第59話「本当の家族になろう」

「やっぱり、、お姉ちゃんは、、ユナの事しか見てないんだっ」

「っ」


 エルマンノは思わず目を剥き拳を握りしめる。


「そ、そんなわけないだろっ!ミラナは、ずっとチェスタの事をっ」

「それはただの言い訳でしか無いですよ!」

「っ」

「私のため、、それを、理由にしてるだけで、本当は、ユナの事しか、、今までも考えてなかった、」

「...」


 エルマンノはあの精神世界での話を思い出し、歯嚙みする。確かに、あの時ミラナはユナへの想いの方が大きくなり閉じこもっていた。だが。


「それでも、チェスタが居たから、こうして生きようと思ってーー」

「それはユナがお願いしたからじゃないですか!」

「っ」

「分かってたんです、、もう、いいんですっ!」

「ま、待てっ、一人じゃ危ないぞ!」

「エルマンノさんの方が危ないんで来ないでください!」


 突如走り出したチェスタを追いかけようとしたものの、そう声を荒げられ足を止める。


「クッ、」


 なんと言うべきだろうか。エルマンノは悩みながら小さくなっていくチェスタの背中を見据える。家までは僅か二百メートル程。そう遠い場所では無いがために、エルマンノは息を吐いて立ち尽くした。


『それはユナがお願いしたからじゃないですか!』


「...そう、なのか、」


 エルマンノは拳を握りしめる。ミラナは、どう思っているのだろう。それに悩み、頭を抱えた。


 ーまあまずは、本人に聞いてみるしかないよなー


 エルマンノは息を吐いたのち、改めてチェスタを追うため足を進める。


「ミラナは、、そろそろ家に戻る頃だな、」


 エルマンノは現在の時刻を考えそう呟く。昨日、彼女はバイトの休憩中に、一度チェスタの様子を見に来ると言っていた。それを思い返しながら、エルマンノはミラナの家にまで到着すると、ドンドンとドアを叩き名を放つ。


「チェスタ〜、居るか〜」

「...」

「チェスタ〜?」

「...」

「...返事しないと入っちゃうぞ」

「...」

「おお、これは寝込みを襲えって事だな」


 エルマンノは誘ってるのかとニヤリと微笑みながら、物体通過魔法を使用し侵入する。が、しかし。


「チェスタ?」

「バウッ、バウッ!」

「おお、先にペロにお出迎えされるとはな、」

「バウゥ?」

「...」


 ペロの頭を撫でながら、目を細める。おかしい。いつもなら、ペロはチェスタと一緒に居る筈である。もしかするとエルマンノの好感度の方が上回ったのだろうか。そう考えながら部屋の奥へと向かう。が、しかし。


「チェスタ、?チェスタ〜」


 どの部屋を覗いても、チェスタの姿は無かった。


「かくれんぼでもしてるのか、?」


 エルマンノは冷や汗混じりにそう呟くと、その時。

 ガチャッと。玄関が開く音が聞こえる。それにエルマンノはビクッと肩を震わせる。いや、妹の家だ。焦る事はない。まあ、侵入している身ではあるが。そう思いながら、エルマンノは玄関の方へ顔を出す。


「なんだ、遅かったじゃないか、」


 どこかに寄ったのだろう。丁度入れ違いになった様だ。エルマンノはそうホッと胸を撫で下ろしながらそう口にする。うーん、これが家で妹を出迎える兄か。また憧れたシチュエーション。これで料理でもしていたらデキる兄と学生妹って感じで良かったのだが。


「ただいま〜!ってうわっ!?びっくりしたぁ、、せや、お迎え行った帰りに上がったんか、、ほんま、びっくりさせんといて〜や〜」

「え、」

「ど、どないしたん?」

「っ」


 エルマンノは、冷や汗を流す。


「それよか、チェスタは?」

「...まさか、」

「え?まさかって、、もっ、もしやっ、、チェスタおらへんの!?」

「う、嘘だろ、」


 エルマンノは冷や汗混じりに家を出ると、周りを見渡す。先程家の方向へ走って行った筈である。走って行ったのだ。そうだ。同じ道を歩いている以上、先に着いていないわけがないだろう。よくよく考えてみると、寄り道出来るような場所は無かった様に思える。ならば、やはり。


「クソッ、、またかよっ!」

「ま、またて、?」


 エルマンノはまたもや自己嫌悪に陥る。どうしてこういつも肝心な時に動けないのだろう。どうして妹の事を考えていると言いながら、結局自分の事で精一杯になってしまうのだろう。


「ああっ!クソッ!」

「あ、あんちゃん、?」

「わ、悪い、、俺のせいだ、捜してくるっ!」

「ちょっ、まっ、何かあったん!?」

「...チェスタに、言われたんだ、」


 エルマンノは走り出そうと足を踏み出したものの、引き止めるミラナに、歯嚙みしながらも振り返る。


「言われたって、なんを、?」

「ミラナは、、ユナの事ばかり見てるんじゃ無いかって、」

「っ、そんなっ、そんなわけないやろ!?」

「それは分かってる、、でも、そう考えてしまうのも、、無理はないかもしれない、」

「っ、で、でも、一昨日、」

「ああ。家族になろうって、話した。でも、それでも、心の不安は、消えなかったんだ」

「そんな、」


 チェスタにとって、昨日のあれが決定打だったのだろう。エルマンノはそれの理由を考えながらも続ける。


「...俺は、、チェスタがそう言って、、走って行くのを見てる事しか、、出来なかった、」

「あんちゃん、」

「家から近かったんだ、着いてない筈ない、、でも、逆を言えばそう遠くには行ってない筈だ」

「じゃあ、あたしも捜すわ!」

「っ、でも、バイトが、、この後もあるんじゃないのか、?」

「そんなん休めば良か!大切な妹が居らへんのに、バイトなんてしてられるかいな!」

「っ、そう、だよな、、ああ、頼む!」


 エルマンノは、ミラナの覚悟を目の当たりにし、微笑みながら頷く。と。


「うっ、だ、駄目や、、魔力は追えへん、」

「俺もさっきやったんだが、、チェスタの魔力はまだ小さい、、探知するのは難しいな、、何か、行き先に心当たりはないか、?」

「...」


 エルマンノの言葉に、ミラナは唇を噛み目を逸らす。その反応に、エルマンノは歯嚙みする。


「ごめんな、、あたし、チェスタの事いっつも考えとったのに、、チェスタの事、全く知らないんよ、」

「...それは、俺も同じだ、」

「あんちゃんは、、チェスタの事ちゃんと見とるよ、、でも、あたしは、、チェスタの事考えとる言うとるのに、、全然、チェスタの事見てなかったと、」

「そんな、」


 エルマンノはそんな事無いと言いかけたものの、彼女の本当の気持ちが分からないため、口を噤み拳を握りしめた。が、そののち、エルマンノは改めてとりあえず捜そうと、二人で共に走り出した。だが、しかし。


「クソッ、、見つからない、」

「あたしに似て足速いなぁ、、ほんま、困るわぁ、」


 あれから十分。二手に分かれて捜索したものの、一向に見つかる気配がない。もう既に遠くに行ってしまったのだろうか。だとすると、何の手がかりもないのでは、どうする事も出来ない。


「クッ、、こんな時は、頼りになる妹に助けを求めるしかないか、」


 エルマンノはそう呟くと、改めてミラナに向き直る。


「悪い。このまま闇雲に捜しても見つかるとは思えない、、ちょっと、チェスタがどこに行ったか、考えてみるよ」

「わ、分かった!じゃああたしも、ちょっとチェスタの部屋見て来るけん。もしかすると、何か手がかりとか、置き手紙とかあるかもしれへん!」

「ああ!頼んだ!」


 エルマンノはそう放つと、互いにそれぞれ足を早めた。


          ☆


「はぁっ、はぁ!」


 何の手がかりもない。知っているはずも無い。それでも、あの妹なら、何か。エルマンノはそんな子供じみた発想で、実験室へと向かっていた。すると、その道中。森の中でふと。


