第7話 仕事に遅刻した(母親サイド)

 検査の結果、病院に一ヶ月ほど入院するらしい。麻美は義男を元気付けるために、頻繁に病院に駆けつけようと思った。


 入院して一日目、飛び降りようとした理由を避けて話した。一日でも早く、自殺しようとした理由を聞きたいのは山々だ。


 しかし、すぐに聞くと病院で自殺を図りかねない。精神状態からして、すぐに話せるようになるとは思えないし、未遂に終わったとはいえ、義男の飛び降りは事実である。よほど、精神を追い詰められていたのは間違いない。麻美はなぜ、義男の心の悲鳴にここまで気づかなかったのだろうか。


 子供の自殺のひとつは、学校でのいじめだ。いじめでも受けていたのだろうか。そのような事実を麻美は聞いたことはないけど、意図的に隠蔽していた可能性はある。 生徒が自殺をしたとしても、いじめの事実を認めようとしない学校も少なくない。


 義男の退院後にでも聞こうと思う。会話の内容に困る麻美は、普段の生活でするような話に終始時間を費やす。病院で何を食べたとか、どのように過ごしたとか、何か病院生活で不自由していることはないかなど、自殺を連想させないような質問をする。


 義男は全く答えない。当然だ。全く会話していないのに、こんなときだけ親子ぶるのを許さないのだろう。


 麻美は、パートで働いていて多くの時間は取れない。本音は仕事を休んで義男の付き添いの時間を増やしたいけど、こればかりは出来ない。仕事の人数はぎりぎりだから、休みを自分勝手には取れない。麻美は義男のことで頭がいっぱいで、仕事に行く間際まで時間に気づいていなかった。


 急いで、会社に出社すると、社長一人で麻美に近づき、


「今回、君は息子の件で、心を痛めているだろう。社員とも相談した結果、みんな、君に特別休暇を取らせてもいいといってくれた。事情が事情だけに、理解を示してくれた。でも、今日はさすがに無理だから勤務するように。複雑な気持ちかもしれないけど、君の頑張りが、他の社員の意気向上にもつながるから、今日だけは頑張ってくれ」


「社長と社員全員の心遣い大変感謝致します。お言葉に甘えるようで申し訳ないですが、明日から一週間ほど休ませて頂きたいです」


「分かった。明日からはなんとかするから、今日は絶対に最後までやりきるように」


 と言葉をかけてくださった。麻美にとって社長と社員全員の心遣いは本当にありがたい。このまま、仕事をしたとしても戦力にはならないだろうけど、出勤する限りは全力を尽くそうと思う。


 会社での麻美の働きぶりはいつも以上であった。義男は当然気になるけど、顔に出には出せない。他の社員にいらぬ気を使わせるからだ。


 会社にはすでに最大限の配慮をしてもらった。人数ぎりぎりの会社で、連続して一週間も休暇を取るのは、普段は有り得ない。夏期休暇や、冬期休暇をすらなく、年中無休でやっているからだ。麻美の吹っ切れた働き振りを見て、他の社員の意気も上がる。


 麻美には負けられないと思い、みんな頑張る。社長は麻美の働き振りが、社員全員の相乗効果になってうれしい。実際、この日の全員の働きぶりは普段の二割増だった。仕事終了時に、麻美は社長から褒めてもらった、


「この状況でよく頑張った。君のおかげで、普段より仕事を多くこなせた」


「ありがとうございます。息子のこともあるので、失礼致します」


 とだけいい、早々に会社を立ち去った。

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