くという事はこの現代の素晴らしい作品たちを捨てて新しい世界に飛び立つわけだから少なくとも好きな作品の最終回がみれないのだ。


なぜ彼らはそれが耐えられるのか俺にはてんで理解できない。チートやハーレムで喜ぶ主人公たちにその気持ちを聞きたいのだが、まぁそんな事を気にしているのはきっと俺だけなのだろう。


そんなとりとめのない事を考えていたのがつい先ほどの話で、俺は今仕事が終わり帰宅したところだ。今日はどの漫画を読みなおそうかそれともアニメを見直すかラノベを読むかと玄関の扉を開けながら楽しく悩んでいた俺ではあるが、ただいまと言おうとしたタイミングで胸に刺すような痛みが走った。

息が苦しく呼吸が出来ない。家族はリビングにいるだろうが、そこから玄関は見えないし、まさかいきなり倒れるだなんて思っても無いだろう。


苦しさだけが身体に回り今までの人生が頭の中でぐるぐると思い出される。最初に観たアニメも好きだった漫画も続刊が出ていないライトノベルも、最終回が読めていないあれもこれも……そうか、これが走馬灯か。

そのまま倒れこみ、俺は意識を失った。




目が覚めると俺の目の前にはスーツを着た一人の女性がいた。デスクがあり、その上には『魂管理局』と書かれたプラカードがある。

覚束ない状態でなんだか面接みたいだなと、ぼんやり思う。


「さて、まずはお名前をお聞きしてよろしいですか?」


突然の質問に頭が追い付かない中ではあったが、なんとか名前を答えた。


「天渡といいます。それで、ここは一体どこなんですか?」

「ここはありていに言えば死後の世界ですね。あなたは生を全うし亡くなられたという事です」

「つまり、天国か地獄ですか?」

「……いえ、そういう訳ではないのですが……かなり落ち着いてますね貴方」

「落ち着いているというか実感がないというか……」


女性が意外そうに俺の顔をみる。

さて、賢明な読者諸君ならば分かるかと思うが俺が混乱しているのは死んだことを受け入れられないからではない。この展開この現状、どこかでみたことがあるだろう?そう、異世界モノの始まりだ。しかし、しかしながら俺は前述したとおりサブカルチャーがなければ死んでしまうような人間だ。正直チート能力よりネット環境につながる能力が欲しいわけで。


「ではこれからの事を説明いたします。あなたにはいくつか選択肢があります。大まかに分けて二つ。記憶を削除して赤子からやり直すか、希望の世界を伝えていただき記憶を持ったまま別世界に行くのどちらかになります」

「別世界に行く場合は転移でしょうか転生でしょうか?」

「そこらへんは自由です。正直こちら側としてはあなた方には後者を選択してほしいのです」

「それはまた何か理由が?」

「以前に方々へお伝えした際に過半数の方がショックを受けられていましたが、それでもお聞きになりますか?」


どんな理由であろうと聞かなければ分からないし、ショックを受けるような理由であることは分かった。例えばなんだろうか、地球世界の魂の数が多いから別世界に流しているとかだろうか?そうだとしても、別にショックは受けないか。


「はい、お願いします」

「ぶっちゃけてしまうと、地球も別世界も私たちが作成したゲームのようなものなのです」

「……はぁ、世界五分前仮説ってやつでしょうか?」

「いえ、世界自体はあなた方が言うところのビックバンから始まっているのですが、それを起こしたのが我々ということです」

「じゃあ創造主とか神様って事でしょうか?」

「それは正確には違いますね。分かりやすく説明するのであれば、地球でもAIがあるでしょう?私たちがしているのは世界の地盤だけ作成し、自己意識をもったAIがどのように生きるのかを眺めているだけです」

「はぁ……」


つまるところ、ニーチェが言っていた『神は死んだ』は違っていて『神はいたが傍観者だった』ってところだろうか。というかそれってこっちでいうところの映画とかドラマのさらに発展形って事かな?


「それでなんですが、この地球がある宇宙はかなり良質な世界でして人気があるんです。娯楽作品にあふれていますし、ここから逆輸入したものも多くあります」

「なるほど」

「そんな面白い世界の生命体の記憶を消して別世界に送り込むのはナンセンスでしょう?だから二つ目をおすすめしているのです」

「何となくは分かりました。質問なのですが、別世界に行く際にこちらから要望を出すことは可能なのでしょうか?」

「例えばどのようなことでしょうか?」

「あー、よくラノベである能力といったものとかですね」


自分で言っていて少し恥ずかしいが、もしもそれが認められるのであれば望む能力は既に決まっている。


「そうですね、ある程度は認められています。世界自体が面白ければ正直それでいいので」

「じゃあこんな能力って可能でしょうか?」


そういって俺は自分の為だけの能力を説明したところ、女性は難しい顔をして悩んでしまった。


「……そうですね。少し上のものと相談させていただきますのでお待ちくださいね」

「はい、すみません無茶を言ってしまって」

「いえいえ、これが私の仕事ですから」


待つこと数分女性が戻って来た。


「あなたが望んだ能力は特定の世界であれば可能ですが、すべて現代日本に比べて危険な世界です。それであれば可能ですが……」

「危険というと?」

「例えば魔物と呼ばれる人より強い害獣がいたり、強すぎる能力のためか戦争が絶えない世界だったり、能力によって差別される世界だったりですね」

「であればその中でも比較的ましな世界を見繕っていただけますか?」

「おすすめできるのはこの一つだけですね」


概要を見ると、国ごとに一つの転移門がありランダムにそこへ異世界人が送られる世界との事だ。魔物もいるとの事だが、国にいるのであれば万が一の事がない限り安心らしい。


「この世界であればいきなり死ぬことはございませんので、他のものよりはましかと」

「ランダムとありますが、戦争中の国にというのはあるんでしょうか?」

「ああ、それはこちらが選べるという意味なのであまり気にしないでください」

「なるほど」


となれば選択肢は一つしかないだろう。


「ここでお願いします」

「分かりました。では先ほどの能力をもってこちらの世界という事で問題ないですね?」

「はい」

「じゃあこちらにサインをお願いします」


死後にサインを書くことになっている状況にどこかおかしさを覚えるが、こういう事もあるんだろう。臨死体験の証言とかもこうなってくると本当だったのかも。


「これで大丈夫ですか?」

「はい、では後ろをご覧ください」


俺が振り向くとそこには中から光があふれる門があった。


「ここを通っていただければ新しい世界にそのまま行くことができます。ですので心の準備が出来次第お通りください」

「分かりました。色々と無茶を言ってしまいすみませんでした」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


女性に頭を下げてから、門へと向かう。

これまでは創作作品として楽しんできた異世界転移がまさか自分の身に降りかかろうとは思ってもみなかったが、意外と自分が落ち着いていることに気が付いた。いや、現実味がない分ただ理解が追い付いていないだけかもしれないが。

とはいえ、死んでしまったものは仕方がない。もしかしたら今までの出来事はただの夢でこの門を通ると死が確定するなんてこともあるかもしれないしな。……そう考えるとちょっと怖くなってきたけど、それでも行くしかないか。

なんだかんだで異世界転移にちょっとばかりわくわくしていた俺は光り輝く門の中へと身を委ねたのだった。

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