「...?っ!あれっ、エルマンノ!?丁度良かった!その、ちょっと、様子見に行こうと思っててっ、その、昨日行けなかったから、」

「っ、ア、アリアかっ!」


 そう。そこには、深くフードを被った怪しいアリアが居たのだ。エルマンノは走って彼女の元へと到達すると、息を荒げる。


「ど、どうしたの、?だ、大丈夫?何かあった?」

「アリア!」

「ふぇっ!?」


 エルマンノは突如、アリアの肩を掴んだ。


「この後予定とかあるか?」

「え、、ななっ、無い、けど、」

「俺はあるんだ。悪いが、ちょっと後にしてくれ」

「えぇっ!?じゃあなんで聞いたの!?」


 エルマンノはそれだけを告げると、そのまま走り抜ける。が、そののち。エルマンノは振り返って、走りながら放つ。


「ちょっとアリアにも捜して欲しいんだっ!話はフレデリカのところでするからっ、ちょっと来てくれないか!?」

「えぇっ、何なにっ、何事ぉっ!?」


 アリアは意味が分からず声を上げながら、だが仕方がないと。困惑しながらも彼について行った。


 そして。


「で?昨日親に怒られたくせに、今日は何の話なわけ?」

「お、怒られた部分は確定なのか、?」

「決定事項でしょ?違う?」

「合ってますけど、」

「ほらね」


 実験室の前で、エルマンノは息を切らしながら、フレデリカに放った。


「実は、、チェスタが居なくなったんだ」

「えぇっ!?それマズくない!?なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」

「何でそっち側に居る人が先に驚くの、?」


 エルマンノの言葉と共に背後に居たアリアが驚愕し、フレデリカはジト目を向けた。


「それで、私にも捜して欲しいって話?」

「ああ。それと、何か心当たりないかと、」

「逆になんで私があると思ってるの?」

「フレデリカは導き出せると、お兄ちゃん信じてます」

「信じるも何も、私より明らかにエルマンノの方が一緒に過ごした時間長いよね?」

「まあ、、そうなんだが、」

「エルマンノは何か心当たりないの?」


 フレデリカに告げられる中、アリアが割って入る。それに、エルマンノは顎に手をやり悩む。


「そうだな、、ミラナと同じ、電車とかか、?」

「それは無いんじゃない?チェスタにとって、大きなものだったかは分からないし、親を失った場所でしょ?逃げ込むにしては辛い場所なんじゃ無い?」

「そうかもな、、だとしたら、両親のお墓の前とかも、無いか」

「逆になんであると思ったわけ、?」

「よくあるだろ?何かあると両親の親の前で話してる妹とか」

「そうなの?」

「でもまあ確かに、、俺がもしチェスタの年齢だったら、お墓になんて、、そんなの考えないもんな、」

「あるとしたら心が落ち着く場所。案外、いつも行ってる場所とかかもね」

「っ、なるほど、」


 エルマンノはハッと目を見開く。それに、アリアは何か分かった?と顔を覗き込むものの、対するフレデリカは頭を掻いた。


「そんな直ぐに結論を出すのは危険なんじゃない?それよりもまずは、彼女の事をよく知ってる人に聞いてみる方がいいと思うけど」

「ミラナにも聞いたんだ、、だが、分からないって、、彼女以外になんて、、っ!」


 エルマンノはそこまで口にしたのち、目を剥き顔を上げる。


「わっ、びっくりしたぁ!?な、何、?また何か浮かんだの、?」

「いや、さっきのは浮かんで無いぞ」

「浮かんでないの!?」

「浮ついてたんでしょ?」

「上の空だな」

「それより、さっきのって事は、今は何か思いついた?」

「ああ、、一人、チェスタとよく話してる奴が居る」


 エルマンノはそう目つきを変えると、向きを変える。


「フレデリカサンキュ!とりあえず聞いてみる事にするよっ。悪かった、忙しいのに」

「はぁ、、ほんと迷惑だよ、、でも、このまま帰られる方がよっぽど迷惑」

「「えっ」」


 フレデリカの言葉に、エルマンノとアリアが振り返ると、少しの間ののち、目つきを変えて放った。


「私も捜すから。ちょっと待ってて」

「っ!あ、ああっ、ほんとっ、ありがとなっ」


 エルマンノは彼女の優しさに笑みを浮かべると、それじゃあと。ソフィとネラにソナーを送った。


          ☆


「はぁっ、はぁ!はぁっ、、クッ、、お、遅かったか、」


 あの後、皆にソナーで連絡をし、それぞれ手分けして捜す事にした。その中で、エルマンノは"その人物"に会うため施設へと戻って来たのだが、しかし。


「...流石に居ないか、」


 そう。対する相手はヒルデである。先程、今日は親の迎えが遅いとの話があったため、まだ居るかと希望を抱いていたのだが、流石にもう居ない様だ。施設はがらんとしており、ところどころに見える人影は、皆先生であった。


「クッ、いくら多いとは言えどもヒルデの魔力を追うのも難しいな、、他の人達もみんな集まってるから、分散して掴みにくい、」


 エルマンノは頭に手をやり悩む。と、そんな時。


「そこで何をしている?」


 なんと、先生に見つかった。


「こんにちは」

「こんにちはじゃない。何してるんですか?ここは施設の敷地ですよ?」

「す、すみません、実は」

「っ、この人っ、この間グラウンドを覗いていた変質者です!」

「なっ、こ、この間は見たくても誰も居なかったんだ!俺は無罪だ!」

「この間も見ていたんですか!?」

「いつの話してるんですか!?」


 日頃の行いのせいでこんな時に影響が出てしまった様だ。声をかけた先生の後ろからやって来た人がそう口にし、二人はトライデントを構える。相変わらず物騒だ。そう思いながらも、今は時間がないと。エルマンノは焦る。と、瞬間。


「あれ、?お兄様、?」

「っ!ヒッ、ヒルデッ!」

「わっ、ど、どうしたんですかっ!」

「初めてヒルデに会えて良かったと心から思ったぞ!」

「そっ、それどういう意味ですか!?」


 なんと、背後から彼に声をかけられた。まさかこんな奇跡が起こるなんて。エルマンノは嬉しさに思わず抱きしめてしまった。自分を呪いたい。

 その後、なんとかヒルデの説得により解放されたエルマンノは、改めて口にした。


「それより、どこに居たんだ、?」

「ああ、施設の待機室です!俺、最近帰り遅くなるんで、そこに居るように言われてるんですよ。この間エルマンノさんと会ったのも、その申請をしに行ってまして、」

「そ、そうだったのか、、な、何か、複雑な、?」

「いえ、共働きで、帰りが遅くなったってだけです。エルフラム施設は、珍しく迎えに来る時間に特に制限がない施設なので、来るまで居ていいって、そう許されてるんです。でも、他の人達が帰る中一人になるのが寂しいのと、周りの目を考えて、待機室に移動させてくれてる感じです」

「なるほど、」


 エルマンノはしゃがんだまま顎に手をやる。その話を聞いて、エルマンノは「珍しい」という言葉に目を細めた。と、そんな中、ヒルデはふと口を開いた。


「それよりも、お兄様こそどうしたんですか、?お迎えは終わりましたよね?」

「っ、そうだ、その、実は、チェスタが、」


 エルマンノはこれまでの事を話した。すると、ヒルデは目を見開く。


「えっ、、ゆ、行方不明、?」

「申し訳ない、、兄が居ながら、、こんな、」


 エルマンノは深く頭を下げる。それに、ヒルデは不安と共に険しい表情を浮かべる。と。


「俺は、、チェスタの事、兄と言っておきながら何も知らないんだ、、だから頼む。ヒルデの力を貸して欲しい。分かった気になって、苦しめてしまった兄じゃ、駄目なんだ、」

「...お、俺だって、、駄目ですよ、」

「えっ」

「俺でも、どうしようも出来なかったんです。チェスタを、救う事は出来なかった、、そんな俺が、今更、」

「...」


 ヒルデの言葉に、エルマンノは表情を曇らせ、何か考える様な素振りを見せたのち、改めて放つ。


「...なぁ、ヒルデ」

「は、はい、?」

「ヒルデは、、どう思う?」

「え、」

「助けられる助けられないなんて関係無く、ヒルデは、この話を聞いて、どう思う?」

「この、話、?」

「チェスタが居なくなったって話だ」

「お、俺は、、し、心配です、、チェスタちゃんに、、何かあったら、嫌です、」

「そうか、、なら、ヒルデ自身は、どうしたい?」

「え、、お、俺は、」

「...」


 エルマンノはヒルデをじっと見据え答えを待つ。が、しかし、彼は表情を曇らせ、目を逸らし、口を噤んだ。


「その、」

「っ、わ、悪かった、、そんなの、突然言われても、難しいよな、」

「い、いえ、、でも、力には、なりたいって、思います、」


 ヒルデの、そのいまいち答えが出ない様子に、エルマンノは彼の悩みを察して目つきを変えた。


「ヒルデ。...これは、兄との内緒の話だ」

「え、?」

「チェスタの事、、どう思ってる?」

「ど、どうって、、た、大切だと思ってます。ずっと、物心ついた頃から、一緒に居て。いつも、頼って来てくれて、あまり、ノリが良い子じゃなかったので、周りから良い目で見られない事もあって、、その度に、俺が側に行くと、ありがとうって、、ヒルデ君が居てくれて良かったって、、言ってくれるんです、、俺なんて、側にいるだけで、何も、出来てないのに、、でも、そんなチェスタちゃんが、、大切で、ずっと、居てくれたらなって、思います」

「...そうか、」


 ヒルデが頑張って言葉にまとめながらそう答えると、それにエルマンノは微笑みながらも目を細める。まだこの年齢だ。難しいだろう。自分のこの気持ちは、何なのか。チェスタへの大切という気持ちの根幹は、一体何なのか。モヤモヤしているのは、一目瞭然だった。それに、エルマンノはこれを言うべきか悩んだものの、彼に選択肢を示すために。そして、チェスタの兄として、エルマンノは続けた。


「ヒルデ、悪い。聞くべきかどうか、悩んだが、、チェスタの兄として、ハッキリさせておきたい事がある」

「え、は、はい、」

「チェスタの事、、好きか?」

「っ」

「正直な気持ちを、聞かせてくれ」


 エルマンノは真剣に、そう告げた。兄として、聞いておきたかった。それもあったが、一番は。恐らく妹が好きであろう相手が、自分の気持ちが分からずに曖昧な態度を取ってしまう事に憤りを覚えたからだ。もし、チェスタが本当にヒルデの事が好きな時、きっと告白イベントが発生するのだろう。考えたくはないが。その時、彼が自分の気持ちが分からないと、そう答えたならチェスタは、と。それを考えると、悩んでいる彼に「好き」という感情の選択肢を、与えずにはいられなかった。

 するとその突然の言葉に、ヒルデは困惑している様子であった。それはそうだ。突然その人の兄からこんな事を言われたら、誰だって困惑するだろう。だが、ヒルデのそれはその点では無く。


「...す、すみません、、チェスタちゃんは、いっつも一緒に居たんです。いつも頼ってくれて、俺が守らなきゃって、常に思ってて、、でも、それが普通で。だからこそ、、分からないんです、、ごめんなさい」

「...そうか、、まあ、妹が好きかどうか、これは好きという感情なのか、はたまた守りたいという好きなのか。どちらか分からないって事は、多いよな」


 悩みながらもしっかりと瞳を見据え答えたヒルデに、エルマンノは物心ついた時から側にいるという共通点があるがために、妹という存在を想定してそう答える。それに、「すみません、」と。尚も付け足すヒルデに、エルマンノは微笑み。


「いや、こちらこそ、突然こんな事聞いて悪かった、」


 と告げ、立ち上がった。答えは出る筈ない。だが、彼の中に、先程までとは違った見え方が現れた筈だ。今はそれで十分だ。エルマンノはそう考え笑みを浮かべた。と、そののち。


「そうだよな、、まだ、そんな風に考えるタイミングじゃないよな。悪い、出過ぎた真似をして」

「いっ、いえっ!そんな、」

「突然こんな事を聞いた後に何だが、今チェスタの居場所を捜してるんだ」

「そ、そうですよねっ!?大丈夫なんですか!?」

「それが、見当もつかなくて、、ヒルデなら、どこか、チェスタが行きそうな場所とか知ってるかなと」


 エルマンノがそう口にすると、ヒルデは一度顎に手をやり、考える素振りを見せたのち、あっと。目を見開く。


「っ、な、何か心当たりが、?」

「は、はいっ、確か、王国の南側のガーデンに行く事があるって、聞きましたっ」

「ガーデン、?」

「はい!知りませんか、?この辺の花畑で有名なところですよ?」

「悪いがそんな素敵な場所に俺が踏み入っていいとは思えない。だからこそ、今までの人生で知らずに生きてきたんだろう」

「別に誰が入っても大丈夫ですよ。お花で癒されるのは、どんな方でも構いませんから」

「っ、お、おぉ、、まさか、小学生に泣かされるとは、」

「えっ、す、すみませんっ!それと、、小学生って、何ですか、?」

「最高な生き物だ」


 エルマンノは優しく微笑んだヒルデに目の奥が熱くなりながらも、体の向きを変えたのち振り返った。


「ヒルデ、ありがとな!助かった!ちょっと、捜して来る!」

「えっ、あ、はいっ、」


 エルマンノがそう感謝を告げ走り出す姿を見据えたのち、ヒルデは唇を噛み視線を落とした。


          ☆


「はぁ、はっ、はぁ、ミラナッ!居るか!?」


 エルマンノはヒルデと別れたのち、そのままミラナの家へと戻った。すると。


「どっ、どした!?チェスタ、もしかしておったん!?」

「いや、悪い、まだ見つけられてない、、ただ、ガーデンに居る可能性が高いって、話を聞いたんだ」

「ガーデン、、っ!もしかして、、お母さんの、?」

「え、お、お母さん、?」


 神妙な面持ちで呟いたそれに、エルマンノが目を細める中、ミラナはこっち来てと家の中へと連れ込んだ。


「おお、何だか積極的だな、、お兄ちゃんは嬉しいよ」

「積極的にもなるわ!ちょっと、見て欲しいものがあると!」

「見て欲しいもの、?」

「さっき、手がかりか何かあるかと部屋ば探しとったんやけど、、ユナの部屋にな?この間見せてもらったのとはちゃう日記が見つかったんよ」

「っ、、に、日記、?」


 エルマンノは、ミラナと共に階段を上り、ユナの部屋に向かいながら、彼女の言葉に眉間に皺を寄せた。すると。


「ほら、ここ!」

「ん、?」


 ユナの部屋。机の上に備え付けられた棚の、本を退けた後ろにある紙を取り、ミラナはエルマンノに見せる。

 と、そこには。


『話したらうるさい言われた!チェスタの事、嫌いや!』

「っ!」

『今日もチェスタ怒っとる。なんだかいっつも怒っとる。どうしてと聞いても怒られます。もういっちょん分からんと!この子とは友達になれないよ!』

「...これって、」

「そ、そや、、多分やけど、ユナの日記の一部やと思う、」

「どうして別にされてたんだ、」


 エルマンノは冷や汗混じりにそう呟いた。と、それに続いて。


「あたしにも分からへん、、でも、こっちにもあったと、」


 ミラナはそう口にすると、今度は机の引き出しを開け、中にある紙の一番下を退けた後ろにある日記の切れ端を手渡す。


「こ、これも、?」

「ううん、こっちはどうやら、"チェスタ"の日記みたいなんよ」

「っ!チ、チェスタも、、書いてたのか、?」

「あの時、事故に遭って精神的にキツかったやろ?やけん、あたしもそやけど、病院の先生に日記を書いた方が良かって、言われたと」

「なるほど、、自分の気持ちを吐き出せて、尚且つ病院側もそれを見る事が出来るからか、」

「せやせや。それでな、、その、これに、書いとるんよ、さっきの」

「さっきの、?」


 ミラナの促しに、エルマンノはその紙に目を向ける。


『お母さん、、どこ行っちゃったの、?先生は教えてくれない。どこ?出て来てよ。どうして四日も会えないの?寂しいよ。もう、一人は嫌だよ。またお母さんの大好きなお花のお話して欲しい。またあのお花畑に連れてってよ。お父さん、また魔法の話教えてよ。お母さん、お父さん。ねぇ、早く、出て来てよ。もう、悪い事しないから。言う事聞くから、だから、お願い。一人は、もうやだよ』

「っ!」


 エルマンノはその僅か二行しかない破られたページを見据え、表情を崩す。そうか。そうだ。どうして別にしてあったのか。そんなの、それ以外、無いじゃないか。どうして、こんな簡単な事に、気づいてあげられなかったんだ。エルマンノは拳を握りしめ、歯嚙みした。そんなエルマンノに、ミラナは続ける。


「ほら、、ここに、お花畑ってあるやろ、?多分、これがガーデンの事やと思うと。きっと、そこに行くと、ええ思い出を思い出して、落ち着くんとちゃうかな、?」

「思い出して、、辛くならないのか、?」

「確かに辛くはなると、、でも、それ以上に、安心するんよ。まだ、大切な人が好きだったものが、ここにあるって。それによって、まだその人が居るんじゃ無いかって。それに、まだその人の事、忘れてないって。そう、思えるから」

「...なるほどな、」

「まあ、自己満やけどね、、やけん、チェスタにも、、そう思われたと、」

「...」


 エルマンノは、恐らく自分と重ねて呟くミラナを見据え表情を曇らせる。きっと、彼女にとってチェスタが、そうなのかもしれない。と、それに。


「なぁ、ミラナ、ユナって、エルフラム施設に、行ってたのか、?」

「え?い、いや、行っとらんで。ここに越して来た後も、もっと近い施設に通っとったけん。エルフラム施設は、チェスタが元々通っとったと。やけん、遠いけど通わせとるだけやけど、、どしたん、?突然、」

「いや、その、迎え、大変だろうなって」

「え、迎え?まあ、確かに遠いけん、大変やけど、今はあんちゃんも手伝ってくれとるし、時間決められとらんし、大丈夫やで。元々、ユナの時も両親働いとって、あたしが行っとったし、その時の方が決められ取ったから大変やったと」

「っ、、そ、そうか、」


 ミラナの言葉に、エルマンノはハッとしながら聞き入れる。と、その後。


「...も、もう一つ、いいか、?」

「え?ええけどっ、さっきから何なん、?今、関係あらへん事やないの、?」

「っ」

「チェスタがっ、、チェスタが大変なんやから、」


 その、明らかに焦っている様子に、エルマンノは目を見開き微笑むと、だが、と。改めた。


「...悪い、でも、これだけ、聞いておかなきゃいけないんだ」

「な、、なんよ、?」

「ミラナ、俺達の関係を、どう思ってる?」

「え、、な、なんや、突然、」

「俺が兄で、みんなが妹。この兄妹関係を、ミラナはどう思ってる?」

「そ、そんなん、」


 エルマンノが真剣な様子で聞くと、ミラナは少し間を開けたのち、彼女もまた真剣に答えた。


          ☆


「ほんなら、ガーデン。行こか!」


 エルマンノがミラナに"それ"を聞いたのち、焦りを見せながらも彼女はそう仕切り直した。


「他には、部屋に何か無かったのか?」

「部屋の中は全部探したけど、これくらいしか無かったと」

「チェスタの部屋は?」

「チェスタの部屋も何も無かったばい、、ユナの部屋の方が、色々隠れてて面白かったと!」

「如何わしいものとかあったか?」

「如何わしい、?男の人の服とか?」

「いや、何でもない。そのままで居てくれ」

「?」


 エルマンノが純粋であるミラナに息を吐くと、二人で家を出る。と、その先で。


「お、お兄様っ!」

「だあっ!?俺をお兄様と呼ぶな!」


 突如、そんな風に呼ばれ、エルマンノは思わず反射的にそう返した。


「す、すみません、、でも、言いたい事があって、」

「っ、ヒ、ヒルデ、」


 そう、そこには。ここまで走って来たであろうヒルデが、息を切らしていた。


「どうしたんだ、?もしかして、他にも心当たりが、?」


 エルマンノはそう口にし、ヒルデの目線に合わせる様にしゃがみ込む。すると、対する彼は目を逸らしながらも、しっかりと放つ。


「いえ、そうでは無く、、その、チェスタちゃんのこと、、その、分からなかったんです」

「っ、、さ、さっきの話か、」

「?」


 ヒルデとエルマンノが話す中、ミラナは首を傾げる。


「はい、、チェスタちゃんの事は、妹の様に思ってて、」

「チェスタは俺の妹だ。貴様にはやらん」

「えぇっ!?」

「悪い。つい熱くなってしまったな、、続けてくれ」

「え、は、はい、、えっと、チェスタちゃんの事は大切ですけど、いっつも側に居て、"そういうもの"だと思ってたので、大切ではありますけど、その、そんな風には、、全く、考えてなかったんです、」

「そうか、」

「でも、、分からなくて、、チェスタちゃんを、大切だと思ってるのが、ただ、自分を必要としてくれてるからって、、優越感に浸りたいからなのかなって、そうも、思えて、」

「ヒルデは、、A判定の凄腕魔術師なんだろ?」

「ま、魔力は多いですけど、、魔術師じゃないです、」

「それでもだ。きっと、ヒルデを必要としている人は沢山いる」

「そ、そうですかね、?」

「それに気づけない程、チェスタの事を考えてる。違うか?」

「っ」

「チェスタじゃなきゃ駄目な理由が、あるんじゃないか?」

「チェスタちゃんじゃなきゃ、」

「あ、あんちゃん、」

「あ、ああ、、悪い、えっと、ヒルデ、ごめん。今、少し急いでて、」


 エルマンノは、背後からミラナに声をかけられ、慌ててヒルデに謝罪と共に促す。と。


「あ、す、すみません、、早く、しないとですもんね、」

「え、?し、知っとるん?」

「ああ、ガーデンの話はヒルデからだ」

「えぇっ!?君だったん!?」

「あ、は、はい、、すみません、」

「ううんっ!ほんま助かったと!ほんまありがとうな!」


 ミラナが感謝を告げ、エルマンノと「後でお返しするわ!」と残し、その場を後にしようとすると。ふと、ヒルデは目つきを変えて放った。


「お兄様!」

「だぁ!?だからお兄様と呼ぶんじゃない!」

「お兄様、、確かに、俺のこの気持ちの答えは、、まだ、出ていません。でも、辛いんです」

「え、?」

「チェスタちゃんが行方不明って聞いて、、お腹が苦しくて、、締め付けられる様で、、居ても立っても居られないんです、、何でもいいからっ、俺じゃ何も出来ないのは、、分かりますけど、、何か、力になりたいんです、」

「ヒルデ、」

「こんな感じになって、、お兄様に言われて、初めて、考えました、、まだ、答えは出ません。でもっ」


 ヒルデはそこまで告げると。


『ヒルデ自身は、どうしたい?』


 先程問われたエルマンノのそれを思い返し、強く、そのままの気持ちを告げた。


「俺はっ、今、チェスタちゃんを捜しに行きたいって!助け出したいって、そうっ、思ってます!」

「っ、、そうか、」


 エルマンノは微笑む。自分の気持ちと向き合うのは難しい。向き合っても、分からないものは分からない。それでも、ヒルデはしっかりと向き合って、考え抜いて。そして、チェスタを助けたいと。体を動かしたのだ。それを考え、エルマンノは優しく口にした。


「ああ、、俺も、同じだ」

「っ」

「俺もチェスタが大切だ。それに、俺だって、どうしようもない奴だって自分の事思ってる。妹が大切で。いっつも考えてる。それでも、いっつも失敗して、いっつも辛い思いさせて。俺が考える最善策は、いつも妹にとっては最善では無くて。そんな俺が、何が出来るんだって。不甲斐なくて、本当に救えるのかって、、そう、悩んでるんだ」

「そ、そんなっ」

「だから、一緒だ。俺も、ヒルデと」

「っ!」


 エルマンノは、ヒルデが放とうとしたそれを止めて告げる。


「きっと、完璧な人なんて居ない。だからこそ、一人じゃ生きていけない。きっと、チェスタを妹として好きで助けようとしてる奴と、違う意味で大切だって思って助けようとしてる奴じゃ、出来る事が違うと思うから」

「そ、それって、」

「ああ。俺たちはチェスタを想う気持ちは大きいが、結局救い出せはしない。そんな不甲斐ない奴らなんだ。でも、そんな二人が力を合わせれば、少しはマシになると思わないか?」

「...」

「ヒルデ。よく考え抜いて、答えを出してくれた。兄からの頼みだ。一緒に、来てくれないか?」

「っ、、い、いいん、ですか、?」


 エルマンノの言葉に、ヒルデは目を見開き、そう口にする。それに、エルマンノは目つきを変えて頷く。


「ああ。チェスタは、ヒルデの事を、信用してるんだ。そんな人の力を、俺は借りたい」


 エルマンノは、真剣にそう告げる。それを、背後からミラナは優しく見つめる。何があったのかは分からない。そんな様子だが、どこか、察していたのだろう。そんな二人の姿に、ヒルデは泣きそうになったのちに、笑みを浮かべた。


「ありがとう、、ございますっ、!」


          ☆


「そ、それよりっ、大丈夫だったのか、?親の迎えを、待ってたんだろ、?」


 その後、三人でガーデンに向かいながら、ふとエルマンノは放った。


「す、少し怒られるかもしれませんが、それくらい、どうって事ないです!チェスタちゃんの事を、考えれば、」

「っ、そうか、、ちなみに、ご両親は普段いつ来るんだ?」

「一時間後くらいですかね、」

「一時間も待ってるのか、、それは、辛いな、」

「いえ。施設の先生が優しいので、全然。それより、今回はその方がいいです。一時間でチェスタちゃんを見つけ出しましょう!」

「ああ、そうだな!早く見つけて、戻ろう」


 エルマンノは優しく微笑むと、前に向き直り走る。だが。


「ちょ、あんちゃん何やっとーと!?はよせんと!」

「あ、ああ、、はぁ、ちょっと、待ってくれ、」


 いくら妹のためだとはいえども、それによって突然体力が増すわけでも無く、ミラナとはえらく距離が出来ている。ヒルデも息が上がっている様子だ。子供相手に少しは手加減して欲しいところだが。


「はっ、はぁっ、チェスタッ、チェスタ!?」


 どうやら、ミラナも必死な様だ。それはそうだよな。エルマンノはそう思いながら目つきを変えると、よし、と。ヒルデを持ち上げ、そのままおんぶした。


「うわっ!?ど、どうしたんですか!?」

「早く戻るんだろ?なら、早く行くしか無い」


 エルマンノはそう告げると、ミラナの元へと足を早める。


「言っておくが、男に興味はないぞ」

「ど、どういうことですか、?」

「ミラナ!ちょっと来てくれ!」

「えっ、な、なんしょーと?」


 エルマンノはそう放つと、ミラナの手を取って全神経を集中させた。


「スリップムーブ!」

「「っ!」」


 瞬間、目の前がチカッと光り、気づいた時には既に。


「こ、ここって、」

「はぁ、はぁ、ガ、ガーデンだ、、とりあえずついて、、良かった、」


 三人はガーデンに到着していた。


「な、何したん!?も、もしかしてあんちゃん、こう見えてめっちゃ力持ちとか!?」

「跳躍でここまで来れたら楽だろうけどな」

「それ力持ちって言うか足持ちやな」

「意味変わってくるぞ、、ならミラナは尻餅だな」

「え、?あたし尻変?」

「いや、いい意味だ。それより、ガーデンの場所を知らなかったから、話に聞いた距離で大体移動したんだが、、どうやらガーデンのどこかに着いたみたいだな、、思ったよりガーデンの敷地が広くてびっくりだ、」


 エルマンノはミラナの驚愕にそう告げたのち、改めて周りを見渡しながら放つ。と、そんな中、同じくヒルデもまた辺りを見回しながら口にする。


「チ、チェスタちゃん、、居ないみたいですね、」

「クソッ、そろそろ暗くなってきたな、、早く見つけ出さないと、」

「ガーデン言うてもほんま広いけん。どこかに居るかもしれないっちゃ」

「そうだな、、なら、ガーデン内で三人で手分けして捜すか」


 エルマンノはそう改めると、三人とも同意し、それぞれ走り出した。その中で、エルマンノは神経を集中させる。ほんの僅かでいい。少しでもチェスタの魔力を感知できれば、と。


「っ」


 幸い、時間帯もあり周りには人が少なかったため、仄かに魔力を感じる。


「向こうか、?」


 エルマンノは目を細めると共に、向きを変えて走り出す。沈んでいく夕陽を浴びながら。


「待ってろ、」


 エルマンノの感知したその魔力は、まるで見つけて欲しいと。そう言っている様であった。


          ☆


「う、うぅっ、ひくっ、うぅっ」


 可愛らしい黄色の小さな花が、咲き乱れる花畑の中。チェスタは嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる。


「ひくっ、うっ、うぅ」


 目を開けると可愛らしい花。こんな美しい花の中、自分は何をしているのだろう。どうして自分はこんななのだろうと。それを見るとそう考えてしまい、尚も涙が溢れた。どんどんと暗くなっていく。早く帰らなくては。寒い。怖い。早く帰りたい。

 でも、どこに?

 ふと、チェスタの脳内に呟かれたそれに、涙を拭く手が止まる。自分には、帰る場所なんて。そんな言葉が思わず口から漏れ出た。と、同時に。


「チェスタ!」

「っ」


 突如、聞き慣れた声が、ガーデンの中で響き渡った。


「チェスタ!?チェスタ居るか!?ち、近いな、、チェスタ!返事してくれ!」


 その声は、どんどんと近づいてくる。それに、来ないでと。掠れた声で呟きながら、蹲る。

 暗い。怖い。どんどんと、闇に落ちていく様な。そんな、底知れぬ恐怖が、チェスタを襲った。目を開けたくない。無理矢理そんな世界から目を逸らすかの如く、ギュッと目を瞑った。

 が、その瞬間。


「っ」


 突如目を瞑っていても分かる程に、世界が明るくなったのを感じ、思わずゆっくりと目を開いた。と、そこには居たのは。


「っ!チェスタ、、やっぱり、チェスタだ、、良かった、、こんなところに、居たんだな」

「...エルマンノさん、」


 そこには、魔法で周りを照らす、エルマンノの姿があった。


「おお、可愛い花だな」

「え、」

「黄色くて小さくて、、パンジーか何かか?」

「パンジー、?って何ですか?貴方の事ですか?」

「誰がチンパンジーだ。そうか、この世界では名称が違うのか、」


 エルマンノはその可愛らしい花を見るため、しゃがみ込みチェスタを見つめていた目を、横にズラす。


「ぐすっ、な、何ですか、?」

「ん?どうした?」

「ニヤついてます、」

「ヤニはついて無いみたいで良かった」

「吸ってるんですか、?」

「妹成分を吸ってます」

「通報しますよ、?」

「吸うだけで駄目なんですか、?」

「それより、、ぐすっ、なんですか、?」

「ん?いや、なんて言うか、チェスタも可愛らしい花好きなんだなって」

「っ、、なっ、わ、私を、何だと思ってるんですか、」

「Sロリだと思ってるぞ」

「ゴスロリみたいに言わないでください、」


 エルマンノの言葉にチェスタがジト目を向ける中、少しの間優しくその花に目をやると、そののち。息を吐いて放った。


「...心配、したんだぞ」

「え、?」

「チェスタの事だ。みんな、、心配してる。最近は日が落ちるのも早くなって来たからな。早く戻ろう」

「...戻る場所なんて、、無いです」

「家があるだろ?」

「違います、、みんな、私の事じゃ無くて、、違う方を向いてます、」

「...」

「ミラナも、、結局はユナの事で、、誰も居なくて、、私には居場所なんて、無いんです、」

「...俺は、チェスタと一緒に居たいと思ってる」

「...通報しますよ?」

「そういう意味じゃない」


 エルマンノは距離を取るチェスタにそう返すと、真剣に放った。


「俺は、チェスタの事、本気で大切に思ってる。送り迎えも毎日したいし、一緒にご飯だって食べたいし、毎日味噌汁作ってやりたい」

「な、なんですかそれ、?」

「ミラナも同じだ。チェスタの事ばっかり考えてる。だから、もうそんな事言うな。居場所が無いなんて、そんな事、あるわけないだろ」


 エルマンノが真剣に、強く告げると、それにチェスタは一度ビクッと肩を震わせたものの、歯嚙みして、涙目で強く返した。


「どうしてそんな事言い切れるんですか!?私達と大して一緒に居るわけでもないのにっ!お姉ちゃんはっ、、ミラナはっ、ユナがそう言ったから、私の事気にかけてるだけなんですよ!ただの、同情で、こんな、」

「ああ、大して長く居るわけじゃない。でも、チェスタよりも、俺はミラナの事を見てる自信がある」

「えっ、」

「俺は妹が大好きだ。大切だ。だから、ミラナも、チェスタも、誰よりも見てる。...見てるのに、間違える事ばっかりで、駄目な兄だけど。でも、駄目だからこそ、分かる。ミラナは、葛藤してるんだ」

「か、葛藤、?」

「悪い、言葉が難しかったか」

「子供扱いしないでください」

「おお、それ、もう一回言ってもらってもいいか?そしたら、お兄ちゃんが大人というものを教えてーー」

「聖騎士さんを呼んできます」

「ちょっ!悪かった!待ってくれっ!」


 チェスタは呆れた様子で歩き出す。それを慌ててエルマンノは止めると、改めて告げた。


「ミラナは、、不器用なんだ。ただでさえ、不器用で、それで、色んなものを同時に亡くてして。だからこそ、ぐちゃぐちゃで。チェスタと、同じ気持ちなんだ」

「っ!」

「それでも、チェスタを大切に思ってる。だからこそ逃げなかったし、今も、チェスタを捜してるんだぞ?」

「えっ、、そ、そうなんですか、?」

「ああ、そうだ。凄かったぞ?今まで見た事無いくらい焦ってた」

「え、」

「それにな、俺たちと初めて会った時に、ミラナは言ってたんだ」

「?」

「俺が無理矢理妹にして、妹を増やして、そして、そんな大切な妹達とイチャイチャ妹デートをしてる時に、ミラナは小さく、ポロッと。一言"いいなぁ、"って。そう呟いてたんだ」

「そ、それが、、どうしたんですか、?」

「あれは本心だった。さっきも、聞いたんだ。俺達の関係をどう思ってるかって。そしたら、やっぱり羨ましいって言ってたぞ。そして、あれは俺達を見てというよりかは」


 エルマンノはそこまで告げると、チェスタの目の前まで歩き、目の高さに合わせて優しく放った。


「本当の兄妹に見えたから、そう言ったんだ」

「えっ」

「ミラナは、ずっと、変わらなかったんだ。ずっと、チェスタと、ただ本当の姉妹になりたいって。家族になりたいって、そう願ってた。だからこそ、あの時から、そういう目で見てたんじゃないかな」

「で、でも、、それはユナとの事を思い出して言ってた可能性もありますよね、?それだけで、」


 チェスタが、俯きながらそう口にした。と、同時に。


「っ!チェスタ!?チェスタ!」

「えっ、ミラナ、」

「ああ。後は、本人の様子を見て、考えてみてくれ」

「え、」


 エルマンノはそう微笑むと、後ろに退いて、目の前にまで走って来たミラナに目を合わせ頷く。と、そののち、ミラナは思わずチェスタをーー


 ーー抱きしめた。


「えっ」

「馬鹿っ!どこ行ってたんや!めっっちゃ心配しとったんよ!?」

「ご、、ごめん、なさい、」

「ごめんちゃう!何でや!?何でこんな事したんよ!?」


 ミラナは強くそう放つ。それは、本気で心配している様子で、まるでーー


 ーーヒーローの様だった。


「っ」

「聞いとるん!?どうしてこんな事したと!?」

「...それは、」

「あたしが、、ユナの事しか考えとらんと思ったからかいな」

「っ!」

「あほ!」

「っ」


 ミラナは抱きしめた手を離し、チェスタに目を合わせ強く告げた。


「そんなわけ無かっ!チェスタの事考えとらんわけなかよ!姉ちゃんが、ずっと、どれだけチェスタの事考えて、、どれだけ悩んで、心配しとったか知っとるん!?」

「...」

「聞いとるん!?姉ちゃんずっと心配しとってーー」

「それはユナのためなんでしょ!?」

「っ!」

「ミラナは、、ユナの事大好きだったんでしょ、?知ってる、、私だって、好きだった、私の事、あんな最低な私を、、気遣ってくれた、、でも、ミラナはユナの事が好きで、だから私を気にかけてくれて、、私の事なんてっ、見てくれてないじゃん!」

「あ、アホかっ!?馬鹿っ!なんっ、そんなっ、わけないやろ!ばか!」

「っ」


 ミラナは、チェスタに負けないくらいの、大粒の涙を流した。


「あたしはな、、ずっと、チェスタと家族になりたい思っとったんよ!あの日、病院で出会った時から、もう決めとった!家族を亡くしたって聞いて、、でもそれは同情なんかじゃなか!あたしは、チェスタという一人の少女を、妹にしたいと、思ったと!」

「な、、何、、それ、」

「チェスタは知らんかもしれんけどもやな!最初にあたしから話しかけて、そこで決めたんよ。この子は、絶対あたしが引き取るって!やけん、ユナにお願いしたと!これから姉妹になるけん。やから、仲良くしてあげてって!そう、お願いしたんよ!」

「えっ、」

「でも、だからってユナはそれを理由に仲良くなったわけやないやろ!?」

「っ」

「日記、見たで。てか、それ以前にいっつもユナ本人から愚痴聞いとったんやから、分からん筈なか。チェスタとは仲良くなれへん言うとって、中々距離縮まんで、大変やったよ。やけど、それに対して我慢してなんて、あたしは言っとらん。嫌やけど、少しずつ、仲良くなっとったんよ。それと同じばい。あたしだって、ユナの事とか、色々あって、悩んで。チェスタのためなのかユナのためなのか、分からんくなっとったけどもやな。でも、チェスタが大切なんは変わらんよ!ユナの事があって何度も消えたくなったけど、チェスタの事を思い出すと消えられへんかったんよ!」

「...ミラナ、」


 ミラナの言葉を噛み締める様に受け止め、チェスタは俯いたのち、涙目になりながらも声を上げた。


「そうやって、いっつも自分の方が辛いみたいな言い方しないでよ!」

「っ!」

「私だって、、ずっと、、ずっと、辛かったんだから、、誰も、、居なくて、必要とされてなくて、、一人で、悲しかった、」

「...」


 ミラナはその一言に、抑えていた全てが溢れ出したかの様に涙を溢し、強く抱きしめた。


「っ、ミ、ミラナ、?」

「ごめん、、ほんまごめんな、ほんま、あたしアホやわ、、自分ばっかで、、ほんま、馬鹿な姉ちゃんでごめんな、」

「...」


 ミラナが抱きしめながらそう呟いたそれに、チェスタは目を丸くする。


「ごめん、、姉ちゃん、ほんま馬鹿やわ、、今も、なんてっ、言葉をかけてええんかも分からへん、、お姉ちゃん、、失格やわ、」

「そ、そんな、」

「でも、、これだけは、分かって欲しい、、あたし、ほんまチェスタの事大好きで、大切なんよ、、怖かったんや、、ずっと、今度はチェスタが、居なくなるんが、、あたしには、チェスタしか居らへんから、、ご、ごめんな、、こんな事、言っても、どうにもならへんのにっ、こんな、言葉しか言えへん、、求めてる言葉なんて、、言えへん馬鹿な姉ちゃんだけど、、それでもっ、、それでもっ、」


 ミラナは泣きじゃくりながら、掠れた声で告げた。


「姉ちゃんって、、呼んで、くれるかな、?」

「っ」


 チェスタの肩を掴み、顔を見てくしゃくしゃにしながら問う。それに、チェスタもまた大粒の涙を溢しながら、声を上げた。


「うっ、ひくっ、うんっ、私もっ、、怖かった、、ひくっ、私は、もう要らないんじゃないかって、、怖かった、、私こそっ、、どうしたら、、ひくっ、妹に、、なれるかな、?」

「っ、、な、何言っとるんよ、、もう、妹やろ、?」

「っ」

「改めて、、ほんま今日からよろしくな、、チェスタ、」

「っ、、う、うんっ、よろしくっ、、姉ちゃん!」


 互いに笑いながら、そう放つ。それに、微笑みながら、エルマンノは見つめた。と、そののち。


「チェスタ、安心しろ。ミラナ、前言ってたんだぞ?バイト、いつも大変だけど、妹のためなら全然苦じゃないってな」

「え、」


 エルマンノの言葉に、チェスタは目を見開くと、そのまま視線をミラナに向け、対する彼女は元気に頷いた。あれは、間違い無くチェスタの事を言っていただろう。確かに、その時聞いた妹の話はユナの事だったかもしれない。それでも、施設の話は違かった。あの時、確かにミラナはこう言った。


『まだ残っててもいい施設やから、、何とか。直ぐ帰らんとあかんところもあるけん。助かっとるよ』


 あの時話したあれは、明らかにエルフラム施設の話だった。そして、そこにはチェスタしか行っていない。

 あれはただ怖かっただけなのだ。ミラナもまた、チェスタに認められてるか分からなくて。チェスタを妹として話していいのか、分からなかったから。


「だから、いっつもバイトばかりで見てくれてないと思うかもしれないが、それはチェスタのためでもあるんだ」

「そう、、だったんだ、」

「うん、、そうよ、、そりゃ、チェスタには、何不自由ない生活を送って欲しいからやな!」

「...ね、姉ちゃん、」

「でもな、それは気にせんでええし、チェスタと一緒に居る時間の方が大切なんは、その通りや、、ごめんな、」

「え、そ、そんな、」

「今日もサボったしな」

「ほんま、次のシフト怖いわ〜」

「え、」

「それに、チェスタがおらんかったら、姉ちゃんペロのお世話出来へんしな!」

「確かにな、あいつを手懐けられるのはチェスタしかいない」

「で、出来てないですけど、、だからこそ、その、」

「フンをつけてきたのは芸の一部じゃないのか?」

「そんなわけないじゃないですか!?というかっ、まだ気にしてるんですか!?」

「今のはチェスタからじゃないか、?」


 チェスタがそう声を上げると、そののち。


「まあ、そんな感じで。何と無く、分かるかもしれないが、ミラナもペロも、みんな、チェスタが大切だし、必要だって事だ」

「っ、そう、なんですか、?」

「あったり前や!チェスタへの気持ち、一日話そか!?」

「そ、それは、、いい、けど、」

「えぇ!?」


 エルマンノとミラナが微笑む。と、それにチェスタは一度目を剥いて涙目になったのち、逸らした。

 と、ふと、チェスタはそういえばと目を細める。


「それより、、姉ちゃんに私がユナの事ばっかり考えてるとか話してたの、言ったんですか?」

「あ、いやぁ、まあ、それは言わなきゃいけないと思ってな、」

「それよかなんか強い言い方やったとね。姉ちゃんはユナの事しか考えてないアホんだらとか聞いたけどもやな」

「え、私そんな事言ってないけど、」

「ん〜?もしやあんちゃん、自分の思想入れとった?」

「あ〜、いやぁ、その、、あーっ!あんなところにヘラクレス!」

「えっ!?ほんま!?なんでこんなところに!?」

「姉ちゃん!騙されないでよっ!」


 エルマンノはそう昭和的な方法で逃げ出すと、陰に隠れながら息を吐き、小さく微笑んだ。

 すると、そんな彼に。


「凄いです、」

「うえぇあっ!?」

「あ、す、すみません、驚かせてしまいましたか、?」

「な、何だ、ヒルデか、」


 なんと、そこにはヒルデが居た。


「悪かった、、呼ぶのが遅くなって、」

「いえいえっ、、その、少し前には来ていたんですけど、」

「まあ、出づらいよな」


 エルマンノが冷や汗混じりに笑うと、ヒルデもはにかみ頷く。


「一応、ミラナにもヒルデにも、チェスタを見つけた瞬間にソナーは送ったんだけどな、ミラナのスピードには勝て無かったか」

「そうですね、、やっぱり、妹を想う、その気持ちでしょうか、、俺には、出来ません、」

「いや、ミラナのスピードには誰も勝てないと思うけどな、」

「...それよりも、ほんと、凄いです、、チェスタちゃんと、チェスタちゃんのお姉さんを、あんな風に、仲直りさせられるなんて、」

「仲直りというか、、なんというか、、まあ、言っていいかは微妙だが、実は部屋に日記があったんだ」

「日記、、ですか、?」

「ああ。そこに、書いてあったんだ。チェスタは、本当はずっと寂しくて、辛くて。苦しんでたって事が」

「...」

「それを見て、分かったんだ。チェスタも、まだ小学生の女の子なんだって」

「し、小学生、?」

「あぁ、最高な、、いや、まあ、年齢一桁って事だ。そんな、簡単な事に、気づけなかったんだ。俺は、凄くなんて全然ない」


 そうだ。あの部屋に別にされていたユナの日記。それを別にしていた理由なんて、その時まで気づかなかった。ずっと、辛かったのだ。だからこそ、ユナには冷たく当たっていた。元々、チェスタはあまり話す人じゃなかったとヒルデは言っていた。そんな少女が、家族を亡くし、そんな時にユナに話しかけられたら、一杯一杯で。お互いに苦しくて、喧嘩にもなるだろう。だが、それをチェスタは隠した。そう、チェスタはミラナに、"その姿"を見せない様にしていたのだ。大人な自分でいなければ、居なくなってしまうと。ミラナしかいないから、下手に声を上げられなかったのだろう。

 ミラナもまた、不安だったのだ。チェスタが居なくなる恐怖。ユナを演じる程、チェスタと仲良くなろうと無理をしていた。あの手紙を見た後だって、ミラナも不安だっただろう。寧ろあの手紙を見れば、チェスタもまたユナに言われてミラナを気にかけていた様に見えてしまう。だからこそミラナもまた、手探りだったのだ。


 だが、そんなものは家族ではない。

 家族の形は一つではない。それは分かっている。だが、これから本当の家族になるのならば、それは通らなくてはならない道だ。このまま、お互いの気持ちを抑えたままなんて、互いに怖がって、互いに一人だと思い込んでしまうだろう。だからこそ、こうして胸の内を打ち明けて、喧嘩をしなくてはならないのだ。

 喧嘩して家出して、心配して怒って叱って、また喧嘩して。それでも結局は家に帰る。それでいいのだ。それは理想なのかもしれない。だがきっと、この二人ならその理想になれる。そう確信していたからこそ、ソナーでミラナを呼ぶ時、少し強い言葉で煽ったのだ。フレデリカの時のように。


「それでも、、凄いですよ、、俺なんて、、結局、何も出来なかったですし、」

「いや、ヒルデはこれからが大変だぞ?」

「え、?」

「これから、いっぱい家族の愚痴が出てくる筈だ。家族っていうのはな、本音をぶつける事で、やっとなれるってもんだ。だから、ヒルデもそれを受け入れて、チェスタを幸せにしてやってくれ」


 エルマンノは、震えながらも、そう放った。きっと、彼なら、チェスタを。

 そう、信じているから。


「俺は、、その中に、入れるんでしょうか、?」

「...きっと、チェスタも同じなんだと思う」

「え、?」

「悪かった、、さっきも言ったけど、俺は今更チェスタが普通の小さな女の子なんだって気づいたんだ。きっと、チェスタもまだ分からないと思う。好きとか嫌いとか。それ以前に、一杯一杯だと思うから」

「そう、、ですよね、」

「それは、ヒルデも同じだよな、、ほんと、悪かった、」

「えぇっ!?そ、そんなっ、謝らないでください!」

「いや、、ちょっと、踏み込んだ話をし過ぎた、、悪かった、、ただ、自信を持って欲しかったんだ」

「自信、」

「俺の妹から慕われている大切な人だ。ヒルデが大切に思ってるのと同じで、チェスタもヒルデを大切に思ってる。それは、間違いない。だから、俺の妹から慕われている人には、自信を持っていて欲しいって、思ったんだ」

「...」

「答えを出すのはゆっくりでいい。答えを出さなくてもいい。ただ、チェスタにはヒルデが必要で、慕っている。それだけは、覚えておいて欲しい。...そして、ここからは兄からのお願いになるが」


 エルマンノはそこまで告げると、少し間を開け小さく告げた。


「チェスタを、幸せにしてあげて欲しい」

「...し、幸せに、、ですか、?」

「ああ。さっきも言った様に、ヒルデに出来なくて俺に出来る事。俺には出来なくてヒルデに出来る事がある。これは、ヒルデにしか出来ないんだ」

「なんだか、、難しそうです、」

「何、ただいつもみたいに話を聞いてあげて、受け止めればいいんだ。それが、チェスタにとっては、大きな支えになるからな」

「そ、そんな、っ、、いえ、分かりました」

「っ」


 エルマンノの言葉に、ヒルデは先程の話を思い出し目つきを変える。


「俺に出来る形で、、幸せにしてみせます、、それで無理だったら、、残りは、お願いしますね」


 ニッと笑うヒルデに、エルマンノは思わず目の奥が熱くなりながらも、笑みを返す。


「ああ。そうじゃないと、寧ろ俺が泣くぞ?」

「あははっ、そうですねっ」


 ヒルデに、エルマンノはそう微笑み告げると、ふとチェスタに視線を戻す。

 ヒルデに背を向けて見つめるエルマンノの肩は震えていた。そして。


「ぐっ、ぐすっ、お、大きくなって、、ひくっ、幸せになれよぉ」


 エルマンノはどこか遠くへ行ってしまう様に感じる妹に、涙で前が見えなくなりながらも掠れた声で放つ。すると。


「はぁ、、ほんと、馬鹿だね」

「ひくっ、ん、?フ、フレデリカァ、、妹が遠くに行くのはとても、ひくっ、胸にくるものがあるなぁ、」

「ほんとシスコン馬鹿」

「この場合だと親バカ?」

「ア、アリアも居たのか、」

「うん、結構前から見てたよ」

「ウチも居るよ〜」

「み、みんなっ、、お、お兄ちゃん嬉しいぞぉ、、みんなは、行かないでくれよぉ」

「えっ、なななっ、何ごとっ!?キモッ!」

「えぇ、辛辣過ぎません、?」


 エルマンノが泣きながら近づくと、アリアが引き気味に放つ。と、そののちフレデリカは優しく三人で話す姿を見据え口を開いた。


「ほんと、、相変わらず最低なやり方するよね」

「う、わ、悪かった、」


 結局、何も変わっていない。あの時の、フレデリカの時と同じだ。


「悪かった、、ほんと、変わらないな、、俺は、誰かを救おうとするあまり、他の人に辛い思いをさせてしまう、、自分を後回しにして、、俺の問題は、俺だけの問題じゃないのに、、俺を思ってくれてる妹達の気持ちを、蔑ろにして、」

「はぁ、ほんと、そうだね」

「わ、悪かった、」

「でも、今回は自分を危険にさらさなかったじゃん」

「っ」

「うん、、ほら、大丈夫だよエルマンノ。みんな、笑ってる」

「アリア、」

「兄ちゃんもたまには体を張らない事もあるんだね〜」

「ネラは俺を芸人だと思ってるのか、?」

「あははっ、そうだね、、でも、大丈夫だよ。兄ちゃんは、体張らなくても、こうやって、誰を幸せに出来るんだよ」

「そう、、か、?」

「はぁ、散々人に自信持てって言っておきながら、自分は自信ないわけ?」

「う」


 ネラの言葉に、付け足す形で放たれたフレデリカの言葉に、エルマンノはグサリと胸を貫かれる。


「というか、エルマンノも、何か言っていいんだけど」

「ん?な、何かとは、?」

「本音をぶつけるのが、家族なんでしょ?」

「っ」

「確かに雑なやり方だけど、そのお陰で私は家族と向き合えて。エルマンノに、家族を教えてもらったから」

「フレデリカ、」

「そそそ。ウチも、、兄ちゃんに、家族の良さを教えてもらった、、世界の広さを教えてもらった、、ウチが、ウチのまま生きていていいんだって、思わせてくれた、、ほんと、ありがとね、」

「ネラ、」


 フレデリカとネラが告げたそれに、アリアは歯嚙みしながら目を逸らす。そんな中、エルマンノは涙を堪えながら、大きく息を吸って、声を上げた。


「妹達っ!だ〜〜〜〜〜〜〜いすきだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ちょっ、馬鹿!?何叫んでんの!?」

「ちょちょちょ!迷惑になっちゃうよ!」

「あははっ!突然何っ!ウケるっ!害悪じゃん!」


 慌てるフレデリカとアリア、それに爆笑するネラの中、エルマンノは微笑んだ。


「ふぅ、、スッキリした。これが、俺の本音だからな」

「はぁ、ほんと、エルマンノは幸せ者だね、」

「何々〜?賢者モード?」

「その概念この世界にもあるのかよ、本物の賢者が居るんだろ?」

「なになにっ!突然どないしたと!?」

「あぁ、悪い。感情が抑えられなくなってな」

「そろそろ本気で通報しますよ変態さん、、って、へっ!?ヒ、ヒルデ君、?」

「や、チ、チェスタちゃん、」

「ど、どうして、?」

「チェスタが心配で来てくれたんだ」

「へっ、?」


 エルマンノがヒルデに促すと、彼ははにかみながら頷く。それに、チェスタは顔を真っ赤にしたのち、ミラナの後ろに隠れる。


「おわっ!?ど、どないしたんチェスタ!?」

「ね、姉ちゃんは黙ってて!」

「クッ、、兄には絶対に見せない乙女の顔っ、、それはそれでっ、たまらん、」

「やっ、やっぱり通報します!」

「お、俺、嫌われてるんですかね、」

「自信を持て。少年」

「こ、この状況でっ、無理ですよぉ!」


 エルマンノの大声によってゾロゾロと向かってきたミラナとチェスタがそんな会話をする中。エルマンノはそれじゃあ妹全員で帰るかと、微笑ましいもののチェスタにとっては地獄的な空間のまま歩き出した。

 と、そんな中、エルマンノはふと。チェスタの元へ、歩く速度を落として近づく。すると、少しの間を開けてチェスタの方から小さく呟いた。


「その、、ありがとうございました、、本当に、」

「っ!そ、それは俺に言ってくれてるのか、?」

「っ、は、はい、、二度は言いません、」

「おぉ、、お礼として"お兄ちゃん"と呼んでくださると幸いですが」


 エルマンノの懇願に、チェスタは息を吐きながらも、やれやれと。そう呟き、だが優しく。そう付け足した。


「これで貸し借り無しですよ、、に、兄さん、」

「ごふっ」


 少し恥ずかしそうに視線を落として放ったそれに、エルマンノはノックアウトされながらも、ごほんと。

 咳払いをして改め、優しく告げたのだった。


「ああ。改めて、本当の家族としてよろしくな、チェスタ」

「キモいです、、勝手に家族にしないでください。変態兄さん」


 いつもの様に、プイッと顔を背けて放つチェスタはどこか、いつも以上に嬉しそうに見えた。

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